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2.冒険者の洗礼 疑惑編


 白昼の冒険者ギルドは、誰もが想像した通りの、いや、それ以上に一方的で凄惨な、私刑の場へと変わっていた。


「お、らぁ!!」


 気勢をあげ、目の前の少年に殴りかかるのは、B級冒険者、ガイだ。

 その拳はまっすぐに少年の左ほおを打ち据え、


「おぶっ!」


 その顔がぐるんと回転、身体ごと横に流れる。

 ふらりとよろける身体を、しかしガイはそのまま許しはしない。


「っ! まだだぁ!!」


 叫びと共に、追撃。

 魔力によって強化され、チリチリと音を立てるその拳が、今度はヒューガの右のこめかみに突き刺さる。


「がっ」


 うめきをあげ、今度は逆方向に向けてヒューガの足がよろめく。


 単なる拳、と侮るなかれ。

 高ランクの冒険者はその絶大な魔力をその身にまとうことによって時に魔物を超えるほどの力を得る。

 彼らが本気で殴れば、ちょっとした岩くらいならパンチ一発で壊してしまえる。


 ましてやガイは「拳闘士」と呼ばれる格闘をメインにしたスタイルの冒険者。

 普段は指先まである金属製の小手で防護しているものの、魔力の通り、という点ではむしろ素手の方が得意なくらいだ。

 当然、その一撃が尋常なものであるはずがない。


 そんな、並みの人間なら一撃をくらった時点で戦闘不能に陥るほどの攻撃を、ガイは雨あられと繰り出していた。


「があああああああああっ!!」


 乱打、乱打、乱打!

 ガイが腕を振るい、拳を打ち付ける度に、ヒューガの身体は面白いように吹き飛び、その一撃一撃を受ける度に、ヒューガの身体はまるで木の葉のように揺れる。


「いい、加減に……!」


 苛立ちの言葉に乗せて放たれたのは、今までよりもより攻撃的で、もっと硬質な魔力をまとった蹴撃。

 ふらふらと身体が泳ぎ、ガイに背を向ける形になったヒューガの後頭部に、容赦のない回し蹴りが炸裂した。


 耳が痛くなるほどの打撃音。

 会心の一撃をくらったヒューガの身体は、ふらり、と一拍遅れてゆっくりと傾ぎ、ついに彼は地面に倒れ伏した。


 しかし……。


「まだ、だ……!」


 ヒューガは立ち上がる。

 たとえ実力で劣っていたとしても、冒険者の矜持だけは忘れないとばかりに、ガイに立ち向かう。


 よろめきながら立ち上がる姿はいかにも頼りなく、ガイに向けて拳を握りはしていても、いまだにその拳は一撃たりともガイにまで届いてはいない。


 ――ただ、その目。


 暴風に晒されたかのように頼りなく揺れ、振り回されるように身体をふらつかせながらも、瞳だけが爛々と、ガイを射抜いていた。


 今も、そうだ。

 よろめく身体を、ただ気持ちだけで支えている、とでも言うように、強い意志のこもった目でガイを見上げている。


「はぁ、はぁ……。テメェ! テメェ、は……!!」


 狼狽したように、ガイは拳を握りしめる。

 しかしそれで、状況が変わるはずもない。


「クソがぁああああああ!!」


 目を血走らせ、つばを飛ばしながら、ガイは拳を大きく振り上げる。


 かつてないほどの気の充溢。

 ありったけの気合と魔力のこもったその拳は、まるで反撃されることも、避けることも考えられていない、完全なテレフォンパンチ。


 もし相手が、同格の冒険者、いや、いくらか格下の相手であったとしても、反撃を受けるか避けるかされることは確実だっただろう。

 だが、今回に限ってはそれで十分だった。


「がああああああああ!!」


 獣のごとき咆哮と共に放たれた拳は狙いを過たずヒューガの胸元、その中心を見事に捉えて、


「くふっ!!」


 肺に貯まった空気が漏れるようなうめきと共に、ヒューガの身体は弾かれたボーリングのピンのような勢いで後ろの壁めがけて吹っ飛んだ。

 そして……。


 ――ガシャン!


