『オーバーライド』の力
「……と、大げさに言ったはいいものの……。」
「…いいものの?」
剣士郎は復唱する。
「実は私も、勇者大戦の事は詳しく知らないんですよね…。」
「……はぁ…?」
剣士郎は唖然とする。
「…本当はうちの当主のメルキオル・サンダース・アケメネスという人があなたを召喚する手はずだったんです。…でも私、あの人が嫌いなので嫌がらせのつもりで先に儀式をやってやりました。」
「で、俺が呼び出されたと。」
「まさか本当に成功するとは思いませんでしたけどね。まーそれだけ私には才能があるってコトです。」
メルケアは胸を張って得意げな顔をする。しかし剣士郎は彼女の身の上話を聞き流し、薄気味悪い部屋の扉を開けて外の新鮮な空気と太陽の光を部屋全体に取り入れた。扉の先は風通りのいい外廊下に繋がっており、今いる建物の広さや二階の廊下から見える豪華な中庭は、彼を召喚した魔術師の一族がどれだけ凄いのかを分かりやすく示している。
「凄いな…。」
剣士郎は風を浴び、光を浴び。呼吸をする。そして自分の最期を思い返し、今の自分が使い魔として第二の人生を歩んでいる事を理解する。こういうのは小説とかでも良くある話だ。所詮フィクションがノンフィクションになるだけだ。
「あー!あーー!まだ話の途中なのに!」
メルケアは部屋を飛び出し、慌てて剣士郎の後を追う。彼女は外の景色を眺める剣士郎を見つけると、何が面白いのかと思いながら彼の見る見慣れた景色を見下ろす。
「…いい景色だ。」
「そうですか?森と庭しかないふつーの景色だと思いますけど。」
「それでも、俺にとっては何もかも新鮮な景色なんだ。あの妙にねじれた木とか、いままで一度も見たことないし。朝っぱらからあんなに堂々と出てる月みたいな白い星も、俺の元いた世界には存在しなかった。」
そう言って、剣士郎は青い空にうっすらと浮かぶ白い星を指差す。
「クレロンが存在しない世界?…いやいや!あれがないと魔法使えませんよ?」
「もちろん魔法も無かった。」
「え、ええぇ…!?じゃあ勇者さんは物理攻撃しか出来ないんですか!?」
メルケアは驚愕する。その驚きを見て、追い打ちをかけるように剣士郎は言う。
「いや。そもそも俺、戦えないから。」
「戦えない!?…戦えないのにどうして勇者なんですか!?」
「……そんなのこっちが聞きたいよ。」
剣士郎は「はぁ…」とため息をついた。本当にその通りだ。
「とりあえず、ステータス見せてください。」
メルケアは剣士郎に向かい合って手をかざし、彼の目の前に青い半透明のスクリーンのようなものを投影する。スクリーンには『見覚えのある言語』が記されており、それが剣士郎のステータスを表示したものである事が分かる。
最初の画面に表示されるのは剣士郎の基本的なステータス。
百夜剣士郎勇者
Lv1
HP14/14
MP2/2
…
…
「ひくっ……!?」
「…どれくらい低いんだ?」
「生まれたての赤子くらいですね…。召喚したばかりとはいえ、これは…。」
メルケアが画面をスクロールすると、次に表示されるのは保有スキル。
表示されるスキルは『オーバーライド』の一つのみ。
「これは?」
「うーん…。聞いたことのないスキル名ですね…。」
「……いやちょっと待て、『今思い出した』ぞ。」
剣士郎は過程や経緯を無視して半ば強制的にスキルの効果を思い出す。まるで記憶自体を書き換えるかのように。
「そうだ。このスキルは、…『オーバーライド』は世界を書き換えるスキルだった。」