4.規格外の新人冒険者
あ、あやうく連載二日目でいきなり連続更新途絶えるとこだった!!
投稿直前になると急に直したいところを見つけちゃうのはたぶんなろう作家のSAGA
あ、今回は本編の五ヶ月前になります
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――はじまりの神様は、なにもなかったその場所に《アザレス》という名前をつけると、自らの命と力を二つに分け、それを分け与えました。
はじまりの神様から「無限の魔力」を受け継いだ命の欠片は、「混沌」となって大地に根を張ります。
生命そのものである原始的なその力は、増殖し、移動し、拡散し、破壊し、争い、そして死んでいくことによって世界にどんどんと魔力を広げていきました。
もう一つの「自在に魔力を操る力」を受け継いだ命の欠片は、十二柱の神となって地上に「秩序」をもたらします。
彼らは「自在に魔力を操る力」でもって、無軌道に増えて広がった魔力を基に様々なものを創造し、世界へと還元していきました。
ある神は草原や森を、またある神は海や川を、またある神は風や雲を。
十二の神様はそれぞれの権能に応じた場所を形作り、世界は色づいていきます。
そうして世界の姿が整うと、彼らは世界に生きる命を作ります。
神々の手足となって働く天使、各属性の魔力を管理する精霊、土地を彩る多種多様な動植物。
そして様々な生命を作った神々は最後に、地上の開拓者として「人間」を作りました。
――ヒューマン、エルフ、ドワーフ、フェアリー、キャットピープル、カオスシフター、カタツムリ。
姿かたちも能力も様々な彼ら「人間」は、しかし誰もがわずかながらも「混沌から魔力を取り出す」能力を神々から受け継いでいました。
人間は神々と手を携えて混沌を調伏し、世界を切り開いていきます。
穏やかで平和な時代が続きました。
神の庇護の下、人間はゆっくりと時間をかけて文明を育てていき、その生息圏を広げていきます。
……けれど、そんな平和な時代が数百年続いた頃、突如として滅びの足音が迫ってきました。
同じ神より分かたれたもう一つの命、「混沌」の暴走です。
神々に造られた人間たちはみな穏やかで善良で、しかしだからこそ、世界に満ちる魔法の力を使いきれなかったのです。
あふれる魔力は混沌の力を増大させ、強まった混沌の力はさらなる魔力を生みます。
そして、やがて限界を超えて増え続けた魔力は、人の恐怖によって怪物の姿を取って具現化されました。
恐ろしい姿を持ったその「魔より生まれし物」は《魔物》と呼ばれ、破壊衝動の赴くままに全てを壊します。
穏やかで争いを知らなかった人間たちに、これに抗う術はありませんでした。
人は瞬く間に数を減らし、人間を守るべく立ち上がった神々も、一人、また一人と倒れていきます。
そして、ついに十二柱の神々が全て倒れ、世界は絶望に覆われるかに思えました。
しかし、希望の光はまだ残されていました。
それは、十三柱目の神。
唯一、神と神の間に生まれた子、もっとも新しい神《ルミナ=セリア》です。
彼女の権能は戦いに向かず、彼女には魔物を撃つ絶大な威力の魔法も、傷ついた戦士を癒やす偉大なる奇跡も使えませんでした。
けれど、だからこそ彼女は、倒れていった十二柱の神々とは別の道を選ぶことが出来ました。
彼女が選んだ道。
それは「人と共に魔物と戦う」道でした。
彼女は全ての力を束ねて世界に四つのルールを刻み、人々に新しい力を与えました。
魔物を打ち倒して自らの力とする――《レベル》
役割を定め成長に指向性を与える――《ジョブ》
研鑽した技を能力として昇華する――《スキル》
定まった言霊を発して魔法を扱う――《スペル》
新たなる力を手にした人間たちは、ついに反攻を開始します。
女神の加護を受けた「勇者」を中心に、レベルやジョブで力をつけ、スキルとスペルの力を使って、全ての人々が魔物に立ち向かいました。
長く、苦しい戦いが続き、多くの人々は傷つき、倒れ、死んでいきました。
しかし……。
この戦いで初めて人類は、魔物の勢力圏を押し返すことに成功したのです。
それからさらに長い時が経って、今でも魔物との戦いは続いています。
魔物と戦う戦士たちは「冒険者」と名前を変え、女神の庇護の下、彼らを補助する組織が結成されました。
――それが、世界を守る最前線、《冒険者ギルド》。
つまり、冒険者ギルドは女神によって望まれた至高のギルドで、人類の夢と希望と愛と英知が詰まった希望の象徴なのです!
