14.暗雲、そして急転
※注意※
前回あとがきで「ひたすら明るい作品」と書いたばかりで申し訳ありませんが、今回鬱展開というほどではないですが、主人公が打ちのめされる場面が出てきます
物語のターニングポイントになる回なので出来れば読んでいただきたいのですが、「どうしても暗くなる場面は読みたくない」という方のために、次の話のまえがきに今回のあらすじを書いておく予定です
ぼんやりと、夕闇に染まる町を眺める。
昨日の今日でギルドに行く気になれなかった俺は、ただ漫然と自宅から外を見ていた。
「一雨来そうだなぁ」
あいにくと、空模様は灰色。
精霊祭直前の書き入れ時のはずなのに、昨日の盗賊騒ぎのせいか、あるいは空にかかった厚い雲のせいか、曇天の下を歩く町の住人も、いつもよりずいぶんと少ないように見える。
俺はしばらく、流れる雲と前を歩き去っていく人波をぼんやりと眺めていたが、やがて、その中に見覚えのある人影を見つけて、立ち上がった。
どうするべきか、少しだけ迷ったが、
「あいさつくらいは、しておくか」
一応、あいつは戦地を共に駆け抜けた戦友だ。
一言くらいは声をかけてもいいだろう。
俺はイレスに断りを入れると、手早く身支度を整えて家を飛び出した。
※ ※ ※
「おーい、ペーター!」
「なっ、アルフレッド!?」
やっとペーターに追いついて話しかけると、ペーターは驚いた様子で振り返り、俺の……いや、俺の名乗った名前を呼んだ。
アルフレッドと呼びかけられて、微妙な顔になったのが自分でも分かる。
もう呼びなれてるみたいだし、今さら本当のことを教えるのもなぁ、と思いつつ、もやっとした気持ちが表情に出るのは抑えられない。
すると、なぜか同じような表情をしていたペーターが、しかし俺よりも一足早く立ち直って、眉を寄せながら叫んだ。
「お、おまえ、何で途中で消えちまったんだよ! あれから大変だったんだぞ!」
「ああ、いや、おつかい頼まれてたしさ」
「非常事態とおつかいを天秤にかけんじゃねえよ! はぁ、まったく……」
不機嫌そうな目でにらまれる。
そ、そんなに非常識だっただろうか。
だけど、長く留まってボロを出す訳にもいかなかったし、やっぱりアレが最善だったと思う。
俺はたまらず話をそらした。
「そ、それより、どうしたんだ、その荷物。精霊祭の準備か何かか?」
「……いや。オレたちは、精霊祭には出ない」
「えっ?」
確かこいつは精霊祭を人一倍楽しみにしていた、と思ったんだが。
「さすがに、あんなことがあったからな。あの時に一緒にいた騎士サマと、黒い兜の人がいただろ。あの人たちが護衛して、王都まで送ってくれるっていうからさ、今回はおとなしく帰るよ」
「そ、っか」
それはなんというか、少し寂しいような気もした。
俺の表情の変化に気付いたのか、ペーターは明るく言う。
「そんな顔すんなよ。確かにまあ、精霊祭をやれないのは残念だけど、あの騎士サマが話を聞きたいって言っててさ。精霊祭でもらえるくらいの礼金は出すって言ってくれたから、まあいい話と言えばいい話さ」
「あー、盗賊の情報って大事そうだしな」
「ん、いや。それだけじゃないみたいだけどな。なんか、『とんでもない奴を見つけてしまった』とか『団長に絶対に報告しなければいけないことができた』とかぶつぶつ言ってたからなぁ。だから、おれたちの証言が重要なんじゃないかな」
とんでもない奴、とは誰だろうと思って、すぐにピンと来た。
「あのフルフェイスか」
「……ああ。ここだけの話なんだけど、もしかするとあの時のフルフェイスの正体は、あの『漆黒の執行者クロス』かもしれない」
「は、恥ずかしい名前だなそれ」
この世界の冒険者にはよく二つ名とかついてるが、本人の羞恥心的にセーフなんだろうか。
と、どうでもいいことを考えてしまったが、ペーター的にその反応はありえなかったらしい。
「いやいやいや、反応薄いなオマエ! 『漆黒の執行者クロス』って言ったら王都の若手冒険者のホープ! ギルドに登録してから半年も経たずにAランクになった逸材だぞ!」
