3.冒険者の洗礼 解決編
この作品のバックアップ見たら、一番古いファイルの日付が2014/05/10になってるんですよね
あれ、この五年間いったい何を……
ヒューガが去ったギルドには、奇妙な静けさが漂っていた。
その場に立ち尽くしたまま、身体を動かすことも出来ないガイ。
土下座の姿勢から立ち上がったものの、何かを言うことも出来ず、かといってその場を去ることも出来ないおやっさん。
そして、そんな彼らをおもんばかってか、やはり動くことの出来ない冒険者たち。
しかしそんな硬直した状況を、場違いにはしゃいだ声が覆す。
「す、すっごかったです、ガイさん! さっすがB級冒険者ですね!」
その声の主は、ほんの二週間前にギルドに登録をしたばかりの新米冒険者、アルフレッド。
口だけは威勢がいいものの、二週間経ってもいまだにEランクに留まっているその実力はそのビッグマウスにふさわしいとは言えない、まさしく典型的な新米冒険者だった。
「人があんなに吹っ飛んだところ、初めて見ました! やっぱりガイさんはすっげーですね!! あのヒューガとかいうガキじゃまるで相手に……」
ペラペラと調子よく話すアルフレッドの後頭部に、
「――こんの、ばっかやろう!」
鉄拳制裁という名の雷が落ちる。
「お、おやっさん? な、なんで……?」
「いいから、こっちに来い!」
アルフレッドを連行した先で、おやっさんが険しい顔で尋ねる。
「お前、ヒューガの野郎が出て行った時、奴がどんな顔をしてたか、覚えてるか」
「え、ええと、それは……暗い顔をして、ガイさんのこと、にらんで……」
「おかしいと思わないか? あいつは何発も、いや、何十発も顔を殴られてた。なのに、はっきりと表情が目につくくらい『顔に全く傷がなかった』のは」
「そ、そういえば……」
ハッとするアルフレッドだが、すぐにいぶかしげに眉をひそめた。
「や、でも待ってくださいよ! そこまでダメージがなかったなら、どうしておやっさんは、あいつをかばって……」
「そこがまず、間違ってんだよ」
「へ?」
おやっさんは、一度だけ意気消沈したガイを見て、それから厳かに口を開いた。
「あいつの二つ名がどうして『電光石化』なのか、覚えてるか?」
「もちろんっすよ! ガイの兄貴の得意属性は雷と土! 雷光のごとき素早いスタンパンチで、殴った相手を『まるで石化したみたいに棒立ちにさせる』のが得意技だから……あ、あれ?」
そこで、調子のよかったアルフレッドの舌が、凍りつく。
「分かったか。ガイの拳には、強力な拘束の魔法がかかっていた。それは、本人の身動きを封じるだけじゃない。どれだけ殴られても後ろに衝撃を逃がすことも出来ずに、その場から一歩も動けないサンドバッグと化す。……そういう魔法の、はずなんだ」
「え、ええ? で、でも、あいつはめっちゃくちゃ吹っ飛んでましたよね? ま、まさか魔法が効かない体質とか……」
「いいや、それでもおかしい。ガイはパンチで動きを止めてキックでトドメを刺すスタイルだ。なのに、一度だけ使った蹴り技の時だけ、あいつは吹き飛ばなかった。あの蹴りが、単純な威力では一番強力だったはずなのに、だ」
「じゃ、じゃあ、どういう……」
混乱するアルフレッドに、おやっさんは苦い顔をした。
「まだ、わからねえのか。……わざと、だよ」
「えっ?」
そして、おやっさんはついに、恐るべき「答え」を口にする。
「――あいつが派手に殴られてたのは、ガイの攻撃が効いていたからじゃない。全部、逆だ! スタン攻撃を受けてわざと吹き飛ぶことで、ガイの攻撃なんざ何の役にも立ってないことを、見せつけてやがったんだよ!」
「え、うえぇえ!?」
