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17.ヒューガ・サザナミと賢者の石 完結編

雨にも負けず、風にも負けず、突然のリッカーにも、不死身のタイラントにもビビらぬ丈夫な心を持ち

欲はなく、決して怒らず、マグナムの追加パーツを取り損ねてもいつも静かに笑っている

そういうものに、わたしはなりたい


に、二時間の遅れは誤差!


「――来い! 来い! 来い! 来い! 来い!」


 その老人は一人、狂的な興奮を乗せて、小さな金色のインゴットに魔力を注ぎ続けた。


 あと一息。

 あと一息で、成功する。

 そんな手ごたえが確かにあった。


 今度こそ、今度こそ行ける!


 だが、その確信こそが、気の緩み。

 一瞬の集中の乱れが、送り込む魔力にわずかな波を生んだ。


(これは、まずっ――)


 光が、弾ける。

 そして、目をくらますほどの閃光のあと、目に映ったのは……。


「冗談、じゃろ……?」


 箱の中を我が物顔で鎮座する、金色とは似ても似つかない鈍い色をした、単なるスクラップ。



 ――錬成は、失敗していた。



「クソ、クソ、クソォ!!」


 彼は衝動的に、かつてインゴットだった鉄屑を掴むと、感情に任せて投げ捨てた。

 遠くでガン、ガン、と金属が転がる音がなり、ほんの一瞬の間だけ、怒りが遠のく。

 しかし……。


「なぜじゃ、なぜじゃ……!」


 発作的な怒りが引いた時、残っていたのはただただ虚無。

 自分への失望と、この道を進むことへの絶望だった。


「わしは……間違っておったのか?」


 錬金術師アルケインと言えば、かつては王宮に勤め、その名を知らぬ者がいないほどと言われた錬金術師だった。

 主な仕事は、騎士団のために役立つアイテムの錬成。

 彼らが使う戦闘用のポーションや爆薬などの生産を一気に引き受けていて、その評判もよかった。


 その時の生活は、俗に言う成功者という奴だったのだろう。

 仕事にやりがいは感じていたし、給金もよかった。


 だが、結局は自分の夢を捨てられなかった。

 錬金術の華は、やはり何といっても金属の錬成。

 自分はその道を究めると誓いを立て、職を辞して自らの工房を立てることにした。


 ――それが、アルケイン錬金術師工房。


 アイテム作成の依頼をほどほどに受けつつも、ひたすらに錬金術師としての本懐「高位金属の錬成」を目指して、研究と実践を重ねた。


 金属のグレードを上げる、なんて言えば簡単に聞こえるし、収入としても期待出来る、全くの門外漢ならそう考えるだろう。

 しかし当然、そんな甘い話はない。


 魔法による再構成や、素材の状態など、様々な要素はあるものの、錬成の本質は単純。


 錬成とはいわば、金属を魔法によって押し固め、より強固な物にする技術だ。

 当然、グレードの低い物質とグレードの高い物質ではそれを構成する密度が違うため、錬成によって量が減る。


 その差は一つ上位の金属になる度に倍になると言われていて、ゆえに完璧な錬成を行った場合でも、出来上がった成果物の量は元の半分になってしまうのだ。


 例えば、1000キロの鉛を上位の金属に変えようと思ったら、錫にした時点で500、銅の時点で250、青銅の時点125で、とだんだんと減っていき、最終的に鉄の段階では、もとの十六分の一、たったの62キロしか残らない。

 それ以上となるともっと悲惨だ。

 鋼鉄で31、銀で15、真銀で8、金の時点ではもう4キロだけ。

 これが錬成の現実なのだ。


 それに、かかる費用は金属代だけではない。

 錬成を自前の魔力で行うことは、基本的に不可能。

 魔石を用い、あるいは魔石の魔力を封じた魔力球から魔力を取って、そうしてようやく錬成が出来るようになる。

 設備と魔石にかかる費用、これもバカにはならないのだ。


 だが、上位の金属の需要と価格は高い。

 1キロの金は1000キロの鉛以上の価値を持つ。

 これだけならば何とか商売にすることだって出来ただろう。


 だが、錬成で量が半分になる、というのはあくまで理想的な錬成を行った場合のこと。

 素材の再構成に甘さがあると、それに加えて中身の空洞化が起こり、不純物が混ざるのだ。

 熟練の錬金術師が最適な環境で行っても一割は不純物が混ざると言われていて、これが素材の価値を下げる。

 さらには不純物があると次の錬成がうまくいかないことが多く、完全な悪循環となる。


 そして、一番怖いのが「錬成の失敗」だ。


 再構成があまりに未熟であると、錬成の術式が暴発し、金属が一瞬で屑鉄へと変わってしまう。

 その瞬間、今まで行ってきた作業は、それまで上昇させてきた素材の価値は一瞬で無へと変わり、大事に育てていたはずのその素材は一気に無価値になる。


「最悪、最悪、じゃ……」


 今手掛けていたのは、金。

 大量の鉄を仕入れ、それを元に少しずつ錬成、そして錬成が成功する度に不純物を取り除く精錬を繰り返し、莫大な時間と金をかけ、ついに純度九十五パーセント以上を達成した逸品だった。

