9.ゴブリンでも分かる魔法講座
おかしい、おかしい
楽に書いて楽に読めるように出来るだけ文字数抑えるはずが、結局ほかと大差なく……
このままじゃ、このままじゃ……倍の速さでー!!
「ようこそ! 冒険者ギルド主催、初心者講座へ!」
そう口にしたのは、ゆったりとした真っ黒なローブを着込み、いかにもな丸眼鏡をかけた温和そうな魔法使いだ。
先の魔透石の一件で、自分の知識不足を痛感した俺は、「そういえばギルドで初心者向けの講習をやってたなぁ」とギルドに貼り付けてあった初心者講座のポスターを眺めていたのだが、そこで声をかけてきたのがこの人だった。
そこで聞いた話によると、ギルドは冒険者の質を向上させるために初心者講座を開いているが、正直需要があるとは言えず、開催は年に一回程度だというのだ。
それなら仕方ないな、と引き下がろうとしたところ、
「魔法について学びたい、ですか。だったら私の得意分野です。時期ではないですが、特別にやってしまいましょうか」
と職員さんの方から申し出があったのだ。
自分のために特別に講座を開いてもらう、なんていかにも目立っている感じでためらっていたのだが、その職員の「大丈夫大丈夫、このくらい普通のことだから、みんなやってるから」という言葉に背中を押され、こうして参加することになった、という訳だった。
「今日はわざわざ俺のためにありがとうございました。ええと……」
「ふふ。では、この講座の間は先生、と呼んでもらいましょうか、ヒューガ君」
「は、はい! 先生!」
俺の返事に「よろしい」と笑顔を見せた先生は、講習室の黒板の前に移動する。
「では、今回の参加者はヒューガ君だけですし、早速始めましょうか」
「そ、そうなんですか。すみません、よろしくお願いします!」
講習はお金は払うものの、初心者向け価格で雀の涙のようなものだし、一人のためにわざわざ講習をしてもらうのは流石に申し訳ない気持ちはあるものの、人数が少ないのは俺にとっては好都合。
俺に限って万が一もないとは思うが、もしここで目立つような行動を取ってしまっても見ているのは先生一人。
それにこの先生なら、周りに言いふらすようなことをしたりはしないだろう。
これなら、何の気兼ねもなく講座を受講出来るというものだ。
「まず、冒険者ギルドは魔物を倒し、人間の領域を広げることを大きな目標としています。ですが……そもそも魔物とそれ以外の生物の違いは分かりますか?」
「身体が魔法で出来ているか、ですか?」
俺の答えに、先生は首を振った。
「それでは正確ではありません。例えば、精霊などは魔物ではありませんが、その身体は魔法によって構成されている、と言われています。では、精霊と魔物の違いはどこにあるのか。それは、『魔核の有無』です」
「魔核……。確か、魔物の中心にある、存在の核となる部分、でしたっけ」
「ええ、その通り。魔物とはこの核を中心に魔力が凝縮、半ば物質化し、生物のようにふるまうようになったもののことを指します。彼らを倒す方法は二つ。身体のどこかにある魔核を破壊するか、『生物』としての存在を保てないほどの損傷を与えるか、です」
そこで、先生は黒板にアメーバみたいなうにょうにょした影と、その中心の黒い点を描く。
そして、黒い点にバツ印をつけた。
「まず、最初の方法ですが、魔物の身体のどこかにある魔核を破壊することで、その魔物は存在を保っていられなくなります。魔核がある程度損傷した時点で魔物の身体は崩壊し、その魔力はその場に霧散していきます。窮地に陥った場合、魔核を探して破壊する、というのは実に有効な手段です。……が、可能ならば、もう一つの手段で魔物を倒すことを冒険者ギルドは推奨しています。なぜなら……」
「魔核を先に壊してしまうと、魔石が取れないから、ですよね?」
先回りした俺の言葉に先生はうなずくと、うにょうにょした影の先っぽを黒板消しで消し消ししていく。
……これ、必要かなぁ?
