6.爆誕! 炎の魔神!
余裕の五分前投稿!!(ドヤァ!!)
やっと火山から噴き上げた火が収まって、空がようやく元の色を取り戻しても、ナナルはしばらく、その場から動くことが出来なかった。
(あの、とてつもない魔法力。もし、もしあの場に人がいたとしたら……)
我知らず、ギュッと拳を握りこむ。
「お、おい! やっぱりあの山、噴火してねーか?」
「うおおい、マジかよ! もしかしてそれ、ここも危ないんじゃ」
「やっべえ見てみろっておい! 山、半分なくなってるぞ!」
にわかに騒がしくなるギルドの喧騒も、ナナルの耳には入らない。
今の彼女を支配するのは、ただただ悔恨の念だけ。
(どうしてあの時、もっと強く止めなかったんだろう。わたしがもっと、ヒューガさんを強く引き留めていたら……)
後悔している時間なんてない。
それよりも、ギルドの人間として、一刻も早くこの異常事態に対応しなくてはいけない。
そう分かっていたけれども、しかしナナルの頭に浮かぶのは、あの信じられないほどにレベルが高くてどこか抜けている、Fランク冒険者の顔だけで。
(ヒューガさん、どうか、どうか無事――)
「あのー、ペン、落としてますけど」
唐突に。
目の前にペンを差し出されたナナルは、いつもの冷静な仮面もかなぐり捨ててくってかかった。
「そ、それどころじゃないんですよヒューガさん! 火山がバーンって! それで、今ヒューガさんがあそこに……って、ヒューガさん!?」
「えっ、はい。ヒューガです」
ペンをナナルに渡したのは、ナナルがずっと身を案じていた当の本人、ヒューガだった。
「え、えぇ! で、でも、魔透石を取りに火山に行ったはずじゃ……」
「はい。だけどコツを掴んだら思いのほか簡単に集められたので、さっき帰ってきたんですよ」
「魔透石の採取を日帰りで……。あ、あいかわらずですね、ヒューガさんは。でも……」
そこでナナルは、ペンを差し出したヒューガの手をギュッと握ると、
「――無事で、本当によかったです」
万感の思いを込めた言葉と共に、微笑んだ。
至近距離でその笑顔を見せられたヒューガは、思わず目を逸らす。
「そ、その……ごめんなさい」
「?? 変なヒューガさんですね。何で謝るんですか」
「いえ、その、迷惑をかけてしまったので」
ヒューガの態度はナナルには腑に落ちなかったが、しかしこうしている場合ではない。
「あの異常事態を放っておく訳にはいきません。ヒューガさん。帰ってきたばかりで悪いですが、出来れば……」
ナナルは何かを言いかけ、そのまま固まってしまった。
「あの、出来れば、なんですか? 俺に出来ることだったら……」
「……いえ、魔透石、出してください。依頼の達成報告をしてしまいましょう」
※ ※ ※
受付をほかの人に任せたナナルは、二階の部屋で着替えをしながら、さきほどのことを思い出していた。
(あの短時間で本当に魔透石を十個も集めるなんて、やっぱり彼は本物ですね)
採取依頼はランクに影響せず、報酬も討伐依頼におよばないが、決して楽なものではない。
しかし、ではなぜ報酬額が低いかと言うと、それは採取依頼が基本的に「討伐依頼のついでに行われる」ものだからだ。
あまり採取依頼の報酬を上げすぎると、本来勝てないモンスターの生息域に入り込んで採取だけを行う冒険者が出る。
それは冒険者自身にとっても危険であるし、だとしたら討伐を行う冒険者が同時に採取を行った方が合理的だ。
採取依頼の報酬が控えめなのは、ある程度意図的なものなのだ。
採取依頼は軽視されることが多いが、危険なモンスターのいる場所に入って目的のアイテムを探すのは並大抵の苦労ではないし、ヒューガが困難な場所の採取依頼を連続で成功させ続けているのは、655という驚異的なレベルがあっても簡単に出来ることではない、とナナルは思う。
大抵の冒険者はまず採取依頼を失敗することはない。
というのも、早い者勝ちで依頼の奪い合いになりがちな討伐依頼と違い、採取依頼は「依頼の品を手に入れてから受注する」のが基本だからだ。
