5.Fランクから始める簡単お散歩クエスト
そうだ
これは夢なんだ
ぼくは今、夢を見ているんだ
目が覚めたとき、ぼくはもうとっくに更新を終えていて
今日の更新も余裕だったなって言いながら誤字脱字を直して
感想欄を眺めながら次の書き溜めを増やして……
って、こんなのを作ってるからさらに遅れるんだけどもね!
「あ、ナナルさんいるな」
俺は窓からギルドの中を覗き込み、奥のカウンターにナナルさんが座っているのを確認してほっと息をついた。
このギルドには受付の人は何人かいるが、ナナルさんは俺にとって特別な人で、俺は彼女がいる時だけしかギルドには行かないようにしている。
彼女は五ヶ月前、俺が初めて冒険者ギルドに入った時に応対をしてくれた人で、それからもずっとお世話になっている。
そして、俺が実は新人どころではない強さを持っているということを知っている唯一のギルド関係者、言うなれば共犯者でもある。
元の世界でのゲームや小説での知識しかなかった俺に冒険者ギルドの常識を教えてくれたのも、レベル655というのがいかにやばいかというのを教えてくれたのも、ナナルさんだった。
その上で、俺が内密にしてくれと言うと快くうなずいてくれ、それからも親切に冒険者についてのイロハを色々と教えてくれた。
俺の登録をしてくれたのがナナルさんでなければ、俺は何も気にせずに自分のレベルが六百五十五だと吹聴して、今頃は町一番の危険人物として警戒されていたかもしれない。
俺はいつものようにそっとギルドの扉を開けて中に入り込む。
そういえば、あの決闘騒ぎのあとにギルドに入ってびっくりしたのは、壁際に真っ黒な鎧が完全な姿で鎮座していたことだ。
この前Bランク冒険者の……ええと、名前は忘れたけど何だか強そうな人に殴られた時、演出のためにぶつかってバラバラになったはずなのだが、修理したのか、新しいものを買ったのだろうか。
呪いの鎧とかだったら嫌だなぁ、なんて思いながら、ギルドを見回した時だった。
「――こんの、ばっかやろうが!」
もはや恒例となったおやっさんの怒声がギルドに響く。
叱られている相手はやはりお決まりの、新人冒険者アルフレッド君。
おそらく、ギルドにおける雑魚っぷりでは俺とタメを張るレベルの、俺のひそかなライバルである。
が、ぶっちゃけアルフレッドはダメな方向にぶっ飛んでるので、「目立たないレベル」ではまあ、言っちゃ悪いが俺の圧勝だ。
そのアルフレッド君は今日もおやっさんにこっぴどく雷を落とされていた。
「クエストに失敗するってのは、まあ、いい。よくはねえが、ありえない話じゃねえ。だが、だが、なぁ! よりにもよって、『採取依頼』を失敗するなんてのは、どういうことだ!」
「す、すんません、おやっさん!」
平謝りするアルフレッド君。
どうやら今回ばかりは自分の非を認めているらしい。
冒険者ギルドは、依頼の失敗に対しては厳しい。
情報共有なのか、見せしめもかねてなのか、依頼に失敗した事実は冒険者名と共に一定の期間クエストボードに張り出される。
それだけ、依頼の失敗は冒険者にとって一大事なのだ。
ただ、アルフレッドが反省しているのは普通の討伐依頼ではなく、簡単とされる採取依頼を失敗したのもあるのかもしれない。
と、このように、採取依頼の立場は低い。
モンスターを倒して人の生存圏を広げる、というのが冒険者の役目であるのがきっと一番の理由だろう。
「採取依頼には採取依頼の苦労がある……と思うんだけどなぁ」
とはいえ、魔石、というか魔力は万能の素材。
採取依頼を行う必要性が薄い以上、軽視されるのも仕方がないのかもしれない。
俺は彼らから視線を切ると、依頼が貼ってあるボードに向かう。
もちろん、チェックするのはアルフレッド君が失敗したのと同じ種類のクエスト、つまりは採取依頼のコーナーだ。
――そういえば、最初はナナルさんに雑用の仕事をやりたいって言ったんだよな。
フィクションの中の冒険者ギルドを思い浮かべ、序盤の冒険者と言えば配達とか掃除、なんてイメージを持っていた俺は、冒険者登録をした直後にナナルさんに頼んだ。
「簡単な依頼をやりたいんです! あの、ほら、町の雑用とか……」