「ええ。ですがもう一つの方法なら違います。例えば首を落とされるなどの致命傷を与えられた魔物は、魔核だけを残して消滅します。これは実際には消えている訳ではなく、身体を構成していた魔力を核に収納し、休眠状態に入っているのです。そのまま放置していけば復活してしまいますが、ここで要になるのが、この世の全ての『人間』の持つ『混沌から魔力を取り出す』能力です。休眠状態の魔核に触れ、『魔石化』を行うことによって、魔物を構成していた『混沌の魔力』を浄化し、人のために使うことが出来ます」
そう。
これが『この世界』の厄介な特性。
魔物同士が争うことはよくあるが、それでは魔物の数は結局減らせない。
人間が魔物を倒し、核を魔石に変えることで、ようやく魔物を減らすことが出来るのだ。
「こうして手に入れた魔石はギルドを経由して様々な場所に運搬され、実に多くのことに使われます。水や土の属性の魔石は農場に運ばれて作物を育てる肥料となったり、火の属性の魔石は鍛冶場に運ばれて武器や生活の道具を生み出す一助になったり、一つでは役に立たない小さな魔石も砕いてまとめて使うことで、照明などの魔法具の動力になったりと、人々の生活に役立てられます。魔物は我々の天敵であると同時に、『はじまりの神』が与えてくださった『天の恵み』なのです」
この世界は元の世界、日本に比べると科学技術が発展していないが、一部の産業の発達には目を見張るものがある。
その最たるものが農業だ。
適切な魔石を砕いて撒いた畑では、ほんの数日で豊かな作物が実り、魔石をたっぷりふくんだ餌を食べた家畜は、ほんの二週間で成体にまで成長する。
それに、ファンタジーのお決まり、モンスター素材の武器防具を、なんてのも魔石で代用されている。
わざわざ爪を取ってきたり鱗をはぎ取らなくても、そのモンスターの魔石を使えば、魔石のモンスターの特性を宿した装備が作れてしまうのだ。
もちろん強い魔石を扱うにはそれなりの技術はいるようだが、とにかく産業のほとんどが魔石によって成り立っていると言える。
「あ、とはいえ、もちろん採取依頼に意味がない訳ではありませんよ。自然に採取出来るものでも、モンスターの魔石からでは再現しにくい特性もありますし、火山の素材などは魔石から作るにしても難易度が高いものも多い。採取依頼も、人類の発展のためには大事な役割を占めているのです」
「あ、ありがとうございます」
きっと先生は、俺が採取依頼をメインにしていることを調べてきてくれたのだろう。
本当に、気遣いも出来るいい先生だ。
「さて、では実際に魔物と戦うにはどうするか、という話ですが、ここで重要になってくるのが、女神ルミナ様が与えてくださった力です。レベル、ジョブ、スキル、スペル。全てが大事ですが、ヒューガ君は魔法に興味があるのでしたよね。では、ここではスペルについて詳しく話すことにしましょうか」
先生は、うにょうにょとした生物を消して、代わりに「スペル」と書き加える。
「と、言っても、全ての要素はつながっています。スペルを使うにはスキルが必要で、スキルを上げるには、ジョブとレベルが必要なんです。例えば……」
そこで先生は虚空に手を向け、「ファイエラ!」と叫んだ。
一拍遅れ、何もない場所に炎が巻き上がる。
「火の初級魔法と呼ばれるこの魔法を使うためには、魔法使い系のジョブに就き、レベルを上げ、『魔法詠唱』スキルと『火属性魔法』スキルを一定まで上げる必要があります。そしてもちろん、大事なのは『スペル』を覚えておくことです。どれだけ高いスキルがあっても正しいスペルを知らなければ、魔法は発動しません。詳しい条件ですが……」
そこでさらに先生は、スペルの下に「条件」と書き、四つの項目を書き加えていく。
「『対応するスキルが育っていること』『魔力が十分にあること』『スペルを正しく唱えること』、そして、『魔法を使うという意志があること』です」
「魔法を使う、意志?」
「ええ、例えば今『ファイエラ』と口に出しても何も起こらないでしょう? 夢うつつでも半信半疑でも構いませんが、とにかく魔法を使おうという意志のもとにスペルを口にすることで、魔法は発動するんです」
「な、なるほど」
