第二十七話 失伝
「アンノウン?誰それ?」
ミーシャはラルフの報告に開口一番質問した。
「多分だが、このドラゴンを操ってた張本人だと思う。それっぽいこと言ってたし……」
「やはりか……変な挙動をすル奴じゃと思っタワ……」
ベルフィアは腕を組んでフンッと鼻を鳴らす。それに驚いたのはアルルだ。
「えぇ?操られていたんですか?」
あまり戦闘経験のないアルルはドラゴン撃破にちょっと浮かれていたが、素の実力でない事を知るとガックリと肩を落とした。
「そう落ち込むことないぞ?ドラゴンだぜ。それを少数で撃破したんだから、誇っていいぞ」
ラルフはアルルの落ち込みに賛辞を贈る。ブレイドも少し落ち込みつつ、ドラゴンってこんなに弱いのだろうかと疑問に思っていた。だが、それが弱く設定されていたのなら、この結果も信じられるというものだ。無傷の勝利。いわゆる完封という奴だ。
「しかし、ドラゴンを操るなんて……そんな事可能でしょうか?」
「聞いた話だが、無機物に対しては簡単らしい。知的生物を指揮下に置こうとすると、抵抗が強く、精神を破壊し支配下に置く所から始めないといけないから年単位での時間を要するんだと」
ドラゴンをチラリと見て続ける。
「世の中には”人形師”と呼ばれる奴がいるし……」
「精神破壊……異常ですね……」
ブレイドは困ったようなドン引いた顔でドラゴンを見ている。アルルはブレイドに寄り添う。
「あくまでも机上の空論だぜ?やろうと思えば出来なくはないっていうな。さっき言った人形師も舞台劇で操ってる今話題の人物で、十数体を操れるから、”一人芝居”なんて揶揄されてる奴の事だし……」
「へー見てみたい!」
アルルはブレイドの耳元で騒いでいる。
「なにが人形師ヨ……大体、”魅了”と何が違う?」
ベルフィアはラルフを見て、吸血鬼のスキル”吸血身体強化”を発動する。ラルフはベルフィアの目を見ていると頭がぼんやりし始めて何も考えられなくなった。次第に頭が空っぽになり、ボーッとベルフィアを見る。ミーシャは「?」を浮かべ、ラルフの目の前で手を振ってみるが効果なし。
「ラルフ~?……ベルフィア何したの?」
「ラルフを妾ノ支配下に置きましタ。今ノこやつは妾ノタめならおヨそ何でもします」
「ホントに?」といって四人ともラルフを囲む。ミーシャは手をにぎにぎしたり、ほっぺたを触る。アルルは目の前でぴょこぴょこ動き、視線誘導をしてみようとする。しかし、ボーッとした顔のまま動かない。つぶさに観察しているブレイドも変化がない事に驚いている。ウィーは飽きて別の方を見ていた。
「ベルフィア。なんか命令してみてよ」
「畏まりましタ。ラルフ、”跪け”」
ラルフは何も言わずその場で片足を突いた。頭を垂れ、臣下の礼を見せる。
「凄い……いくら言っても跪かなかったラルフが、一瞬にして跪いた……」
ミーシャはあまりの事に驚いて一歩後ろに下がった。
「こノくらい造作もございません。こやつになにかさせタいことがあれば今ノ内に何でも仰って下さい」
ミーシャは目を輝かせて、ウキウキとベルフィアに注文する。
「え?じゃ、じゃあ私を抱きしめてよしよしして!」
ベルフィアがすぐさまラルフに伝えると、何の躊躇いなくミーシャを抱きしめて頭を撫でた。
「ふゃ~ん……」ミーシャは気持ちよさそうにラルフに身を委ねる。突然の抱き合いに驚いたウィーはベルフィアの元に逃げる。ベルフィアはウィーと手をつなぎそれを見る。アルルもブレイドを見て、期待の眼差しを向けるが「やらないからな」と一蹴され、アルルは「ベルフィアさーん」と泣きを入れる。だが、ベルフィアはすぐさま首を横に振った。
「そやつに魅了は難しいノぅ……ラルフくらいボケッとしていル奴なら簡単じゃが、ブレイドはしっかりしすぎなくらいじゃし……」
アルルはがっくりしてミーシャの幸せを見る。しばらく頭を撫でてもらったミーシャはラルフから離れてコホンと咳ばらいをすると、
「まぁ今更なんだが……気持ちがこもっていないと寂しいものだな」
「左様で……」
ミーシャがパチンと指を弾くと、ハッとラルフが高速で瞬きした後、キョロキョロ動き出した。
「……あれ?俺はいったい……」
一瞬、暗闇に包まれたラルフの視界が突然晴れたので焦りながら目をこすったり、頭を触ったりしている。