火山草の採取なんてものはその最たるもので、本来は何度もレグナ火山での討伐依頼の度に少しずつ火山草を集め、採取依頼に十分な数になったら依頼を受けて納品、というのが通常の流れだ。
なのに、ヒューガはいつだって依頼を受注してからアイテムを集め始め、そして今まで一度も期限を破ったことがない。
これは驚異的なことだ。
この世界に「物を探す魔法」なんて便利なスペルはない。
どれだけ強くても、どれだけ魔法に堪能でも、依頼された品に対する深い理解と観察眼がなければ、採取依頼をこうも成功させ続けることは不可能だろう。
「本当に、何もなくてよかった」
もし、彼の採取能力がもう少し低かったら……。
彼の出発がもう少し遅かったら……。
そう思うと、今さらながらに震えが走る。
「……さて」
全ての支度を終えたナナルは、二階の窓を開けると、ぴょん、と地上に飛び降りた。
重力を感じさせない軽やかな動きで地面に着地すると、
「……《スピルド》」
小さく速度強化の魔法を自分にかけ、一気に駆け出そうとして、
「――よぉ、お嬢ちゃん。こんな時間に一人でお散歩かい?」
後ろからかけられた声に、その動きを止める。
そこに立っていたのは、「おやっさん」と皆に慕われている冒険者だった。
「……ええ。座ってばかりいると、身体がなまってしまいますから」
内心では「厄介な相手に会った」と思いながらも、そんな様子はおくびにも出さずに返答する。
「へぇ。しかしよ。それにしたって、『火山』ってのは、散歩先としちゃちと遠すぎんだろ。もしかして、『狂える精霊王』とデートの約束でもあるんじゃねえか?」
やはり、見透かされている。
おやっさんにかけられた言葉に、ナナルはため息をついた。
こう見えて、このおやっさんというのは鋭い男だ。
地元の「狂える精霊王」の伝承を知っていれば、それを今回の一件と結びつけるのは、そう突飛な連想でもなかったのだろう。
「……茶番はよしましょう」
しかし、ナナルはすぐに、気持ちを切り替えた。
「かつての」自分を思い起こさせるような鋭い所作で、手に持った弓を掲げてみせる。
「どうせ、誰かが見に行かなければいかないのです。だったら、わたしが行くのが筋というものでしょう? だって……わたしがお飾りとはいえここのギルドマスターを任されているのは、こういう時のためなんですから」
そう言ってにっこりと笑われれば、おやっさんにも反論の言葉はなかった。
なぜなら本当は、この調査に一番適しているのは彼女だと、おやっさんにだって分かっているのだ。
普段は受付の業務を行う彼女は、ライクルスの冒険者ギルドのギルドマスターにして、この世界にたった十人しかいないハイエルフの一人。
かつては冒険者として名をはせていたものの、エルフたちから「頼むから危険なことはしないでくれ」と涙ながらに懇願され、たったの五年で一線を退くことになった、伝説の魔弓使い《蒼い閃光のナナル》。
超一流の壁をすら超えた、270レベルの冒険者なのだから。
「し、しかし、一人でってのは……」
「偵察に行くだけなら、わたしだけで十分です。むしろ、火山に慣れていない冒険者は、足手まといになります」
「だ、だけどよ。一人だけ、いるだろうが。火山に何度も足を踏み入れてる、規格外の冒険者がよ!」
その言葉に、初めてナナルの顔に迷いが生まれた。
ナナルにだって分かっていた。
火山で何度も依頼を達成している、高レベル冒険者。
異変の調査に同行させるなら、「彼」以上の適任はいない。
けれど……。
「せっかく拾った命です。また、無駄な危険に晒す必要は、ないでしょう」
口から飛び出したのは、非合理的な結論だった。
「とにかく。わたしは行きます。邪魔をするというのなら……」
「ま、待て待て! だったら、オレを連れてってくれ」
「……あなたを、ですか?」
いぶかし気に目を細めるナナルに、おやっさんは焦ったように言った。
「あ、ああ。オレだってレベル164の冒険者だ! しかも斥候職。連れてって損はねえと思うぜ!」
「ですが……」
「なぁ、たのむよ! あんたをみすみす一人で行かせたなんてことになったら男が廃るってもんだし、あんたのファンの奴らにも申し訳がたたねえ!」
