第二話 迷子
「ラルフ―!ラルフ―!」
ミーシャは迷子で不安になった子供の様にラルフの名前を呼び続ける。ほとんど半泣き状態だ。一人になる事は怖くない。暗がりだろうと何だろうと自分を害する事の出来る存在など居はしない。ミーシャがとにかく焦っている理由はラルフの安否ともう一つ理由があった。それは一度だけ乗った事のある幽霊船。
第十の魔王”白絶”の船、「白い珊瑚」。
魔族の歴史を紐解いてみても二隻と作る事の出来ない魔導戦艦。内部は白絶の側近であり案内人でもある黒ずくめの未亡人しか知らない。幾度も通路が変わって、その都度出入り口が変更される海に浮かぶ砦。入ったら二度と出る事の出来ない最悪の船。この炭鉱跡も同じならば自力での脱出は不可能だと言える。焦って呼び続けていたミーシャは疲れて休憩する。その時間に現在の状況を整理し考える事にした。
(……あの船はどんな造りをしていた……?)
旅行気分で行った当時の状況を思い出す。未亡人は何かを目印にしていたのか?ただ単に歩いているようにしか見えなかった。しかし何かあるはず。何もなければあれだけ堂々とあの迷宮を歩けるはずがない。というのも勝手に出歩いて迷った事があるのだ。割とすぐに見つけてもらえたから癇癪には至らなかったが、時間にしてあと10分ほど放置されていたらこの世に二つとない船を破壊するところだった。今回は仲間の住居でもなければよく分からない山脈の炭鉱。とくれば破壊しても文句はない。
(……ううん、現実的じゃない)
ミーシャだけの脱出劇であるならそれで十分だ。しかし肝心なのはラルフの救出である。死なせてはいけない事が最も難しい。ついでに最近仲間になったブレイド、アルル、ウィーも生き埋めになれば最悪死ぬだろう。ベルフィアは何の心配もない。ミーシャは適当な岩に腰かける。
「!……冷たっ」
その岩はちょっと湿っていた。服に染みると思いサッと立つ。適当な布もないのでイラっとしつつも、どうにかならないか手で払ってみる。意外にもろい岩肌はボロボロと崩れる。簡単に湿った部分が取り除かれたので意気揚々と座る。
座ったら落ち着く事が出来て、心に余裕が生まれた。改めて周りを見渡す。白い珊瑚ほど見た目は複雑ではない岩場だらけのゴツゴツとした景色が広がる。所々に穴があり、そこから多くの虫たちがワラワラと這い出ている。本来ミーシャに近付いてくる野生生物など数える程しかいないのだが、ここの虫達は常に獲物を探しているのか強い弱い関係なく群がろうとしてくる。
いつもの様にシールドを張って虫の侵入を防ぐ。次から次にシールドに群がっては弾かれて、弾かれた後もまた群がる。15cm先の足元はすっかり虫で埋め尽くされた。無様に縋りついてこようとする虫共を見て仲間を思う。こんな虫共に食べられるような柔な奴はウィーとラルフくらいだろう。ウィーはベルフィアが回収しているはずなので多分問題ない。後ろを気にしていなかったがよくよく考えてみれば、あの四人は辛うじて外に出ている事も考えられる。
ここでじっとしていても何も始まらない。しかし、ラルフを宛もなく探し回っては先の状況の二の舞である。半泣きで探すのは一旦止めにして、アクティブに動いてみる事にする。
「とりあえずここにいる虫を駆除してみようかな……」
それは単なる思い付きだったが、不意に”鏖”時代を思い起こさせる。少し前まではグラジャラク大陸を支配する魔王だった。しかしイミーナはミーシャを政治的な事から遠ざけ、何も出来ないようにしていた。唯一許されていたのは暴力ただ一つ。ミーシャにとっての心の拠り所は暴力だけだ。
このミーシャの判断は炭鉱跡の虫の約30%が消滅する事態へと発展する事になる。




