11.小さきものたちの力 捜査編
ババーン!!(余裕をもって続きが投稿される音)
あ、今回、この作品たぶん初の一人称別視点です
「――納得できません!!」
私は「バン!」とデスクを叩いた。
しかし、団長は動じない。
「わたしだって気持ちは分からないでもないよ、エレン君。しかしな、騎士団の存在意義とはそもそも、モンスターから国を守ることだ。来るかも分からない盗賊団に、それほどの戦力を割く訳にはいかないのだよ」
まごうことのない正論に、私は一瞬だけ口をつぐんでしまった。
けれど、ダメだ。
ここで引き下がってしまっては。
「ですが! 精霊祭に奴らが出てくることは、ほぼ確実です! こんな好機はおそらく二度とはやってきません!」
私の所属する金獅子騎士団は、王都が抱える四つの騎士団の中でも一番叩き上げが多く、そのせいか一番市井に近い。
町の治安維持もその業務の一つで、その過程で盗賊団『夜の鷹』の構成員の一人を捕らえたのが三日前。
その男を締め上げたところ、精霊祭の当日、祭の喧騒に紛れて新人冒険者を誘拐する計画があると分かった。
これは審理で分かったことなので、間違いはない。
男が捕まった時、夜の鷹の本隊はもうライクルスの町に出発していたので、情報が漏れたと向こうが気取る心配もほとんどないだろう。
「今、動かずにいつ動くと言うのですか! ここは可能な限りの戦力を整えて、盗賊団を……」
「だから、我ら金獅子騎士団をほとんど全て動員しようというのだ。それに、あの町には《蒼い閃光》がいる」
――蒼い閃光のナナル。
それは、冒険者ギルドの、いや、戦いを生業をする者には知らないもののいない伝説的な冒険者の名だ。
彼女が有名なのは、見目麗しいエルフだということからだけでは決してない。
ギルドに登録してから彼女は破竹の勢いで様々な偉業をこなしていき、いずれは英雄クルツに並ぶ偉人になるのでは、とまで言われた人物だ。
結局はエルフ側からの圧力で現役を退いてしまったが、その勇名はいまだに忘れられてはいない。
「それに……。君も『女神の啓示』の噂については聞き及んだことがあるだろう」
「女神の啓示、とは、あの荒唐無稽な噂話ですか? 女神ルミナ様が、異なる世界より《英雄》を呼んだという、あの……」
「あれはどうやら真実のようだ、と聞いている。もしその《英雄》殿が駆けつけてくれれば、盗賊など物の数ではないだろう」
めずらしく団長が歯切れの悪い口調で言う。
団長が根拠のない言葉を軽々しく口にする人間ではないことはエレンは知っている。
彼がそう言うからには、なにがしかの証拠はあるのだろう。
しかし、それが本当だとして、存在すら不確かな人間がその場に偶然居合わせ、首尾よく事件を解決してくれる、なんて可能性に頼る気にはなれなかった。
「それでも、最大限の準備をするべきです。やはり当日に現場に、というのでは遅すぎます! それではどんな被害が出るか分かりません! もう精霊祭は近い。あいつらが現地入りしている可能性はあります。こちらから奴らの根城を探して……」
「検討はしなかった訳ではない。だが、それで相手に気取られて逃げられたらどうする?」
「それは……」
盗賊団は、必要とあれば仲間でも容易に切り捨てる。
何か異常があったと察したら、彼らはすぐに行方をくらましてしまうだろう。
「根を、断たなければならないのだよ。そのためには、奴らが餌に食いついた時に一網打尽にすることが必要なのだ」
「そのために新人冒険者を、守るべき民を囮にする、というのですかっ!!」
「ああ、その通りだ」
迷うことなく言い切ったその言葉に、私は団長の覚悟を感じずにはいられなかった。
否応なく分からされる。
おそらく、私の頭で考えつくようなことなど、団長は全て検討したあとなのだろう、と。
けれど……。
「私は、私は、それでも……」
団長の前で、立ち去ることも言葉をつなげることもできずにいる私に、団長は大きくため息をついた。
そして、机の脇に積み上げていた書類を手に取って、私に差し出してくる。
「本当は、出さずに済ませられたら、と思っていたのだがな」
「これは……?」
戸惑う私に渡されたのは、ライクルスの町での偵察任務の命令書だった。
「エレン。君には一足先にライクルスの町に行き、情報収集と新人冒険者の保護に努めてもらう。任務中の細かい行動については、君の裁量に任せる」