男がどうとかという感覚も、ファン、というのもよく意味が分からなかったが、ナナルは最終的には折れることにした。
同行者が一人だけなら、おそらく何とかなる。
それに……もしも精霊王の復活が真実だったなら、情報を持ち帰る者は必ず必要になるだろう。
いざという時には、自分が精霊王を引き付けて……。
「……分かりました。行きましょう」
こうして。
悲壮な決意を胸に秘め、たった二人だけの偵察隊は町を出発した。
※ ※ ※
レグナ火山への道は、過酷を極めた。
ありったけの火耐性装備に、ナナルの使う強力な耐性魔法、それから、比較的火属性の魔力が弱まる夜という好条件。
これらがそろっていても、火山の熱はナナルたちを苦しめた。
それに、やはり火山の魔物は強敵だった。
前線からは離れていたとはいえ、ナナルの弓と魔法の腕は、いささかも衰えてはいない。
ケルベロスの数匹程度であれば、先制攻撃で殲滅することも出来た。
しかし、彼らは数が多く、何より好戦的だ。
姿を見られるとすぐさま襲い掛かってくる彼らをいちいち相手にしてはキリがないし、何より戦いの最中に別の群れを呼ばれれば、後れを取ることもありえる。
必然、隠密行動を余儀なくされる。
幸い、ナナルには様々な姿隠しの魔法が使えたし、おやっさんは隠密行動に適した斥候職。
見つからずに駆け抜けることは、不可能ではなかった。
ただ、そんな彼らを悩ませたのは、サラマンドラだった。
この恐るべき魔物の持つ魔眼は、発見されている、されていないにかかわらず、見た者全てを燃やし尽くす。
視界に入ればそれだけでアウトだ。
何度も何度も迂回をして、時には物陰の中で数十分も息を殺し、少しずつ山頂へと向かっていく。
山を登るにつれて、異常ははっきりと際立って行った。
魔法の余波だろう。
あれほど多かったはずの魔物の姿はなくなり、一方で身体をさいなむ熱はいよいよ高まり、もともと魔法に強いハイエルフのナナルはともかく、おやっさんはもう全身が汗でドロドロになっていた。
そしてついに、二人は辿り着く。
「こいつぁ……ひでえ」
それは、大きな「穴」だった。
おそらく発動した魔法の範囲をぴったりとなぞるように、綺麗で巨大な穴が、山の頂を削っていた。
「……見たところ、精霊の痕跡はありません、ね」
精霊王ほどの存在がいれば、ハイエルフのナナルに気付けないはずがない。
だとすると、精霊王はどこかに飛び去ったのか。
あるいは、精霊王が復活した、というのが間違いだったのか。
「降りてみましょう」
ナナルが提案すると、おやっさんは「マジかよ……」とこぼしたものの、反対はしなかった。
魔法の補助を得て、用心をしながらも無事に穴の底に到着する。
あの魔法の熱で溶かされたのだろう。
地面は山とは思えないほどにすべすべで、断面が綺麗に整っていた。
だがその整地されたかのような地面の上に点々と、いくつかの石が転がっているのにナナルは気付いた。
何かのヒントになるだろうか。
そのうちの一つを、慎重に手に取る。
「あれ、これは……」
それは、ごく最近見かけた特別な「石」。
つい数時間前、ヒューガが納品した「魔透石」だった。
(ああ、そうか)
火山から吹きあがったのは、魔法の炎。
強力すぎる魔法の炎を受けて、ほとんどの岩や石はなすすべもなく溶けたけれども、魔透石は魔法の効果を受け付けないから……。
「魔透石だけ残った、んだ」
それは、本来は熱に強いはずのあらゆる物質が溶かされたということで、とんでもない異常事態。
けれどそこでナナルは、何かと手のかかるとある冒険者の姿を思い出し、クスリと笑った。
(ヒューガさんも間が悪いな。もし、この噴火のあとに調べにくれば、魔透石なんて探さなくても簡単に手に入ったのに)
一瞬だけ、「ただの受付嬢のナナル」に戻った彼女が、笑顔を浮かべた時、
「お嬢ちゃん! こっち! こっちに来てくれ! とんでもないものを見つけた!!」
突然の叫びに、我に返らされる。
おやっさんの声を頼りに駆け寄ると、そこには大きな横穴があった。
――いや、おそらくこれは、地下に元からあったもの。
――それが、先ほどの炎魔法で、地上に露出した?
