19.Fランク冒険者と英雄の詩 蠢動編
前話の「カーズドブレイカー」→「カースドブレイカー」に直しました
アメリカ語自信ないんだよねーという前置きからの流れるようなアメリカ語ガバ
俺の行く手をさえぎるように、三匹の獣人型モンスターが取り囲んでいる。
だが、もはや俺に恐れはない。
「ゆくぞっ!」
宣言と共に、カースドブレイカーを薙ぎ払う。
それだけで、三匹の魔物が面白いように宙を飛んだ。
一匹はもがきながら立ち上がったものの、残りの二匹は起き上がらず、そのまま魔核を残して消えていく。
「は、ははは! ははははは!」
笑いながら、残った一匹に追い打ちをかける。
あれほど俺を苦しめた龍の呪縛は、今はもう微塵も感じられない。
躊躇いなく振り抜いた一撃は、最後の一匹の頭を綺麗に吹き飛ばす。
「まだまだぁ!」
それでも、まだ足りない。
俺は今までの鬱憤を晴らすように魔物の跋扈するフィールドを駆け、新たな獲物を物色する。
「はは! ははははははは!!」
剣を振り回す。
敵が死ぬ。
剣を突き出す。
敵が死ぬ。
「弱い! 弱い! 弱い弱い弱い弱い、弱い!!」
剣を振る度に魔物が吹き飛び、魔核へと変わっていく。
それはさながら、殺戮の嵐。
もし、光景を遠くから見ている者がいたなら、そいつは俺が昨日まで魔物の討伐が出来なかったなんて、微塵も思わないだろう。
コツを掴むにつれて、俺の動きはますます滑らかに、どんどんと最適化されていく。
そして、最後に、
「これで、どうだっ!」
剣風が巻き起こり、狙いすました一閃が最後の獲物を、森を彷徨っていた憐れなゴブリンを捉える。
その一撃は、当然のごとくにゴブリンの命を刈り取り、その場に小さな魔核だけを残した。
「完璧! 完璧だ! 俺は『呪い』を、完全に克服した!」
俺は早速ゴブリンの魔核を魔石に変え、ぐっと握りしめる。
――討伐依頼をこなすことは、諦めていた。
自分は一生日の当たる場所には出られないのだと、そう納得した。
いや、納得していたフリをしていた。
だけど、この剣が、このカースドブレイカーさえあれば!
「俺は、何にだって成れる! 普通の冒険者にだって、いや、世界から憧れられるような英雄にだって、成れるかもしれない!」
浮かれる気持ちのまま思わずそんなことを口にして、俺は我に返ってぶんぶんと首を振った。
「ちょっと強化、しすぎたか」
龍の呪縛から逃れるために、剣を使っている間は少しだけ精神が高揚する効果をつけたのだが、少し効きすぎている感がある。
確かに順調だが、調子に乗ってはダメだ。
あくまでこれは、対症療法に過ぎない。
あのオロチマルの伝説で言えば、ただ聖剣の力で呪いを抑え込んでいるだけ。
呪いがなくなった訳ではないのだ。
この「呪い」を根本的になくすには……。
「……いや、今はそんなことを考えている時じゃないな」
俺は思索を打ち切って、ゴブリンの魔石をしまい、町に向かって歩を進める。
「彼女」との約束を、果たすために。
※ ※ ※
心なしか、町の人の視線が痛い。
どうやら、いかにもな駆け出し冒険者が、不釣り合いに高価そうな武器を身につけているのが人目を集めているらしい。
「これは、装備の一新も考えないとなぁ」
今となってはカースドブレイカーを捨てるなんて選択肢はない。
だとしたらそれに見合うような、かといって目立たないような装備を考えなければいけない訳で、色々と頭が痛い。
俺は次々に出てくる課題に頭を悩ませながらも、逃げるようにギルドに駆け込んだ。
ギルドに入った途端に感じる、ほかとは明らかに違う熱気に、俺は少しだけほおを緩める。
剣を作る間、一度も来ていなかったため、ギルドに来るのも久しぶりだ。
のんびりと古巣の空気を味わっていたいところだが、とはいえ、カースドブレイカーを見られて注目されたらそれも面倒だ。
俺はいつも以上にこっそりとギルド内を横切ると、いつものガラガラで誰も並んでいない受付に行って、「ナナルさん」と声をかける。
「ひゃわっ!」
その言葉に、エルフの受付嬢は飛び上がった。
そして、
「ヒューガさん!! もう、どこに行ってたんですか! 心配したんですよ!」
飛びかかるような勢いでカウンター越しに俺の肩を掴んで、ぐわんぐわんと揺さぶってくる。
「す、すみません……」
剣作りに夢中になっていたとはいえ、途中で一度くらい様子を見に来るべきだった。
俺がそう反省していると、ナナルさんも自分が興奮してしまったことに気付いたのだろう。
「あ、す、すみませんでした!」
少しだけほおを赤くして、椅子に座り直す。