「だ、団長……」
驚いて言葉が出ない私に、団長はそこで少しだけ厳めしい顔を崩し、笑みを見せた。
「たった一人の任務だ。くれぐれも、無茶はしないように。……頑張ってこい」
※ ※ ※
それから私はすぐ荷物をまとめ、その足でライクルスに向けて出発した。
とにかく、やるべきことはいくらでもある。
まずはギルドに話を通し、あらためて協力関係を構築。
あの蒼い閃光がギルドの受付嬢をやっていたのは驚いてしまったが、とにかく話は通せたし、感触も悪くはなかったと思う。
次に大事なのは騎士団が駐留する場所と食料などの生活基盤の確保。
金獅子騎士団は人々からの評判もいいが、当日は団員二百名が寝泊まりするのだ。
事前の根回しがないとトラブルが起きかねない。
それから、町や周りの地形を確認。
襲撃されやすそうな場所をあらかじめ把握し、ついでに盗賊団の根城自体を発見できれば、と思ったが、流石にそれは叶わなかった。
それでもそれなりに満足のいく調査を終え、町の外れまで戻ってきた時だった。
楽し気にこちらに歩いてくる、五人組の冒険者を見かけた。
まだ全員が年若く、装備もお世辞にもいいとは言えない。
けれど彼らは誰もが明るく笑っていて、何よりも全員が全員を思い合っているのが見ているだけで分かった。
(懐かしい、なぁ……)
私はいつしか任務も忘れ、彼ら五人の仲睦まじい様子に、思わず目を細める。
私も、かつては冒険者だった。
気の合う仲間と一緒に様々な冒険をして、時に笑って、時に泣きながら、必死に生きてきた。
とある大規模なクエストで騎士団と共闘、そこで団長にその腕を見込まれ、紆余曲折があって騎士団に入ることになったが、今でも心の一部には冒険者としての自分が残っている。
彼らのような人間の笑顔を守るためにも、私が頑張らなくては、そう、決意をあらたにした時だった。
楽しそうに歩いていた彼らが、不意に怯えたように足を止めたのが見えた。
「う、そ……」
思わず、驚きの声が漏れる。
どこに潜んでいたのか、新人冒険者五人を取り囲むように、見るからに人相の悪い男たちが次々と現れたのだ。
「盗、賊……!」
こんな白昼堂々、とか、まだ精霊祭の当日じゃないのに、なんて思考が頭に浮かぶ。
いや、その思考こそが、驕り。
(やら、れた……!)
審理の結果を過信しすぎた。
もちろん、審理では嘘はつけない。
けれど、嘘をつけないからといって、口にされたことが真実とは限らない。
普段自分たちが相手をしているモンスターとは違う。
相手は人間。
それも、人倫から外れた外道だ。
状況の変化に対応する知恵もあれば、相手を騙すために策をめぐらすこともあるだろう。
計画が漏れたことを勘づかれたのか、あるいは構成員が捕まったことがすでに罠だったのか、はたまた単なる気まぐれか、それは分からない。
ただ、結果として騎士団は完全に裏をかかれた。
(どう、する……? どう、すれば……!)
手にじっとりと汗がにじむ。
飛び出すべきか、逡巡する間にも、事態は動く。
「――逃げて、リーダー!!」
包囲が完成する直前、五人組の一人が、隣にいたバンダナをつけた、リーダー格らしい冒険者を包囲の外へと突き飛ばす。
「行って、リーダー!」
「だ、だけど!」
「わかんないけど、こいつらやばい! いいから、ギルドに行って、助けを呼んできて! あの人がいればきっと……」
驚くバンダナの冒険者に、残ったメンバーが必死に叫ぶ。
「く、そぉ! 絶対に、呼んでくるから!」
バンダナの少年は、後ろ髪をひかれる表情ながら、ギルドに向かって走り出した。
「あーあ。逃げられちまった」
「へっへ。いやぁ、泣かせるねぇ」
なぜか、盗賊たちはそれをにやにやと見守るばかりで追おうとはしない。
残された四人は震えていたが、それでも必死に前を向いて、決してあきらめようとはしていなかった。
「な、なんなんだよ、あんたたち! お、おれたちは、Dランクの冒険者だぞ! 下手なことしたら……」
「悪ぃなぁガキども。ちょいと、オレらと付き合ってもらうぜぇ!」
冒険者の少年が威嚇するように震えた声で言うが、盗賊たちは意に介さない。
盗賊の頭らしい男が合図をすると、その両脇にいた盗賊どもが手を冒険者たちに向ける。
(魔法――!!)
