13.小さきものたちの力 解答編
最近盗賊がうざいから壊滅させたい
│
├ 1.ハリセンで殴る
│
│ [まちがい]
│ 確実な方法ではありますが、手間がかかるのが難点です。
│ それよりも別の手段を探してみませんか?
│ ちょっとした調味料でなんとかなるかも?
│ ↑
│ ココがポイント!
│
└ 2.塩を使う
[せいかい]
「ただいまー」
俺が家に帰ると、台所に立っていたイレスがパッと振り返って駆け寄ってくる。
同時にソファーで丸くなっていた水瀬もパッと顔をあげて俺の姿を認めると、キューっと腕を上げて伸びをして、また丸くなった。
……いや、寝直すのかよ。
「お、おかえり、なさい」
「ああ。塩、買ってきたよ」
言いながら、小瓶に入った塩を渡す。
帰りにちょっと使ってしまったが、そんなに減っていないので大丈夫だろう。
「あ、あの、ずいぶん遅かった、ですけど」
「ああ。聞いて驚くなよ。実は俺、さっきまで盗賊団に捕まってたんだよ!」
「え、えぇっ!」
あいかわらず、イレスはいい反応をしてくれる。
彼女はしばらく驚いて口元を押さえていたが、やがて何かに納得したようにしみじみと言った。
「きっと、大変な目にあった、んですね」
「ああ。そりゃもちろ――」
「盗賊団の、人たち」
……うん、なんというか。
イレスは反応はいいんだけど、ちょっと感覚が人とズレてるのが玉に瑕だ。
「ま、まあ確かに、盗賊団は大変だったかもしれないよ。だけど今回、俺はほとんど何もしてないんだ」
「そうなん、ですか?」
目を丸くして答えるイレスに、俺は今日の波乱万丈で、しかしいかにも新人冒険者っぽい活躍を話すことに決めた。
「じゃあ、聞いてもらおうか。今日の俺の完璧な新人冒険者っぷりと、目立たなさっぷりを!」
※ ※ ※
「よぉ小僧ども、ご機嫌だなぁ。悪いがちょいと、オレたちと付き合ってもらうぜぇ」
俺が、ペーターのパーティに声をかけようとした直後のこと。
ペーターたち……とついでに俺を、取り囲むようにごっつい男たちが出てきて、そんなことを言ってきた。
あ、こりゃやばい、と俺は蒼白になったが、意外にもペーターは勇敢だった。
「な、なんだよあんたたちは! それ以上近付いたら――」
すかさずパーティメンバーを守るように前に出て、
「うるせえ!」
マッハで殴られた。
ひでえ。
と、あんまり余裕ぶってもいられない。
どうにかこれを止める方法は、と思った時だった。
「てめえらに拒否権なんてもんはねえんだよ。やっちまえ!」
男の号令と共に、ペーターたちの足元に何かが投げつけられる。
それは爆発するとすぐに白い煙を吐き出して……。
「みんな、逃げ……」
「こ、れ、ねむり、の……」
バタバタと、煙に触ったペーターたちが倒れていく。
「え、ええっ!」
俺には何の影響もないが、これはもしかすると睡眠ガスとかそんなのだろうか。
(こ、こうなったら……!)
俺は腹を決めた。
全てをなげうつ覚悟を持って、
「ぐわーねむいーたえられないー」
バタン、と自然な態度でその場に倒れる。
だって、今の俺はただの新人冒険者だからね。
一人だけ起きてたら目立っちゃうし、しょうがないよね。
「ぐへへ」とか、「他愛ないもんだぜ」なんて言いながら近寄ってくる強面のおっさんたち。
控えめに言ったって、大ピンチだ。
だが、俺には密かに勝算があった。
(こういうピンチの時、誰かが駆けつけてくれるのがお約束ってもんだろ!)
この町は割と治安がいいし、冒険者のレベルも高い。
それに、王都から盗賊団対策のために人が来ている、とナナルさんは言っていた。
間一髪のところで騎士団がやってきて、とかありそうだし、実はパーティの一人が隠していた本当の実力を発揮して、なんて王道展開だって期待出来る。
(だから俺はっ! 希望を、捨てない!!)
渾身の寝たふりを続けながら、俺はやがて訪れるはずの救援を静かに待つ。
そして……。
※ ※ ※
「だ、誰も来ないとは……」
現実は非情だった。
やはり、物語と現実は違う、ということだろう。
俺は特に何事もなく山賊団にえっちらほっちらと担がれ、奴らのアジトっぽいところに運ばれてしまった。
さらに言うと、「んー。なんかこいつだけ浮いてたんだよな。別のとこ入れておこうぜ」と俺たちを運んでいた山賊に言われてペーターたちのパーティとは別の牢屋に入れられた。
この時点ですでに泣けるのだが、しかも、一緒に入れられたのは血だらけの少年だったとかいうハードモード。
盗賊の会話に耳を傾けると、どうやら襲われたのはペーターのパーティだけではなく、別の場所でこの少年のパーティも襲われていたらしい。
しかもそっちでは何やら助けが入ったらしく、ほかのパーティメンバーは助かったのだとか。
(どうせなら俺もそっちにしてほしかった!)