それから、こほんと咳ばらいをして、ことさらに事務的な口調を強調して話し始めた。
「それで、本日はどういったご用件でしょうか? あ、もしかして、一輪花の採取を……」
「いえ――」
またワッと語り出そうとするナナルさんを、押し留めて。
俺は、万感の思いと共に、宣言した。
「――Eランクへの、昇格試験を受けに来ました」
ナナルさんは一瞬だけ、ぱちくりと目を大きくしたあと、すぐに笑顔でうなずいた。
「……お待ち、していました。では、説明をさせていただきますね」
そこでナナルさんは、顔をキリッとした仕事用の表情に切り替え、説明を始めた。
「まず理解していただきたいのは、本来ギルドランクは年次ごとの査定で上がるもの、ということです。試験による昇格は『査定をするまでもなく上のランクの実力がある』場合に行うもので、昇格先のランク以上の力が求められます」
なるほど。
試験はあくまで裏道だから、その基準は厳しくなる、ということか。
「試験の内容は担当したギルド職員が決めますが、種別は必ず『特殊討伐』。『魔物を倒す』内容を含むものとなります。その対象は様々ですが、ボスモンスターやユニークモンスターと呼ばれる特殊な個体を倒すことを条件とすることが多いようですね」
「それってもしかして、不人気な依頼を試験にかこつけてやらせようとしてるんじゃ……」
「ふふ。そういう側面も、ない訳ではないかもしれませんね」
ブラック!
「というかそれだと、職員に無理難題を吹っ掛けられた時に詰むんじゃ……」
「そこはある程度は安心してください。昇格試験の内容は事前にギルドマスターに必ず報告されて、そこで認可を受けなければ依頼として発行出来ません。あまりに簡単すぎたり難しすぎたりする依頼はそこで弾かれますし、試験内容は必ず魔道具で記録されますので、何か問題があれば責任問題になります。ここで無茶をすることはあまりありません」
「一応チェック体制は整ってるんですね」
日本には冒険者ギルドなんてないから、こういうのは新鮮で面白い。
「また、討伐依頼は大抵、魔石の納入で完了とされますが、昇格試験では専用の魔道具を使って、その魔石を手に入れたのが誰かを識別します。そこで全くの別人が魔石化を行ったと判定されれば、魔石を持ってきても不合格とされることもあります」
不正は出来ない、ということだろう。
だが、これは問題ない。
今の俺にはカースドブレイカーがある!
「最後に。昇格試験がほかの依頼と違うのは、『ギルドからの情報提供は出来ない』という点です。昇格試験では情報収集能力や魔物を倒すための計画力、組織力なども査定の対象となります。対象となった魔物がめずらしいものでも、人跡未踏の秘境にいるものでも、こちらから情報を提供することも、助言をすることもありません。全て自分の力とコネで解決してもらうことになります」
「そう、ですか」
これは、少々というか、かなりきつい。
俺の冒険者知識はギルドでの他人の話くらいだし、そういう面ではナナルさんに頼り切りだった部分がある。
昇格試験はやはり甘くない、ということだろう。
「説明は、以上です。それでも、昇格試験をお受けになられますか?」
事務的な口調ながらも、どこか気遣うようなナナルさんの目。
しかし俺はそれをまっすぐに見返して、はっきりとこう口にする。
「受けます!」
その返答を、ナナルさんも予想はしていたのだろう。
ナナルさんはふんわりと笑うと、
「そうですか。……では」
懐から一枚の紙を取り出して、それを俺に差し出した。
―――――――Eランク昇格試験――――――
Fランク冒険者
ヒューガ・サザナミ 殿
Eランク冒険者にふさわしい実力を示すため
一角鬼を討伐し、その魔石一個を納品すること
ライクルス冒険者ギルド支部
――――――――――――――――――――――
「これ……」
「ヒューガさんのために用意した、Eランクの昇格試験です。もう、ギルドマスターの認可は済んでいます」
今度驚かされるのは、俺の方だった。
武器を作っていた二週間、俺はギルドに一度も顔を出さなかった。
なのに、こんな……。
「……信じていましたから」
少し顔を赤くして言うナナルさんに、胸の奥がカッと熱くなる。
俺は依頼書を受け取ると、力強く言った。
「この依頼、絶対に達成してみせます!!」
そうして、
「はい。信じていますね、ヒューガさん」
そんな心地よい言葉を受け、俺は颯爽とギルドの建物を出る。
さわやかな風を受けながら、この胸に去来する想いは、ただ一つ。
――「一角鬼」って何?