今まで意識してなかったが、例えば、「ケルナ」というスペルがあったとして、日常で「ふざけるな」って言っただけで暴発してしまったら不便で仕方ない。
その辺りはちゃんとセーフティが設定されているらしい。
「この力ある言葉を口にして使う《スペル》は、魔力と条件さえ整っていれば誰でも即座に使うことが出来て、一定の効果が望めます。これはとても素晴らしいことです。スペルが生まれる以前は、人は魔法を扱うために数年、下手をすれば数十年単位で修業を重ねていたそうです。詠唱も今ほど簡略ではなく、戦闘で使うのはほとんど絶望的だった、と」
「スペルを使わない魔法……原始魔法、ですね」
「はい。魔法を自らの才覚だけで扱う原始魔法に比べれば、スペルは圧倒的な利便性を備えています。が、しかし、融通が利かないという欠点もあります。威力や射程、速度などは魔法の種類と本人の能力だけで決まり、調整することが出来ません。ただ、人類が魔物に対抗出来るようになったのは、間違いなくこのスペルの力が大きいでしょう」
「魔物はスペルが使えないですもんね」
何気なく行った相槌だったが、そこで先生は首を横に振った。
「いえ、必ずしもそうではありません。魔物の中でも、言葉が話せる個体『知性ある魔物』はスペルを使うものもいます」
そして、スペルの横にうにょうにょとしたアメーバを描き、その中心に「知性」と、書き入れる。
「魔物が暴れるのは混沌の魔力の性質を強く受けているからです。しかし……魔物も強力なものになれば理性を獲得し、会話が出来るほどの知性を備えた個体が現れることもあるのです。特に、人型に近い姿をしている『魔族』と称される魔物、あとは……《ドラゴン》などでしょうか」
「あ……」
――ドラゴン。
その単語を耳にした途端に、鼻の奥につんと錆びた匂いが広がる。
「あ、ぁ……」
記憶が、フラッシュバックする。
こちらを見つめる、縦に割けた真っ赤な瞳が。
ゆっくりと伸ばされる鋭い爪が。
迫る。
迫ってくる。
「うあ、や、め……」
望まずとも押し付けられた、呪わしい力。
自分の身体が作り変えられ、怪物へと成り果ててしまったという恐怖。
おれは、だから、あそこから逃げだして、そして、そして……。
「――ヒューガ君! 大丈夫ですか、ヒューガ君!」
気付けば俺は、先生に抱きかかえられ、背中をさすられていた。
ここがギルドの一室だと気付いて、やっと俺は、自分を取り戻す。
「す、すみません。もう、大丈夫です。じ、実は、その、ドラ……には、トラウマが、あって……」
「……そうだったのですか。すみません。私の配慮が足りませんでした」
そう言って、先生は頭を下げる。
ただ、顔をあげる最後の一瞬、先生の口元が、なぜだか……。
「ヒューガ君? 本当に、大丈夫ですか?」
「は、はい! そ、それより、魔法について、もっと教えてください」
ごまかすように慌てて俺が頼むと、少しだけ考えていたが、やがて先生は茶目っ気のある笑顔を浮かべると、こんなことを言い出した。
「ふふ。なら、スペルにはいくつか『裏技』があるのをご存知ですか?」
「う、ウラワザ、ですか?」
もともと、ゲーム好きが高じてこの世界にやってきてしまった俺だ。
その件については後悔しかないが、ゲーム的な用語には、今でも何だか心がうずいてしまう。
「まあ、冒険者の間では、そこそこ有名な話なんですが……。スペルは実は、口に出さなくても発動出来るんです」
「え、ええっ?」
「見ててください」
先生が手をかざし、目を閉じて集中すると、
「あ、炎が……」
スペルを口にしていないのに、宙に炎が舞った。
「このように、スペルを頭の中で強く思い浮かべることで、口に出さなくてもスペルを発動させることが出来るんです。ただ、威力については口にした時よりも落ちてしまうので、これは緊急用や、不意討ちに使うべきですね」
「お、おおおお!」
さらっと口にしているが、これはものすごい情報だ。
これが聞けただけでも、講習に参加した甲斐があるのではないだろうか。
「あとは、そうですね。マイナーなテクニックですが、『詠唱キャンセル』なんて言われる技術もあります。見ててくださいね。……ファイエラ、ファイエラ!!」