 これを使えば今度こそ、完全に近い真金が作れると、そう信じて疑わなかった。


 だが、その苦労と時間が、一瞬の気の緩みで全て無に帰したのだ。


「所詮は夢物語……なのか?」


 錬成では誰も作れないとされた「ミスリル」を作りたい。

 それが、子供の頃からの夢だった。


 しかし、現実はどうだ。

 研究を重ね、研鑽の果て、運にも助けられて念願の真金を作ることまでは出来た。

 だが、そこから先、ミスリルの領域には、どうやっても届かなかった。


 食事や睡眠以外のほとんどの時間を錬金術に費やし、少しでも自らの技術を磨いた。

 王宮で勤めていた頃の貯金を切り崩し、素材を買いあさった。

 だが、どれだけ努力しても、どれだけ錬成を繰り返しても、ミスリルの影すら見つけることが出来ない。


「……もう潮時、じゃろうか」


 そうやって肩を落とした時だった。

 工房の方に、人の気配を感じたのは……。



 ※ ※ ※



 そこに立っていたのは、奇妙な少年だった。

 見るからになり立ての冒険者という服装でありながら、その振る舞いからは独特の圧力のようなものを感じさせられる。


 しかし、その少年が手を伸ばしていたのは、よりにもよって自分の最高傑作の「真金」。


「――何をしておる!!」


 アルケインは思わず、声を張り上げていた。

 絶対にただでは済まさない、普段であれば、そう思うところ。


 しかし、少年は聞き捨てならないことを口走った。

 必死に弁解する彼は、「真金の錬成先が見える」と言ったのだ。


 優れた錬金術師は、確かに素材に触れただけでその錬成先が見えるという。

 アルケイン自身も、それが銅や鉄、あるいは鋼鉄程度までなら、その先が見えることもある。

 ただ、金以上、ましてや真金に触れた時に、錬成後の素材が把握出来たことは、いまだに一度もない。


「どう見える? 何が頭に浮かんだのじゃ?」

「え、あ、はい。丸い形をした薄緑色の金属がぽやーっと。純度の問題なのか、ちょっとぼやけてますけど」


 ミスリルを錬成したという記録は残っていないが、冒険者の採取依頼などで、ミスリルを含んだ物質が産出されることはある。

 彼の語るミスリルの特徴は聞いていた通りで、筋が通っていると言えなくもない。


(こやつはとんでもないペテン師か、あるいは世紀の天才か)


 普通に考えれば、ペテン師であろう。

 興奮にゆだったアルケインの頭でも、そのくらいは分かった。


 しかし、今だけなら、騙されてもいいのではないか。

 そんな気持ちが浮かんだのも、確かだった。


 その後聞かされた少年の用件は、ある意味で錬金術師らしい素朴なもの。

 錬金術の素材を譲ってくれという、ごくごく単純なものだった。


 普段のアルケインであれば、それは迷うことなく断っただろう。

 彼がここにこうして工房を構えているのは、自らの夢のため、決して他人に施すためではない。


 けれど、今日のアルケインは普通ではなかった。

 だから彼は気まぐれに、少年を試すことにした。


 持ってきたのは、錬金に必要な魔力を提供する、とっておきの魔力球。

 今まで自分以外誰にも触らせたことのない品。


 そしてもう一つは、この工房に残った最後の貴重な素材たち。

 これは錬金術を使って作ったのではなく、採取によって出てきたいわば半天然の真銀だ。

 純度を上げるために鍛冶屋が魔石を大量に使って鋳直したもののため、費用については錬金産に勝るとも劣らないレベルでかかっている。


 このなけなしの財産を無造作に見せつけ、「これを使って金を作れ」とアルケインは少年に命じたのだ。


(盗めば一財産になる逸品。さて、どう出るか)


