第十三話 安全地帯
ベルフィア達に合流出来たミーシャは、この不自然に明るい炭鉱の中枢で偉そうに腕を組んで大蛇とそれに寄り添う男を眺めていた。
「おい。妾達は早いとこ先に進まねばならんノじゃ。何故出入り口ではなくこんな場所に連れてきタ?説明しろ」
藤堂は思い出したように振り向いて頭を掻きながらこっちにやって来る。
「いやぁ、すまんすまん。とりあえず落ち着いて話そうと思ってなぁ。虫どもは待ってくれんしな」
苦笑いで受け答えする。ベルフィアはため息をついて顔を背ける。
「どうでもヨいわ。さっさと話せ」
「ちょ……ベルフィアさん。どうしたんですか?さっきは別にそんな感じじゃなかったじゃないですか」
ブレイドはベルフィアの態度を見て融和的な雰囲気が消えている事に言及する。
「まぁまぁ……俺も持って回った言い方をしていたし、ここまで説明不足な感じは否めなかった。仕様のない事よなぁ」
藤堂はベルフィアの不機嫌を自分の説明不足のせいだとするが、実の所そうではない。ミーシャに対し蛮行を働いた馬鹿な蛇を庇う藤堂が気に食わないのだ。ミーシャがこの程度の魔獣如きに傷を負うなど思っていないが、これは許し難い事だ。ミーシャが「殺せ」と命じてくれれば喜んで殺すが、全く手出ししないミーシャを尻目に勝手に沙汰を下すのはそれこそ神への軽視。一応大人しくしているが、口調が攻撃的になるのはベルフィアの性格上仕方がないのだ。
「……そこの爬虫類」
ミーシャは大蛇を指さす。大蛇は鎌首を擡げてミーシャを見る。
「お前は私達が入って来た事をどうやって知った?」
先小競り合いの最中の会話で出た『迷い人?他にも何人か侵入者がいるようだが……お前の仲間か?』というセリフ。他の侵入者の情報をここから動けるはずのない大蛇が知りえたのは一体どういう事なのか?この場所には炭鉱の内部を知りえる何かがあるのだろう。それを聞くや否や魔力の塊に視線を逸らす。光り輝くその魔力の塊は、
『魔鉱石。鉱物でありながら生き物のように魔力を生み出す石。この山脈の隅々まで力を送り、実りや命を与える……』
ミーシャに向き直り、一拍置いて話し出す。
『この魔鉱石の力で侵入者の確認ができる』
「……ということは、今ラルフがどこにいるか分かると言う事ね?」
ミーシャは魔鉱石に視線を移す。
「で?どうやればいいの?」
手をかざして魔力を溜め始める。それを見た大蛇は首を振った。
『魔力を操作するのではない。感じ取る事でこの洞窟内を見渡すのだ』
大蛇は目を瞑ると魔鉱石がさらに光り出した。
『……ラルフとはどちらの事だ?』
その質問に大蛇と藤堂を抜いた五人は疑問を覚える。
「何を言うとル?ここに入っタノは妾達六人だけじゃ。他に誰がおルというんじゃ?」
『これは……人狼と人間か?』
「人狼だって?この辺にはいないはずの種族がどうして……」
ブレイドが考え込むが、ベルフィアとミーシャの顔に苦々しい顔が浮かぶ。アルルは二人の顔を見て不思議に思う。
「どうしたんです?人狼に心当たりでも?」
「ああ、まぁ……ミーシャ様ここは妾が彼奴を処理いタします。今度こそ生かして返しません」
ベルフィアは手首をコキリと鳴らすとミーシャに指示を仰ぐ。ミーシャはベルフィアに手を挙げて制する。
「いや、人狼は生け捕りにする。情報を聞き出したい。ラルフを害するなら殺すが……とりあえず、ラルフを回収しよう。お前」
ミーシャは藤堂に目を向ける。
「ラルフの元まで案内しろ」
「あぁ?俺ぇ?」
藤堂は突然の指名に困惑する。安全地帯で久々に人と話が出来ると意気揚々と帰ってみれば、すぐに移動するようお呼びがかかる。大蛇をチラリと見るが目を閉じて肩を竦めたような動きを見せる。「仕方がない、行ってやれ」と言われている様な雰囲気を感じる。その様子に藤堂も肩を竦める。
「まぁ、俺ぁ暇だしなぁ。ちょっくら行くかぁ……」
「ミーシャ様。妾も……」
「いや、ベルフィアは残れ。ここで爬虫類から情報を聞くんだ。ブレイド、ウィーを貸せ。ウィーを連れて行く」
「なっ!?」
ウィーはすっかり安心して地面に両足をついていたが、それを聞いて急いでブレイドの後ろに隠れる。ガタガタ震えてそっとミーシャを見ている。
「どうした?暗闇が怖いのか?」
「ウィーは炭鉱内の虫に噛まれて怖がってるんです。多分炭鉱を出るまではこんな調子ですよ」
ブレイドもちょっと呆れ気味だ。ずっと抱えて連れてきたのでブレイドを頼りにしている。
「お前の索敵が今必要なんだ。私が守るからついてきて」
「それなら妾ノ”吸血身体強化”で事足ります!是非とも妾を……!」
つかつか歩いてブレイドとウィーの元に行くと、膝を抱えるように屈む。ウィーはブレイドの足に一瞬隠れるが、チラリと顔をのぞかせる。
「ラルフを迎えに行きましょう?」
完全に無視されたベルフィアは口をあんぐり開けて、その様子を見る。ウィーも逡巡するが、ミーシャの真っ直ぐな視線と優しい目に絆されて、ブレイドの足から離れた。ミーシャが立ち上がって右手を出す。ウィーは左手を出して手を繋ぐと、藤堂の所まで歩く。その様子を見たベルフィアはガックリと項垂れた。
「俺の案内が信用出来ないってのかい?」
藤堂も良い気はしない。厚意で案内しようってのに、”索敵”という言葉から疑いの目がある事を示唆しているも同義。面白くないのは当然である。
「知らない奴を簡単には信用しない。それは当然の事でしょ?お前は違うの?」
繋いだ手を離し、ウィーを脇から持ち上げると藤堂の目の前に突き出す。
「それにこの子は万が一の保険よ。分かる?」
「ウィー!」
ウィーはひょろい両手を力瘤を見せる様に腕を挙げる。
「あ~……うん分かった分かった。どうにでもしてくれ……」
そろそろ投げやりな対応になって行く。納得した事を確認すると、ウィーを胸元に持ってきて抱える。手足が自由な状態でぬいぐるみのように納まる。
「……じゃあ皆、ラルフを迎えに行ってくるね」
「お願いします」「お気をつけて~」とブレイドとアルルは手を振る。ベルフィアもすぐさま立ち直ってピッと背筋を伸ばすと、斜め四十五度の礼をみせ「……いってらっしゃいませ」とミーシャを送り出した。