ビバ、冒険者ギルド!
ああ、偉大なる冒険者ギルド!
さあ、今すぐ君も冒険者ギルドに入って、二十四時間三百六十五日、世界平和のために身を粉にして死ぬまで働き続けよう!
レッツ貢献!!
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と、そこまで書き上げて、ギルドの受付嬢ナナルは「んふーっ」と満足げな息を吐き出した。
「神話から入って壮大に、歴史的事実を積み上げてギルドの格式を上げつつ、でも重くなりすぎないように最後は高いテンションで働くことの素晴らしさを説く! ……うん、我ながら完璧!」
これならきっと、冒険者ギルドにもたくさんの人が集まってくれるだろう。
明るい未来を想像しながら、完成したばかりのギルドの宣伝用ポスターを脇に置いたナナルは、くたーっと脱力してカウンターに突っ伏した。
(はぁ。今日はほんとに誰もいないなぁ……)
ここ数週の間に、世界が揺らぎかねないようなきな臭い事件が続いている。
遠くの国の王女が魔物にさらわれ、その奪還に向けて大規模な作戦が予定されている話、魔物たちの生存域の中心で天に向かって光の束が駆け上ったという目撃証言、このライクルスの町でも低級モンスターしか出ないはずのグリーンフォレストに大きなクレーターが見つかり、外来種のモンスターの流入が懸念されてパトロールが強化されたり、一番身近なところでは、昨日ギルドの扉が何者かに破壊される事件が起こり、ギルドの人間たちはいきりたって犯人を捜している。
……そう。
だから、こうやってギルドに人がいないのは当然、ではあるのだが。
(きっと、人がいたって変わらない、んだよね)
こんなはずじゃなかった、とナナルは密かにため息をつく。
宣伝に書いた「冒険者ギルドが魔物に対する最前線」だというのは、ナナルの正直な気持ちだ。
だからエルフの里で「あのライクルスの町が、冒険者ギルドの職員としてエルフの魔法使いを募集している」という話を聞いた時、彼女は一も二もなく飛びついた。
何しろ、このライクルスは「時計塔と英雄の町」と呼ばれる町で、冒険者にとっては知る人ぞ知る場所だ。
英雄の神器であるエイクリプスがあるのはもちろん、周りに低ランクエリアと高ランクエリアが混在していることでも有名で、長い遠征などをしなくても強力な魔物との戦いに挑むことが出来る。
高ランクの冒険者が活動するのにも適した場所なのだ。
ここならば直接戦うことの出来ない自分でも人類に貢献出来るはず、と勢い込んでギルド職員になった……はずなのに。
(避けられてる、んだろうなぁ)
受付業務をしていても、ナナルの受付にやって来る人はほとんどいない。
遠巻きに視線を向けられることは多いが、彼らも決まって隣の受付に行ってしまう。
(気持ちは分かる、気はするんだけど)
エルフは排他的な種族で、ヒューマンなどと比べると人口も少ない。
信用し切れない気持ちはナナルにも分かる。
でも……。
こんなはずじゃなかった、とナナルはもう一度ため息をつく。
と、その時、
「あ、あのー。冒険者登録をしたいんですけど」
「きゃっ!」
