プロローグ 万年Fランクの冒険者
息抜きに、とにかくひたすら明るく、何も考えずに読める作品を書いてみました
頭を空っぽにして、口を半開きにしながら読んでみてください!
《――我が寝所に人間が辿り着くとは、何百年ぶりであろうな》
耳に染みついてしまった声。
何度も何度も見た悪夢。
《褒美を、くれてやる。汝を眷属とし、我が力の一端を授けよう》
いや、違う。
それは覚めない悪夢の始まり。
俺が、普通の高校生だった細波日向が呪わしき力を得た、その始まりの日の記憶。
一面の赤と、鉄錆の匂いだけが支配する、果てなき死と暴力の残響。
《悩む必要などない。なぜなら、汝に拒否権などないからだ。さぁ、契約の証に……我に心臓を、捧げよ!!》
翼を広げた漆黒の竜が、俺の胸元に向かって真っ黒な爪を伸ばすのを、呆然と見守って。
俺がその鋭利な切っ先に本能的な恐怖を感じ、反射的に手を伸ばした時にはもう、破滅の運命は決してしまっていた。
(やめろ!!)
叫んでも、それは声にならない。
いかに自分の無知と無謀を嘆いても、過去は変えられない。
黒と白が、接触、する。
――パチュン。
まるで、中身のたっぷり詰まった水袋が、破裂するような。
一つの命が終わりを迎える、あまりにもあっけない音が響いて。
《……え?》
笑ってしまうほど、唐突に。
全ての理解を置き去りにするほど、突然に。
――俺の視界は、真っ赤に染まった。
※ ※ ※
「……あ、れ?」
目を開くと、そこには血まみれになった自分自身の姿が、なんてことはなく。
「だ、大丈夫、ですか?」
「イレ、ス?」
代わりに視界に映ったのは、黒い髪をした優しげな少女の顔。
この世界ではめずらしい、真っ黒な目と真っ黒な瞳を持った儚げな少女、イレスが、気遣わしげに俺の顔を覗き込んでいた。
「くぅーん」
「あ、水瀬もか」
その隣にはペットの水瀬までがいて、枕元から俺を心配するように見上げていた。
「あ、の。うなされていた、みたいなので」
「ああ、うん。ありがとう」
イレスに感謝の言葉を返しながら、俺は思わず内心で苦笑した。
俺がこの世界にやってきてから、もう半年近くが過ぎた。
それなのに、いまだにあの日の悪夢から逃れられない己の弱さを笑ったのだ。
ゆっくりと身体を起こした。
最悪な夢を見た割に、体調は悪くない。
それを幸いに思うのと同時に、これもあの日に得た力のせいだろうか、と思うと、あまりいい気分でもなかった。
「あ、お水」
そんな俺の姿を見て何を思ったか、イレスは台所まで小走りで向かうと、そこから水がいっぱいに入ったグラスを持って戻ってきた。
なみなみと水が注がれたグラスを持つ両手は不安定で、駆け寄ってくる途中でふらりとその身体が傾ぐ。
「っと!」
危機一髪。
俺は慌ててイレスに駆け寄り、その身体を支える。
イレスは一瞬驚いたような顔をして、だがすぐに恐縮したようにお礼の言葉を投げかける。
「あ、ありがとう、ございます」
「いや、こんなの、大したことじゃ……」
慌てたように首を振る俺に、イレスは少し照れたように笑って、
「迷惑かけて、すみません。……わたし、非力、ですから」
口調とは裏腹に、なぜだか嬉しそうにそう言うと、細い腕を懸命に持ち上げて水の入ったグラスを差し出した。
「ありが、とう」
「いえ……」
顔を赤くしてうつむくイレスを眺めて、ふと彼女と初めて会った頃のことを思い出す。
半年前、邪龍の住処から逃げ出した俺が迷い込んだ城で俺は彼女と出会った。
そこから誘拐同然に彼女を連れ出して、けれど彼女はそんな俺に、「外の世界を見たいから」と言ってついてきてくれた。
昔は異世界から来た俺以上に世間知らずで、買い物の仕方すら分かっていなかったイレス。
半年の間に様々なことを覚え、この家の家事を一手に引き受けてくれるようになって、それでも彼女が頑なに家の外に出ようとしないのは、もしかして……。
「あ、あの……。時間、だいじょうぶ、ですか?」
控えめな声に、慌てて時刻を確認する。
いつも出かけている時間を大幅に過ぎていた。
別に時間に義務はないが、これ以上遅れたら悪目立ちしてしまうかもしれない。
