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「……そう、貴方の父親はね。たしかにあの人ではありません」
病床の母親が兄にそう語り始めた時、それを止める人間はその場に居なかった。
大人しくベットの隣に座っていた兄は、黙って母親の手を握り。僕は部屋の隅からその様子を静かに俯瞰していた。
「貴方の父親は――」
母親はそこで一瞬言葉を詰めた。それが躊躇いだったのか、ただの意識の遠のきだったのかは判らない。
それよりも僕の注意は、兄の様子に向いていた。なぜなら、それが私にとって初めて見る兄の「大人しい様子」だったからだ。
「―――貴方の父親は、天使でした」
兄は母が息を引き取っても、しばらくは落ち着いた様子のままだった。