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天使は額から血を噴出す。
僕は地面に這い蹲り、必死に肺に空気を送り込んでいた。
瞳が鬱血したのか、視界が暗く狭い。意識も朦朧とし、認識が曖昧だ。
それでも――
「兄貴」
――それでも、天使の死体の向こうに立つ男の後ろ姿だけは、はっきりと見えていた。
「兄貴」
僕の声に、その男は何の反応も示さない。
「わかってるよ、兄貴。これは全部僕の幻覚だ」
ろれつが上手く回らない。それでも僕は必死に言葉を並べる。
「肉の卵も、天使も、その兄貴の姿だって、全部……」
男は振り返らない。浅い呼吸でかすかに揺れる背中をこちらに向けるだけ。
「……全部僕の罪悪感が作り出した幻影だ」
本当の兄貴は、もうとっくの昔に死んでいる。天使なんているはずがないのだから。
「兄貴……」
幻影が歩き出した。
背中が遠ざかる。
「兄貴、許してくれ。僕も兄貴の事を大切に思ってたんだよ」
十一年前のあの日、言うべきだった言葉を僕はやっと吐き出した。