第二十九話 炭鉱
「あれが炭鉱の入り口か…」
森を抜けた先に大きな崖が聳え立つ。山脈の割れ目を利用して掘り進めたであろう炭鉱は魔獣たちの巣となり、一種のダンジョンへと姿を変えていた。強いと聞いていた魔獣たちの抵抗もなく、辺りはかなり静かになっている。
これについては無理もない。先程のドラゴンとの戦いが尾を引いていて、どの魔獣も出ていけないのだ。実際、ミーシャ達がいなくて、あのレベルの魔獣に襲われていたら巣を諦めるに違いない。
「大しタ事はないノぅ。強いと聞いて楽しみにしとっタが…肩透かしじゃな」
ラルフは呆れた目でベルフィアを見る。
「この戦闘狂が……なんでもそれかよ。あれだけゴブリンを食ってまだ足りないのか?」
それを聞いたウィーはベルフィアを見る。「え?嘘でしょ?」といった目か、はたまた「何を言ってるんだこいつは……」との呆れか。まるで信じていない。何故ならベルフィアはウィーを身を呈して守っている。そんな人が同胞から自分達の身を守る為、戦いの最中、仕方なく敵を殺してしまったとしても食べるはずがないという考えからだ。
「人聞きノ悪い……ウィーが怖がルじゃろ?せめて”あれだけ戦って”に訂正せい」
そんな言い合いを他所にさっさとミーシャは歩く。ブレイドとアルルもそれについて行く。
「見ろ!全く……そちノせいでミーシャ様に呆れられてしもうタワ!」
ラルフはジト目でベルフィアを見た後、ウィーを連れ立って歩き出す。
「~……!!」
ラルフに呆れられたベルフィアは苛立ちから、声にならない声を喉に響かせ、肩を怒らせ、その後についていった。
「だいぶ古い……よく崩落せずに形が残ってるわね」
ミーシャは洞窟の崩落を防ぐ木枠を見て感心する。
「これが技術ってやつだな。人類の叡智だ!」
高らかにふんぞり返るラルフ。自分がやったわけでもないのに偉そうだ。それにちょっとムッとするのはミーシャだ。
「魔族だってこういう技術あるもん。決して人類だけじゃないわ」
「そノ通りじゃ。何処に特化してルかはまちまちじゃが、何も人類だけが技術を持つ訳じゃなかろう。アホゥが」
一言多いベルフィアの言葉は先の言動が原因だろう。苦々しい顔をしつつ、炭鉱後に目を向ける。
「地図によれば、開通してるみたいなのでトンネルのようなものかと思いますけど、中は曲がりくねった迷路のようです。魔獣たちが住み着いている事を考えたら本来使えません」
チラリとミーシャを見た後、チーム全員を見渡す。
「本来っていうか、人類じゃ白の騎士団でも避けて通るだろうな。……まぁ、急ぎならその限りじゃないだろうけど……」
ラルフは視線にさらされた後、自身の事だけを考えれば避けたと豪語する。危険すぎるからだ。ヒューマンはどの種族と比べても平均的であり、特化した箇所がない。何にでもなれるし、分野のエキスパートにもなれるが、決してトップにはなれない。暗がりを見通す目がない上、五感も平均値なので接敵を未然に防ぐなんて不可能だから。そこで、ふと炭鉱から連想する人種に聞いた話を日の光が入らない洞窟内を見て思い出す。
「そういえば、探索鳥を知っているか?こういう洞窟は毒素が空気中に溜まりやすくて、そのエリアに入った途端、肺が侵されちまう事があるんだ。それを知覚し、避ける能力がある。後、暗闇が続くから、その探知能力を使って、魔獣との接近を未然に感知する。なんて便利な事も出来るって話だ」
ラルフは豆知識と言わんばかりの物知りおじさんとなって、勝手に講義し始めた。
「へ~便利な鳥がいるんですね」
アルルはラルフに調子を合わせる。ふふんっと調子に乗るが、肝心な事を忘れている。
「じゃから何じゃというんじゃ?そちがそノ”タんさくどり”とやらを持っとルなら話は分かルが、そうではないんじゃろ?」