「町の雑用、ですか?」
「はい。ほら、ええと、配達とか掃除なんかがあれば……」
だけど……。
「いえ、そういった依頼はこちらでは受け付けてませんけど」
「えっ?」
「冒険者ギルドは魔物を倒すための組織ですし、そもそも配達や掃除などは専門の機関が別にあるので」
とあっさりとぶった切られたのは今でも記憶に新しい。
「分かりました! どうしてもと言うなら、モンスターに死を配達したり、特定地域の魔物を掃除する仕事を……」
「それもう討伐じゃないですか!」
「だって、ヒューガさんレベル655じゃないですか! 討伐をやってくださいよ!」
とまあ、そんなやりとりがあって当時は愕然としたものだが、冷静になると納得は出来る。
普通、戦闘を専門にするような荒くれ者に配達や掃除などを頼もうとは思わないだろう。
何を壊されるか分かったものじゃないし、どう考えても向いていなさすぎる。
――それでも、結局は何も聞かずに採取依頼を教えてくれたんだから、ナナルさんはほんといい人だよなぁ。
たまに入ってくる冒険者たちの噂を聞いているだけだが、ナナルさんはこの町の冒険者からも抜群に人気がある。
何でもひそかに親衛隊なんていうのが作られていて、軽々しく彼女の受付に並んだり話しかけたりすると粛清対象になるとかならないとか。
その割に、俺がずっと話していても全くとがめられたりしていないが、やはりそこは目立たない者の強み、という奴だろう。
今まで頑張って存在感を消してきたことの思わぬ副産物だ。
「っと、考え事ばっかりしてる場合じゃないな」
あまりに長く依頼を見ていたら誰かに注目されてしまうかもしれない。
とは言っても、あの決闘騒ぎ以降、俺の存在感のなさが極まってきたらしく、今では誰とも目が合うことすらないのだが。
ともあれ俺は、手早く依頼を見て行って、
「……今日は、ないか」
火山草の採取の依頼がないことに、ひそかにため息をついた。
仕方なく、もっと報酬が安くても簡単で目立たない依頼を探そうとして、
「……あれ?」
採取依頼の欄のはじっこに、火薬草採取と同じ、レグナ火山が目的地の依頼があるのに気付いた。
「魔透石の採取? こんなのもあったんだ」
あまりにもはじっこに置いてあったせいで、今まで目についていなかったらしい。
依頼の期限を見てみると、今日までになっている。
俺は少し迷ったが、ほかにいい依頼もない。
その依頼書を剥がしてカウンターに持っていくことにした。
「あ、ヒューガさん」
顔を上げたナナルさんは、なぜだろう、いつもより少し沈んだ顔をしているような気がした。
「これ、お願いしたいんですけど。この魔透石ってなんなんですか?」
そう言って、魔透石の依頼書を見せると、ナナルさんの顔がはっきりと曇った。
「魔透石は、この世界で唯一『魔法の影響を全く受けない』とされる石です」
「魔法の影響を、受けない?」
「はい。この世界にある物質は必ず魔法による干渉をされれば何かしらの影響を受けざるを得ません。もちろん、魔法への耐性を高めれば極限にまで軽微にすることは出来ます。が、決してゼロにはならないんです」
そこで言葉を切ると、真剣な顔でナナルさんは言った。
「でも、魔透石だけは違います。この魔透石は全ての魔法をすり抜けさせてしまうんです」
「それは……すごいですね」
「ええ。でも、実のところ実用性はあんまりないんです。物理的な衝撃では簡単に壊れてしまいますし、魔法を防ぐ訳ではないので、魔法を防ぐ盾にも出来ませんし、脆くて加工にも向きません。めずらしいので、アクセサリにするくらいですね」
なるほど、確かにそういうものなのかもしれない。
「この依頼もその目的だと、思うのですが……」
そこで、ナナルさんは眉をきゅっと寄せた。
「……この依頼、わたしは受けない方が、いいと思います」
「ど、どうしてですか?」
「何だか、今日は山が騒いでいるような気がするんです」
エルフ特有の詩的表現という奴だろうか。
俺が首をかしげると、ナナルさんは重ねて言った。