「そ、それってすごい……のか?」
思わず俺が首をひねると、俺の十倍くらいの勢いと量で言葉が返ってくる。
「あったりまえだろ! 登録から一年かからずにAランクに昇りつめたのは、ここ十年の中でもたった三人だけ。すさまじい技量の魔法剣士で、その剣の腕前とツンな性格で魔物だけでなく男のハートも切り裂いたと言われるクール系美女の『疾剣のユーリカ』様。エルフ秘伝の奥義である精霊魔法と魔弓を冒険のための技術として昇華させ、魔物だけでなく男のハートも射抜いたという美人エルフの『蒼い閃光のナナル』様。あと男で、なんか魔法が得意らしい『紅い風炎のアスレイ』様しかいないんだぞ! クロスはそれに並ぶって言うんだから、間違いなく十年に一人レベルの天才だよ!」
「いや、四人いるじゃんか」
というか、「蒼い閃光のナナル」ってここの受付のナナルさんと名前が同じだ。
もしかして、エルフの中では流行ってる名前なんだろうか。
「ま、まあ、とにかくすごいっていうのは伝わったよ。だけどそんなにすごい人なら、こっちに来た時点で噂にでもなってそうだけど」
「自分の正体は秘密にしてこっそりギルドを回ってるらしいからな。今回も、まるで新人冒険者みたいな格好をして密かに精霊祭に参加しようとしてたんじゃないかって仲間と話してたんだ」
「そ、そうなんだ」
その指摘に、俺はドキッとしてしまった。
その推測が当たっているのか外れているのかは分からないが、「わざと新人のような格好をして自分の正体を隠す」というのは、俺とも似通った部分があるからだ。
だ、だけど大丈夫だ。
俺はそんな下手は打たない。
雑に「兜かぶってればバレないよね」なんて甘い考えで盗賊を相手に大立ち回りを演じているような奴とは違う。
あんな兜はむしろ注目してくださいと言っているようなものだし、それ以外の要素から正体バレの危険があるのは自明の理。
手助けをするなら巧妙に、そう、食事に塩を混ぜる、くらいにさりげなくやるべきなのだ。
第一、Aランクまでランクを上げてしまっている時点で、そいつは目立たないことへの意識が低いというもの。
本当に、目立たない、というのを全く分かってない。
さらにわざわざ新人冒険者のふりをしているのに、精霊祭なんていかにもボロが出そうな行事に参加しようだなんて片腹痛いというものだ。
「はぁ。まあ、いいや。ま、オレたちは行くけどさ。オマエはオレたちの分まで精霊祭がんばってくれよ」
「え? い、いや、俺は精霊祭には出ないつもりだけど……」
「えっ?」
お互いに、まじまじとお互いの顔を見つめ合う。
「せ、説明しただろ。精霊祭ってのは新人冒険者にとって最高のお祭りだぞ。なのに出ないってのは……」
「い、いや、だってな。精霊祭ってことは出てくるのは精霊なんだろ。恐れ多いと言うか……」
嘘だ。
俺だって、それが新人冒険者の自然な行動だというなら、精霊祭に参加はしたい。
だけど、出来ない。
だって、精霊祭は形こそ特殊だが、基本は大規模な討伐依頼だ。
モンスターの討伐は、俺には出来ない。
いや、この呪わしい力が、それを許さないのだ。
しかし、俺が口にした偽りの理由を、ペーターは信じたようだった。
「なんだよ、そりゃ。まあ、確かに、精霊祭って名前の由来は、ポコタンはここで死んだ魂が形になったもの、って迷信があるかららしいけどさ」
「そ、そうなんだ。やっぱりね」
「あとは、ポコタンは『別の世界からのシ者』だって説もあって……。まあ、めっちゃくちゃ弱いからな、あいつら。何か特別な由来があるんじゃないかって考えたくなる気持ちは分かるよ」
うまい具合に話がそれてくれたところで、俺は全力で乗っかることにした。
「そ、そういえば、俺のいた世……じゃない、国でも、精霊流しなんて行事あったな」
「しょうろうながし?」
「俺はよく知らないけど、死んだ人の魂を船に乗せて流すとか、そういう行事だった、かな」
「……ふーん」