……ではなく、流石に傷だらけのままというのもアレなのでささっと怪我は治しておいた。
幸い意識はないようなので、どうせ盗賊が治療したと考えるだろう。
「しかし、どうしたもんかなぁ」
手段を選ばなければ、脱出は出来ると思う。
ただ、いかに目立たずに脱出するか、それが問題だ。
「流石にここで炎の魔法を使うのもなぁ」
炎の精霊王は炎の魔神とかいう奴にやられたらしいし、火山でも何でもないここがいきなり燃え上がるのはちょっと怪しすぎるだろう。
あと、一緒に牢に入れられた少年や、ペーターたちを放っておく訳にもいかない。
しかし、俺はまだ天に見放されてはいなかった。
俺たちを助けに、なんかおっぱい大きい女の人と、ペーターたちのパーティメンバーがやってきたのだ。
そしてペーターは捕まった俺を見ると、こう叫んだ。
「アルフレッド! お前も捕まってたのかよ!」
……と。
あ、うん。
そうなんだよね。
その時は俺も自分で忘れていたのだが、俺はギルドでペーターが遠慮なくずけずけとしてくる質問に対して、雑にはぐらかしたり、適当な出まかせでお茶を濁したりしていた。
つまり、あれだ。
色々と追及されるのが面倒だった俺は、名前を尋ねてきたペーターに対してとっさに「冒険者のアルフレッド」と名乗っていたのだ。
い、いや、ありえないとは思うけど、万が一、いや、億が一に俺が目立つことをした時、偽名名乗っておけば俺に辿り着けないだろうしね。
まあその分、ちょうどペーターとギルドにいた時、アルフレッドとおやっさんがやってきた時は心臓止まるかと思ったけど、どうやらバレなかったようなのでセーフだろう。
ともあれ、その出会いで流れは完全に変わった。
それはまるで悲劇が一気に冒険譚に変わったような変わりよう。
実際、それからは冒険の連続だった。
実は騎士だというおっぱいさんとペーターたち、それから俺と一緒の牢に入っていた別パーティの人(意外にもパーティリーダーらしい)が、知恵とささやかな得意技を駆使して盗賊のアジトを攻略していく。
マイナー魔法で牢を破り、腹話術で気を逸らし、思わぬ魔法の使い方で強敵を制して、ついに出口まであと一息というところまで辿り着いた。
「だけど! それも行き詰ってしまった! 牢から抜けて上の階に出たところで、盗賊たちがたくさんいる広間を抜けなくてはいけなくなったんだ!」
「そ、それで、どうしたんですか?」
ワクワク、という擬音がつきそうな顔で続きを促すイレスに、俺は例の小瓶を指してみせた。
「――『あれ』を、使ったんだよ」
小瓶に入っているのは、俺が商店街で買ってきた、何の変哲もない塩だ。
ぶっちゃけると、塩自体に意味はない。
ただ、塩を入れるということには意味がある。
塩を入れるということは味を調えるということで、それはすなわち「料理」だからだ。
――この世界に来てから初めて料理をした時のことは、今でもはっきりと覚えている。
あれは、イレスと一緒に森の中をさまよっていた時だった。
食べるものが見つからず、仕方なくその辺になっていたちょっとリンゴっぽい木の実をもいでかじってみた。
しかし、その果物は固く、はっきり言って食べられるものじゃなかった。
けれど、何かを食べなければ死んでしまう。
悩みに悩んだ結果、俺は何を血迷ったか火を起こし、その果物を焼いた。
焼きリンゴとかあるし、焼いたら食べられるかなぁ、と煮詰まった頭で考えたのだと思う。
冷静になった今ではどうかしていた、としか言いようがないが、しかし、俺がその果物を焼き始めた瞬間、果物からは芳醇な香りがし始め、俺とイレスは競うようにしてその果物に食いついた。
――うまかった。
いや、それこそ調味料もなしで焼いただけの果物がおいしいとも思えないのだが、めっちゃくちゃうまかった。
なんだったら、生涯食べたどんな料理よりもうまかった。
そこから先は、もうほとんど無意識だった。
味わうような余裕なんてなかった。
とにかく夢中でかぶりついて咀嚼して、皮どころか芯や種まで食べつくし、それどころかお互いの指についた果汁をなめるくらいに意地汚く一つの果物を食べ漁って、そこでやっと我に返った。
途端に恥ずかしくなった俺たちは、いそいそと水で手を洗い流し、喉に残る天上の美味を反芻しながらも、「これは流石におかしくない?」と首をひねる。
イレスもそうだったんだろう。