素早くそう分析する。
その横穴の外壁は、ナナルから見ても奇妙な材質で出来ていた。
遺跡のような、まるで何かの封印のような……。
そして、その穴の中にある、巨大な物体。
炎にまかれて半分は焼け焦げてなくなってしまっているが、これは何なのだろう。
久しぶりの知的好奇心を刺激され、ナナルは警戒も忘れ、その奇妙な「像」に近づいた。
無造作に、手を伸ばす。
「不思議なオブジェですね。どこか生物的で、いえ、ですけどこれ、どこかで見た、よう、な……」
瞬間、だった。
不意に、ナナルは理解した。
理解、してしまった。
「う、ぁ……」
声が、出ない。
伸ばした指先が震え、自分でも顔から血の気が引いていくのが分かる。
「嬢ちゃん? おい!」
恐怖が、両足から力を奪う。
立っていられない。
その場に、崩れ落ちる。
「ど、どうしたんだよ! 嬢ちゃん!? 嬢ちゃん!」
もう近くでがなりたてる声も、分からない。
ただ、ただ震えが、止まらない。
「まさか、奴がやってきたのか? 炎の精霊王に何かされたのか?」
問いかけに、あえぐ呼吸で、必死に答える。
「ちが、ちがい、ます」
ナナルは早鐘を打つ心臓を押さえつけるように胸元をきつく握りしめ、必死に呼吸を戻そうとする。
――わたしたちは、根本的な勘違いをしていた。
渦巻く思考を抑えながら、ナナルは止まらない震えを押さえつけ、必死に事態を把握しようと努める。
たしかなことは、一つだけ。
そもそも、「あの」炎を起こしたのは、炎の精霊王ではない。
なぜなら……。
「これが、炎の精霊王です」
「……は?」
「この亡骸が、精霊王なんです!!」
だって、見間違える、はずがない。
書物で見た炎の精霊王の姿に、この「オブジェ」はあまりに似すぎていた。
「え? いや、な、何言ってんだよ、嬢ちゃん。だって、あの炎は……」
いまだに事態を理解出来ていないおやっさんに、ナナルは震える身体を押さえつけ、涙を飛ばしながら叫ぶ。
「いる! いるん、です! 精霊王とはもっと別の、もっと、もっと恐ろしい、なにか、が!」
ナナルの脳裏に、かつてヒューガに語った言葉が、よみがえる。
――この世界にある物質は、必ず魔法による干渉をされれば何かしらの影響を受けざるを得ません。
――もちろん、魔法への耐性を高めれば極限にまで軽微にすることは出来ます。
――が、決してゼロにはならないんです。
理論上は、そうだ。
だからどんな存在も、必要なだけの強さの魔法があれば、必ず倒せる。
けれど……。
けれど、炎の化身とも言える精霊王を「炎で殺す」なんてこと、一体どれだけの強大な魔力が、どれだけ強力な魔法があれば出来る?
……そう、だ。
炎の精霊王を炎で焼き殺す。
そんな存在がいるとしたら、さしづめ、それは……。
「ほのおの、まじん……」
――炎の精霊王、焼殺!!――
このセンセーショナルすぎる報は、ライクルスの冒険者ギルド支部のギルドマスター《蒼い閃光のナナル》によって、至急王都の中央ギルドに届けられた。
中央ギルドは炎の精霊王を殺害したとされる存在を暫定で《炎の魔神》と命名、事態を重く見た彼らは、ライクルスの町に調査チームを派遣することを決定したのだった。
加速していく勘違い(?)の輪!!
ちょっと何言ってるかわかんねえなーという人がいるかもしれないので、次回はちょっとした補足になるかも