1.冒険者の洗礼 事件編
この作品では一話の分量は出来るだけ少なめにしてやっていこうかなーと思います
視点変更の都合と、小刻みにした方がエタりにくい気がするからです!
光と闇がせめぎ合う世界『アザレス』。
それが俺、細波日向がやってきてしまった世界の名前らしい。
この世界には魔法があって、凶悪なモンスターがいて、それらを討伐する冒険者が当たり前のように存在して、さらにはファンタジー小説に描かれるような英雄や叙事詩が、現実のものとして語られている。
例えば……。
かつてこの大陸には、世界を股にかけ、何度も世界の危機を救った英雄がいたそうだ。
その英雄の名は、クルツ。
彼は精霊の力を宿した四つの神器を用い、数々の偉業を果たした。
その神器とは、すなわち……。
水の加護によって、いかなる物理攻撃も魔法も受け流す氷銀の盾『ミライアス』。
土の加護によって、すさまじい硬度と自然修復の能力を備えた漆黒の鎧『エイクリプス』。
風の加護によって、どんな悪路であっても駿馬のごとく駆け抜けられる爽青の靴『ヤーカルメ』。
そして、火の加護によって、選ばれた者にとてつもない力を与えると言われる烈火の剣『ラーヴァカリバー』。
まるでおとぎ話みたいな話だが、俺にとっても全くの無関係な話ではない。
何でも、俺たちが流れ着いたこのライクルスの町はその英雄様とも縁が深く、彼の使った神器がこの町にあるそうなのだ。
そしていつしか、その神器を使った「英雄の試し」という風習が冒険者の間に広まり、この町は規模の割に優秀な冒険者が集まる「冒険者の町」になったのだとか。
英雄が使った神器に試練、なんて、まるでアーサー王伝説みたいで、少しだけ胸が躍る。
俺だって、日本にいた頃は人並みに、いや、人並み以上にファンタジー作品には触れてきた。
アーサー王伝説のそのものを読んだことはないが、普通の少年が選定の剣を抜いて一気に英雄に、という話はいくつも目にしてきた。
当然そんなシチュエーションに憧れる気持ちもないではない……けれど、現状はそれとは対極にある。
何しろ、俺が受けたクエストは、火山に散歩に行って、ついでにそこに生えている草を取ってくるだけのごくごく簡単なもの。
これじゃあどう足掻いたって英雄譚にはかすりもしない。
――まあでも、それでいいんだよな。
俺が目指しているのは、絶対に目立たない立ち位置。
伝説の剣に選ばれる、なんて状況は、その対極に当たる。
ただ俺は、この両手に抱えられるだけの幸せがあればそれで充分なんだから……。
――よし!
俺はもう一度、自分に気合を入れなおすと、今回の依頼の目的地、レグナ火山に向かって歩き始めたのだった。
※ ※ ※
「あ、ヒューガさん! 間に合ってよかった! わたし、今日はもうあがろうかと思ってたとこだったんです」
つつがなく火山草を集め、そそくさとギルドに入って受付に向かった俺を迎えてくれたのは、ギルドの受付嬢ナナルさんのそんな言葉だった。
「す、すみません。ちょっと収集に夢中になっていたら、何だか時間が……」
ナナルさんはいわゆるエルフという奴で、金色の髪と尖った耳、そしてぺった……すらりとした体つきが特徴の美人受付嬢だ。
俺がギルドに登録をした時に受付をしてくれた人で、それ以来、何かと縁があって依頼は全て彼女のところに持っていくようにしている。
俺の事情をそれとなく察して色々な便宜を図ってくれるいわば恩人だ。
俺が思わず恐縮すると、ナナルさんは朗らかに笑った。
「あ、ごめんなさい。責めてる訳じゃないんです。ただ、いつもより遅かったので、少し心配で。今日は、火山草の依頼の件でいいんですよね?」
「はい。持って来ました」
「わ……。か、火山草がこんなにたくさん……!?」
腰に下げた袋から、今日取ってきた火山草を取り出すと、ナナルさんが目を丸くする。
実は、気合を入れたせいでいつもより少し多く取りすぎてしまったのだ。
依頼には、数の上限なく買い取ってくれるという話だったと思うのだが、まずかっただろうか。
「だ、大丈夫ですよ! これで依頼は達成。この火山草は、私が責任を持ってお受け取りします。……え、ええと、ごめんなさい。火山草はすぐに処理をしないと劣化しちゃうので、申し訳ないですけど私はここで失礼しますね」