「最近、レグナ火山の方で見たこともないほどの大きな魔力が渦巻いているのが分かるんです。特に今日は、それがざわめいている感じがして。魔透石は火山の山頂付近にあるそうです。それに、見た目も普通の石と区別がつきにくいため、長く山頂に留まって探索をすることになります」
「それは……」
俺は何かを言おうと口を開きかけたが、言い出せなかった。
「わたしは確かに、本当はヒューガさんがとても強いことを知っています。でも、この世界にはまだ、想像を絶するほどの恐ろしい存在が、一人の人間ではどうやっても到底敵わないような圧倒的な力の持ち主が、『伝説級』と呼ばれるレベル千超えの存在がいるんです」
「伝説級……」
それから、「……この話は、地元の人の間では有名な話らしいのですが」と前置きをして、
「あの山にはその伝説級の存在の一つ、『狂える精霊王』が封じられている、という記録があるんです」
「精霊王?」
「はい。十二柱の神々が四大属性の魔力を調整するために生んだとされる精霊の王です」
と、言われても、そもそも精霊というのが何かすらよく分からない。
それを読み取ったのか、ナナルさんが補足をする。
「精霊とは、魔法だけで構成された生物です。ゆえに魔力との親和性が特に高く、原始魔法と呼ばれる魔法を扱えます」
ナナルさんはおもむろに指を立てると、小さく「トゥーチ」と唱える。
すると、その指の先から小さな火柱が湧きあがった。
「そ、その魔法って!」
「え? あ、いえ、ただの初歩の初歩の火魔法のトゥーチですけど。あ、いえ、話したいのはこういうことではなく。このように、わたしたちは『力ある言葉』を唱えて魔法を、『スペル』を使います。ただ、スペルは魔法の発動が容易な反面、効果に柔軟性がないという欠点があります。ですが、魔法そのものである精霊は違います。彼らはスペルが存在する前から魔法を使っていました。自らの意思をそのまま魔法として行使する『原始魔法』です。そして……火の精霊王はその原始魔法で『火山を噴火させた』と言われています」
それは、やけにスケールの大きい……。
「とはいえ、同じ魔法生物であっても精霊は魔物と違って核がなく、混沌の魔力で構成されている訳ではないので、温厚な存在です。……本来は」
「本来、ってことは、ああ! だから、狂える、なんですね」
「察しがよくて助かります。神々の作った精霊王の一角、炎の精霊王が混沌の魔力によって狂い、数百年前にこの火山に封じられた、という古い記録があるんです」
「でも、もう何百年も大丈夫だったんですよね? だったら……」
「はい。ですけど、逆に言えば数百年の時を経て封印もほころんでいる可能性があります。その時に、『莫大な魔力を持った者』が近づいたりしたら」
そう言って、ナナルさんの視線が俺を射抜く。
「おれ、は……」
話は分かる、けれども。
「すみません。俺はやっぱりこの依頼、受けようと思います」
「そう、ですか」
別に、ナナルさんの話を信じていない訳じゃない。
ただ、レグナ火山は俺にとっての貴重な稼ぎ場所だ。
ずっと避けていくことは出来ない。
だったらもう、ここで白黒はっきりつけてしまう方がいいだろう。
なぁに、いくら精霊王が強いと言ってもいきなり殺されたり、ってことはないだろう。
逃げる速度については自信がある。
万が一、いや、億が一に精霊王が復活したとしても逃げてしまえばいいだけだ。
依頼受諾の手続きをしたナナルさんが、最後に俺に声をかけた。
「――ヒューガさん。くれぐれも気を付けて」
※ ※ ※
と、まあ深刻ぶったものの、実は依頼については全く心配してなかったりする。
正直に言えば、俺の魔法を使えば採取依頼なんてラクショーなのだ。
俺はスキップをしながら火山に向かって進む。
火山のいいところは、目的地がはっきりと分かるので道に迷う可能性がないことだ。
途中、ゴブリンや狼と会ったが、あいつらはなぜかこちらを見かけても襲ってこない。
道中で見かけた大きなトカゲさんとにらめっこしたりして、俺は上機嫌でレグナ火山を登って行った。
「こんな高さまで来るのは初めてだな」
初めてやってきた山頂付近には、確かにいかにも硬そうな石がいくつも転がっていた。
ここから目的の石を探すのは骨が折れそうだ。
……しかし!