先生が二度、スペルを唱えると、最初のファイエラでは魔法が発動せず、二度目のファイエラだけが俺の目の前で火の花を咲かせる。
「い、今のは何が起こったんですか?」
「スペルを唱えてから魔法が発動するまで、ほんのわずかな間があります。その間に別のスペルを詠唱すると、前に唱えていた魔法がキャンセルされ、新しいスペルだけが発動するんです。あー、とはいえ、これは二つの魔法が干渉してしまうため、あまり実用的ではありません。キャンセルした魔法が強ければ強いほど、魔法の干渉が大きくなってあとの魔法に影響します。対人戦のフェイントなどに使うくらいしか用途は思いつきませんが……」
「いえ、すごい勉強になります!」
どんどんと飛び出してくる情報に、俺は興奮が抑えきれなかった。
しかし、先生も温和そうな顔をしているが、対人戦でしか使えないような技術を知っているなんて、意外と武闘派だったのだろうか。
身体は鍛えてるっぽいしなー、と見ていると、先生は少し照れたように身体を引くと、
「それと、威力を調節は出来ない、と言いましたが、威力を弱めることは出来ませんが、強める方法ならあります。『スペルを強化するスペル』なのですが、知っていますか?」
「そんなものがある、んですか?」
「おや、ご存知ありませんでしたか。詠唱の前に『ナル』を付け加えることで、魔法の威力や範囲を上げられます。こんな感じですね。……『ナル・ファイエラ』!」
そうして浮かび上がった炎は、確かに先ほどの魔法よりも、一回り大きいように見えた。
「このように、増幅のスペルである『ナル』を付け加えれば、同じスペルでもこのように強く、大きくなります。しかも、『ナル・ナル・ファイエラ』のように複数回増幅することも可能です。ただ、強化具合に比べて、魔力の消費の上がり幅が大きいので、上位のスペルが使えるなら素直にそっちを使った方がいいかもしれませんね」
「なるほど、コスパはよくないんですね」
「ええ。っと、あまり、話ばかりしていても退屈でしょう。ここで少し、面白いものをお見せしましょう」
先生はそこで、ちょっとだけ足をひきずるような歩き方で、奥の方から何かが入った瓶を持ってきた。
中に入っているのは……。
「わ、綿毛?」
こぶし大の何やらふわふわした物体だった。
そんな謎の生き物が、ビンの中で「ぽこー」とか言いながらふわふわ浮いている。
「これは、世界で初めて人工的に養殖することに成功したモンスター、ポコリンです!」
「よ、養殖……って、危なくないんですか?」
俺の心配に、先生は「ははは」と朗らかに笑う。
「モンスターと言っても戦闘力はないので大丈夫ですよ。むしろ、あまりに弱すぎて育てるのが大変なくらいですから。魔物なので大気中の魔力があれば餌は要らないのですが、放っておきすぎると寂しくて死んでしまうし、構いすぎるとストレスで死んでしまうし、毎日三時間以上日向ぼっこをさせないと体調を崩して死んでしまうし、かといって外に晒しっぱなしだと暑さや寒さで死んでしまうし、仲間が少ないと無気力になって死んでしまうし、多すぎると喧嘩して全滅してしまうし、で、色々と大変なんですよ」
「いや、弱すぎじゃないですかね、それ」
ひ弱とかいうレベルじゃない。
そこまで苦労してこんな綿毛を育てる意味はあるのだろうか。
「とはいえ、弱くても魔物です。魔物の性質を知るのに便利ということで、研究などに使われているんです」
「な、なるほど」
実験用モルモットのようなものだろうか。
ちょっと可哀そうな気はするが、魔物の性質を知るというのは重要なことだろう。
「この子を出したのは、誰でも使えるある便利な魔法を実演してみようと思ったからなんです」
先生は、ポコリンを俺と先生の間くらいの場所に放つと、「見ててくださいね」と言いながら手をかざし、スペルを唱える。
「――ニャフロス!!」
……うん。
呪文詠唱とはいえ、いい年した大人がニャとか言ってるのくるものがあるなー。
などと考えている間に魔法が発動、
「ヒューガ君! これがスキルを条件としない生活魔法の中でも、もっとも冒険者に有用と言われる魔法。ニャフロスです!」
先生の身体が光り、そして、そして……。
そして……。
うーん?
