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第十四話 死の足音

 ラルフは自分の失敗を悔いていた。ジュリアには強がって炭鉱内に入ってみたが、武器も道具も無い事に改めて気付く。仲間がいるというのは難儀なもので、自分だけ助かればそれでいいというわけにはいかない。だからといって自分の命を軽率に扱う行為は慎むべきだった。炭鉱に入ってすぐ転移の罠が発動し、出入り口より一気に離されてしまった。それだけならまだいい。問題は飛ばされて早々、虫の大群が出迎えた事だ。


「やべっ!!」


 急いで踵を返すと一気に駆け抜ける。進む方向にも虫がいない事はないが後ろに比べると少量な為、踏み潰して進む事が出来る。ただ万が一前からも同じだけの量に攻められたら一溜まりもない。幸い前方は集まりが悪く、大体が通りすぎた後に大群と合流している。

 これだけ騒がしくしているのに虫以外の生き物を見ていない。という事は多分いないのだ。脅威は虫だけだと推測出来る。正直虫以外がいたら対処出来なかっただろう。這って動く事しか出来ない虫たちはラルフに比べて足が遅い。何とか運良く立ち回れている。

 しかし、どれほど運が良いといってもそれは状況であり、体力は加味されていない。永遠に走れる無限の体力なら別だが、ただの人間(ヒューマン)であるラルフは体力の消耗が激しく、走るのがきつくなってきた。


「はぁ……はぁ……!」


 体力回復に休憩をとる必要がある。だいぶ離したとはいえ油断できないが、立ち止まって息を吐きたくなっていた。ジュリアがいた時は心身ともに何となく余裕があったが、一人になるとそういうわけにはいかない。どこで休憩を挟もうか考えていると壁に目が行った。転移の罠の兆候が見える。岩肌が流動しているように見えたのだ。


(しめた!)


 別の場所に転移出来ればきっと今より良くなるはず。ラルフは丁度転移しそうなタイミングを見計らって流動する岩肌近辺に飛び込んだ。あと数秒もしない内に転移が始まる。「ふーっ」とようやく一息ついた。


「ラルフ!」


 その時、聞き覚えのある声が聞こえた。目の前にミーシャの姿が暗闇に浮かぶ。周りを照らすほど明るい光球を三個くらい惜しげもなく浮かべてミーシャ周りだけ昼間のように明るくなっている。ミーシャの胸元にはウィーが抱えられていて、こちらを指さしている。そして、近くに鎖を纏った小汚い小男が先導していた。見えたのは一瞬だった。何かを喋る前に景色が変わった。


「……何というすれ違い……」


 ライトを前方後方に向けて、現在の状況を確認する。虫の大群に追われていた状況に比べると静かなものだが、すれ違いは痛い。思った以上に気落ちしたラルフは左片膝を地面について、状況の整理をする。


(……俺とはぐれた後、あっちもバラバラにはぐれたのか?となればウィーがミーシャと一緒にいれたのは幸運だったな。ウィーだけでは多分死んでいただろう……しかし、あの男は誰だ?俺たちの後に入ってきた冒険者か?それにしては変な装備だった……鎖帷子(くさりかたびら)ではなく、鎖そのものを纏うなんて……)


 見た事ない人物もそうだが、そんな意味わからない人物とミーシャが一緒にいるのは意外だと言わざるを得ない。もう自分がいなくても人との関わりは大丈夫と言う事だろう。この調子で抱きついて寝る事に少し恥じらいを持ってくれるといいが……。


 とにかく今の状況を解消する為に、合流方法を考えねばならない。動かない方が良いのか、それとも先読みで動くべきか。最初の段階に戻ってくる。すれ違いを目の前にすると、安易に動けなくなるのが辛い所だ。何とかミーシャを見る事は出来たが、ベルフィア達はどうなっただろうか?

 ラルフは「……よしっ!」と気合を入れて立ち上がろうとする。しかし、足に力が入らない。というより感覚が少し鈍くなっている。不思議に思ったが、ハッとする。


(しまった!虫に噛まれた奴か!!)


