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邸に戻り、平民服を自室に隠してソファに凭れ掛かって夕食の時間まで休憩することにしました。すると、扉からノック音が聞こえたかと思うと、珍しくお兄様が入室されてきます。
――お兄様の表情も険しいです――いよいよ、勘当の日が来たのかもしれません。
「――リーナ、今日、外で何があった」
?――そうか。やっぱりお兄様は私の動向をご存じなのですね。やっぱり冤罪とわかって排除されたのですね。
私は静かに立ち上がり、お兄様と対峙しました。
「不徳の致すところで、何故殿下がお怒りになったのかわからないのです。神殿から出たところで殿下方と鉢合わせしただけです、お兄様」
「――――殿下の様子がおかしかった。何かあったのであろう」
「背後から呼び止められ、神殿で何をしていたのかと問われましたので、市井の勉強をしていたとお答えしただけです」
「――――」
「――お兄様」
微動だにされず黙しておられるので、話を勝手に進めます。
「殿下のあの激昂のご様子では、私にお咎めがあるはずですので、甘んじてお受けすると申し上げました――お兄様、『使えない駒』は切り捨てていただいて構いません。婚約が破棄されるだけなら何とかなりましょう。どうか我が公爵家にお咎めが飛び火しないように、殿下にご進言ください」
「――――」
お兄様は暫く無言で、何も判別がつかない目で私を見ておられましたが、無言のまま退室していかれました。
――これで、勘当は間違いないでしょう。今生では、これがきっかけとなりましたか。今回は早かったです。まだ、八月の王宮舞踏会まで二か月以上ありますね。一度目も二度目も、もっと遅い時期でしたが。
ならば、荷物を纏めて出ていく準備に取り掛かりましょう。
+++
『――父上。もう、リーナは繋ぎとめておくことができないようです。あいつも自ら使えない駒は切り捨てろと言いました――』
『どうするつもりだ』
『メンデス嬢の嫌がらせの主犯に仕立て婚約破棄の状況を作り上げ、リーナは貴族籍から抜いて勘当すると申し上げて温情を乞います、父上』
『――わかった。お前の思うようにいたせ。公爵家の存続の為に』
『はい』
『ん? アドルフ、早かったな。何かわかったかい?』
『ヴァーン。ちょっと来てくれ』
『ああ――』
・・・・・
『で? 殿下のあの様子は何だったんだい?』
『――はっきりとわからない。だが、リーナの言い分では、神殿で鉢合わせした殿下は激昂されていたそうだ』
『神殿? 神殿で鉢合わせ?』
『ああ。リーナは、度々一人で出かけている』
『へ~。それはまた――ならば、コゼット嬢に関する主犯だと思われたのか』
『協力してくれ――リーナを主犯に仕立て上げ、公爵家の存続を願いでる』
『それでいいんだな?』
『ああ。父上も了解済みだ』
『――わかったよ』
+++
荷物を纏め、平民服に着替えた私は邸の自室から出て階段を下りている時でした。丁度良く、お母様が居間から出ていらっしゃいました。最後の挨拶くらいしていかないとですね。
「リーナ? そんな恰好をして何をしているの?」
「お母様――」
階段を降りたところで、これまた丁度よくお父様がいらっしゃいました。お父様の表情も険しいですね……。
後はお父様が説明されるはずです。私のこの恰好を見ても何も言われないということは、お父様も全てご存じなのでしょう。私の動向など、ロブに聞けば済むことですからね。
私は両親に一礼して、玄関に向かいます。
「リーナっ、何をしていっ――」
お母様の声が途中で途絶えました。きっと、お父様が止めたのでしょう。
私は振り向くことなく、サルーンを抜けて扉から出ていきました――。
――日が暮れ始めている時刻です。兎に角、辻馬車を拾って神殿に向かいましょう。夜の帳が下りれば、娼館行きの危険が増してきます――――。
+++
『殿下。ご報告したいことがございます』
『ん? アドルフ、何事だ。ヴァーンも揃ってどうした』
パトリックは、扉近くに控えて二人の様子を黙って見ている。
『我が妹、リーナの犯行についてです、殿下――』
殿下の顔色が変わった。
『殿下にも申し上げたようですね。お咎めは甘んじて受けると。メンデス嬢への嫌がらせは殿下のご推察通り、リーナの命令によるものだとわかりました。これにより、我が妹は貴族籍から抹消し、社交界から追放いたしますので……どうか怒りをお収めください、殿下――』
『殿下。アドルフが罪を突き止めたんだ。なんとか、公爵家の存続を許してはもらえませんか――』
ふらりと立ち上がる殿下。
『お前達――何を言っている――』
『――ですから、婚約を破棄していただいて構わないと申しております。父も了承しておりますので――こちらの書類にサインをいただければ、陛下にもこの足で説明に上がります――』
『殿下。殿下はメンデス嬢を正妃にと望んでいるのだろう? 公爵家も了承済みだし、何の問題もないんじゃないのかい? そのためだったんだろう? イリアーヌ嬢との交流を全て断って茶にも呼んでたし。それに、今日だって彼女を連れて視察に出たのも。殿下が寵愛しているのは、メンデス嬢だと広がってきているしさ』
『待て――お前達が何を言っているのか私には理解できない。何故、婚約を破棄せねばならん――』
