16.ヒューガ・サザナミと賢者の石 実践編
……おや!?
更新ペースの 様子が……!
「賢者の石、実在していたなんて……」
様々なファンタジー作品に登場し、そのほとんどで最上位に近い扱いを受けていた、伝説の物質。
錬金術の至る最高峰、賢者の石。
触ってみただけで分かる。
この賢者の石の純度はほかの素材の比ではない。
俺が自分だけの武器を作るなら、この石は必要不可欠だ。
「あ、もしかして、この賢者の石を使えば、新しい賢者の石を錬成することも……」
と思ってもう一度石に意識を集中させるが、当然だが石から感じられる錬成の先に、この石自身はなかった。
単純に素材をアップグレードさせた先にあるものではないのか、あるいは俺が何かの条件を満たしていないのか。
あるいは、普通の素材からなら作れるのだろうか。
俺は賢者の石を置き、もう一度しっかりと調べてみようと、真金に手を伸ばして……。
「――何をしておる!!」
瞬間、大音声が店に響き渡る。
いつのまにか、カウンターの奥から老人が姿を見せていた。
店の主人だろうか。
白いひげをたっぷりとたくわえたそのローブ姿の老人は、いかにも錬金術師然としていた。
その視線の先には、俺が手を触れている真金が……。
って、これはまずい!
完全に商品を盗もうとしてる構図じゃないか!
「す、すみません。ただ、錬成先を確認していただけで……」
大慌てで釈明する。
とは言っても、こんな理屈が通じるはずもない。
俺はさらなる怒声を覚悟して身構えた、が。
「……見える、のか?」
しかし、思いがけず、老人の感触はよかったようだ。
少しだけ、誰何する勢いが削がれたように感じる。
「どう見える? 何が頭に浮かんだのじゃ?」
「え、あ、はい。丸い形をした薄緑色の金属がぽやーっと。純度の問題なのか、ちょっとぼやけてますけど」
「……そう、か」
この返答は、正解、だったのだろうか。
老人は、そうかとつぶやいたきり、難しい顔で黙り込んだまま、何も言わなくなってしまった。
正直ビビっているのだが、このままでは話が進まない。
俺は勇気を出して、こちらから声をかけた。
確かここは、アルケイン錬金術師工房と書いてあった。
だとすると、この人が店主だろうか。
「そ、その、あなたがアルケインさん、ですか?」
「……いかにも。わしがここの工房主のアルケインじゃ。それで? ここには何の用があってきた?」
問い返す声に、先ほどまでのの苛立ちはない。
俺はホッとして、ようやくいつものように話し始める。
「ここには、武器の素材を探しに来たんです。それで……」
逡巡する。
いきなりやってきて、突然貴重な品を寄越せと言うのは不躾にもほどがあると自分でも思う。
だけど、
「――どうかこの石を、俺に譲ってください!」
迷った時は直球勝負。
俺は賢者の石を前に差し出すと同時に、アルケインさんに全力で頭を下げていた。
もちろん断られるのは分かっているし、本来であれば、こうやって派手に頭を下げること自体、目立たない行為とは言えない。
ただ、賢者の石は俺が武器を作るためには絶対に必要なものだ。
賢者の石なんてものを置いてある工房が、ほかにあるとは思えない。
幸い、ここは俺がホームグラウンドとしているライクルスの町ではない。
顔も知られていないはずだし、あまりにも目立つことをしなければ、人の記憶からも消えるはずだ。
ずっと、頭を下げ続けていると、やがて、「ふぅ」というため息と共に、声が降ってきた。
「……かまわんぞ」
「い、いいんですか!?」
意外な答えに、俺は驚きのあまり勢いよく顔をあげてしまった。
「ただし……お前が本当に錬金術を学ぶに値するか、確かめさせてもらうがな」
「うっ」
にやり、と人が悪そうな笑顔を見せたアルケインさんに、俺は思わず怯んでしまう。
「少し、待っておれ」
それを楽し気に眺めながら、アルケインさんは奥に一人で入っていってしまった。
「それは……」
奥から戻ってきた彼は、たくさんの荷物を抱えていた。
危なっかしい足取りでカウンターまで戻ると、どさり、と乱雑に荷物を並べていく。
一番目立つのは、大きな球体。
サッカーボールほどの地球儀のようなデザインだが、そこに描かれているのは地表の絵ではなく、渦巻く魔力だ。
その水晶のような材質の球の中で、かなりの勢いで魔力が巡っているのが分かる。
「それは……」
「魔力球だ。念のため言っておくが、もし店から持ち出そうなどと考えているなら……」
「やりませんって! 俺が欲しいのは素材だけなので!」
俺とはあまり縁がないが、魔力球というのは魔石由来の魔力を移して活用するためのアイテムだ。
魔石には「半減期」というものがあり、時間の経過と共に魔石に溜め込まれた魔力は減っていってしまう。