「あ、ナナルさんが処理をするんですか?」
「ふふふっ。私はこれでもエルフ族ですからね、そういうのは得意なんです」
言いながら、彼女は長く尖った耳をピコピコっと動かした。
「これ、エルフの中でもあんまり出来る人がいないんですよ」と楽しげに胸を張る仕種に、俺も自然と笑顔になった。
「それじゃ、またよろしくお願いします!」
なんとなく明るい気分になって、俺は家に帰ろうと、踵を返して……。
「……本当に、火山草を取ってきやがったのかよ」
目の前をふさぐように立つ、巨体に気付いた。
確か朝、俺に絡んできたB級冒険者、ガイとか言っただろうか。
彼が何を思ったのか、俺の前に立ちふさがって俺を親の仇のごとくににらみつけていた。
「はっ! 何がレベル12のFランク冒険者だよ。ウソ八百を並べやがって。んな雑魚冒険者が、あんな高額依頼、こなせるわけねえだろうが」
「う、嘘なんて……」
口ごもるが、本当に、火山依頼に限って言えば、騙していることなど何もない。
おいしい依頼が一つ減ってしまうかもしれないが、仕方ない。
俺は観念して口を割った。
「あ、あの依頼。実はすごい簡単で。火山には大したモンスターもいないから、適当に避けて草を拾うだけで達成出来て……」
「ああっ? ふざけたこと言ってんじゃ……」
反射的に、だろう。
俺の弁解を聞いたガイが手を伸ばし、俺の胸倉をつかんだ。
「っ!?」
思わず、身体が硬直する。
単純に暴力に震えたというのもあるし、突然に俺に備わった呪わしき力は、人に振るうことは出来ない。
つかみかかってきた手を振り払うことも逃げることも出来ず、助けを求めるようにガイを見ると、奴はにやっとした笑みを浮かべていた。
「なんだよ、ビビってんじゃねえか」
「そ、そんなこと……!」
反射的に言い返すが、実際に俺の背中には脂汗がにじんでいた。
――どうして、こんなことに……。
気付けば、ギルド内はすっかり静まり返って、誰もが俺とガイに注目していた。
ああ、そう、つまり、目立っている。
とてもとても、目立っている。
今まで必死に自分の存在を押し殺して、完全な擬態によって無害な新人冒険者を完璧に演じ続けてきたのに、これじゃあ全部……。
だがその心配は、図らずも次のガイの言葉で霧消した。
侮蔑と、それからわずかな不安をないまぜにしたような表情で、彼はこう言ったのだ。
「へ、へへっ。おやっさんがやけに買ってるからどんな奴かと思ったが、これなら『そこらの口だけの新人冒険者と変わらねえ』じゃねえか」
と。
――瞬間、俺の脳髄に電流が奔る!!
俺は、注目を浴びてはいけないということに、こだわりすぎていたかもしれない。
注目を浴びてしまった、それはもう、しょうがない。
だが、ここで、一般的な新人冒険者感を出せば、むしろ「あっ、こいつは普通の奴だな」と思われて、逆に目立たないのではないだろうか。
ならば、胸倉をつかまれて怯えながらも抗弁して、「ベテラン冒険者に絡まれる口だけ強気な新人冒険者感」を出せたのは、神対応だったと言えるのでは?
……うん! うん! そうだ、この距離感だ。
冒険者というのは荒くれ者が多いと言うし、一方的にやられるのも、逆に全く動じないのもきっとよくない。
実際は弱いから内心めっちゃビビってるんだけど、口だけは反抗的。
これがおそらく、リアルな新人冒険者!!
だから、この対応が最適解だ!
つまり、結果オーライ!
よくやったぞ、自分!!
「だよなぁ。やっぱり、おかしいよなぁ」
と、俺がそんな風に自画自賛している間に、ガイの方でも一人で何やら納得したようだった。
ひとしきりうなずいたあと、彼は口の端を獰猛にゆがめると、拳をぎゅっと握りしめ、さらにはその拳が魔力によって「ジ、ジジジ……」と音を立て始めて……。
って、え、いや、ちょっ……?
「目立ちすぎたんだよ、テメエは。だからこれは、その授業料だ」
そして、そんな意味不明な言葉をガイは吐き出して、
「――テメエの化けの皮、このオレが剥いでやるよ!!」
視界に大写しになって飛んでくる拳と共に、私闘の幕が開いたのだった。