 無論アルケインも、何も無策でこんな暴挙に出た訳ではない。

 真銀が入っている箱は、以前、工房に泥棒が入った時に、防犯のためと作った特注のもの。

 箱の中に入っている素材の種類が分かるほかに、素材が箱から抜き取られたり、箱が店から持ち出されれば、ただちに警報がなる仕組みになっている。


 いや、もし仮に、少年が純粋に錬成を行うつもりであったとしても、こんなものは無論、無茶だとアルケインは自覚していた。

 国一番と言われたアルケインの腕でも、真銀を金に変えようと思えば、十回に九回は失敗する。


 しかし、それでも少年は不敵に笑った。


「――ひとつだけ、と言わず、三十分で五本全部を金にしてしまっても、いいんですよね?」


 ペテン師風情が、出来もしないことを、と思わなくもなかった。

 だが、


「……ふん。出来るものなら、な」


 背中を向けたままそう吐き捨てたアルケインの顔には、隠しきれない笑みを浮かべていた。



 ※ ※ ※



「まさか、成功するとは、の」


 少年はたった五本の真銀だけで、金の錬成を成功させてしまった。

 そのうえ、錬金術師を引退しようとするアルケインに反駁し、現役を続ける言葉すらも引き出してみせた。


「まったく、生意気な小僧じゃわい」


 そう口にするアルケインの口元は、やはり緩んでいる。


 同時に、久しく覚えていなかった錬金術への情熱が、ふたたび盛り上がっていくのを感じていた。

 後進の育成に興味はなかったし、自分以外の錬金術師など敵だとばかり思っていたが、なかなかどうして、いい気分だった。


 しかし、気になることが、一つだけ。




「――しかし、あやつはあれほどの腕を持ちながらなぜ、今さら『屑鉄(・・)』なんぞをほしがったんじゃろうなぁ」




 そう。

 アルケインが少年に渡したのは、箱いっぱいに入ったスクラップ。

 錬成の失敗で山ほどに手に入る最下級素材の屑鉄だった。


 もちろん、屑鉄は一番錬成のし甲斐がある素材と言えなくもない。

 とはいえもちろん、もっと上位の素材を持って行った方が、錬成の訓練にも、いい武器の材料にもなるだろう。


 それは例えば、少年が錬成したこの箱の金のような……。


「……む、そういえば」


 箱の機能で、中に真銀が変化した金が入っていることは、分かっている。

 だが、中を改めていないことに気が付いた。


 少年の錬金術師としての実力は、出来た金の純度で分かる。


 アルケインの腕では、金の錬成において、その純度は最高八割、平均で七割弱といったところ。

 もし、この金の純度が、それ以上であれば……。


「ふふ。お手並み拝見と行こうかの」


 箱を開けた瞬間、純度がどうとか、時間がどうとかいう些事は、頭の中から消え去った。


「な、なん、じゃ、これは……」


 箱の中に、確かに金はあった。

 あった、のだが、それはどう考えても異様だった。



 ――錬成とはいわば、金属を魔法によって押し固め、より強固な物にする技術だ。

 ――当然、グレードの低い物質とグレードの高い物質ではそれを構成する密度が違うため、錬成によって量が減る。



 その、はずなのに。




「――なぜ! なぜ素材が大きくなっている(・・・・・・・・)のだ!!」




 箱の中に入っていた金は、明らかに元の真銀より、長く、大きかった。

 大きな箱の中にぽつりと入っていたはずの真銀は、今は箱にすっぽりと詰め込まれ、もはや隙間もないほどの大きさの金に変わっている。


 意味が分からない!

 こんなことは、錬金術の性質上、ありえない!


 慌てて外に出て、少年の姿を探した。

 しかし……。


「い、いない……」


 アルケインは、街の外れの何もない場所に工房を建てた。

 ほんの十数秒前に出て行った少年の姿を見失うなんてありえない。

 ありえないはずなのに。


「わしは、わしは、夢を見ているのか!? あれは、あの少年は、本当に存在していたのか!?」


 混乱する頭の中で、ふらふらと部屋に戻る。

 茫洋とする意識の中で、彼の目はテーブルの上に置かれたとあるものに吸い寄せられる。


 そこにあったのは、発端となったあの黒い石。

 アルケインが先ほど扉の奥に向かって投げ捨て、少年が拾ってきた、真っ黒い屑鉄だった。


「……ああ、そうか。そういう、ことか」


 何が何だか分からない。

 ただ一つだけ、アルケインにも合点がいったことがあった。


 錬成すればするほど素材が増えるなら、なるほど屑鉄は最高の素材だろう。

 全ての素材に派生出来、そしてその度に素材の量が増えるなら、それはさながら、空想に語られる伝説上の物質――




「――賢者の石、だ」




 つぶやくアルケインの声に、応えるかのように。

 工房の鈍い明かりの下で、真っ黒なその鉄屑がギラリと光ったのだった。

ヒューガ選手、まさかのポカ!(いつも)

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軽い出来心で作り始めたものの製作に二年半もかかり、おかげで小説書くのが遅れに遅れたといういわくつきのPC用フリーゲーム
NAROUファンタジー」(別サイトに飛びます)
― 新着の感想 ―
[気になる点] タイラントはビビるよ!? 何回やっても慣れない。 壁抜きしてきた時はホントビビる!
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