すっとんきょうな声が、ギルドの静寂に突き刺さる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! ガイさんと言えばB級の冒険者っすよ! あの『英雄の試し』だってクリアしたって言うし、そんな……」
「あぁ。英雄の試し、なぁ……」
そこでおやっさんは、「そういやあお前さんにはまだ話してなかったか」と頭をかいた。
「その『英雄の試し』が具体的に何をやるもんか、知ってるか?」
「あ、あたりまえじゃないっすか。神器に自分の全力の一撃を放って、神器に傷をつけられたら合格、なんっすよね」
「よく、勉強してんじゃねえか」
おやっさんは、そこで少し疲れたような笑みを浮かべると補足する。
「本来の持ち手がいないとはいえ、神器ってのはとんでもないもんだ。生半可な攻撃じゃびくともしねえし、一流って言われる冒険者だってかすり傷でもつけられれば殊勲賞。くっきりと見える傷が出来れば大金星だ。実際にガイの奴は自分の魔力全部を拳に込めて、小さいがはっきりとした凹みを作って、一目置かれるようになった」
「うおお、さっすがガイさん!」
「で、その神器だけどよ。……実はここに、このギルドにあるんだよ」
「へ?」
想像もしていなかった言葉に、アルフレッドは目を瞬かせる。
「な、なに言ってんすか? そんなもの、どこに、も……」
その言葉が途中で凍りついたのは、ありえない可能性に思い至ってしまったから。
「ま、さか……」
ありえない、そんなはずない、とは思う。
けれど、けれど……。
この町に遺された英雄の神器の名は、『エイクリプス』。
土の加護によって、すさまじい硬度と自然修復の能力を備えた漆黒の鎧。
そして、鎧、と言えば……。
「――ああ、そのまさか、さ。ヒューガにバッキバキに壊されて地面に散らばってるこの黒い鎧が神器『エイクリプス』なんだよ!!」
あまりに衝撃的な出来事に、アルフレッドは口をパクパクとするだけで何も言えなくなってしまった。
そして、ようやく気付いたのだ。
――おやっさんが、土下座をしてまで守ろうとしたのは、決してヒューガの身の安全などではない。
――ガイの、いや、その場にいた冒険者全ての自信と誇りだったのだ、ということに。
そして、そして……。
だとすると、ヒューガの最後の言葉は全く意味合いを変えてくる。
アルフレッドの脳裏に、去り際のヒューガの言葉がよみがえる。
《……俺は。負けた、わけじゃない》
《つぎは、ない……からな》
「ひ、ひいいいいいいいいいいい!!」
それに思い至った途端に、アルフレッドは地面に尻もちをついて倒れこんでしまった。
おやっさんはそれを見て首を振ると、大きく嘆息する。
「……ガイの野郎は、よ。絶対に手を出しちゃいけない奴に、喧嘩を売っちまったんだ」
そうして、自らの胸にわだかまる想いを吐き出すように、静かに語り出す。
「あいつの、ヒューガの実力なら、きっと喧嘩を売ってきたガイを叩きのめすくらいワケなかっただろう。けど、実際に返り討ちにしちまったら逆恨みされたり、ギルドから罰則が行く可能性だってある。だから、奴はガイの身体じゃなくて、心を折った。自分からは一切手を出さず、ただただ殴られるだけで、ガイの心を完膚なきまでに叩き潰しちまったんだよ」
そして、最後に……。
おやっさんはうずくまって震えるアルフレッドと、いまだに放心したまま動かないガイを憐れそうに見てから、おののくようにつぶやいた。
「――ヒューガ・サザナミ。まったく、悪魔みてえな男だぜ」
こうして、ヒューガの「冒険者の洗礼」事件は幕を閉じた。
この一件は一晩のうちに町の全ての冒険者の間を駆け巡り、「冒険者ヒューガ」の名は町一番の危険人物として轟き渡ったのだった。
ハッピーエンド?
とりあえずここまで!
年末年始の間はこっちかラストルーキーを毎日更新していく予定です