聞いているような、聞いていないような態度で、ペーターはじっと俺を見つめていた。
何だか、居心地が悪くなる。
そろそろ話を切り上げようか、と俺が考えた時だった。
唐突に、今までのどんな会話の時よりも真剣な顔をしたペーターが、口を開く。
「……なぁ。やっぱりおまえは、精霊祭に出るべきだと思う」
「な、なんだよ、急に真面目くさった顔して」
茶化してみるが、ペーターのその真剣な目は変わらなかった。
「真面目に言ってるんだよ。おまえは精霊祭に出るべきだ」
「な、何を、根拠にそんな……」
なぜか、嫌な予感がした。
けれどペーターはまっすぐと、ただ、俺の目だけをまっすぐと見て、そして、
「だって、お前は――」
※ ※ ※
――雨が、降っていた。
上の空のままペーターと別れて、それからどこをどう歩いたのか、俺はもう覚えていなかった。
何をすればいいか。
何をすべきなのか、何も、分からなくて……。
ただ、帰巣本能に導かれるように、気付けば俺は、見慣れた我が家の前に戻ってきていた。
扉の前で、躊躇う。
このまま扉を開けて、ひたすら居心地のいい日常に戻ってしまっていいのか、迷ってしまう。
だが、その葛藤に、決着をつける前に。
ガチャリ、と中から扉が開いて、真っ白な少女が飛び出してきた。
「え、ヒューガ、さん?」
その声に、俺の中で張りつめていた何かが、切れた。
よろよろと玄関に歩み寄り、気付けばまるで縋るように、イレスの肩を握りしめていた。
「どう、しよう。どうしよう、イレス」
「な、にが、何があったんですか、ヒューガさん!」
思わずイレスの肩を強くつかむ。
こんな自分を情けないと、不甲斐ないと思う。
それでも、止められなかった。
「ヒュ、ヒューガさん! だいじょうぶ、ですから! わたしが、いますから!」
イレスの温かい言葉に、胸が熱くなって。
けれど胸の芯の芯は、やはり冷え切ったままで。
「ほん、とうは……」
「え?」
本当はずっと、気付いていたのかもしれない。
日に日に膨れ上がっていく漠然とした違和感を、可能性を、見て見ぬ振りをしていただけなのかもしれない。
――おまえは、精霊祭に出るべきだと思う。
フラッシュバックのように、あいつの声がよみがえる。
「真実」という名の鋭い刃が、俺の心を切り刻む。
――だって、お前はまだ、Fランクなんだろ?
よみがえる。
よみがえる記憶。
――ま、オレもEに上がるの遅かったから、言えるこっちゃないけどさ。
やめろ聞きたくないと、耳をふさぐ。
しかし、無駄だ。
その言葉は俺のうちにすでにあって。
そして、真実はもう、俺の心に根付いてしまった。
――あんまり長くFランクのままだと……。
もう、取り返しはつかない。
もう、何も知らなかった頃には戻れない。
そうだ。
あいつは俺に、こう言ったんだ。
――あんまり長くFランクのままだと、悪い意味で■■■ちまうぜ?
記憶の中ですら、脳が、その単語を拒む。
だが、だがダメだ。
ほかの全てをごまかせても、どうしても、自分だけは騙せない。
そうだ。
そう、なんだ。
あいつは言っていた。
――Fランクというのは、冒険者にとってただの腰かけで。
――誰もがすぐに卒業する、見習いのためのランクだと。
ああ、そうだ。
分かる。
俺にもようやく、分かった。
つまり!
つまりは、このままじゃ……。
「――このままじゃ俺、目立っちまうよ!!」
ついに、吐き出してしまった弱音。
激情の吐露と呼応するように、俺の背後に雷が落ちた。
「ぁ……」
一瞬の稲光が映し出したイレスの顔は、蒼白で。
その瞳に映る俺の顔も、きっと負けず劣らずひどい表情をしているのだろう。
突然の告白に、答えはなかった。
ただ、言葉が消え失せ、時が止まったかのような世界の中で……。
いつまでも続くザアザアという雨の音と、ご飯を待ちきれなくなった水瀬がテーブルをタシタシと叩く音だけが、静かに俺の耳を打つのだった。
突きつけられた残酷すぎる真実!!!!!!!