荒くれ者らしからぬ行動に、対応が一瞬、遅れた。
「「――ラリーフ!!」」
直後、盗賊たちの魔法が完成し、白い霧が冒険者たちを襲う。
「やばい! これ、ねむり、の……」
「なっ、くちを……あ、ぅ……」
それは、あまりにもあっけない結末だった。
霧が晴れた時、そこに立っているものは一人もいなかった。
(レベルの、暴力……)
女神は、人間たちに魔物と戦う力を与えた。
それはとても大きくて、強い力だ。
それが魔物に振るわれているうちはいい。
だがもし、その強い力が人間に振るわれれば……。
……「レベル」の低い人間は、「レベル」が上の人間に、絶対に抵抗できない。
それが、残酷な世界の真理。
(――違うっ!!)
自分の中の弱気を吹き飛ばす。
私が騎士団に入ったのは、そんな不条理を、不幸をなくすためだ!
下卑た笑みを浮かべながら、倒れた冒険者たちの身体を担ぎ上げる盗賊たちを見て、覚悟を決めた。
(ごめんなさい、団長。約束、破ることになりそうです)
チャキリ、と音を立てて剣を抜き放つ。
……狙うのは、山賊の頭らしき男。
この人数差だ。
まともにやっては勝ち目はない。
まず、最初の一太刀であいつらの頭目を斬る。
そうして隙ができれば、あるいは応援がやってくるまで粘ることだってできるだろう。
冒険者時代の私のジョブは、レンジャー。
偵察と奇襲の能力に優れたジョブだ。
それに、騎士団で必死に磨き上げた剣の腕が加われば、勝機はある。
ふっと息を吐き出し、物陰から飛び出す。
気付かれずにどこまで近づけるか、時間との勝負。
私は身を低くするように駆け出して、頭目の背後を――
「ほぉう? 活きのいいのがいるじゃねえか」
振り返った盗賊の頭の目に射抜かれ、ぞわりと怖気が走る。
けれど、ここまでくれば気付かれても関係がない。
「もらっ――」
私はその男のにやけ面に向かって剣を叩きつけ、
「え……っ?」
目の前に広がった光景が理解できずに、固まった。
私の、必殺の一撃は……。
「けど、残念だったなぁ。軽いよ、おまえ」
男が差し出した手のひらに、あっさりと受け止められていた。
「ほれ、お返しだ」
瞬間、みぞおちに衝撃。
息が詰まり、同時に視界がブレる。
「が、ふ……」
身体が背後に流れる。
受け身を取ることもできない。
無様に地面に転がる。
「うーん。こいつ、冒険者じゃねえな。もしかして騎士サマって奴か? こりゃ、思わぬ拾いものをしたなぁ」
上から声が降ってくる。
慌てて立ち上がろうとしても身体に力が入らない。
死に物狂いでもがく私の腹を、
「がっ!」
盗賊の、大きな足が踏みつける。
「おかしらー! 壊さないでくださいよー」
「はっは。そりゃま、この騎士サマ次第だなぁ」
背後から下品な笑い声があがる。
人を人とも思っていない、最悪な言葉。
それが逆に、私を奮起させた。
「こんな、こと、ゆるされない、ぞ。いずれ、騎士団が来て、おまえ、たちを……」
私は、自分の身体を踏みつけ、今もグリグリと踏みにじっている男を、せめてもの抵抗とにらみつける。
「お、いい目をすんじゃねえか。手足全部切り落とされて達磨にされたあとでもおんなじ目が出来るか、今から楽しみだなぁ」
「ひっ」
その瞳に本気の光を見つけた私は、思わず怯えた声をあげてしまった。
……悔しかった。
こんな奴にいいようにされ、手も足も出ない自分が。
脅しに屈して、簡単に怯えを見せてしまう自分の弱さが。
(ここで、こんなところで終わるのか、私は……)
何もできずに、誰一人守れないままで、そんなの――
「な、お前、ぐぇあっ!!」
異変が起こったのは、その時だった。
「……は?」
――盗賊が、空を飛んでいた。
頭目の背後にいたはずの盗賊たちが、次々と何者かによって吹き飛ばされていたのだ。
男に身体を押さえつけられながらも、必死で身を起こす。
「――なんだ、テメエ」
盗賊の頭の身体越しに、私は、確かに「その男」を見た。
――初心者丸出しの装備に身を包み、頭にだけフルフェイスの真っ黒な兜をかぶった男を!!
