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十話 一方そのころ……

 白い壁、赤い絨毯(じゅうたん)(ちり)一つ無い廊下を5人の騎士たちが早足で進む。使用人たちが道を開け、道の端で(こうべ)を垂れる。それに対し挨拶もなしに通りすぎる。


 急ぎ足で歩む5人の騎士たちは揃いの黒い鎧を装備しているが、中央で率先して歩く騎士の鎧は独特の紋章が付き、赤いマントまでしている。傍から見ればリーダーの風格がある。その上、他4人の騎士たちが顔をフルフェイスの兜で隠す中、一人だけ顔を晒していた。

 髪は後ろに流しているが、整髪料などでガチガチに固めず軽く後ろに撫でただけの甘めのオールバックといった印象。前髪はカチューシャで止めて、邪魔にならないように視界を開いている。ただ止めが甘いのか、ファッションか、前髪が左右の端に二本垂れている。切れ長で猛禽類のように鋭い眼光、鼻筋も通っていて端正な顔立ちの青年。眉毛が太く凛々しい。


 精巧な作りの扉の前に立ち、呼吸を整える。もちろんこの程度で疲れたわけでは無い。今回の要請は興奮冷めやらぬ話だったからだ。事の真相を知るまでは落ち着くのは難しい。呼吸を整えるわずかな時間に青年の左右に整列が完了した。左右に目配せをして状況を確認すると扉をノックする。その数秒後、女使用人が扉をわずかに開けて騎士たちを確認する。


「黒曜騎士団団長ゼアルだ。召集を受け参上した。公爵は中に?」


「……少々お待ちくださいませ」


 女使用人は一旦扉を閉めて中にいる主に確認を取りに行く。このちょっとの時間がしきたりとはいえ、まどろっこしい。すぐに扉を開けて中に入り、詰め寄りたいところだが……。

 はやる気持ちを抑え込み、女使用人を待つ。いつもより早く扉が開き


「失礼いたします。お待たせいたしました。どうぞ中へ……」


 扉を開けると応接室となっていて三人掛けのソファ。大きめの机とそれを挟んで一人用のソファが二脚、その奥に作業用ではあるが黒い重厚な机が置いてある。

 そこに座る男性がここの主。口髭を立派に生やし綺麗に切りそろえている。肩幅が広くがっしりとした体格、姿勢もよく歳であることを感じさせない。若いころからあまり変わらない体つきは今でも訓練をかかしていないからだろう。いつまでも若々しいが目元や口元、手の(すじ)に至るシワは経た年月を感じさせた。


 イルレアン国の第一騎士団将軍でこの館の主、ジラル=(ヘンリー)=マクマイン公爵。

 人類の国家で軍事力最強と謳われたイルレアン国。その国の事実上、最高権力者だ。


「よく来たゼアル団長。入り給え」


 マクマイン公爵は渋く重い声でゼアル団長を呼ぶ。顔を上げず書類に目を通していてこちらをチラリとも見ないが、職務中、それも部下に対してはいつものことだ。


「失礼します」


 マクマイン公爵からも直接の許しを得て中に入る。観葉植物が置いてあり、一応絵画なども飾ってはいるものの煩わしくない程度の無名画家の風景画一枚だったり、調度品も白の陶器の皿に青い文様で装飾された目にうるさくないものが一枚。琥珀色の福の神をかたどった小さな像が5つ。どれも見るからに安い。調度品は実用的な棚の上にぽつぽつと置かれている。唯一オルゴールだけは精巧なもので高価なものだと思われる。


 実はこの部屋、応接室とは名ばかりの公爵お気に入りの部屋で書斎があるにもかかわらずここで仕事をしている。きちんと応接室は別室に存在し、そこで王や各国の大臣たちを持て成している。


「そちらも職務中だというに、わざわざ呼び出してすまんな」


 全員が入室し、所定位置に立ったところで顔を上げる公爵。丁度仕事がひと段落したと見える。


「……もったいなきお言葉」


 ゼアル団長は一礼して答える。


「さて呼び出したのは他でもない……なんとも度し難い情報を聞きつけてな……」


 そのセリフにのどが渇く。聞いた噂が本当ならと思うと焦りを抑えられない。唾を飲み込みたい衝動に駆られるが、ここで尊敬する上官に無様は晒せない。静まり返った部屋に書類の音が鳴る。