ということだけだった。
※ ※ ※
ギルドから出たところで、俺は頭を抱えた。
それは、ナナルさんに魔石の買取をしてもらうのを忘れたから……ではない。
あ、いや、討伐依頼が出てないものでも魔石は買い取ってもらえるらしいので、魔石の魔力がある間にせめてゴブリンやアイアンゴーレムの魔石くらいは買取してもらえばよかったというのはあるのだが、それは割とどうでもいい。
問題は、今回の討伐対象の「一角鬼」がどんなモンスターなのか、全く分からないことだ。
一角鬼というからには鬼型のモンスターだろうが、そんな奴はギルドの冒険者の噂話でも聞いたことがない。
必死に今までの経験を辿るが、それっぽいモンスターに遭遇したこともなかったと思う。
いや、昇格依頼ではボスモンスターやユニーク個体が選ばれることが多いらしいので、俺が見たことがないのも不思議ではない。
こういう時は冒険者仲間に尋ねるなり、情報屋に当たるなりなんなりして、情報を仕入れてくるのだろうが、残念ながら俺にはこの世界に仲間どころか知り合いすらいないのだ。
今までひたすら「目立たないこと」だけを目指し、人との関わりを避けて生きてきた。
ゆえに、こんな時に相談出来るような相手が全くいない。
それに、ただモンスターの居場所が分からない程度のことで他人とかかわりを持って、わざわざ目立つリスクを上げたくない、という気持ちもある。
今からギルドに戻ってナナルさんに聞けば、と思ったが、それもダメだろう。
この昇格依頼では、ギルド側からは依頼内容について教えてもらえないと事前に説明されている。
いや、もしかすると、ナナルさんなら拝み倒せば「しょうがないにゃあ……いいよ」と言ってくれる気もしなくもないのだが、これでナナルさんに迷惑をかける訳にはいかない。
……八方ふさがりだ。
一体どうすればいいのか。
俺がふたたび頭を抱え、うんうんとうなり始めた時だった。
「あー、その。何かあったの、か?」
顔を上げた先には、恐る恐る俺を覗き込む、おっさん冒険者の姿があった。
※ ※ ※
俺に声をかけてきたのは、おやっさんと呼ばれているライクルスの冒険者だった。
「あー、まあ、なんだ? オレなんかが役に立つかはわからねえが、まあ、その、相談くらいになら、乗ってやってもいいぞ、というか」
続けてそう話しかけてくるが、おやっさんの口調は歯切れが悪い。
彼自身、自分がなぜ俺に話しかけてしまったのか、自分でも戸惑っているような顔をしていた。
なんとなく、分かる。
おやっさんは、ほとんど接点のなかった俺が決闘でボコボコにされたところで土下座してまで止めに入ってくれるような人情家、言ってみれば筋金入りのお人よしだ。
俺が困っているのを見て、つい声をかけてしまったのだろう。
俺は少しだけ躊躇ったが、こんなチャンスは二度とない。
それに、考えてみればEランク昇格で悩むなんて、いかにも新人冒険者らしい。
このくらいなら、話しても平気だろう。
俺はおやっさんに尋ねてみることにした。
「その……鬼を探してるんです。この近くに出る魔物で、角が一本の、鬼、だと思うんですけど」
「オニ? あ、あぁ。もう、そんな時期か」
俺の言葉に、おやっさんは何か納得したようにうなずいた。
「知ってるんですか!?」
「え? あ、ああ。そりゃあな。というかお前、ほんとに知らないのか? あの有名な『一輪花の恋』の話を」
どうやら、少し話せばすぐに思い当たるほど、一角鬼という奴は有名らしい。
もしかして俺って常識を知らないのでは、みたいなことを思うが、背に腹は代えられない。
「教えてください! 何でも……はしませんけど、何かお礼をしますから!」
「い、いや、かまわねえよ。もったいぶるような話じゃねえし、お前からお礼とかこえぇし」
「だったらぜひ!」
俺が頼み込むと、おやっさんは「しょうがねえな」となぜか少し嬉しそうに笑うと、
「言っておくが、ちっと長くなるぞ。あと、語りに茶々入れるのは禁止な」
と妙に慣れた感じに言ってから、手招きして近くにあったベンチに俺を座らせた。
そしてどこからかリュートを持ってくると、手慣れた手つきで演奏を始めた。
「これは、かの英雄が運命と出会う物語。まだ無鉄砲なだけのガキだった未来の英雄と、とある国の王女の、出会いの物語だ」
そうして、おやっさんは語り始める。
英雄クルスと王女とを巡る、壮大な恋物語を……。
導入長いですがここで分割!
次回更新は明日!
連続更新力の高まりを感じる!!