アドルフとヴァーンの二人は顔を見合わせている。
『殿下……リーナから先程、神殿にて激昂されていたと聞き及んでいます。その罰を甘んじて受けると……』
『――リーナは何処だ――』
『? 邸におりますが……』
『パトリック! 馬を引け! 公爵家へ向かう!』
『殿下っ、どうなされたのですかっ』
いきなり執務室から飛び出した殿下を追って、三人も執務室から駆け出していった。
王宮から四頭の馬が駆け出し、向かうは公爵邸――――。
『まあ! 殿下っ、この度は本当に申し訳ない事をいたしましたっ』
『夫人! リーナは何処だ!』
『母上――リーナを呼んでください』
『何をしている――――これは……殿下』
『公爵! リーナの自室は何処だ!』
『殿下。どうかお怒りをお鎮めください。私共の教育が間違っておったようです……心からお詫びを申し上げることしか……』
『お前達は……お前達は揃いも揃って何を言っている! リーナは何処だと聞いている!』
『殿下。すでにリーナは邸を出ました。もう二度と戻ることはございません。殿下が寵愛されている令嬢に、今後害が及ぶことはございませんのでご安心ください。婚約をお結びになられれば、他の者達に知らしめることができましょう』
『――――リーナを……追い出したのか?』
『――殿下』
呼びかけたアドルフに視線を向ける殿下。
『リーナは罪を認め、自ら出て行ったのです――』
『――悪いのは、私であろう! 何故リーナが罪を認める! 彼女はそのような娘ではないことぐらいわかっている! 何故お前達は、リーナを排除しようとするのだ!!』
静まり返る公爵邸――。
『リーナは何処へ行った!!』
はっ!と何かに思い至った殿下は、踵を返して公爵邸を飛び出していく。パトリックも殿下の後を追って行き、二人は即座に騎乗して駆け出して行った――――。
『アドルフ。どうやら読み違えたようだね――』
『一体どうなっているのっ、アドルフっ。あの子が主犯だと聞いたわ! どういうことか説明なさい!』
『……リーナは、何もしていません。私にも何があったのかわからないのです……』
『どうしてっ……どうしてそれなのに! あの子をこんな目に遭わせたの!』
『何かが、何処かで掛け違えたのであろう――殿下の御心と、我が娘の心が……』
『パトリック! ”今日行った神殿”に誘導してくれ!』
『は!』
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辻馬車を確保し、通い慣れた道を進んで無事に神殿に到着することができました。完全に日が暮れる前に到着できて幸いですね。
取り敢えず――。
「あら? どうかしたの、イリアーヌさん」
聖堂に踏み入れると、馴染みとなったシスターと早速再会できました。午後に別れただけですが。
「シスター、お頼みがあってきました。実は、諸事情により家を勘当されたので、下働きでもなんでも致します、職が見つかるまでこちらにおいていただくことはできませんか? それが無理ならシスターになるでも構いません。身寄りがないので、どうか」
「おや? イリアーヌさんではありませんか。こんな時間にどうしたのかね?」
神官様がお声を掛けてこられました。
「……それが、家を勘当されたらしく、職を探すまでかシスターになりたいと。こちらに身を寄させたいと仰って……」
「――もしや……ここでいろいろ聞いていたのは、この為だったのかい?」
ふふ。やっぱりわかってしまったようですね。
「はい……そのような気配があったので、自分なりに生きる道を模索していました」
「そうか……いいでしょう。貴女がどちらを選ぶにせよ、ここに身を置きなさい」
「ありがとうございますっ」
よかった!これで、新しい未来が開けました!今度こそ、悔いのない人生を送れるよう頑張ります!
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二頭の蹄の音が通りを横切り、神殿の敷地内に乗り入れいると、二人はすぐさま下馬して神殿の聖堂へと駆け込んでいく。いつでも祈りができるように、聖堂への扉は開かれている。
『誰か! 誰かいないか!』
殿下がそう声を上げると、一人のシスターが奥から顔を出してきた。
『はい。いかがなさいましたでしょうか?』
身なりからして貴族階級と分かる男性達に、シスターは丁寧に対応する。
『こちらに、リーナという女性は来ていないだろうか?』
『リーナ様でございますか? いいえ、そのような名の者はおりませぬが』
『いや、待ってくれ。イリアーヌという名だ。リーナは愛称だ』
『はい。でしたらこちらに身を寄せている者がおります。それで、どういったご関係でございましょう?』
――神殿に身を寄せるものは、何かしら事情がある者もいる。そうやって行き場をなくした者達もいるため、そんな弱者を守るために神殿にも慎重にならざるを得ない事情がある。
『こ――――兄だ。兄のアドルフが来たと伝えてくれ』
『わかりました。お連れいたしますのでお待ちください』
『(……殿下……本当にそれでいいのか……?)』
『(――私が来たと言ったら、逃げるかもしれないだろうが…)』
『(はぁぁ……)』
『(――お前の言いたいことはわかるっ。少し黙っていろっ)』
+++
新しい展開に突入していきます。




