プロローグ
無駄な事を考えない方が時間を潰せる。暗い穴倉の中、自分を押し殺し今まで過ごしてきた。
時々、外を思い出す。青い空、白い雲、全てを照らす黄色い太陽、緑の山に色とりどりの街並み……。青……?青は何色だったか?白とは何色だったか?黄色とは?緑とは?この世界には光がない、暗黒の世界。一部の魔族や人種には暗闇を昼の様に見渡せる奴らがいるらしいが、自分にはまるで関係がない。今思い出せるのは景色だけ。形を何となく覚えている。
ここには長い長い年月を過ごしてきた。もう幾年月経たかも不明になった。ここに入って一年と半年は数えていた。その行為が不毛だと思えたのは出る事の叶わない境遇を目の当たりにした時、心が壊れかけたからだ。
思考を放棄した時、永遠とも思える暗黒の世界は男の中で安らぎとなった。この硬い岩場はいつしか安眠の寝床となり、光の届かぬ暗闇は明けることの無い夜となり、時間もなく眠り続ける。生き物として必要な食に関する事柄は彼には不要だ。歴史的大罪を犯した彼はその罪の重さ故、死ぬことの無い不滅の呪いをかけられた。痛覚はあるが傷ついた途端に回復し、傷跡が残る事も無い。飢えと渇きだけが彼に残った。最初こそ苦しい思いで耐え忍んでいたものの、いずれ慣れる。
小動物を探り出しては食べていたが満たされない事が分かった時、逆に齧られる側になった。食べなくなれば襲わない。小動物たちにとって無抵抗で居続ける恰好の餌となり、その辺に自生したキノコと同じ要領で食べられる。彼は環境そのものになっていった。
そうして長い年月、居続けた彼に一筋の光が見えた。これは比喩表現ではなくて、光そのものだ。眩しい。永劫の時を暗闇で過ごしたというのに視力は退化せず、その光を取り込んで周りの景色を映し出す。
手で触れて感じてきた以上に情報にあふれ、齧ったり齧られたりした小動物たちはその姿を現す。想像で保管していた時より長かったり短かったり、岩場を含めた色形は彼の心を大きく揺れ動かした。暖かい光。これがあるから世界はあるんだ。世界はこんなにも美しいんだ。
その光を持つ人物を見て枯れ果てた心は潤いを取り戻し、顔を視認した時、号泣した。
その時初めて懺悔した。自分がやった大罪の意味を知る事が出来た。
泣く男に慌てながら寄り添い、安否を気にした人物は、名を「ブレイブ」と名乗った。