「あの、何も起こらないみたいですけど?」
俺が言うと、先生は驚いた顔でポコリンを見た。
「そ、そんなはずは……。ニャフロスは微弱な浄化の魔力を発する魔法で、弱い魔物はこの光を嫌がって逃げ出す、はずなのに……」
先生はそう言うが、ポコリンはまるで動く気配を見せない。
いや、よく見ると先生から離れようとはしているような気もするのだが、まるでそこに壁でもあるか、あるいは……その奥に「浄化の光よりももっと恐ろしい何か」がいるかのような態度で、その場でおろおろしたまま動かないでいた。
「くっ! こんなはずは……。ニャフロス!」
それがあまりに信じがたいのか。
先生はもう一度スペルを唱えるが、ポコリンはやはり動かない。
「ニャフロス! ニャフロス! もう一回ニャフロス!」
「あのー、もうやめた方が……」
ポコリンはもう涙目になっていて、何だか可哀そうだ。
俺は止めようとするが、ムキになった先生は止まらない。
血走った目でポコリンを見て、叫ぶ。
「ナル・ナル・ナル・ニャフロス!! キエェエエエエエエエエ!!」
いや、キエエエエって……。
俺は内心でドン引きしていたが、そこでついにポコリンに変化が生まれる。
下がるも地獄、進むも地獄のような状況に涙目になったポコリンは震えだし、やがて……。
「へっ?」
「は?」
もう耐え切れない、とばかりに「ポコン!」という音を出してその場から消えてしまった。
攻撃して倒したのではないからか、魔核すら残らない。
「え、えぇと……?」
助けを求めるように先生を見ると、しばし固まっていた先生は、ハッとした様子で再起動。
ふんす、と胸を張った。
「つ、つまり、こういうことなのです!」
「え?」
「ニャフロスの光は、浄化の光! 浴びせ続けることで魔物を消し去ることが出来るのです!」
「え? いや、これ、単に大声に驚いてストレスで死んじゃったんじゃ……」
「わ、私はこれをヒューガ君に見せたかったんです! いやぁうまく見せられてよかったなぁ! 全部計算通りだなぁ! 浄化の光は流石だなぁ!」
「あっはい」
思うところは色々とあったが、さっきのポコリンのように涙目になって力説する先生を見ていると、何も言えなかった。
「さ、さて! そろそろいい時間ですし、最後に一度、実際にヒューガ君に魔法を使ってもらって、終わりにしましょう」
「え、俺がやるんですか?」
予想外の展開に、俺は目を白黒させるが、先生は邪気のない笑顔でうなずいた。
「せっかくの機会ですし、自分で使ってみなければ、やはりこういうものは身につきませんから。本来であれば、スキルなしで使用出来るニャフロスを使ってもらうのですが……」
先生はそこで、ポコリンが消えた辺りに目をやった。
「あ、ポコリン消えちゃってますね」
「まあ、もう一匹ポコリンを連れてくることも出来ますが、ヒューガ君はニャフロス以外の魔法も使えますよね?」
「え? ああ、まあ……少しなら」
ためらったあとに俺が答えると、先生は嬉しそうにうなずいて、奥から大きな的を持ってきてくれた。
「これは……」
「見ての通り、魔法練習用の的です。まあ、金属製の芯を綿の入った袋で覆ったものなので、相手としては不十分かもしれませんが、どうぞ」
これに魔法を撃て、と言うのだろう。
それは、分かる。
しかし、的を前にして、俺はためらった。
いや、本来であれば、ここはためらわずに断る場面だっただろう。
もしかすると俺の実力がバレてしまう可能性もあるし、魔法を確かめるだけなら、あとで一人でやれば事足りる。
だけど……。
「……分かり、ました」
それ以上に俺は、ワクワクしていたのだ。
やっぱりこの講習を受けたのは、正解だった。
ほんのわずかな時間で、俺の魔法への理解は大きく広がった。
――今、なら。
先生から教えられたテクニックを使えば、「あの」魔法を。
俺が知る中で最強の魔法であるにもかかわらず、魔法の範囲のせいで実用出来なかったあの魔法が、活用出来るかもしれない。
ゆっくりと右腕を持ち上げ、的に向ける。
大きく深呼吸をして、精神を集中させていく。
そして、
「行き、ます」
宣言と共に、魔法を詠唱。
久しぶりに、全力で!
いや、全力以上で!
出し惜しみは、しない!
「――ナル・ナル・ナル・ナル・ナル・ナル・ナル・ナル・ナル・ナル…………メギ、フレア!」
溜めに溜めたスペルのあと、一拍挟んで本命を詠唱!
