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--5年後
「姫様っ!敵はすでに城内に侵入しておりますっ。お早く秘密通路から城外に脱出をっ!」
王座の間に宰相が飛び込むようにしてやってきた。
「宰相ったら、姫ではなく女王と言いなさいと何度言えば覚えてくれるのかしら?」
「っ!そんなことを言っている場合ですか!」
普段は取り澄ました宰相が慌てる姿を見て、なんだか可笑しくなる。
クスクス笑っていると、宰相に怒られてしまった。
今、私の国は隣国から攻めこまれている最中なのだから、宰相が怒るのも仕方がない。
「ごめんなさい。でも、私は逃げるつもりはないわ」
「どうしてっ!」
「私はこの国の女王だもの。私がこの国から逃げたら、民はどうなるの?」
「民などどうなっても良いっ!」
いつも国のため、民のために心血を注いできた宰相の口からそんな言葉が出るなんて、いったい何があったのだろう。
「宣戦布告を受けてから、まだ3日目ですよ!こんなに早く敵が城内に入ってきたのは、民が手引きしたからですっ!彼らは侵略を受け入れる代わりに、王族を根絶やしにしてほしいと隣国と取引をっ!貴族たちも自分たちの命ほしさに隣国に寝返りましたっ」
「そう言うことだったの」
通りで敵の進行が早かったはずである。
「くそっ!」ドンッ!ドンッ!
宰相がやりきれない思いを吐き出すかのごとく、何度も壁を叩く。
「宰相、手を痛めてしまうわ」
「彼らは何もわかっていないっ!せっかくこれからだったと言うのに」
一ヶ月前にお父様が亡くなり、私が女王の座についたのは一週間前の事だった。
「それだけ、お父様の悪政が民の恨みを買っていたのよ。お父様の血を引く娘に期待なんてできなかったんでしょうね。可哀想な民たち」
「可哀想なんてっ」
「だって、そうでしょう?敗戦国の民の行く末なんて、ろくなものではないわ。でも、それを受け入れることができるほど、今の現状が辛かったのよ。私の民でいることが嫌だっの」
「姫様…」
私が女王になったら、少しはこの国を良い方向へ変えれると思っていた。でも、民は早々にこの国に見切りをつけていたらしい。
「城で働く者たちの避難は完了したのよね?」
「はい。非戦闘員は女王様のご命令通り、すでに全員待避させております」
「良かった。」
「はい。ですが彼らは最後まで城を出ることを嫌がっておりました。女王のそばにいたいと」
「そう…」
みんなが無事に逃げれたことに喜びを覚えると同時に、これが今生の別れになることに寂しさを覚える。
もう彼らと会うことは二度とないのだ。
戦闘音がかすかに聞こえてくる。
「大分近づいてきているわね。宰相、あなたも逃げなさい」
「いえ。私も残ります」
「それはだめ。あなたの帰りを待つ奥様と息子さんのためにも生きのびなさい」
「息子はすでに成人しております。妻の事は息子が守ってくれるでしょう。私がいなくても大丈夫です」
「あなたの奥様に恨まれてしまうわ」
「妻ならよくやったといってくれるでしょう」
宰相の意思は固く、どうあっても逃げる気はないようだ。
「わかったわ。でも、ここに誰が来でも、あなたが喋ることを禁じます」
「それはどうしてですか?」
「これは最後の命令よ。私の命令を一回断ったんだから、最後の命令は絶対に守ってね」
「かしこまりました」
私が話す気はないことを察した宰相は渋々了承する。
渋々でも了承してくれて良かった。
「宰相?」
「何ですか?」
「今までありがとう」
「急に何を…」
「言っておきたかっただけ」
王座に座って、顔を覆っている仮面を無意識に触りながら、敵が王座の間にやって来るのをじっと待つ。
敗戦国の女王など、行き着く先は決まっている。
でも、泣きわめいて命乞いなんてするつもりはない。私にとって死なんて恐れるものではないのだから。