エピローグ
「こうして非道の限りを尽くしてきた王家は滅亡し、隣国の王子を新たな王に据えて、国は平和になりました。おしまい」
「その新たな王様がお父様なんでしょう?」
背もたれに持たれながら絵本を読み終えると、四歳の息子が目を輝かせて聞いてくる。
「ええ、そうよ。よく覚えていたわね」
「えへへへっ」
頭を撫でて褒めてあげると、息子は照れくさそうに笑う。
そんな何気ない日常が涙が出るほど幸せで、思わず息子を抱き締めてしまう。
息子は嬉しそうに「きゃーっ!」と叫びながら、自分からも抱きついてくる。
しばらく息子を抱き締めていると、「二人して何をしてるんだ?」と呆れた声が聞こえる。
「あら?もう政務は終わったの?」
抱き締めていた息子から離れると、息子は「お父様っ!」と言って、ソファーから飛び降り、彼に走り寄って抱きつく。
彼は息子を抱き上げると、こちらにやって来た。
「絵本を読んであげていたの」
「絵本?」
「ほらこれよ」
絵本を見せると、彼は盛大に顔をしかめる。
「こんなものを子供に見せるなよ」
「でも、この子のお気に入りなのよ」
「こんなの嘘ばっかりの本じゃないか」
「嘘なの?」
息子に聞かれ、彼は真面目な顔で頷くと話始める。
「確かに前の王家には非道な行いをした国王がいた。だが、その国王には一人娘がいて、彼女は決して非道な行いに手を染めることなく、民のために自ら王の座を辞したんだ」
「その人はその後どうしたの?」
「ここにいるぞ」
「ここに?」
息子はキョロキョロと辺りを見渡すけど、私たち以外の姿を見つけることができなかった。
「誰もいないよ?」
「お前の母様のことだよ」
彼が息子に正解を教えると、息子は一瞬キョトンとした顔になった後、今度は驚きで目を見開く。
「お母様がっ!?」
「ああ。でもこれは一部の人しか知らないトップシークレットだから、誰にも言っちゃダメだぞ」
「じいやにも言っちゃダメなの?」
「じいやは良いぞ。彼も知ってるからな。そうだ、じいやに絵本とは違う本当の話を聞いてこい。喜んで教えてくれるぞ」
「うん!聞いてくる!」
息子は彼の提案に喜んで、そのまま部屋を出ていってしまう。
部屋の外で控えていた護衛が、慌てて息子を追うのが扉越しに見えた。
息子がいなくなり、部屋の中には私たち二人だけとなる。
彼は私の隣に座ると、私が持っていた絵本を取り上げ、放り投げる。
「まだあの子に話すのは早いわよ」
「あんな絵本が真実だと思うよりはよっぽどいいだろう?それにあいつは俺の跡を継いで、将来この国の王になるんだ。真実を知る必要がある」
「でも、あんな言い方じゃあ、私がすごくいい人みたいじゃない」
「じいやは俺以上にお前の素晴らしさを息子相手に演説してるんじゃないか?」
「…止めてこようかしら」
ソファーから立ち上がろうとして、彼に止められる。
「今は安静にしていないといけない時期なんだから、大人しくしてろ」
「普通に歩くぐらい大丈夫よ。それにまだお腹も大きくなってないし」
つい先日、二人目を懐妊したことがわかってから、彼はずっとこんな調子だ。
「お前はすぐに無茶するからこのぐらいが丁度良いんだ」
彼は私のお腹を愛しそうに撫でた後、手を上にずらし私の傷跡がある辺りを撫でる。
「もう、痛みはないんだよな?」
「ええ。お医者様のお陰ね」
あの時、私は生死の境を三日間さまよった後、奇跡的に一命をとりとめたのだ。
彼はその間、私のそばを片時も離れることはなかったそうだ。
意識を取り戻した後は、彼に怒られたのはもちろんだけど、宰相や城のみんなにも何で一人で抱え込むのかと怒られた。
しかし、城のみんながどんなに望んでくれたとしても、民の王家への不信感は簡単に消せるものではなく、私が女王として生きるのは難しかった。
なので、私は別人として生きていくことになった。仮面のお陰で民に素顔を知られていなかったから出来たことだ。人生って何が幸いするかわからないものだ。
彼はそんな私を連れて隣国に帰ろうとしたけれど、民から引き留められ、周囲の国の合意のもと、彼がこの国の王になった。
そんな彼のもとに私がいては邪魔になると思い、彼から離れようとしたけれど、何故かあっさりとばれて、気づけば彼と結婚をしていた。
いまだに何故あの時ばれたのかがわからない。
宰相は彼が国王になっても、宰相として彼を支えてくれていた。だけど私が子供を産むと、あっさりと宰相の座を自身の息子に明け渡し、私の息子の教育係の座に収まった。
今は息子から「じいや」と言われる度に、相好をくずし、楽しそうな毎日を送っている。
彼を助けたとき、こんな幸せな未来が待っている何て思いもよらなかった。
彼が再び城に来たときだって、自分はここで死ぬんだとしか思わなかった。
いまだに傷跡に手を置いて、心配そうな顔をしている彼を見て、先程息子に感じた以上の幸福感が体を駆け巡る。
「私を助けてくれて、ありがとう」
「何だよいきなり」
突然の私からの感謝の言葉に戸惑っている彼の手をそっと握る。
「今まで面と向かって言った事がなかった気がしたから。私、今とっても幸せよ」
彼の体にもたれ掛かると、彼の腕が背中にまわされる。
「…俺もだよ」
「嬉しいわ」
彼が私を引き寄せて、そっと耳に囁く。
「愛してる」
「私も。愛してるわ」
私はようやく幸せを手にいれた。