第五話 休戦
しばらく二人で歩いて二股に分かれた別れ道に当った。
「……ドッチニ行ク?」
ジュリアは肩を並べてチラリと流し目でこちらを見ている。ラルフはライトを左右に振ってみる。どちらも途中で闇に吸われてしまって奥までは照らせない。その上、奥にチラリとも光が見えない、人の気配がしない事もあってどっちに行っても誰にも会えない事は目に見えている。転移の関係上、意味ないと思ったが指を嘗めてかざしてみる。やはり際立った風も感じない。
「……どっちに行きたい?」
正直どっちに行こうが出入口に着きそうにない。
「虫さえ居なけりゃどっちでもいいんだけどな」
「ソレハ無理デショ。ドッチニ行ッテモ虫ハ出テクルト思ウヨ?ソレニ虫ダケダト思ウ?」
虫に襲われたせいで虫に対して警戒心が強くなっていたが、それはそうだ虫だけのはずがない。ネズミやモグラに似たような魔獣がいる可能性もある。こいつらの怖い所は群れる所でもあるが、病気を持っている所である。噛まれたり引っかかれたりすれば回復材がなければじわじわと死に向かう。毒消しでも大丈夫だが、今どちらも持っていないのが厳しい所だ。
そういえば虫に噛まれた所はどうなっているのか裾を捲り上げてみる。赤くなっているだけで特に腫れ上がったりとかしてなかったので毒にはかかっていないと思うが油断できない噛み跡だ。
「ン?何ヲシテイル?」
「……いや、何でもない。何か食うか?」
裾を直して鞄を漁る。その様子を見て、ちょっと嫌そうな顔をする。
「食ベ物ヲ鞄ニ入レテイルノカ?ヒューマンハ……」
ジュリアも実は気になっていたのだ。鞄の中から薄っすら調理済みの匂いがしている事に。
「おいおい。それは普通だろ?鞄に入れなきゃどこに入れるんだよ……」
「調理済ミノ食ベ物ヲ鞄ニ入レル奴ヲ見タ事ナイ……」
「直接入れてないよ。これを見ろ」
鞄から缶詰を取り出して手の上に乗っける。金属の入れ物はジュリアには珍しいようで裏返してみたり覗き込んでみたり臭いを嗅いだりしている。確かにここからほんのり香っている。
「エ?コノ金属ノ……何?」
「これは缶詰って言って、この中に美味しく調理された食べ物が入っているんだ」
初めて見た物に興味津々でしばらく眺める。それと同時に臭いを嗅いで何度も確かめる。
「腐ッタリシテイナイノ?」
「大丈夫だよ。ドワーフとヒューマンの共同開発で生み出された最高の入れ物さ。三度の冬を越えられるくらいは持つように出来てる」
どんな魔法を用いたのかと不思議に思うが、腐っていたら吐き出せばいいかくらいに考えて缶詰をくるくる弄びながら開け口を探す。
「フーン。デ?ドウヤッテ開ケルノ?」
「ドワーフの友達が好意で作ってくれた特注品で缶切りっていう特別な道具があってな……まあ、別に蓋自体は薄い金属だから専用の道具じゃなくても開けられるけど、こいつを使うのさ」
それは缶を開ける事に特化した湾曲したり嫌に鋭かったりする特別なナイフだ。缶の淵に引っ掛ける様に刃を構えると手前に引く。プシッという音と共に缶の中の良い匂いが立ち込める。それを見て感心したように目を丸くしたジュリアは金属の蓋に爪を立てた。同様にプシッという音を立てて密閉されていた缶の中に空気が侵入する。それを見たラルフはビビる。
(どんだけ硬い爪なんだ?)
薄く柔いと言っても金属は金属。同等以上の硬さや押し潰すくらいの高圧縮でなければ決して開く事は無い。詰まる所、ジュリアの爪の硬さと腕力は缶の蓋などいとも容易く開けられるくらい強い。鼻を回復させる際、反射的に振るった手に当たった時腕が折れただけはある。二人してグリグリ蓋を開けると中身が見えた。ジュリアが受け取ったのは野菜の煮物缶。ラルフが開けたのは焼き鳥缶である。
「ム?肉ガナイワ」
ラルフの缶と自分の缶を見比べて不満を漏らす。
「何だ?野菜は喰えないのか?結構旨いのに……」
「ナラ交換シテヨ。ラルフガコッチヲ食ベテ、アタシ ガソッチヲ食ベレバ不満ナンテナクナルデショ」
ジュリアは缶を差し出す。ラルフは(わがままだな……)と思いつつも缶を交換しようとジュリアの手の上の缶に手を添える。
「……一時休戦……だよな?」
こんな時だが確認は大事である。交換にかこつけて聞くのは少し卑怯だったかもしれないが、何でもないように振舞いながら内心穏やかではなかった。特にさっきの鋭すぎる爪は恐怖に値する。
「ソレハ……マァ、コンナ状況ダシ仕方ガナイデショ……」
ジュリア的には脱出するまでは敵を使うのもやむなしと思っている。ラルフが消極的なのはジュリアの身体能力が圧倒的に上だから仕方がない。拮抗していれば伺いを立てる事も無かっただろう。不安なのはどちらも同じである証拠だ。缶詰を交換し、乾杯の要領で缶同士をぶつけ合う。カンッという間抜けな音が鳴って開けた缶に手を伸ばす。
「フォークはいいのか?」
と食器を差し出すが、ジュリアは無視して指で掬い取って食べる。鼻のいいジュリアには強烈ともいえる味わいだ。腐ってはいないし、歯触りも良いが、とにかく胡椒が利きすぎている。カァッカァッと鼻に胡椒が抜ける度に息を吐いては中身を食べる。頑張って中身を空にする頃には鼻は利かなくなっていた。ラルフも同時に食べ終わり、二人は缶をその辺に捨てる。
「モウ……!ヒューマンノゴ飯ハ何デコンナニモ調味料ヲ利カスノ?コノセイデ鼻ガ駄目ニナリソウ」
鼻頭を指で擦りながら鼻を心配する。
「単純にお前の鼻が良すぎるだけじゃないか?種族の違いがそのまま味覚の違いにもつながっているだけだろうな」
取り付く島もない。その通りだからこそ何とも言えない不満顔を作るジュリア。
「飲ミ物アル?」
「あるけど、あんまり飲むなよ?いつまで閉じ込められるか分からないんだからな」
水筒を取り出し蓋をコップにして水を注いだ後、ジュリアに渡す。珍しいものを見たジュリアは感心しながら受け取ると、ペロペロと舌で恐る恐る飲む。通常の水であると確認するとグイッと一気に煽り喉を潤す。軽く食事を済ませると二人の間には奇妙な信頼に近い感情が生まれていた。また肩を並べて別れ道に立つ。
「……一時ダカラネ。勘違イシナイデヨ」
「何だ?分かってるよ。一時な一時……でもここ出てもすぐに襲わないでもらうと助かる……」
「ン……考エトク……」