激しい魔力がうねり、弾け、的の中心にボワッと赤色が巻き上がり――
「……へ?」
――的が、消失した。
「……やっ、た」
涙が出そうなくらいの達成感が、身を包む。
なぜか呆然としている先生に、
「やっぱり、綿じゃもろいですね。燃やしちゃいました」
「……あ、ああ。そう、ですね。そう、なんですかね」
先生はまだどこか上の空だったが、やっと笑顔を見せてくれた。
「とにかく、これで、初心者講習は終わりです。お疲れ様でした、ヒューガ君。……また、会いましょう」
最後までさわやかなその態度に、俺の胸は熱くなる。
その気持ちを少しでも伝えられるよう、恩人でもある先生に、俺は深々と頭を下げた。
「それじゃ本当に、ありがとうございました! ――ライアット先生!!」
※ ※ ※
「……本当にお疲れ様でした、ヒューガ君。あなたは期待以上に踊ってくれました」
変装用の丸眼鏡をわずらわしそうに投げ捨て、先ほどまでの柔和な雰囲気を一変させたライアットは、ヒューガの魔法が吹き飛ばした的に歩み寄る。
そして、棒だけが残ったその的だったモノを眺めると、その断面にそっと指を這わせた。
「ふ、ふふ。燃やす、でも、壊すでも、はたまた溶かすでもない。消滅、ですか」
ライアットは、恍惚とした表情で、ヒューガの詠唱を思い出す。
増幅魔法をあそこまで重ねたのもライアットには驚きだったが、それよりも最後に聞こえたあのスペル。
「――まさか、《未知の詠唱》とはね」
公式に発動されたスペルは、誰かしらが記録して流布されていて、その全てにライアットは目を通している。
しかし、《メギフレア》という魔法は、ライアットが一度も聞いたことのないものだった。
それはすなわち、ヒューガが唱えたスペルが、オーバードスペルと呼ばれる、人が今まで一度も使ったことのない魔法。
超越者の魔法だということ。
ライアットが推測するに、その特徴はおそらく、局所の対する圧倒的な攻撃力。
そうでなければ、「この」的を、一撃で破壊出来るはずがない。
何しろ、ヒューガに説明した「綿で出来た的」なんて嘘八百。
麻袋で覆ったその内部には、使われた魔法の威力や性質、その術者の能力すら計測する、ギルド謹製の高度な測定器が入っていた。
本来であれば、竜のブレスにすら耐えるとされるものだ。
それがこうも簡単に、消し飛ばされるはずがない。
「これなら、私も高価な測定器を無断で持ち出した甲斐があった、というものです」
実のところ。
ライアットは、追い詰められていた。
先日、ギルドに忍び込み、衝動的にヒューガの登録用紙を破ってしまったことがナナルに露見したのだ。
もちろん、ライアットとしても無策でいた訳ではない。
破った紙を慌ててかき集めてきっちりとセロハンテープで貼り合わせていたが、やはり相手はナナルだ。
ハイエルフの目は誤魔化せなかった、ということだろう。
これが報告され、ナナルから抗議を受ければ、調査官の交代もありえる。
何かすぐに結果を出さなければ、と焦った時に、ライアットは話題の冒険者「ヒューガ」が初心者講習の張り紙を見ていたのを見つけたのだ。
決断は、一瞬だった。
自分が初心者講習をやる、と出まかせを言って、ヒューガを誘導。
適当にそれっぽい講義をしつつ、ヒューガの秘密を探る。
行き当たりばったりとも言える計画だったが、望外の成果を得られた。
一つはもちろん、ヒューガが「オーバードスペル」を扱えるということ。
この事実だけでもう、ヒューガを中央ギルドに招致する口実としては十分だ。
しかし、ライアットは今となっては、それ以上を求める方に心が傾いていた。
それはもう一つの発見。
「ヒューガ君。君の弱点、見つけましたよ?」
ドラゴン、という単語を出した時、彼は驚くほどの狼狽を示した。
これは、あからさまな弱み。
ヒューガがドラゴンに一体何をされたのか、そんなものは分からない。
だが、この弱点をうまく使えば、あれほどの力を持った彼をうまく利用出来るかもしれない。
そうすれば、呪いを受けた自分を馬鹿にしたギルドの連中を見返すことだって……。
「ふ、ふふ! あはははは! あはははははははは!!」
輝かしい未来を想像して、思わず笑い声が漏れる。
ライアットは笑って笑って……。
「あははは! あははははははは……は、は……」
しかしその声は、ある時を境に、ピタリと止まる。
そして、今まで目をそらしていた現実を見つめるかのように、柄だけになった的を見つめ、つぶやいた。
「……これ、どうしよ」
もはやこっそり元の場所に戻すことが出来なくなった計測器の残骸を前に、ライアットは天を仰いだのだった。
もしかすると先生ちょっとおバカなのでは?
ということで、ライアット先生の活躍にかこつけた説明回はひとまずこれで終わり
次は盗賊の話か女神の話!
ラストルーキーかNAROUファンタジー更新しなければ明日更新予定!