エピローグ
「奴等ハ、洞窟ニ侵入シマシタ。私ノ尾行モココマデデス……」
森からひょっこり顔を出して、ジュリアは通信機に語り掛ける。そこに映し出されていたのはイミーナだ。
「……内部への侵入は不可能と言う事でしょうか?」
「侵入出来ナイワケデハナイデスガ……コレ以上ハ気付カレマス……」
人狼は追跡において他の追随を許さないほど優秀ではあるが、気付かれずに行動となると骨が折れる。まして、洞窟の中までついていくとなると、洞窟内部の魔獣や、その他自然のトラップなど、気付かれるリスクどころか命の危険も考えられる。ジュリアの言葉の節々に拒絶めいた逡巡が見られた。
「随分自信がないのですね。何故なのでしょう」
イミーナはジュリアの自虐気味な物言いに少しばかり引っかかるものがあり、思わず聞いてしまう。
「洞窟ノ探索ハ……実ノ所初メテデ……臭イニヨル探索ハ可能デショウガ、ソノ場ソノ場デ、特有ノ臭イガ混ジルノデ、距離感ガ掴メマセン。最悪何モデキナイママ、殺サレルデショウ……」
イミーナは映像越しで足を組み替える。
「ふむ、なるほど。貴女の恐怖心……理解できます。しかし、何にでも初めてはあります。それを乗り越えてこそ、強くなれると私は思いますが?」
ジュリアの表情が曇る。言いたい事は分かるし、鼓舞しているだろう事も分かる。だが、それとこれとは話が別だ。死ぬ危険性を考えれば飛び込めるものと飛び込めないものがある。
「ふむ……確かにこれ以上は厳しいでしょうね。今の貴女には……」
その言葉にムッとなる。経験が浅いだけに、これ以上は自分のみの力では厳しいのは事実。しかし、労いはあっても見下すのはどうかと思う。ジュリアが押し黙って続きを待っていると、イミーナの顔から映像が切り替わった。
「!?」
そこに映し出されていたのはベッドで療養中のジャックス。吸血鬼に蹴られ、片眼と牙を何本か失ったが、辛うじて生きていた。国に帰った後は糸が切れたように崩れ落ち、昏睡状態に陥った。生死を分ける危険な状況で、すぐにイミーナから任務を言い渡されたジュリアは、後ろ髪を引かれる思いで休みなくラルフ一行の元へと走った。
「脅シ……デゴザイマショウカ?」
またイミーナの顔が映ると、なにも言わず、ただ慈愛の目をもってジュリアを眺める。出来なくてもやらせる。イミーナには無理強いさせるだけのカードが存在するのだ。
「……畏マリマシタ……シカシ、一人デ侵入シタ所デ殺サレルノガ”オチ”デアルト、先ニ申シ上ゲテオキマス……」
*
炭鉱跡の内部はさして汚い事は無く、定期的に掃除されているような綺麗さだった。
「もしかして誰か住んでいるなんて事は……」
ラルフのこの考えはチーム皆の意見であるが、しかし
「この辺りの魔獣は相当な強さを持ってました。俺一人じゃこの辺はうろつかないですし、野盗の類が住み着いたこともありません」
考えてみれば、ブレイドはアイアンベアを一人で狩れる猛者であり、そんな男がこの辺りをうろつかないとなると、その辺の野盗風情ではどうしようもならない。だがそれは、あくまでブレイド級の強さを持たない連中という意味でだ。例えるなら、ベルフィアの様な化け物が住み着けばその限りではない。
「ウィー」
ウィーは耳を澄ませて少し唸る。音が反射して二重に聞こえ、奥に消えて行く。特に何もなかったのかキョロンとした目でラルフを見上げる。
「……今の所、危険はないみたいだな」
「まぁ私がいればこんな場所で殺されちゃうなんてありえないけどね」
とミーシャは余裕の態度で手をかざす。魔力玉が光を放ちながらゆっくりと上昇し、目線よりも少し高い位置で留まる。炭鉱を照らす明かりはまばゆく、昼のように明るくなった。その代わりごつごつした岩肌は濃い影を作り、魔獣の体内の様な不気味さも兼ね備える。
「すっごー……滅茶苦茶明るいですね。私の魔法ではここまでの明るさは中々……」
