第十話 進展
ミーシャは一心不乱に虫の駆除をしていた。あっちに行っては虫を捻り、こっちに行っては虫を焼き。罠が発動しては別の場所に飛ばされ、その度に新しい命を潰す。ここでひたすら作業の様に虫を殺していると、次第に心が暗く淀んでいく。
それは昔のミーシャの体現だった。
殺す事は彼女にとっての力の誇示であり、周りに認知される為の手段でもあった。誰にも相手にされなかった自分が唯一誉められたのは殺戮であり、それだけで祭り上げられた。力を振るえば周りはついてきたし、部下は変わらずそこにいたと錯覚していた。
だが、まやかしだった。魔力が底を尽きかけた時、かけられたのは労いの声ではなく魔力の攻撃。
一番信頼し、頼りにしていたイミーナに裏切られ、全てを失った。あの時の恨みは変わらず心に秘めていた。虫に当たるつもりはなかったが、次第に苛立ちが募る。それもこれもラルフと逸れた事による心の均衡の欠如が起因している結果だ。
(また……あの頃に戻るの?)
それはどこからか聞こえてきた。いや、心の声かもしれない。
(……それもいいかもしれない……何も考えず、暴力に身を任せれば簡単に目的が達成できる。仲間なんて必要ない。こんな所で燻るくらいならこの炭鉱を山ごと消し去ればスッキリする……)
ミーシャはおもむろに右手を上にかざす。手の先に魔力が収束していき、今にもこの炭鉱を破壊できる力が溜まっていく。
カツンッ
そこで「ハッ」となる。掌の魔力が霧散し、音の先に振り替える。そこには逃げるムカデに似た虫が石を落とした音だった。
「何だ虫か……」
その時感じた違和感は凄まじいものだった。
「え?私……何をしようと……」
自分の手を眺める。今無意識に炭鉱を破壊するべく魔力を放とうと力を高めてしまった。もはや手癖みたいなものだが、自分でも怖くなるくらい自然な行動だった。まるで自分の体では無い程に……。
広げた右手を握り締めて、力なく下ろした。
「殺しすぎたかな……虫……」
存在を知らしめる為に力を振るう必要はもうないのだ。ラルフが側にいればそれで良い。ついでにベルフィアとブレイドとアルル、ウィーが居ればバラエティに富む。
この力は手に入れたものを奪われない為の力だ。自分を守る為の力だ。仲間を守る為の力だ。そして何よりラルフの為の……。
もう虫はどうでもいい。というよりあまり殺戮衝動に身を委ねると自分を見失う。ミーシャは気持ちを奮い立たせ、胸を張ってずんずん進む。考える脳の無い虫達ですら、ミーシャを危険だと認識し、巣穴から出る事も無い。邪魔者の居なくなった通路はミーシャの出す音以外、音もなく静かなものだった。丸い光の球体を操作し、前方を照らす。そうするとよく分かる。壁が地味に流動して見え、魔力が壁を伝って隅々に行き渡っている様子が。転移の罠を発動させるために必要な魔力がまるで神経伝達のように流れていくのが観測出来る。
入り口に入って間もなくこの仕様に気付いた事からラルフの観察力は普通ではない。様々な遺跡を探索してきた経験がそれを可能にしたと思われる。経験の少ないミーシャには、見破るのは難しかっただろう。だがそれもほんの数秒の差だ。分かってしまえばなんの事はない。転移の罠の経験がないわけではないので大体分かった気になれる。
完全な攻略法などないのでここからは勘に頼りざるを得ないが、要は魔力が枯渇すればただの炭鉱になるはずだ。魔力の元を辿れば何か分かるかもしれない。チームメンバーを探すよりは簡単に辿り着けそうだ。
「……よしっ!」
少し気合いを入れて実行しようと歩き出した時、ミーシャの目の前がまた暗くなった。光の球体が消えたのではない。これは何度も経験している。
「……また飛ばされた……もーっ!面倒臭い!!」
ミーシャは地団駄を踏んで、また光球を発生させる。魔力量は膨大であり、光球にも少量しか使用しないので、そこまで問題はないものの、わざわざ出さなければならない労力は煩わしい。一個は暗いので三個くらい一気に出す。前方、真上、真後ろに配置し、昼間のような明るさで照らし出す。転移先をキョロキョロ確認し、何も無い事を確認すると、壁に手をつく。目を閉じて魔力の胎動を感じると、中心に向かって歩き出す。別れ道に何度も当たって、その度に確認しつつ前に進む。徐々に魔力の根源に近付きつつある事に気付くと足早に歩を進める。
「ん?」
うっすら何かが見えている。目を細めるがよく分からない。光球を横にズラすと目の前に自分が出した光球とは違う光が見えた。「はっ」とするミーシャ。チームで光を発生させる事が出来るのは自分を除いて二人。アルルかラルフの可能性が高い。となれば、ミーシャより先にこの炭鉱の罠の動力源に気付き、そこを目指して移動した可能性もある。この考えは正解だったようだ。
自分の考えに自信を持ったミーシャはふんぞり返って進む。この炭鉱で自分が出した光球より明るく、そして最も広い空間に出たミーシャはそこに居た生物に目を見張った。
そこにいたのは全長20mはありそうな大蛇。坑道をギリギリ通れそうなくらいの幅のある大蛇が、光輝く大きな光球を守るようにそこにいた。魔力の根源は間違いなくこの光の大玉だ。これを破壊すれば、罠として起動している転移を完全に阻害する事が出来ると思われる。
気がかりなのはこの大蛇の存在である。生き物は虫だけかと思ったが、そんな事は無かった。殺すべきか迷う。虫のせいでいろいろ考えさせられてしまったのがここで大蛇を殺す事に躊躇いを感じさせた。第一何でこんな存在がここにいるのか?出るのも一苦労だろうし、転移の罠が発動すれば、下手したら体が輪切りになる可能性も捨てきれない。
「そうか、だから動けないのか……」
ここにいる理由は単純明快だ。きっと閉じ込められたのだ。転移の罠が発動しているのはこの蛇を飢えさせないようにする為の罠なのだろう。入ってきた生物が最終的に行きつく先がここなのだ。ここで餌となって蛇を生き永らえさせるのだろう。
何の為に?そこまでは何となく理解出来るがそれだけだ。詰まる所、この蛇が全ての元凶なのか?それとも単に閉じ込められた被害者なのか?