それは、とても……困る。
「わ、悪いイレス。行ってくる!」
俺は急いでいつもの仕事道具をひっつかむと、背後からの「い、行ってらっしゃい」という声と、「わおーん」という鳴き声に背中を押され、家の外に飛び出したのだった。
※ ※ ※
俺が異世界に落ちて、あの邪龍の棲家に飛ばされてからおよそ六ヶ月の時が経った。
それなのに、あの時の恐怖にも、自分が分不相応に手に入れてしまった力にも、いまだに慣れない。
……そう。
突然に俺の身に宿ってしまったこの忌まわしい力は、自分自身にも制御が出来ない。
いつ、どこで自分の力が暴発して誰かを傷つけてしまうか、何かを壊してしまうか、分からない。
もういっそ、どこかの山奥にでも引きこもって独りで静かに暮らすべきなんじゃないか、と考えたこともあった。
だけど、それは無理だ。
いくら俺が大層な力を持っていると言っても、食べなければお腹は減るし、自分ではまともな料理一つ作れやしない。
だから俺はせめて、自分の力を隠し、目立たずにひっそりと生きると決めた。
俺のこの呪わしい力が、誰も不幸にすることがないように。
家を出て足早に歩を進め、「冒険者ギルド」と書かれた建物の正面で、一度立ち止まる。
扉の前で、大きく深呼吸。
――決して目立たないように。
――存在を、限りなく希薄に。
自分に言い聞かせ、意を決して扉に手を伸ばす。
「――ッス」
口の中だけでごにょごにょと、あいさつに聞こえなくもない言葉を転がしながら俺は扉を開けると、開いたドアの隙間に身体を滑り込ませる。
途端に耳に入るのは、酒場と勘違いしたくなるほどの喧騒。
しかしそれは、バタン、と俺の背後でドアが閉まった音によって、唐突にさえぎられた。
一瞬だけ、全ての音がやみ、荒くれ者たちの視線がギルドの入り口、つまり俺の方へと集まる。
だが、入ってきたのが俺だと分かると、彼らは興味をなくしたかのように、一斉に視線を元に戻した。
……それは、そうだ。
誰だって、道端の石ころを長い時間見ていようなんて思わない。
俺の装備は、いかにも初心者冒険者が身に着けるようなしょぼくれた革の防具一式と、見るからに切れ味の悪そうな鈍い色の剣だ。
どこからどう見ても、完全無欠に何の変哲もない駆け出しの冒険者の格好。
この服装を見て俺に注目するような輩は、まずいないだろう。
密かに息をつきながら、俺はギルドの建物の中をざっと見渡す。
正面には受付のカウンターがあって、そこに座る受付嬢はあいかわらず暇そうだ。
向かって右にはいくつかのテーブルがあり、いかにも荒くれ者、といった風情の冒険者たちがそこで思い思いの時を過ごしている。
その奥の壁にはでかい角を持った魔物の頭部の剥製が飾られていて、ついでにその下には黒光りするゴツイ鎧が我が物顔でギルドの一角を占拠している。
現代日本で過ごした身としては、いつ見ても威圧感を覚える光景だ。
ただ、この世界には魔物がいて、それを討伐する彼ら冒険者には、力が求められる。
ここではおそらく、俺の方が異物なのだろう。
とはいえ、今用があるのは強面たちのいるテーブルではなく、その反対側。
依頼が貼ってある掲示板だ。
俺は騒ぎ立てる先輩冒険者たちから顔を背けると、滑るようにギルドを突っ切って、左の壁に打ち付けられた大きな掲示板へと向かう。
そこには「クエスト」と呼ばれる依頼が貼られていて、やれフォレストウルフ退治だの、オーク討伐だのとその場の冒険者がやかましく騒いでいるが、俺の目当てはそこから離れた掲示板の隅、ほとんど誰にも顧みられない「採取依頼」のエリアだ。
目的のものを取ってくるこの「採取依頼」は、モンスターを倒す「討伐依頼」に比べると不遇だ。
なぜなら、モンスターを倒して手に入れられる魔石は素材としてほぼ万能であり、鍛冶に栽培、魔法使いや魔道具用の魔力補給など無限の使い道があり、極特殊な場合を除いて、自然発生的に生まれた素材も魔石を加工することで代替出来てしまうからだ。
そのため採取依頼の需要は低く、討伐に比べて報酬は安く不定期で、しかもどれだけこなしても冒険者の実績にならず、ギルドのランクが上がらない。