まだ俺に慣れていなかった彼女は、おずおずと俺に尋ねてきた。
「あ、あの。ヒューガさんは、料理も上手、なんですか?」
日本にいた頃、俺はただの学生で、料理なんてろくにやったこともなかった。
まさか、と答えようとして、気付いた。
――これ、もしかして料理スキルのせいなのでは、と。
試しに、と俺ではなくイレスが果物を焼いてみたが、あれほどおいしくはならなかった。
というか、中まで硬いタイプの果物だったらしく、焼いても中身がガッチガチで食べられるもんじゃなかったし、おまけに苦かった。
ついでに言うとイレスはどちらかというと不器用な方だったのか、焼過ぎで果物を真っ黒にしてしまい、涙目になってあわあわとしていた。
しかし、そのほとんど黒焦げになったまずい果物も、俺が半分冗談で火にかけると一瞬で変わった。
焦げていたはずの表面は一気にみずみずしく色づき、途端にかぐわしい香りを放つようになり、俺たちはまた競うようにしてむしゃぶりつくハメになった。
ふたたびいそいそと指を清め、口元をぬぐいながら、「ゲームの料理スキルが現実になると、こんなことになるのか」と戦慄した。
そして同時に、悟ったのだ。
――俺は絶対に、料理をしてはいけない、と。
あれはもはや、味の暴力だ。
見ているだけなら問題ないが、たった一口でも口にすれば、いや、匂いを嗅いでしまうだけでも、理性など吹っ飛んでしまう。
幸い、その果物は腹持ちがよかったらしい。
それからの数日ほどは全くお腹が減ることもなく、俺たちは無事に人里に辿り着くことが出来た。
町についてからも料理はイレスに頼み、ずっと封印し続けた料理スキルだが、人の注意を引く、という一点に限っては有用だ。
「だから、盗賊たちの料理にちょっと塩を混ぜて、盗賊たちが料理に夢中になってる間に、俺たちは無事、アジトを抜け出した、って訳さ!」
「おおー!」
俺が言うと、イレスが感動したようにパチパチ、パチパチと一生懸命に拍手をしてくれる。
「あ、でも、盗賊たちは……」
「ああ。それなら心配いらないよ。洞窟の外におっぱい騎士さんが連れてきたらしいフルフェイスのなんかやべー奴がいたんだけど、そいつは見た目と同じで実力もやべー奴だったらしくて、なんとたった一人で盗賊団を無力化して全員捕まえちゃったらしいんだ」
数十人からいる盗賊たちを、たった一人で殺さずに無力化するなんて、とんでもない実力者だと思う。
そいつの活躍に比べれば、俺のささやかな貢献なんて雀の涙にもならない。
そういう意味でも今回、俺は我ながら良い仕事をしたと思う。
あのままでは俺たちは盗賊のアジトから出られなかったが、さりとて俺が過剰に手を貸せばどうしても目立ってしまう。
しかし、「料理スキル」というちょっとした特技を生かすことにより、新人冒険者の範囲を出ないレベルで、さりげなく手助けをすることに成功したのだ。
「あー、でも、思い出したらちょっと食べたくなってきたな。もう一回だけ、料理してみるってのも……」
「ダ、ダメです! あ、あれは……ダメです!」
めずらしく、大声でイレスに止められる。
真っ赤な顔で、涙目になっているイレスを見ると、流石に罪悪感に襲われた。
「そ、そう、だよな。やっぱりまずいよな、あれは」
軽率なことを口にしてしまったことを、反省する。
もちろん、ここは家の中で、安全地帯。
万が一料理のせいで理性を失って誰かが暴れたりしても怪我をする、なんてことはないが、要らぬ波風を立てる必要はない。
第一、そういうズルで料理の味を決めてしまうのは、一生懸命に料理を作ってくれたイレスにも失礼だろう。
俺は反省して、イレスにしっかりと頭を下げて――
「悪かった、イレス。もう二度と……え?」
「で、でも……」
頭を下げる俺の前に突き出されたのは、イレスのほっそりした手だった。
ただ、その先には何も、あ、いや、目を凝らさないと見えないほどの、小さな粒が乗っていて……。
「ひ、一粒だけ、なら……」
少し顔を赤くしながら塩の粒を差し出すイレスを見て、俺は、
――やっぱりハカータの塩は最高だな!
と思ったのだった。
(頭が)ハッピーエンド!!
割とこんがらがった話だったので地味に書くの疲れました
あ、この作品はひたすら明るく、何も考えずに読める作品を目指して書いたので、頭からっぽにして口を半開きにしながら読んでください!!(強制)