「え? というか、え? おまえ、ほんとなんなんだ?」
本気で動揺する頭目の男には答えず、フルフェイスの男は次々に残った盗賊に打ちかかっていく。
その武器は剣……ではなく、
「……かみ、たば?」
何重かに折られた細長い紙だった。
およそ戦いの場にはふさわしいと思えないその得物。
だが、男がその「武器?」を振るうたびに「スパコーン!」という小気味よい音を立てて盗賊たちは宙を飛び、次々に倒れていく。
最後に残ったのは、頭目の男。
「あんまり舐めるんじゃねぇぞぉ!!」
頭目は私の時には抜かなかった自分の武器、恐ろしく鋭い曲刀を抜き放ち、フルフェイスの男に躍りかかっていく。
――そして、一瞬の交差。
曲刀と、紙の束が激突し、そして……。
「ば、かな……」
弾かれたのは、盗賊の持つ曲刀だった。
続いて、雷光のように奔った紙束の一撃が、盗賊の頭を打ちのめし、一撃でその意識を刈り取る。
「……やっぱり、『ゲーム』とは違うな」
残されたフルフェイスの男は何やらつぶやくと、ちらり、と私を一瞥した。
「な、んだ! なんなんだ、お前は!」
みぞおちにくらった打撃の衝撃が抜けず、前かがみの状態のまま、それでも私は問いかけた。
状況的に、助けてもらったことは分かっている。
だが、この珍妙な格好をした男のことを、私は信用し切れなかった。
「おっ……あ、いや、僕は、ただの通りすがりの冒険者だよ」
「ふ、ふざけたことを言うな!」
一目見れば、誰にだって分かる。
こんなおかしな格好をした男が、通りすがりであるはずがない。
何より、数が合わないのだ。
私はここで、新人冒険者の五人組が盗賊団に襲われるのをはっきりと見ていた。
ギルドの応援を呼びに行ったリーダーを除けば、残りは四人のはずだ。
なのに今、そこに倒れている冒険者は三人しかいない。
――つまりこの男は、襲われた新人冒険者のうちの一人。
あれだけの実力を持って、たかが紙の束で夜の鷹の構成員を叩きのめせるだけの実力を持ちながら、彼は新人冒険者の中に紛れていた。
いや、潜り込んでいたのだ。
そして、同時に、私は一つの話を思い出していた。
「騎士団のさらに上、指揮系統のおよばないとある貴人のお抱えに、潜入捜査を専門にする部隊がいると聞く。まさか……」
私の推測に、フルフェイスの男は「まいったな」とばかりに首に手をやった。
「誓って言うけど、嘘じゃない。僕は本当に、ただ巻き込まれただけなんだ」
「信じられるものか! では、その格好はなんだ!」
そこで初めて私は、フルフェイスの男を真正面から捉えた。
はっきりと、目と目が合う。
兜の奥の瞳は、この世界にはほとんどいない漆黒。
その瞳に、なぜか心が吸い込まれる。
「格好のことを言われると、困るけど。この変装だって、他意がある訳じゃない。ただ、僕はちょっと――」
そこでそいつは、自分の兜の側面をゴシゴシこすると、
「――目立ちたくない、からさ」
照れたように、そう答えたのだった。
タイトルで分かると思うけど、もうちょっとだけ続くんじゃよ
次回、盗賊団との全面対決!