 痛みが無かった為、気が付かなかったが遅効性の麻痺毒を流し込まれたらしい。さっきまで元気に走っていたのに、突然どうしようもなく足が重い。気落ちのタイミングでやってきた毒。非常に不味い。これがミーシャ、ベルフィア、ブレイドの誰かと一緒の時に起こるならまだいい。なんせ背負ってもらえるからだ。あそこでミーシャと合流出来なかったのが悔やまれる。ライトを岩肌に当てる。特に岩肌の流動は見られない。当然だ。ついさっき起こったばかりである。

 左足だけが不自然に動かない。とりあえず這いずって移動を開始する。四つん這いの体勢は慣れないので変な所に力が入る上、左足が使えないのでナメクジの様にズルズルと何とか前に進んで行く。ここで思うのは一つ。


(頼む……虫よ、出て来ないでくれ……)


 10m進んだかどうかの所で、カサッという僅かな音が聞こえた。冷汗が一筋、頬を伝って落ちる。後ろを振り向くと虫が三匹見える。ほんの二秒ほど虫と見つめ合っていたが、虫が動き出した時、ライトを口に咥える。前だけを照らしてスピードアップを図る。

 しかし、どれだけ頑張っても早歩き程度のスピードしか出ない。虫の速度は追い回されていた時から変わらないはずなのに倍くらいの速度で動くように見える。あっという間に追いつかれると、這いずる左足に噛みついてくる。逃げる獲物に虫も焦ったのか靴越しに噛みつかれた。痛くはないが追いつかれたのが恐怖に感じる。


(やばいやばいやばいやばい……!)


 少しでも早く手を前に出すが、一匹に追いつかれたと言う事は逃げられないという事。次々と左足に噛みついていく。二匹くらいが裾の中に入って噛んだ時、痛さで一瞬スローダウンした。結果、靴に噛みついていた虫が右足に回り込む。右足のふくらはぎにも激痛が走る。


「ぐあっ!!くそっ!!」


 そのままでいい。とにかく前に進む。立ち止まって痛みから抜けだそうと虫を払ったり一、二匹を殺した所で次から次にやって来るのだ。そんな事をしているくらいなら誰とでもいいから合流できるまで動き続けるのが重要である。動けなくなってからでは遅い。

 段々手足が重くなって行く。当然だろう。この体勢での動きに慣れていないからいつもの倍近く疲れが来るのが早い。その上、噛みつかれているのが死への恐怖を増幅させ、さらに体力の消耗に拍車をかける。顔には大粒の汗を流しながら息を乱して足からは血を流す。しかし、立ち止まる事と、ライトを取り落とす事だけは絶対にしない。立ち止まれば死。ライトを取り落とせば、進むべき道を失ってやはり死ぬ。前を照らして十匹くらいに齧りつかれながら何とか進む。


 緩やかな下り坂に辿り着いた時、口に咥えたライトを手に持ち替えて、ぐっと下っ腹に抱え込む。齧りついた虫をそのままに坂を転がり落ちる。這うより早く、体に付いた虫を剥がす事も視野に入れた自爆的な移動方法。石や岩で体を傷つけながら下まで転がり落ちると、中々離れない二、三匹虫を除いてほとんど引きはがす事に成功する。


 ただ自爆している事は事実なので、体中にあざを作りながら額から血を流す。意識を朦朧とさせながら体を起き上がらせると、未だ齧りつく虫をカバンから出した水筒で殴りつける。体に付いた虫を殺しきった後、ゴホゴホ咳をしながら、また這いずる移動を開始する。長い坂を転がって降りたので、何とか虫を離す事には成功したものの、体中が痛くて動くのも辛い。このままでは逃げ切れない。時間稼ぎにはなったが、追いつかれればこれ以上抵抗が出来ない。だから前方からカサカサッ、チギッチギッと聞こえた時ラルフの体から力が抜ける。


「……俺は……虫に食われるために……生き残ったってのかよ……」


 血と汗と大粒の涙を流して拳を握り締める。


「……死にたく……ねぇなぁ……」


 命の危機を前に体が動かず気持ちも折れてどうしようもない。ブヂッガシャッという不思議な音が鳴りながら思ったより遅くやって来る。カサカサッという六つ以上の足を動かす音が徐々に消えてチギッチギッという音が大きく聞こえる。その時、ラルフの意識は途絶える。体力の使い過ぎで気絶した。


「……ドウシテ アタシ ハ、オ前ノピンチニ何度モ遭遇スルンダ?殺セトイウ神ノオ告ゲカ?ソレトモ、オ前ヲ生カス事ガ アタシ ノ使命トデモイウノカ?」


 それは神のみぞ知ると言う事だ。ジュリアはため息を吐くと、ラルフを背負った。

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