第三十話 白昼霧
「ん……?彼女が……次代の魔王?」
消え入りそうな、か細い声で質問を返す。その報せは”黒雲”の執事から聞かされた。
「はい。”鏖”に代わり、次代の王となりまして、取り急ぎ報告に上がりました」
第一魔王が誇る最高の執事。その能力はかなり特殊なもので何かにつけて彼が外に出る。本日は”円卓”の場に中々現れる事のない珍しい魔王の元に来ていた。
第十の魔王。その名も”白絶”。
姿形は五、六才くらいの女の子の見た目であり、異質なのは色。髪も肌もペンキでも塗ったように真っ白だ。目が紅いので、目だけが輝いて見える。あどけなさの残る顔はこれからの成長を予感させ、世の男性を虜にする絶世の美女になるだろうと期待させる。エルフほど長くはないが、若干長い耳の先が尖り、紅い目の瞳孔は縦に割れている。この目は魔族特有の遺伝的特徴で、魔族と人類を分ける一種の目安にもなっている。煌びやかな玉座に座り、首以外微動だにしない。白いふわふわのドレスを着込み、魔王というよりお姫様のような印象だ。髪は肩口で切りそろえ、清潔感もある。下手したらその作り物っぽい雰囲気のせいで精巧な人形にすら見える。
白絶の居城。というより船は海に浮かび、漂う姿は、まるで幽霊船。白絶に領地はなく、あるのは船のみ。「白い珊瑚」と呼ばれる船は航行はもちろん潜航や海底へ漂着、錨を下ろさなくても停船が出来る。”海の怪異”と恐れられ、海人族が忌み嫌う最悪の脅威。海人族が地上に対し、知らんぷり出来ないのは、同じ脅威が存在し、恐れ慄いているからだ。ヒューマンの技術で、現在は出現場所の特定が出来るようになり、感謝している為、地上と切っても切れぬ関係になっている。白絶も最近はおとなしくなったが、一度はマーマンの絶滅を目指した事もあり、油断を許さぬ状況は今も変わりない。
「ミーシャは……?どうなるの……?」
ボソボソ喋っているが、相手にその声は届く。黒雲同様、魔法で声を響かせている。黒雲は声を弄っているので機械的だが、白絶は声事態はそのまま伝えているので聞き取りやすい。
「先程も説明しましたが彼女は反逆者です。追放処分が決定しました。つきましては、万が一にも遭遇した場合、出来うる限りの攻撃、または入船拒否をお願いします」
執事は相も変わらず表情を崩さないが、言葉の節々に侮蔑というか拒絶というか、負の感情を入れている。白絶に嫌悪感を抱いているのか、あまり良い気はしない。とはいえ、今に始まった事ではないので、彼女はそんな執事の思いを完全に無視する。
「あの子が……反逆者である……事は分かった……。けど……その願いは……聞き入れられない……」
「ほぅ……何故でしょう?」
当然の問いだ。本来断る事など出来ない。円卓の長であり、発起人の一人でもある黒雲の願いを聞き届けないなど不思議でしかない。
「僕は……僕のやり方で……ミーシャと相対する……。君たちは……君たちのやり方で……やればいい……」
手前勝手な事を言って煙に巻こうとしている。「何故」という問いの答えになっていない。
「君の……欲しい答えは……持ち合わせていない……。黒雲に……よろしく……”黒影”……」
「お待ちください。まだ話は……」
といった所で、白絶は眠るように目を閉じた。体勢を全く変えず、そのまま眠りにつく様は人形にしか思えない。息をするように肩をわずかながら上下に動かして生きている事を認識させる。いや、人形の機能なのかもしれない。今までインテリアの様に微動だにしなかった白絶のお付きが入り口前で動き出す。
「お帰りはこちらになります。黒影様」
黒雲の執事、黒影はお付きを一瞥した後、今一度、白絶を見る。
(どこまで勝手なのだ……)
この身勝手さは初めてではない。実際、黒雲がまだ自ら動いていた頃、白絶と一度海の上で衝突している。ほとんど痛み分けで終わったが、当時を知る黒影の目には贔屓目に見ずとも黒雲の勝利であったことは間違いない。
白絶はそれ以降、鏖の登場まで姿を晦ました。円卓に久しぶりにやって来たのも鏖の魔王就任式だけ。それ以来、顔を見せる事は無くなっていて、気ままに船旅をしていた。時より聞く噂で活動している事は円卓も知る所だったが招集に応じる事はないので、生きているのか死んでいるのか本日ここに来るまで謎だったところもあった。が、彼女は相変わらずだった。
「……確かにお伝えしましたよ。白絶様」
執事は一礼し、その場を後にする。お付きの者。白絶とは正反対の黒い衣装と黒のベールをかけ顔を隠した未亡人風の女性は執事を連れ、出口に案内する。
「いつ見ても不思議な船ですね……。出入り口が毎回変わるなど、面倒臭いでしょう?」
この船は魔動船と呼ばれる船であり、帆船の様に風の力がなくとも航行可能な機能を持っている。現在では人類側でも主流の船ではあるが、この船は人類側の技術でも再現不可能であり、今ある船では世界一の魔動船である。
「……この船に長年住めば自ずと理解できます」
白絶のあどけなさと違い、大人の色気漂う声音は生きてきた年月、辿ってきた苦労を感じさせる。
「なるほど。要は”慣れ”という奴ですか……」
何の阻害もなく、難なく出入り口に到着する。周囲には霧が常にかかり、視界を遮る。そこに黒影の船の類は存在しない。というより、船に乗ってきていないので当然あるわけがないのだが……。
「案内していただきありがとうございました。また近いうちに会う機会もあると思いますので、またお願いします」
正直な所あまり来たくないが、命令とあらば仕方がない。何度でも来て伝えるだけだ。
「……またのお越しをお待ちしております」
しずしずと頭を下げる。彼女も仕事だ。自分の気持ちを優先させるような真似はしない。執事は軽く会釈して霧の先を見る。ふと伝え忘れた事があったのを思い出す。
「そうだ、すっかり忘れてました。白絶様に会ったらお伝えください。イミーナ様は今後”朱槍”と名乗られます。鏖の地位となるので、第二魔王”朱槍”です」
「……畏まりました」
それで全てを伝え終えた執事は消失した。気配すらも失くなったその場所をしばらく眺め、お付きは元の場所に戻っていった。




