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第四話 絶体絶命?

 ラルフは延々追ってくる虫達に辟易しながら炭鉱内を走り回っていた。

 行けども行けども岩肌が続く。炭鉱であるならば木枠の一つでもあっていいはずだが、入り口付近だけで奥の方は木枠は無い。掘っていく過程で補強を怠れば崩落しそうなものだが、不思議と形を保っている。


「ハァハァ……やっぱ……流動してんな……ハァハァ……」


 走りながらも景色を確認し、現在の状況を精査する。飛ばされる直前同様、壁が動いている。この後すぐにでも転移させられる可能性はあるが、兆候だけで一向に飛ばされない。もしかしたらその場に留まらないと飛ばされないのかもしれない。

 虫の勢いは留まる事がなく立ち止まれば喰われる。この転移が危険回避に上手い事作用しないものか頭の隅で考えていたが、よく分かっていない仕掛けに身を任せるのは危険な上、難しい事に気付いた。自分が段々追い詰められている事が背筋を冷たくさせる。ミーシャの様な超常的な力がない。ベルフィアの様な不死身の体を持っていない。万が一疲れて倒れたりしたら虫の餌になってしまう。体力を回復させる必要がある。


「ハァハァ……ど、どこかに……ハァ……休憩ポイントは……」


 全速力で走っていたラルフは徐々に速度を落とし、小走りに切り替える。虫の放つカサカサ音は徐々に遠のいたがまだ聴こえていて依然予断を許さない状況だ。

 その時、虫の音とは違うチキッチキッという固い床を引っ掻くような足音が聞こえた。その音にジャッと急ブレーキをかける。耳をそば立て何処から音が鳴ったのか確認する。


(……正面……?この足音は魔獣か?)


 挟まれた。獣の足音が聞こえる。前方に獣、後方に虫。

 ラルフは腰に手を当てる。そこで気付く。ダガーはゴブリン戦で壊れた。仕方なく代わりに投げナイフを取り出すが威力に乏しく心許ない。ライトを口に加えて鞄を探る。縄、水筒、鉤爪、筆記用具、羊皮紙、布巾、マッチ箱、缶詰。目ぼしい物はない。


(不味いな……)


 街に寄れなかった事もあり、消耗品は失くなり、対抗手段も無い状態でここにいる。最近はミーシャやベルフィアが居たお陰でそこまで難儀していなかったせいかここに皺寄せが来ていた。

 戦闘、警戒、索敵、魔法に食事。仲間が増えてラルフの負担が減り、考える事も減ってきたと思っていたのに……。


「バカが……」


 自分は日和ったのか?一人で生きてきたのに対処が出来ない。本来ならこんな状況だろうが、もっと過酷な状況だろうが三日間は生き延びれる。ここまで必要な物がないのはいつ以来だろう。駆け出しの頃に何度か体験した事がある。足りない物が分からず、少しずつ鞄に増やしてきた頃の状況だ。投げナイフを目の前に構える。ただのヒューマンである自分は武器がなければ魔獣に対抗出来ない。アイテムがなければ時間稼ぎも難しい、非力な生き物なのだ。これでは戦えない。様々な所で運良く生き延びてきたものの、今回ばかりはその運も尽きたようだ。


「炭鉱に罠か……ちょっと考えれば気付きそうな事だがな……」


 自分の不甲斐なさを恥じ、自分の経験を蔑む。泣いても笑ってもぶっつけ本番。命の選択。覚悟を決めて正面にライトを当てる。足元から徐々に上にあげる形でライトを向けると、二足歩行の獣がそこにいた。その姿は洞窟で生息していないであろうこの辺でも珍しい魔獣人。人狼(ワーウルフ)


「!……ジュリア!?」


 紛れもない。それはアルパザの戦闘で幾度も見た顔だ。ミーシャを殺しに来たカサブリア王国(キングダム)の刺客。そして、何故かラルフもターゲットに入っているらしく、命を狙われている。鼻を潰したり、目を潰したり、骨を折られたり、回復させたりの奇妙な知り合いである。


「ヤハリ……オ前カ ラルフ」


 相手は鼻が良い。少し離れた位置から既にラルフの存在を感知していたようだ。


「え?……こんなところまで殺しに来たってのか!?嘘だろ!?」


 ラルフは驚き戸惑い一回後ろを振り向いた後、ジュリアを二度見する。


「ソウダ。ソレガ アタシ ノ任務……」


 ジリッと戦闘態勢に入るジュリア。それを見て焦りを感じる。後ろの虫は大群でラルフを食べようと全力で距離を詰める。正面には武器があっても勝てない人狼(ワーウルフ)。「死んだ」というのがラルフの感想だ。しかし、ラルフは恐怖と焦燥から気付いていない事があった。ジュリアは自分とさして変わらない状況に立っている。

 つまりこの炭鉱に閉じ込められているという事。話を合わせる事が出来れば利害の一致で行動を共に出来る。そして、敵味方関係なく知り合いというのもポイントだ。初めての出会いであれば面倒な話し合いが必要だが、それをすっ飛ばせる。図らずも運に恵まれた状況であった。