突然目の前から聞こえてきた声に、ナナルは淑女らしからぬ声をあげてしまい、慌てて口元を押さえる。
ナナルの目の前には、十六、十七歳くらいのヒューマンの少年が立っていた。
(い、いつのまに)
なぜ、自分が彼の接近に気付かなかったのか、とナナルは顔をあげ、ギルドの入り口の扉を、いや、かつて扉があった場所を見て納得した。
そういえば、今はあのやけに耳障りな音のする扉が壊れてなくなっていたのだった。
ナナルは無理矢理に気持ちを切り替えると、余所行きの顔を作った。
「冒険者登録をご希望ですね。では、その前によろしければ冒険者について説明をさせていただきますね」
とは言っても、そこまで解説をすることはない。
冒険者ギルドの目的やシステム、冒険者ギルドにはランクがあり、働きに応じて一年ごとにそのランクが査定されることなどをつらつらと話していく。
「え、一定の依頼をこなしたら昇級、とかそういう感じじゃないんですか?」
「ええ。もちろん依頼の数は重要ですが、それだと時間をかければ誰でもランクを上げられることになってしまいますから」
少なくとも、同じ数の依頼を十年かけて達成した冒険者と一週間でこなした冒険者がいたら、後者の方が有能だろうし、達成依頼数でランクが決まってしまうなら、一度上がったランクは能力が衰えた場合にでも下がらないことになり、それでは冒険者の力量の指標としては不適切だろう。
「もっとも、昇級よりも維持の方がずいぶんとハードルが低いので、よっぽど背伸びして昇級しなければ、そのあとですぐに降級されることはほとんどないんですけどね」
「な、なるほど」
「あ、それに、一年ごとの査定を待たなくても、実績を認められれば昇級試験を受けて昇級することも出来ます。特に低ランクの場合は簡単に昇級試験を受けられますので、そこは心配されなくても大丈夫ですよ」
と、ナナルは笑顔で言ったものの、対する少年の反応は微妙だった。
ナナルは内心密かに首を傾げる。
普通、血気盛んな若者冒険者ほど自分の実力を疑わないので昇級方法を気にするものなのだが。
(もしかして、自分の実力に自信がない、のかしら?)
見た目からして、彼は全く強そうではないし、何か事情があるのかもしれない。
そう思いながらも表情には出さないまま、依頼のシステムや罰則などを簡単に説明していく。
「……こんなところですね。それでも問題ないようでしたら、改めて冒険者登録の手続きを進めますが」
「な、なります! お、お願いします」
どこかびくついた態度にナナルは疑惑を強めながらも、「じゃあ、これに記入をお願いします」と言いながら記入用紙と筆記具を渡す。
用紙を前に、「やっぱり、日本語だ……」とナナルには意味の分からないことをつぶやいていた少年だったが、自分が見られていることに気付くと、たどたどしく記入を始めた。
(この子、大丈夫かしら?)
少年はところどころ詰まりながら、少しずつ用紙を埋めていく。
何だか庇護欲を誘われたナナルは、森の民であり、天性の狩人であるエルフ族特有の優れた視力でちらりと用紙を覗き見る。
名前 ヒューガ・サザナミ
年齢 17歳
性別 男
出身 日本
――ヒューガ君、かぁ。
――出身は……日本?