「流石はミーシャ様。御見それいタしましタ」
アルルとベルフィアは称賛の声を惜しまない。その素直な感想にミーシャは鼻高々だが、ラルフはそう思わない。
(単に年季の問題だと思うが……)
アルルはまだ十代。魔法使いは歳を経て、その力を増大させると聞く。もちろん修行は必要だが、ここで言いたいのは経験の差だろうという事。ラルフの視線に気付いたミーシャは、その視線に呆れと他の感情が混ざっている事に気付きジロリと睨む。
「ちょっとラルフ……今失礼なこと考えてなかった?」
「別にー」
ラルフはそっぽ向いて、先に進もうと足を踏み出す。そこであることに気付いた。ラルフはそのことに気付いて立ち止まる。
「嘘だ。絶対なんか考えて……」
ミーシャはラルフに詰め寄ろうと歩き出した時にラルフの左手で制される。「?」その行動をきょとんとした顔で見ていると。
「どういうことだ?地形が変わっている……」
と独り言のようにぼそりとつぶやいた。一行はその言葉に一瞬驚きを隠せないが、どこをどう見てもただの岩肌である。変わったとは一つも思えない。
「……突然何を言い出すんじゃ?どこがどう変わっタノか言うてみぃ」
ベルフィアはラルフの言をふざけたものと捉え始めた。ウィーも何がどう変わったのか分からず視線を顔ごとキョロキョロ動かしている。その様子を見た時ブレイドの中でもラルフがふざけたのだと確信した。
「ちょっとラルフさん……いくら何でもシャレになりませんよ?ウィーも困惑しています。この辺で止めましょう?」
と諭すように言葉を投げかける。しかしラルフは「しーっ」と口に人差し指を当てて黙るように指示。ある一点を集中したまま動かない。その様子に業を煮やしたのはベルフィアだ。ラルフのうさん臭さを抜いても、冗談にしか思えないこの行動は素直に腹が立った。
「おいコラ。やめろというノが……」
と手を伸ばした時、突如ラルフが消えた。その一瞬の出来事に唖然となる一行。ブレイド達は勿論の事、ベルフィアもミーシャですらこの現象を捉える事が出来なかった。みんなが注視していた中、ラルフはこの炭鉱内で、それも目の前で消失してしまった。
「……これは転移魔法?」
アルルが知識の中から引っ張り出したのはそれだった。
「馬鹿な……いや、だとするなら……いったい何者が?」
普通なら荒唐無稽とも思えるアルルの意見。自然発生するものではないし、どんな魔法使いが何のために仕込んだのか?否定したいが、ラルフの冗談だと思っていた行動の裏付けにもなってしまう事を考えれば、この意見こそ真っ当だと思える。そんなブレイドの葛藤など、ミーシャにはどうでもよかった。
「ラルフ―!!どこにいるのー!!」
大声で反響させながら炭鉱内にくまなく届けようとする。アルルの意見を肯定するなら、単に移動だけで済んでいるはず。ミーシャはとにかくラルフを探すために我先に走り出した。
「お待ちくださいミーシャ様!それではラルフ ノ 二ノ舞です!冷静に固まって動きましょう!!」
ベルフィアはここで別れるのは第二の迷子を作るだけであると考えた。それだけであるなら単に探すだけだが、最悪癇癪を起した際、炭鉱を破壊して全員が生き埋めになる可能性も含めて制止する。
しかしまだ理解出来ていなかった。ミーシャがラルフにどれだけ依存しているかを。ミーシャはベルフィアの制止を振り切って炭鉱内部に走って、そして消えた。
「まずい!!下がれ!!」
ベルフィアはウィーを抱えると後ろに飛びのこうとする。しかし、全てが遅い。炭鉱から10m進んだくらいの場所でチーム全員が消失した。彼の魔王ですら抗う事の出来ないこの空間に彼らは捕らわれた。暗黒の空間。近道だと信じてやまなかったこの場所は一転して不気味に口を開ける。世界から切り取られたこの場所は一体何なのか。
この世界は着実にラルフ達の手によって崩壊へと導かれていく。