 金属がぶつかり合い、弾け飛ぶ耳障りな音を立てて、その背中は壁際に飾られていた鎧に激突。

 飾られていた鎧はその衝撃に耐えかねて四方八方に飛び散り、そのパーツが地面に当たって次々に硬い金属音を立てる。


「…………ぁ」


 あまりの惨状に、誰もが言葉を失った。

 気の弱い者の中には、口を押さえ、うずくまってしまった者もいる。


 これは、冒険者同士のちょっとした諍い。

 血の気の多い冒険者にはありがちな、単なる喧嘩。

 その、はずだ。


 なのに、ここまでやるのか、というのが、彼らの共通した思いだった。



 ――頼む。もう、終わってくれ。



 これ以上はもう、見ていられない。

 拷問のようなその光景を眺めていた者たちは、ただ一様にそれだけを願う。


 ……だが、しかし、それでも。


 この一幕は、これでも終わらない。


 バラバラになった鎧の中から、少年がゆっくりと身を起こす。

 手近に鎧の小手部分を杖代わりに、それを地面に突き立てるようにして立ち上がろうとする。

 しかし、


「ぐっ」


 その衝撃で小手が折れ、ヒューガの身体は無様に地面に転がる。


 だが、それでも……。

 それでもなお、ヒューガは止まらない。


「なん、なんだよ。なんなんだ。オマエは……」


 対峙するガイが思わず動揺の声を漏らす中、鎧の残骸を支えにヒューガはまた立ち上がろうとする。

 ヒューガの手の中で鎧の破片がめしりと嫌な音を立てて、そして……。




「――もう、やめてくれぇえええ!!」




 静まり返ったギルドに悲痛な叫びが響き渡ったのは、その時だった。

 第三者から発せられたその声が、二人の足を縫い留めた。


「もう、もう十分だろ! こいつだってきっと、自分の身の程は分かったはずだ! だから、たのむ! 見逃してやってくれ!!」


 ヒューガとガイの間に躍り出たのは、おやっさんと呼ばれる冒険者。

 一瞬で二人の間に割り込んだ彼は、一瞬も躊躇わずにその場にひざを折り、土下座した。

 名の通った冒険者の突然の懇願に、ガイだけでなく、ヒューガも戸惑う。


「これ以上やったら、こいつはもう、二度と冒険者としてやっていけなくなっちまう! お、おれができることなら、何でもする! だから、どうか! どうか見逃してやってくれええ!!」


 その叫びを最後に、ギルドに痛いほどの沈黙が満ちる。

 いつまでも続くかと思われた静けさの中で、もぞり、と身体を動かしたのは、ヒューガだった。


「……俺は。負けた、わけじゃない」


 彼はよろめきながらも、しかし今度は支えを使わずにしっかりと両の足で立ち上がり、


「つぎは、ない……からな」


 あくまでも強気な態度を崩さず、頼りない足取りで、よろよろと出口まで歩いていく。


 そんな彼を、ガイも、おやっさんも、出口までの間位にいた冒険者たちも、誰も止めはしなかった。

 顔をうつむかせ、ふらついた足取りで、ヒューガは転げるように扉をくぐって、




「………………よっしゃー!!!」




 外に出た途端に、爆発した。


 さっきまでふらふらとした足取りはどこへやら。

 地面を破裂させるほどの勢いで地を蹴って、秒で家まで駆けていく。


 さきほどまでとはまた違う意味で転げるように家の中に飛び込むと、そこで待ち構えていたイレスに興奮した様子で話しかけた。


「み、見てた?」

「は、はい! み、見てました!」


 対するイレスも、いつもは真っ白な顔を薄く上気させて、その長い黒髪を揺らしながら、興奮した様子でうなずく。


「そ、そっか。ど、どうだった?」


 ワクワク半分、ハラハラ半分といった様子で、さらに問いかける。

 そうして、


「さっきのヒューガさんは、すごく、すごく……すっっっっごく、弱そうでした!」


 すかさず返ってきたその辛辣とも取れる言葉に、




「――いやっほーう!!」




 ヒューガは今度こそ、人目も憚らずに大きく飛び跳ねて喜んだ。


「いやー、さっきのは自分でもかなりうまくやれたと思ったんだけど、やっぱりよかったんだ」

「は、はい! 攻撃をくらうたびにふらふらーっと揺れてて、ものすごく弱そうでした! ものすごく弱そうで、この前にヒューガさんが聞かせてくれた、ふつーの新米冒険者そのもの、って感じで! い、いいえ、ヒューガさんこそが、ふつーの新米冒険者の中のふつーの新米冒険者です!!」