――聞いたことないなぁ
などと好き勝手に覗かれていると知る由もない少年、ヒューガはそこまで考えながらも欄を埋めていたが、最後の項目……「ジョブ」のところで完全に手を止めてしまっていた。
だが、これは冒険者登録をする人間にはよくあることだ。
それをほほえましく見ながら、ナナルは助言をした。
「あ、もしまだジョブが決まっていないなら、これからなりたいジョブを書いても大丈夫ですよ」
「え、えっと……」
「世の中には色々なジョブがありますけど、冒険者の方なら剣士や戦士、後衛職なら魔法使いとか弓使いが人気がありますね。あ、それから剣と魔法を両方扱える魔法剣士や様々な魔法に精通した賢者、なんてジョブもありますけど」
ナナルが丁寧に説明すると、ヒューガはしばらくためらっていたようだが、えいや、とばかりに何かを書きつけて用紙をナナルに手渡してきた。
差し出された用紙に書かれたジョブ名を見て、ナナルはぷっと吹き出しそうになり、慌てて堪えた。
書かれていたジョブはずいぶん夢がいっぱいで、もしかすると冒険者としての野心がないと考えたのは間違いだったかもしれない。
ナナルは密かにヒューガの評価を改めながら、手はよどみなく次の作業を進めていた。
「では、最後にヒューガさんのレベルを測定しますね」
「えっ?!」
ナナルの言葉に、ヒューガは今日一番の動揺を見せた。
その激しい反応に、ナナルの方まで驚いてしまう。
「レベルを、測るんですか?」
「は、はい。あ、でも大丈夫ですよ。この情報は外に漏らしませんし、もしレベルが低くても冒険者登録が出来なくなることはありませんから」
やはり、自分のレベルに不安があるのだろうか。
そう思って言葉を添えたが、ヒューガの顔は晴れない。
何だか気の毒になってしまったナナルだが、これは譲れない。
明文化されたルールではないが、このレベルを基に、ギルドは新人冒険者の今後の方針にアドバイスをする。
新人のレベルがはっきりと分からないのは、新人にとって危険なのだ。
「ごめんなさい。でも、規則ですから」
ナナルはそう言って押し切ると、レベルチェッカーと呼ばれる専用の魔道具を差し出した。
レベルチェッカーは手のひらに乗るくらいの円筒形の装置だ。
その円筒の中心には細長い窓がついていて、中には四桁の数字が見えている。
今は「0000」を表しているが、レベルチェッカーを起動させることでその人物の魔力を感じ取って中の数字のプレートが回転し、その人物のレベルを示す仕組みだ。
「これを持って、横のスイッチを押してください」
「う……はい」
やがて観念したのか、ヒューガは未練がましくギルド内に誰もいないのを確かめた後、レベルチェッカーに手を伸ばす。
その瞬間、
「えっ!?」
円筒形の機械に今まで見たことのない反応が起こった。
中に組み込まれた数字のプレートがけたたましい音を立て、目で追えないほどの速度で勢いよく回転する。
ナナルはギルドの受付を始めてから何回かレベルチェッカーを使ったことはあるが、こんな速度で回転したのは、今までに見たことがない。
もしかして壊れたのか、ナナルがそう心配するほどの時間が経って、ようやく中のプレートの勢いが落ち始める。
そして、まず右端、一番右のプレートが「5」を指して止まった。
(誤作動じゃ、ないの? でも、だとしたら、今の動きは一体……?)
混乱するナナルを待つことなく、次、右から二番目のプレートの速度が弱まり、そしてまた「5」を示す。
(た、高い!!)
新人冒険者、それもヒューガほどの少年であれば、そのレベルは三十もあればせいぜい。
だが、レベルチェッカーはヒューガのレベルは五十五だと示している。
この年でこれなら、十分に期待の新人、と言えた。
(うん。でも、よかった。このレベルなら心配する必要もなさそう)
本人は自信がなさそうだが、それもきっと時間が解決してくれるはず。
いや、ここで彼をよい方向に導くのが自分たちギルド職員の役目だろう。
ナナルはそう思い、心からの笑顔を浮かべ、新人冒険者の誕生を祝福しようとして、
「すごいですね。新人で五十五レベルというのはなかな、か――」
その声が、凍りつく。
――止まって、いた。
レベルチェッカーの右から三番目。
新人冒険者が「0」以外の数字を出すはずがない桁の数字が、ありえない場所で止まっていた。
「う、そ……?」
何度も、目を凝らす。
いっそ何かに化かされているのではないかと、ナナルは何度もレベルチェッカーをにらみつける。
だが、目の前の光景は幻でも見間違いでもなく、最後の数字が止まった音が、ナナルを否応なしに現実に叩き込む。
「――えいゆう、級」
無意識のつぶやきが、漏れる。
そう、ナナルの前に置かれた置かれた無機質な装置。
そこには、「0655」というおよそありえるはずのない数字を刻まれていたのだった。
たぶん明日もこっち投稿の予定