正直どうでもいい事に妄想を膨らませていると、
『お前は何者か?』
という声が聞こえてきた。ここにはミーシャと大蛇と虫くらいしかいない。もし喋るならこの蛇だろう。
「ほう、喋れるのか?我が名はミーシャ。ただの迷い人よ」
ミーシャはふんぞり返りながら蛇に自信満々に応える。
『迷い人?他にも何人か侵入者がいるようだが……お前の仲間か?』
「不躾な蛇ね。こちらが名乗っているのに名乗ろうともしないなんて」
ミーシャはキッと目を吊り上げて威嚇する。腰に手を当てて、上位者の態度で返答する。
『ここはお前のような者が来るところではない。我に食われるか、虫に食われるか、お前に選ばせてやろう』
蛇も変わらずミーシャを牽制する。
「……はぁ……やっぱこうなるのね……ここに侵入したのは私の仲間よ。ということで私からも提案なのだけど、もし全員無事にここから出してくれるなら、命だけは助けてやるわ。拒むなら消滅してもらうけど……どうする?」
『話にならんな……ひと思いに食ってやろう』
「会話をしようともせず一方的に食べようとしているくせに……やっぱり魔獣は魔獣ね。言葉を解するだけで話にならないもの」
諸手を挙げて「お手上げ」のポーズをした後フンッと鼻を鳴らす。両者睨み合う。どちらもこの敵をどう料理するか考えを巡らせた時、
「ミーシャ様!!」
大きな声で名前を呼ばれた。その瞬間緊張の糸が切れる。自分が来たこの広間の出入り口に目をやると、そこには五人の人影があった。内訳はベルフィア、ブレイド、アルル、ウィー、そして知らないおっさん。
「……ラルフは?」
そう言葉を出した瞬間。また目の前が真っ暗になった。生臭い息がかかる。蛇の口の中にいるのは間違いないだろう。視線を切った瞬間にパクッといかれた。
「ミーシャ様ぁ!!」
その声はくぐもって聴こえる。当然だ。蛇の上顎が邪魔をして聞き取り辛いから仕方がない。ミーシャはシールドを張り、外界と自分の身を遮断すると思い切ってシールドを拡張してみた。蛇の口は耐え切れず、簡単に口を開かせられ顎が外れる。
「いきなりかぶりつくな。マナーの無い奴だな。先ずは”いただきます”だよ」
最終的にドーム状に展開されたシールドが蛇を押し返し、仕切り直しとなる。両者睨み合いの中「まったく……」といって歩き出した奴がいる。両者の間に割って入ったのは良く知らないおっさんだった。
「ちょ……トウドウさん!危ないですって!!」
ブレイドは大声で注意喚起をする。しかしこの男、藤堂 源之助(とうどう げんのすけ)には届かない。
「両者矛を収めよ。この修羅場、俺が預からせてもらう」
いきなり出てきて格好付けたはいいが、ミーシャから言わせてもらえば、
「だからお前は誰なんだよ」
である。だが蛇は一定の理解を示し、先ほどの殺気を感じなくなった。
「申し遅れた。俺ぁ藤堂 源之助。この炭鉱に住んでるおっさんだぁ」
ミーシャにキレイな一礼を見せると、大蛇に向き直る。
「安心してくれ。こいつらは大丈夫だ!俺が保証する!」
闘争の空気はこれにより霧散した。ここを知る唯一の手掛かりっぽいおっさんと、ベルフィア達に会えた事は大きな収穫だ。ラルフがいない以上気が抜けないが、ひとまずミーシャの一人炭鉱探索は終わりを迎えた。