「い、いやぁ。それほどでも……あるかなぁ」


 照れながらも、もっともっと、と訴えかけるヒューガの視線に嫌そうな顔もせず、イレスはさらに言葉をつなぐ。


「ち、ちなみにもっと具体的に言うと?」

「具体的、ですか? え、ええと、ええと、あ! ヘクタバニーペンギンさんくらい、弱そうでした!」

「へくた……?」

「あ、ヘクタバニーペンギンさんっていうのは、前にお庭で飼ってた子で、すごく可愛いんですけど、ものすごく弱くて、いつもいじめられてて……」

「へ、へへへ……。そっか。でもこれも、イレスがずっと、俺を支えてくれたおかげだよ!」

「そんな、わたしなんて……」


 イレスはもじもじと恥ずかしそうにしながらも、満更でもなさそうに笑って、ポン、と手を叩いた。


「じゃ、じゃあ今日は、とっておきのごちそうを作りますね! 今日は、ふつーの新米冒険者記念日です!」

「お、おお! すごいな! あ、でも、その前に……」


 はしゃぐイレスの前に手を高く掲げ、


「イエーイ!」

「あ、え、えと……い、いえーい!」


 高らかにハイタッチを交わす。


「うーん。それにしても、今回はほんと、全部がきれいにうまくいったよなぁ」


 ヒューガは顔をだらしなくゆがめたまま、一日を振り返る。


 絡まれた時の小物感のある態度も、殴られた時に後ろに吹き飛んで自然なダメージ感を出すのも、どちらも新米冒険者の態度として完璧だったという自負があった。


 ……いや、一度だけ。

 後ろを向いてる時に蹴られた時は見ていなかったのでうまく反応出来なかったけれど、そのあとのパンチで派手に吹き飛んで鎧に突っ込むという神がかった雑魚さを出すことでうまくごまかせた。

 そのあととっさに「鎧に埋もれて身動き出来ない感」を出したのも我ながらファインプレイだった、とヒューガは自画自賛する。


 ――それから、そこでおやっさんに止めに入ってもらったのもよかったよなぁ。


 おやっさんとはあんまり交流がなかったので意外ではあったが、ちょうど幕引きに困っていたからベストのタイミングで、そこから「捨て台詞を吐き捨てての逃亡」という最高にそれっぽいエンディングにつなげることが出来た。

 今回の陰のMVPだったおやっさんには機会があればお酒でもおごってあげよう、と心に決める。


 それに。

 今回の一件で、ヒューガが得たのは自分のポジションだけじゃない。

 むしろ一番の収穫は――



「なぁ。イレス。俺、分かったんだ。俺は今まで、目立たないってのは、ただ息をひそめて待ってるだけで手に入るものだと思ってた。でも、違うんだな」



 ――「目立たないこと」へのスタンスが定まったこと。


「もちろん、うまく行ってるうちはいいさ。でも、今日みたいな突発的な事故はいつか必ず起きるし、ただ目立たないってだけじゃ『目立たない存在』ってキャラ付けをされていつかきっと目立ってしまうと思うんだ。だから、今後もずっと目立たない存在でいたいなら、待ってるだけじゃダメだ。俺はもっと積極的に動いて、『目立たない』を勝ち取らなきゃいけない!」


 そこで、ヒューガは上を見上げると、輝かしい未来を見据えるように目を細めた。


「今日、俺は『反骨精神が強くて口だけはいっちょ前なのにてんで弱い、ありきたりの新米冒険者ポジ』を手にしたけれども、この程度で満足するつもりはない。今よりもっと目立たない、路傍な石のような存在になるために、これからも戦い続ける。……きっとその道は、つらいものになると思う。だけど、イレス。それでも俺に、ついてきてくれるか?」

「も、もちろんです! この魂が、朽ちるまで……!」

「イレス!!」

「ヒューガさん!!」


 感極まって、ついには抱き合う二人。



 その日。

 二人だけの祝祭は、いつまでもいつまでも続いたのであった……。

ハッピーエンド!!




次が「先輩冒険者編」ラストになります

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軽い出来心で作り始めたものの製作に二年半もかかり、おかげで小説書くのが遅れに遅れたといういわくつきのPC用フリーゲーム
NAROUファンタジー」(別サイトに飛びます)
― 新着の感想 ―
[一言] え、え?え!?えぇぇぇぇ!?えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?
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