そのため多くの冒険者が軽視するこの採取依頼だが、しかし俺にとっては大事な日々の糧だ。
ランク上昇と無関係なせいか、受けられる依頼にランクの制限がないし、それに、不遇だからこその埋もれたおいしい依頼というのがあるのだ。
「お、やった!」
掲示板の隅に貼られていた一枚の依頼書を見つけて、俺は小さく声を漏らした。
俺が手に取ったその依頼は、火山で採取可能な火山草という素材を集めてくる採取依頼だった。
火山、などと言っても何てことはない。
少し立地は悪いものの、出てくるモンスター自体は、ここの近辺で一番敵が弱いと言われるグリーンフォレストと実はほとんど変わらない。
グリーンフォレストで出てくるのは主に森林に適応した狼と、ファンタジーゲームで見かける小さな角の生えた小鬼、いわゆるゴブリンだ。
どちらもゲームでは雑魚の代名詞というような魔物だが、火山でも数こそが多いものの、同じ奴らが出てくるのだ。
あとは、火山ではレアなモンスターとして、体長三メートルくらいのトカゲとドラゴンの中間みたいな強そうな魔物に出会うこともあるが、実は、こいつこそが火山における癒やしとも言える存在。
あまり近付きすぎなければこっちをぼーっと見つめてくるだけの、非常に温厚で安全なモンスターなのだ。
こっちを見るなり駆け出してくる狼やゴブリンどもに、少しは見習ってもらいたい。
なのに、報酬はグリーンフォレストの採取依頼の二十倍以上、討伐依頼と比べても五倍近くの額がもらえる。
万年金欠の底辺冒険者としては、絶対に外せない依頼だった。
今日は、運がよかった。
俺は顔がにやけないように気を付けながらも、足取りも軽くいつもの受付へと歩いて……。
「――よぉ。見ねえ顔だな、新入りか?」
そこで、後ろから声をかけられた。
突然の事態に、びくり、と身体が震える。
振り返ると、俺に声をかけてきたのは、筋骨隆々の大男。
顔に出来た大きなかぎ状の傷と、むき出しになった肩から覗く盛り上がった上腕二頭筋が、過剰なほどの強者感を醸し出している。
俺は思わず、後ずさりしていた。
「ちっ、オレが誰だか分からねえってツラだなぁ。ま、そのカッコじゃ冒険者ランクはせいぜいDかEってとこか? オレが戻ってきたのはつい最近だし、駆け出しってなら無理もねえか」
男は勝手に納得すると、にやりと歯をむき出して笑う。
「『電光石化』のガイって聞いたことねえか。オレの冒険者ランクはB。レベルは104で、まあ、いわゆる『一流冒険者』の一人さ。で、オマエは……ま、低ランクってのは見りゃ分かるが、レベルはどんくらいなんだ?」
突然の質問に、俺はなんと答えたものか逡巡して、
「そ、その、F……12」
たどたどしく、口からこぼれるように絞り出した言葉に、ガイは大げさな反応を見せた。
「おいおいおい! Fランクって言やぁほんとの駆け出し中の駆け出しじゃねえか! しかもレベル12って……近所のガキでももっとレベル高い奴いるぜ?」
「そ、れは……」
冒険者の強さは、この世界の女神が定めたという基準である「レベル」と冒険者ギルドが定める「冒険者ランク」で測られる。
ちなみに冒険者ランクは登録時にFから始まって、E、D、Cと上がっていくもの。
俺が最底辺、掃きだめのFランク冒険者であるのは確かだが、ここではどういう対応をするのが一番目立たないのか。
「はっ、しょうがねぇなぁ。このオレ様が、特別にテメエに冒険者のイロハって奴を教えてやろうか。オメエは運がいいぜ。何しろオレは王都でも数十人しかいない『一流冒険者』だ。この前『英雄の試し』にも挑んでみたが、ついに少しだけ……」
そうして戸惑ううちに、ガイにガッと肩を掴まれ、思わず身体を強張らせた時……。
「おーい、何油売ってやがんだよ、ガイ!」
奥のテーブルから、思わぬ救いの手が入った。
「っと、おやっさんに呼ばれちまった。悪いがまたな、ボウズ」
その声に釣られてガイの巨体が離れ、俺はほっと息をつく。
俺はこれ幸いとその場を離れ、いつもの受付嬢に依頼を受理してもらう。
――もし俺が、ネット小説に出てくるような転生主人公だったら、決闘でもしてぶん殴るところなんだろうけどな。