 それに実のところジュリアはラルフ以上の恐怖心を抱いていた。ルーザーズ六人全員の臭いが突然途切れた事に驚き戸惑い、炭鉱に急いで入った直後、罠が発動し暗闇に放り出された。目を凝らしても1cm先すら見えない真っ暗闇というのは一度も経験がない。さらに虫に齧りつかれたり身体中を這われたり……肉を食いちぎられる事は無いがチクチクするし単純に気持ち悪い体験も強制的に体感した。イミーナに進言した通り、ジュリアには荷が重かった。鼻を頼りに少しづつ進み、虫を撒いては、また訳の分からない所に飛ばされる。


 ようやく知っている臭いを見つけて恐る恐る近付いてみたら、明かりを持った知っている顔を見つけ、心の底から安堵した。この場所での明かりとは日の元に生きる者達の救済の光。そして、敵とはいえ知っている顔と出会えたのは幸運だった。得体の知れない何かと遭遇するか、嫌いでも知っている奴と遭遇するかでは天と地程違う。もっと言えばチームの中でバッタリ会うならラルフ以外は自分の身が危ない。ジュリアにとってもこの出会いは運が良かった。

 この時ジュリアはラルフに対し安心感を持ってしまい、調子が狂っていた。どうしたらいいか分からず混乱し、とりあえず構えたのが今。そんな状況の中、先に動いたのはラルフだった。


「ちょっと待ってくれ!こんなわけ分からない所で死にたくない!!虫に(むさぼ)られて死ぬなんて考えたくもないぜ!!そこをどいてくれジュリア!」


 ただただ必死。彼のこの姿は無様だった。その無様さを見て構えを解く。ジュリアは(すこぶ)る鼻が良い。人狼(ワーウルフ)部隊”牙狼”でも随一の嗅覚を誇る。その嗅覚はラルフのかいた汗を嗅ぎ、嘘ではないと確信できる酸っぱい匂いを感じ取った。


「……虫ダト?オ前ノ後ロニイルノカ?」


 耳をそば立て音を探る。ラルフの後ろから来ているカサカサ音。そしてスンスン鼻を鳴らし、虫達が放つ()えた臭いを探知するとジュリアは目を開けた。


「大丈夫ヨ。マダ距離ハアル。ココハ何ナノ?何ノ為ニココニ入ッタノ?」


 ジュリアはラルフと出会った安心感からか自分の身に起きた理不尽な出来事に疑問と苛立ちをぶつける。それと同時にラルフもジュリアの様子に落ち着きを取り戻していく。(あれ?もしかして……殺されない?)という空気を感じたからだ。ちょっと安心したラルフはため息を吐いて項垂れる。


「大丈夫じゃないだろ……質問より先にどこかに休憩できるような場所はないのか?」


「アノネ……勝手ニ景色ガ変ワルノニ、休憩場所ナンテアルワケ無イジャナイ」


 至極真っ当な意見である。ラルフが観測した流動する壁を考えても、意味の分からないこの炭鉱にまともな休憩場所など確保出来るわけがない。内心「そうじゃないか」とは思っていたが、他人に改めて指摘されると「そうだよね」と頷かざるを得ない。


「……しょうがない。最後の手段だ……」


 ラルフは腰に手を当てて、足を肩幅に開く。顔は俯き加減で「ふーっ」と息を整える。ジュリアは「最後の手段」というその答えを待っていたが、話す気配がないので徐々にラルフの側に行き、訝しい顔をしながら顔を覗き込む。


「……?……ナニ?」


 ラルフは動く気配もなくじっとしている。ジュリアは虫の接近を感知している。このままでは虫に追いつかれる。


「ネェ、ラルフ。コノママジャ虫ニ喰ワレルヨ?」


 ラルフはジュリアに視線を合わせて諦め気味に声を出す。


「……どうのしようもないんだから飛ぶしかねぇだろ?」


「飛ブ?」


 岩肌にライトを当てて、その辺りを確認している。


「……俺の勘が正しければ、そろそろ来るな。手、握る?」


 ラルフは自然に左手を差し出した。


「ハァ!?ナ、ナンデ?!」


「逸れたら嫌じゃない?この炭鉱のギミックを使おうかなって思って……」


 その言葉に疑問が絶えない。


「ギミック?ヤッパリココノ事ヲ知ッテイルンジャ……」


 ラルフの差し出された左手の手首を右手で鷲掴みにして捻り上げようとした時、虫のカサカサ音と共に饐えた臭いも消え去った。ジュリアとラルフ以外の全てが切り替わる。無音。二人の息遣いだけがこの空間を支配する。二人は辺りをキョロキョロ見渡した後、どちらからともなく視線を合わせる。


「……なんとか……なったな」


 ラルフの読みが当たり、虫の大群から逃げ切る事に成功した。”転移”出来るかどうかは博打だったが、その一か八かに何とか勝利した。ジュリアは未だ何をしたのか疑問ではあったが、ラルフの左手を離し「……ウン」と頷いた。

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