「ラルフ。跪け」
ベルフィアはラルフに命令する。
「は?なんで?」
その言葉で魅了が解けた事を知らせる。
「つまり、ドラゴンがボケーッとしている時に操ることは可能って事です?」
アルルはベルフィアに訊ねる。ラルフは何を言ってるのか首を捻る。
「うむ、理論的には……」
ラルフを抜いた全員が納得している。
「たく、何の話だよ……」
一人だけ話に付いていけないラルフは不貞腐れて、こと切れたドラゴンに寄りかかる。すると、その死体は光に包まれ始めた。秒単位でその光はどんどん大きくなる。
「おいおい!なんだよこれ!!」
「何をしタ!ラルフ!!」
「俺!?」
ビックリして手を離す。
「まさか自爆!?」
アルルは咄嗟に詠唱を破棄した”円盾”を発動する。しかし、詠唱を破棄すればどうなるかはアルルが一番よく知っている。このままでは致命傷は避けられないだろう。結界を張るのと張らないのでは全く違うと思うのでこの判断は正しい。眩しすぎて目が開けられなくなった。ここから凄まじい衝撃が来ると思ったが、何もなく光が収束していく。ラルフ達が目を開けると死体は消えてなくなった。あれだけの巨体は影も形もなくなっていた。そして、地面に意味深な魔方陣が現れ、徐々に光を失う様子が見えた。
「な、何だったの?」
「なんともなっていない……自爆ではない、か」
ブレイドとアルルはホッと胸をなでおろす。下の魔方陣に警戒しつつ、ミーシャが手を上げる。
「まだだ。まだ注意をしろ。何が起こるか……」
「いや、大丈夫だ。俺の記憶が正しければ、こいつは”召喚魔法”だ……」
ラルフはしばらく魔方陣を眺めた後、ミーシャたちを見渡す。その目は焦点の合っていない、今見たものを信じられない目だった。
「なんじゃ?そノ目は。気持ちが悪いノぅ」
「興奮してんだよ!これは大発見だぞ?この幾何学は……書物で見た魔方陣に似ている。ちょいちょい違うから、こいつはきっとドラゴンを召喚出来る魔方陣なんだ!」
鞄を開けて急いでごそごそ何かを探り始める。
「”召喚士”と呼ばれる存在が古に、存在した記録がある。だが、その業は召喚師の全滅と共に廃れたんだよ。召喚師たちを全滅させた魔族は、その後”黒の円卓”を発足した。もう何百年……いや、千年以上前の話だ……」
ラルフはメモ帳を取り出して、魔方陣をトレースし始めた。大枠から細かな部分まで、書き出し、一つ一つの図形を描いて全てを書き終えると、また一から見直していた。
「ラルフさん何してるの?」
アルルはとにかく集中して書き写すラルフに尋ねる。
「こいつは、まず間違いなく召喚魔法だ。と言う事は?滅茶苦茶レアって事。情報は金に代えられない価値あるものだろ?」
アルルを一瞥もせず、興奮気味に話す。メモ帳にサラサラっとペンを走らせた後、メモ帳を閉じてため息を一つ。
「俺は審美眼を鍛える為に数々の文献を漁った。多少妄想の域を出ないものもあるが、俺の頭にはこの世界の人類が知り得た事は大体頭に入ってる。全部じゃないから、分からない事の方が多いけど、こいつもその一つって事だ」
「へー」と感心したが、ブレイドの持つ武器、デッドオアアライブでも同じ事を言っていた。
「そノ召喚とやらは一体なんじゃ?今回ノ件と何ノ関係があル?」
「洗脳なんて目じゃないって事だ。いいか?召喚は召喚士の独特な魔方陣と、魔力の練り方によって、その召喚士にあった召喚獣を召喚し、意のままに操る事が出来る。どこかに生息する何かを連れて来なくても魔方陣から出現させ、出現させた魔獣は召喚士の奴隷になる」
ラルフは魔方陣の真ん中付近に立ち、
「つまり、この魔方陣を経由した魔獣は召喚士の操り人形ってこと。意志の有り無し関係なしにだ」
「なんとも便利な能力ね。しかし、魔族との争いがその力を失うきっかけとなった……歴史書を見れば失伝しているはず。でも、こうして歴史が覆されたというわけね」
それが何故、今更出てきたのか?何故、ラルフ一行を狙ったのか?分からない事だらけだし、何よりアンノウンは敵である事に変わりないだろう。しかし、ラルフはワクワクしていた。それは最後にあいつが言っていた一言。
「”お前とはもう一度話がしたい”……か。願ってもないぜ、アンノウン」
ラルフはその世紀の瞬間を待ちわび武者震いが止まらなかった。