日本にいた時には、そういう小説を読むことはあった。
異世界に転生や転移をして、思いがけずに強い力を授かって、その力で無双する。
そういう物語は、物語としてなら、とても面白いと思う。
でも俺には、与えられた力を振るって活躍するなんて、とても出来そうにない。
せめて俺の力が、正しく努力で勝ち取ったものなら、あるいはそういう道もあったのかもしれない。
でも、この呪わしい力は、決して安易に振るってはならない類のものだ。
だから俺は今日も、誰にも気づかれず、人の中に埋没しながら、ひたすら目立たずに今を生きる。
――だってそれが俺、細波日向の……いや、冒険者ヒューガの生き方なんだから。
背後で扉が閉まる、バタン、という音を聞きながら、俺は決意も新たに火山に向かって足を踏み出したのだった。
※ ※ ※
扉が閉まる、バタン、という音が響いて……。
「……はぁぁ。やっと行ったかぁ」
「かぁ、クソ! 手に汗かいちまったぜ」
直後、ギルドの中の緊張状態が、一瞬にしてやわらいだ。
賑やかながらもどこか気を張っていたさっきまでとは違う、弛緩した雰囲気で、彼らは口々にそんな文句をこぼす。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! みんな一体、どうしたってんだ?」
その中で、一人だけ状況が理解出来ていなかったのは、最近この町に戻ってきたBランク冒険者のガイ。
先ほど、ヒューガに話しかけた筋骨隆々の冒険者だった。
「あ、あんたらは全員、ベテランの冒険者じゃねえか! それが、なんだってFランクのあんなガキ一人にビビって……」
ガイがまくしたてると、その場にいた冒険者たちは思わず仲間たちと顔を見合わせて、ついではぁーっとため息をついた。
「ガイよぉ。てめえもBランクになったってのに、そういうとこは変わってねえんだな」
彼らを代表するように、おやっさんと呼ばれた冒険者がそう答える。
それからおやっさんは「まあ聞けよ」と言いながらガイにグッと顔を寄せると、秘密の話をするように、わずかに声を潜めて語り出す。
「あいつ……ヒューガは、五ヶ月前にふらっとやってきてギルドに登録した新入りだ。見かけもひょろっちいし、装備だってピッカピカの駆け出し防具で、実際ランクだってまだ最底辺のFだ。だけどな、あいつは『違う』んだよ」
「ちがう?」
意味の分からない言葉に、ガイは眉をしかめる。
だが、おやっさんはそれに構わず手に持った酒をガッと煽ると、据わった目でガイを見た。
「まず、お前はあいつ、ヒューガがここに入ってきたことに、いつ気付いた?」
「そ、そんなの、扉が閉まった音が聞こえて……」
ガイが言いかけたところで、「それだよ」とおやっさんは言葉をかぶせる。
「オレたちは冒険者だ。こん中にゃあ気配を察知する能力に長けた斥候の奴もいる。だが、そいつらが誰ひとり、ギルドの中に入ってくるまであいつの存在に気付かなかったんだ。目立たねえとかそういうレベルの話じゃねえ。あいつほど完璧に自分の気配を消せる奴を、オレはほかに知らねえ」
「それに、ここの扉は立て付けが悪くてどうやってもうるせぇ音が鳴るはずなのにな」と締めくくられて、さしものガイもとっさに反論は出来なかった。
「だ、だけどよ。あいつは最底辺のFランクで、しかもレベルなんて12だって言ってたぜ」
「レベルについちゃ初めて聞いたが、そんなものいくらだって嘘をつける。カードを見せない限りはな。それに、あいつがFランクなのは、ランクに関係ない採取依頼ばっかり受けてるからだ」
「採取依頼?」
「ああ。割に合わなすぎて誰も受けない『火山草』の採取依頼だよ」
「うそ、だろ……」
火山草のあるレグナ火山の推奨攻略レベルは230。
レベル100が一流とそれ以外を分ける壁であるならば、レベル200は超人とそれ以外を分ける、高く険しい壁だ。
一流のその上、一握りの選ばれた者だけが到達出来る、まさに「桁の違う」世界。
「おまえも、あそこの恐ろしさは十分に分かってるはずだ」
レグナ火山の環境は、過酷の一言だ。