だからこそ、依頼のために魔石を事前に溜め込む、というような不正は出来ないのだが、実際に使う場面ではめちゃくちゃ不便だ。
そこで出てくるのが、この魔力球。
魔石から魔力を移すのに時間がかかるものの、魔力球に入れた魔力はほとんど減衰しない。
すぐに使わない魔石はこの魔力球に魔力を移して使うのが一般的なのだ。
と、今はそれはいい。
それよりも、俺に関係があるのは、おそらくもう一つの方。
アルケインさんが奥から大量に持ってきた、細長い箱だ。
長い方で五十センチほどのその木の箱にはプレートがあり、そこには「真銀」の文字が書かれていた。
「何じゃ、見るのは初めてか? これはアルケミーボックス。錬金用の道具じゃよ」
俺のつぶやきを拾ったアルケインさんは、立派なひげをしごいてから、ゆっくりと箱を開けた。
大きめの箱なのに、そこに入っていたのはほんのニ十センチほどの小さな銀色のインゴットだけだった。
「真銀のインゴット。素材から鋳溶かした純正で、純度は当然百パーセント。それが、ここに五本ある」
言って、順に箱を開ける。
確かにほかの箱に入っているのも全て同じ大きさ、同じ色合いのインゴットだった。
「……三十分だけ待つ。その間に、一つでいい。金を作って持ってこい」
それが、俺への「試験」の内容なのだろう。
アルケインさんはそれだけを説明すると、ふたたび奥へと歩きだしてしまう。
だから、俺は……。
「――ひとつだけ、と言わず、三十分で五本全部を金にしてしまっても、いいんですよね?」
去り行く背中に、そう声をかけた。
「……ふん。出来るものなら、な」
アルケインさんは一度だけ立ち止まると、そのまま奥に消えて行ってしまった。
店内には、ふたたび俺だけが残される。
「さて、と」
方針は、決まった。
「……よし!」
俺は箱をそっと横にどけるとカウンターに向き直り、覚悟を形にするように、小声で叫んだ。
「――時間ギッリギリになってから、一個だけ金にしよう!!」
……と。
……うん。
いや、そりゃ、俺のスキル的にはもちろん、三十分もあれば五本全部を金にだって出来るよたぶん。
でも、アルケインさんとの会話の反応で、分かった。
――そんなことやったら絶対に目立つ、と。
いくらライクルスと離れた町とはいえ、顔を見せているのだ。
有能な錬金術師だと認識されたらたまらない。
「錬成」とは、鉱石を魔力に分解、凝縮し、新しい鉱石に再構成すること。
その過程で純度が下がってしまったり、あまりに錬成が不完全だと最悪、くず鉄になってしまったりするらしい。
今までの俺ならば「目立たない」ことを重視するあまりに全てをスクラップに変え、逆に目立ってしまっていたかもしれない。
だが、俺は学んだのだ。
大事なのは「適度に手を抜くこと」。
だからこそ、あえて「三十分で五本の金を作る」とハードルを上げておいて、「結局一本しか出来ませんでしたー!」で締める。
この絶妙なバランス感覚で、普通っぽさを前面に押し出すことを思いつけたのだ!
うん、まああと、そもそもわざと失敗する方法とか分からないってのもあるし。
い、いや、我ながらせこいなーとは思う。
せっかく親切で賢者の石を渡すと言っている相手に失礼だとは思うが、俺はどうしても目立ちたくないのだ。
目立たない道は修羅の道だなぁ、と思いながら、俺は箱をどかしたカウンターに突っ伏して目を閉じたのだった。
※ ※ ※
それからは、割と暇な時間だった。
カウンターにほおをつけて時間を潰しながら、たまに、
「う、うおおおおお!」
「まだまだぁ!」
「こ、こんなはずではっ!」
「貴様! この、インゴット風情が!」
「俺の本当の力を見せてやる!」
と迫真の演技で錬金感を演出。
いかにも今真面目に錬金術をやってますよとアピールする。
俺何やってんだろ、的な気分になってきたが、こういう細かい気配りが俺の「目立たない」を支えてくれるのだ。
手を抜く訳にはいかない。
そして、そろそろ頑張ってるアピールの台詞も尽きてきたところでようやく残り時間が二分になる。
「流石にそろそろまずいか」
これで時間オーバーしても馬鹿らしい。
俺は箱を一つだけ開けて、中の真銀に触れた。
金属のひんやりとした感触と一緒に、これからの錬成先がツリー状に見える。
目指すのは当然、金。
金色に光るインゴットを頭に描きながら、俺は静かに唱えた。
「――錬成」
手から魔力がほとばしり、真銀のインゴットを分解、再構築していく。
インゴットからは光が立ち上り、銀色の鉱物はだんだんとその色を、性質を変えていく。
そして……。
「……出来、た」
光が収まった時、その細長い箱にすっぽりと収まっていたのは、まばゆいばかりの金色。
どこからどう見ても文句のつけようのない、金のインゴットだった。
※ ※ ※