見る間にショボくれるラルフ。
「はい……持ってません。山小人、ドワーフ達からの聞き囓りです。調子乗りました……」
素直に謝る。知識だけではこの場はどうにもならない。だが、幸いな事に同じ能力を持つ者がこの場にいるではないか。
「ウィーが役目を果たせるわ」
ミーシャはチラリとウィーを見る。
「あ、確かに!」
「え?というかその話をした時点で、ウィーに頼るのかと思ってたんですけど、違ったんですね」
アルルがミーシャの考えに同調し、ブレイドもその考えがあったと言う。
「あ、ウィーがいタか……」
ベルフィアも少し遅いが気付く。皆から頼りの目を向けられるウィーは、一体何が起こっているのか真剣に分からなかった。力もなければ食料もまともに取れない自分が、能力のある人物だと突如として言われたら困惑するのも無理はない。焦ってワタワタしているとラルフが助けに入る。
「待てよ。確かにゴブリンは一昔前こそ穴倉で生活していたが、今は地上で暮らしてんだぞ?幾ら探知能力に優れていても、洞窟と外じゃ音の反響とか違うんだから、難しくないか?」
ミーシャは探索に関しては無知ではあるが、ラルフの言っていることがおかしい事は割とすぐにわかった。
「ねぇラルフ。探索鳥ってどこで手に入るの?」
「どこって専門の店じゃないか?」
「じゃなくて、どこで捕獲してるの?」
「そりゃぁ……あ」
ここまでくれば何が言いたいのか分かる。洞窟に適応した鳥などいない。羽根のある動物を列挙すれば蝙蝠があげられるが正確には鼠に近い生物だ。全身真っ黒く、目が退化した日の元にいない生物。ドワーフに見せてもらったのは綺麗でカラフルな鳥だった。目もキャルンとした真ん丸目で可愛い。観賞用としても使用可能なこの鳥はドワーフの部屋のインテリアにもなっていた。探索鳥が洞窟特化なはずがないのだ。ウィーに目線を合わせて肩を掴む。ラルフはその状態でウィーの目を覗き込む。
「……ウィー。間違ってもいい。とりあえずお前の力を使って魔獣の接近を知らせてくれ」
ウィーは自信なさげだが、頼られていると思えば力も湧いてくる。コクンと頷いて洞窟を見た。
「出来れば毒素を含んだ空気も感知してもらいたいが……難しいよな……」
昔組んだチーム内に、神聖効果の魔法を使用できる神官がいたのを思い出した。そのエリアの空気を浄化していた事を考え、神官がいたらと思う。それに洞窟内の探索なら不死者に関する魔獣も出てくるだろうから重宝する。が、この場にはいない。
「なに?他に足りないものとかあるんです?」
アルルはラルフの苦い顔を見て、どうしたのか不安になる。ミーシャやベルフィアは長生きこそしているが強すぎるが故、知識をそこまで持たない。弱いが故、生き残りに特化したラルフを頼るのはこの場では正しい。
「足りないものを上げればキリがないけど……これだけの過剰戦力なら最悪力尽くで突破できるし無駄に考えすぎかもな……」
知識はあるが、頼り切れるほどではない。現に探索鳥を思いついても、ウィーの能力に結び付けられない頭でっかち感は否めない。本当にただの物知りおじさんだ。そこまで考えて頭を振る。自分を卑下しても変わる事など、自分の調子を落とすだけだ。
「そういえば今突然気になったんだが……ベルフィアって種族は何になるんだ?不死者?」
だとすれば神聖属性の魔法、または武器を用いればダメージが入りそうだが、日の元に出ても大丈夫とくれば淡い期待ではないだろうか?
「吸血鬼じゃ。それ以外ノ何物でもない」
謎が深まっただけだ。
「それじゃ入りますか。ぺルタルク丘陵への道、謎の炭鉱跡地に出発!」
ミーシャは炭鉱の暗がりに指をさす。魔獣の腹に飛び込むような薄気味悪さを感じつつ、ルーザーズは炭鉱跡地に侵入した。