「さて、ここでいいか。《トゥレス:魔透石》」
そう言いながら、人差し指を前方に突き出す。
これが、俺の自信の源!
呪文のあとに口にしたアイテムを探し出してくれる、いわゆる探索魔法だ!
町の広場で女の子が使ってるのを見て、こっそり習得した俺の奥の手である。
……いや、覚えた経緯はしょぼいが、これが本当に役に立つのだ。
指を向けた方向に探しているアイテムがあると光って教えてくれるので、採取依頼の場合、あっという間に目的の物がある方向が分かる。
ついでに言うとどれが目的のアイテムなのか覚える必要すらなくなる。
採取依頼には欠かせないお得魔法なのだ!
しかし……。
「あ、れ?」
なぜだろう。
何度やっても、指の先が光らない。
「ま、間違えたかな。《トゥレス:魔透石》」
もう一度唱えなおしてみるが、結果は一緒。
おかしい、と思い、今度は対象を火薬草にしてみたが、今度はすぐに反応があった。
「スペルがおかしい訳じゃ、ない? だったら、どうして、魔透石、だ、け……」
魔透石と、口に出して気付いた。
魔透石は、魔法の影響を受けない。
と、言うことは……。
「探索魔法にも、引っかからない?」
口に出してしまって、サーッと血の気が引くのが分かった。
「や、やばい! やばいぞ!」
依頼の期限は今日まで。
だとすると、もういくらも時間はない。
俺は焦って足元の石を見た。
正直、どれも同じように見えてどれが魔透石かなんて分からない。
それでも、必死に依頼書の情報を思い出して地面にはいつくばってそれっぽい石を探す。
だが……。
「ダメ、だ。全然分からない……!」
採取依頼を失敗するなんて、冒険者の恥。
俺は今まで、良くも悪くも採取依頼を無難に受け続けて、依頼の面では目立つことがなかった。
それが、それが、こんな……。
「トゥレス:魔透石! トゥレス:魔透石!!」
何度も叫んでみるが、結果は同じ。
指先はちっとも光ってくれない。
「くそ、くそ、どうすれば……」
どうして俺は、こんなに考えなしに依頼を受けてしまったんだろう。
決闘騒ぎをうまく納めて調子に乗っていたとしか思えない。
俺が頭を抱えた、その時、
――ドクン。
なぜだろう。
地面が脈を打った、ような気がした。
……ま、て。
待て、よ。
頭の中に、ナナルさんの言葉と、指先に灯した炎がフラッシュバックする。
そう、そうだ。
たしか、ナナルさんが言っていたはずだ。
ここには、炎の精霊王が封印、されていて。
そいつは、とてつもなく強い魔法を使えて。
以前に暴れた時は、魔法で山を噴火させて。
そうして、俺は……。
まるで誘われるように地面に視線を落とす。
そこは、心なしか赤く変わって、今にも内側から破裂しそうに見えて、そして……
※ ※ ※
その時。
ギルドのカウンターで書き物をしていたナナルが、ふと窓の外に視線を向けたのは、あるいは虫の知らせだったのかもしれない。
「え……」
何の前触れもなかった。
ただ、北の空、レグナ火山がある方角が、真っ赤に染まって、
――火山が、火を噴いた。
マグマ、ではない。
火山から遠く離れたナナルですら感じ取れるほどの圧倒的なまでの魔力が山から吹き荒れ、全てを吹き飛ばし、天へと紅を巻き上げていく。
「――ヒューガ、さん?」
カラン、と。
ナナルの手から、ペンがこぼれ落ちた。
果たしてヒューガの運命は!
そして、火山の異変の原因とは!
そしてそして、本当に伝説級の精霊は存在するのか!
次回、目立ちたくない→破壊神 第六話
「爆誕! 炎の魔神!」
デュエルスタンバイ!
あ、次話は今日のうちに更新です!(天下無双)