「これを見ろ」


 書類を二枚抜粋し、ゼアル団長に差し出す。それを(うやうや)しく受け取ると内容を確認する。


「!……これは……」


 克明(こくめい)に書かれた書類は噂の度合いを大きく超えて衝撃を与えた。


「まさかとは思っていたが、ここまでとは……」


 マクマイン公爵は過去の戦争で見た恐ろしき怪物を思い浮かべ、当時のことを思って哀愁にふける。ゼアル団長は震えながらもはっきりと内容を言葉にした。


()の竜が……魔族に堕ちた」


 部屋に動揺が走る。ここに揃うは黒曜騎士団の精鋭。滅多なことでは身じろぎ一つしない信用たる4人がその鎧をこすらせ動揺から声まで発してしまう程だ。


「ああ……あの化け物は何でもやってのける。我らが思うすべての事柄で、そのすべてを上回る。あの時もし撤退しなかったらと思うと、私はここにはいまい……いや、ただ命を(なが)らえただけか……」


 いつもの堂々とした公爵が少し小さく見えた。そんな公爵に言える事など何もない。部下と使用人の顔も曇る。空気を換えるためにも書類の2枚目を見る。


「!?……まさか……我らはこのために?」


 そこに書かれていた驚きの内容は先ほどの公爵が打って変わってニヤリと顔に余裕を出す。


「そう、その通りだ。奴らは判断を誤った。人類存続の危機が一転我らの勝利につながる一手となりえる」


 もったいぶった言い方に書類を見る事の出来ない部下一同は「気になって仕方がない」「その後を聞かせろ」といった風な催促が聞こえてくるほど身を乗り出し耳をそばだてる。

 しかしこれに関しては()しもの団長も公爵さえ叱責はできない。気になるのは当たり前だからだ。公爵に至ってはむしろこの状況を楽しんですらいる。


「魔族間で反乱があった。第二魔王が裏切りにより半死半生と……」


 ゼアル団長は部下一同に聞こえる様、その一文を口に出す。どよめく。魔族同士の裏切りは過去にもあった。今回が初めてではないし、他のいざこざも領地争いでぶつかる事も多々あった。人類が生き延びられたのは人類との戦争以外にも魔族同士で勝手に争っていたのも大きい。魔族同士の争いの末、漁夫の利により人類が生存圏を得たというのも過去二例存在する。


 ただ魔王が反乱により半死半生とは過去に例がない。


 魔王に据えられるにあたって重要なのは力である。魔族は力を重視する傾向にあり、最も強き者が上に行く。頭脳派の例外もいるようだが、多くの場合その国の最強が王となっている。下々の魔族が魔王を相手に生き残るのは難しいし、国を転覆に追いやる行為など、魔族にとっても害でしかない。


「この事態は我らにとって最大の好機、見逃す手はない」


 マクマイン公爵は机に両手を置き、ゼアル団長を見据える。


「……第二魔王の討伐……」


「うむ……彼奴(きゃつ)を殺しきれ、半死半生は人類史の一生に一度のチャンスだ」


「……マクマイン公爵。無知な私にお教えいただきたいのですが、この第二魔王……一体何者なのでしょうか?殺しきることに異論は一切ないのですが、裏切られる程度の魔王をそれほどまで持ち上げられる理由とは?」


 黒曜騎士団はマクマイン公爵のお抱え騎士団。最強の戦闘集団を個人的にも所有したい目的で、無茶を承知で組織された二百余名からなる精鋭揃い。この騎士の団長という栄誉を賜るゼアルは第二魔王が()の竜を堕としたことに一番貢献したであろうことは察している。しかし分からない。公爵が恐れをなし、”人類史の一生に一度”と言わしめた魔王とは?


「貴様も聞いたことがあろう……”(みなごろし)”の伝説を……」

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