火山の発する強烈な火属性の魔力によって、その場にいるだけで燃え盛る炎の中にいるのと同じダメージを受け続けることになる。
生半可な装備で入り込もうものなら、何もせずとも武器は溶け、防具は燃え尽き、麓に辿り着く前に消し炭になってしまうだろう。
そんな壮絶な環境のせいか、火山付近には三種類しかモンスターはいない。
だが、そのたった三種類の魔物が、激しい熱に耐えた高ランク冒険者さえも絶望の淵に落とすのだ。
「あの火山には、ケルベロスとレッドエクスキューショーナーが出る。あいつらは姿形こそ森に出てくる狼どもや小鬼どもに似ているが、中身は全くの別物。一匹一匹がオーガ、いや、サイクロプス並みの戦闘力を持ってやがる。そんなものが群れで襲ってくるんだぞ。悪夢以外の何物でもねえ」
ガイは何も言えなかった。
かつて町の近くに、はぐれのケルベロスが現れた事件があったことを、彼は覚えていた。
その時はBランクとCランクの冒険者が三人、犠牲になったはずだ。
もし自分が遭遇したとして、一対一でも果たして勝負になるかどうか……。
「しかも、あの死の山にいるのはそれだけじゃねえ。あの火山で、何より厄介なのは……」
「……灼熱の魔眼、サラマンドラ」
ただ「見ただけ」で敵を焼き尽くす魔眼を持った、脅威度特Aクラスの魔物。
たかがBランク程度の冒険者では、出会った瞬間に殺されかねない、凶悪モンスター。
いや、ガイにだって全財産をはたいて、耐性装備をそろえれば対峙することくらいは出来るかもしれないが、しかし……。
と、そこまで思考して、とんでもないことに気付いた。
「待て、よ。あいつは、あいつの装備は……」
「そうだ。そうなんだよ。奴はあの地獄に、あの紙っぺらみたいな初心者装備で向かってるんだよ!」
「……狂って、やがる」
ガイの口から思わず、そんな言葉が漏れる。
ただでさえ冒険者は、自分の身体を預ける装備に対して妥協はせず、少しでもいいものを求めるものだ。
あんなまるでなりたての冒険者がそのまま防具屋から出てきたような、ピカピカの……。
「おい、ウソだろ……」
そこで、ガイはさらに恐ろしい事実に戦慄する。
――あの装備には、傷らしい傷も、熱による劣化すらなかった。
それが本当なら、ヒューガは初心者用の安物の装備のまま火山へ向かい、自分どころか、装備すら全く傷をつけることなく、生還してきていることになる。
「ありえ、ない……!」
もし、もし、そんなことが出来るなら、Fランクなんてとんでもない。
実力的にはAランク、いや、それ以上の可能性すら……。
――いや、そもそも、だ。
五ヶ月前に登録した冒険者が、まだEランクにもなっていないというのが異常。
Fランクは、見習いとも言えるランクだ。
実力があるものなら、一日もかからず。
どんなに能力がない者であっても、一週間もあれば余裕でEに昇格していく。
ただ籍を置きたいだけの実態のない冒険者か、あるいは駆け出し中の駆け出しがほんの一瞬だけ腰掛けにするだけで、専業の冒険者が五ヶ月もFランクのままでいるなどと、聞いたこともない。
仮にヒューガのレベルが12というのが本当だったとしても、五ヶ月も最底辺で足踏みしているのはおかしい。
ヒューガがその底辺のランクに、あえてとどまっている理由はなんなのか。
――まさか、自分の存在を隠したがっている?
一瞬だけそう考えて、すぐにありえない、と否定する。
五ヶ月も経って最底辺ランクから上がらないのも、火山の依頼で手に入った収入があっても頑なに装備を更新しないのも、どちらもあまりにも不自然。
むしろそんなものは、自らに注目してくれと言っているのも同然だ!
そんな理屈は、子供にだって分かる。
――だとしたら、あの男は一体なぜ……。
すっかり混乱してしまったガイを、おやっさんは同病相憐れむような視線で見つめ、
「ま、正直あいつがなんなのか、オレにはわからねえ。けどな。ただ間違いなく言えるのは、あいつはここで一番注意すべき存在で――」
エールの盃をテーブルに乱暴に叩きつけると、こう話を締めくくったのだった。
「――このギルドで一番、目立ってる冒険者、ってことさ」
今回の主人公はちょっとだけおバカかもしれないです