「終わりました。その……ひ、一つだけ、ですが」
俺がばつの悪そうな顔を作ってそう言うと、
「ふん。当たり前だ。金がそういくつも出来てたまるか」
と言いながら、アルケインのおじいさんは俺が差し出した箱を受け取ってくれた。
どうやら三十分で完成させられるのは一本だけ、で正解だったらしい。
罪悪感はあるものの、最適解を引いた確信に、俺は内心で胸をなでおろす。
「ふむ。確かに金になっているようだな」
アルケインさんが見ていたのは、箱のプレートだった。
確かに「真銀」とあったはずの文字は「金」に変わっていた。
「い、いつのまに……」
「この箱は特別製だからな。それに、機能はこれだけではないぞ。もし、仮におぬしが欲に駆られ、箱から真銀を取り出したり、箱を店の外に持ち出していたら……ふふふ」
「えっ! ど、どうなるんですか!?」
このおじいさん、こわい。
いや、もしかすると、高級そうな金属をそのまま俺の前に置いて姿を消したのも、「試験」の一環だったのかもしれない。
賢者の石を渡すに値するか、否かの。
そして……。
「……仕方ない、の」
どうやら俺は、アルケインさんのお眼鏡に適ったらしい。
彼は、奥に置いてあった賢者の石……をスルーして、その隣に置いてある大きな箱を持って、俺の前に置いた。
「あ、あの……?」
賢者の石をくれるんじゃなかったのだろうか。
俺が頭に疑問符を浮かべていると、アルケインさんは「開けてみろ」とあごでしゃくった。
「えっ?」
言われた通りに箱を開けて、思わず絶句する。
その箱の中には、大小さまざまな賢者の石が、無数に詰め込まれていたのだ。
「こんなに……いいんですか?」
「ふん。最近はそればかり作っておったからな。もう見たくもない。遠慮なく持っていけ」
「ですが……」
口ではそう言っているが、これだけの賢者の石を精製するなど、生半可な苦労ではなかっただろう。
それを見ず知らずの相手に与えるなんて、とても信じられなかった。
その視線を感じたのか、アルケインさんは小さく首を振ると、まるで懺悔するように話し始めた。
「昔の、ほんの五年前のわしであれば、こんなことはしなかっただろうな。同業者の成長は自分の障害。錬金術の発展なんぞより、自分自身の技量を上げることにひたすら血道をあげとった。……だが、な。今となってはわしも、年をとりすぎた。魔力も技術も衰えたつもりはないが、集中力だけはどうにもならん。後進に夢を託す、というのも悪くないかもしれんと思ってな」
そう話すアルケインさんの顔はどこか優しげで、けれどどこか寂しげだった。
俺のような裏道を使わず、自力で賢者の石を作り上げたほどの人だ。
そこには、俺の知らない苦労や、俺には想像も出来ない苦難があったのだろう。
「もう、わしの時代は終わったんじゃよ。これはいい機会かもしれん。おぬしのような若い者の邪魔にならんよう、わしのような時代遅れの骨董品は、おとなしく工房を畳んで田舎に引っ込むとしよう」
関係ないこと、のはずなのに、その悲しい笑顔に、なぜか胸がざわついた。
気が付けば俺は、声を張り上げて叫んでいた。
「そんな……! そんなはずありません! あれだけのものを作れるあなたが時代遅れだなんて、そんなはずないっ!」
「おぬし……」
アルケインさんが、驚きに目を見開く。
俺だって、自分の中に、こんな熱い気持ちがあったなんて、思わなかった。
だけど、悔しかったのだ。
確かに、俺には錬金術のことなんて分からない。
今の力だって、勝手に与えられたまがい物だ。
そのくせこの人を騙してごまかそうとした俺に、こんなことを言う資格はないのかもしれない。
だけど……。
それでも、偽物の俺だからこそ、あの賢者の石がどれだけすごい代物なのかは、この人が「本物」だってことだけは、はっきりと分かる!
「もう一度だけ、言います。俺は、あなたが時代遅れだなんて、思わない。あなたは偉大な……」
「もういい」
しかし、その言葉は当のアルケインさんによって、さえぎられた。
「若造が生意気を言うな。それでもう用は済んだだろう? さっさと出ていけ」
「……はい」
俺の言葉は、アルケインさんには届かなかった。
目的は果たしたはずなのに、なぜか足が重い。
足を引きずるようにして、扉に手をかけて。
「……なくなったら、また来い」
「えっ?」
そこで、後ろから声がかかった。
振り返ると、そこにはそっぽを向いたアルケインさんがいて……。
「老骨に、長旅は厳しいから、の。田舎暮らしは諦めて、もうしばらくはここで屑鉄でも増やしておるよ」
照れ隠しだと誰にだって分かる。
そんな素直じゃないその言葉に、俺は、
「――はい! 必ず、また!」
と、元気よく返したのだった。
めずらしくちょっといい話に
次回は解答編、明日更新予定!