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本日三話目の投稿です。


 王宮舞踏会、デヴュタント当日――。


 流れに狂いなく、王太子殿下となられたジョルジュ様が我が家まで私を迎えに来てくださいました。婚約者である私をエスコートするためです。

「やあ、リーナ。今夜は一段と綺麗だよ」

「ありがとうございます」

 いつもと同じ誉め言葉。返す言葉も同じ。殿下もそつなくこなしながらも、コゼット嬢と出逢うと、私のエスコートなど忘れたかのように私の存在は『無』になっていくのです。

 今夜もまた、その事実を傍観するだけです――。


 婚約者としてのお披露目が終わり、デヴュタントのファーストダンスを殿下と踊り終えると――いつもの光景が始まるのです。

 今回も同様に、ちょっと休憩してくるからと私は一人残され、殿下は例に漏れずテラスへと向かわれました。三度目も繰り返されるあの光景。テラスの向こうでは、殿下とコゼット嬢の出会いが繰り広げられています。

 まるでオペラ鑑賞でもしている気分です。舞台に上がるのは決まってコゼット嬢。それを取り巻く殿方達の争奪戦のような演目。

 殿下がコゼット嬢を伴ってダンスフロアに戻ってこられました。注目を浴びる二人。頬を染めてエスコートされているコゼット嬢。

 ――この胸の痛みは――気にするようなことでもありませんね。


 ダンスを終えたあの二人のもとに、お兄様やヴァーン様、パトリック様や他の殿方もぞろぞろと集まっています。コゼット嬢は嬉しそうに殿方達と歓談しています。

 私は殿下から視線を外し、周囲に注意を向けてみました。私を見つけた者達は、こそこそと好奇の目を向けてきています。


 そんな中で――。

 冤罪の原因が分かったかもしれません。


 あの輪に向けられる令嬢達の刺々しい視線。まるで殿方を独り占めでもしているようなあの光景に腹が立っているのでしょうか?あの中の誰かが本当に嫌がらせをして害し、その罪を私に擦り付けたのかもしれません。

 ≪私に命令されてやったと≫

 その可能性も捨てきれませんね。それに乗じて、あの三人が冤罪を意図的に作り上げたのかもしれません。私が冤罪と知りながら。私が邪魔だったから――。


 ああ、そうでした。娼館で聞いた話の中で、なんでも一人の令嬢様が手の届かない存在になってしまったと愚痴っている客がいたとか。その令嬢の特徴がコゼット嬢に似ていました。きっと、殿下の婚約者となったから諦めるしかなかったのでしょうね。


 思えば――私は前の人生で、上客相手の娼婦だったのに、貴族らしき客は一人もいなかったように思えます。そうか、きっと私が貴族から身を落としたと気づいていた女主人が遠ざけてくれていたのでしょう。 王都の娼館だったので、私だとわからないように気を使ってくれたのかもしれません……。

 いろいろ思い起こせば……彼女には本当にお世話になったようです……今生でお礼を言うわけにもいきませんが、心の中で感謝を伝えておきましょう。



「リーナ」


 私の名を呼ばれてはっと顔を上げれば――。

「は、い。ジョルジュ、様――」

 思わず動揺からどもっていしましたっ。

「ん? どうかしたのか?」

 ――何故ここに殿下がおられるのでしょうか?

「リーナ。様子が変だが?」

「いえ、何もありませんわ」

「デヴュタントで緊張したのか?」

「大丈夫ですわ」

 何故ここに貴方がおられるのかがわからないのです!

「なら、もう一曲踊ろう」

「はい」

 平静を装いながらも、頭の中は混乱するしかありませんっ。どうしてこんな流れが起きているのか全く見当がつきません。だって、この夜会ではもう、殿下と踊るどころか声さえかけられずに終わる筈なのです!


 殿下にエスコートされてダンスフロアに向かっていると……どきんと心臓が跳ね上がった瞬間竦み上がりました……。


 ――コゼット嬢が、一瞬殿下と私を見て悲しそうな顔をしたからです。


 きっと、殿下も気づかれたはずです。私など相手にして、コゼット嬢の傍にいなくていいのでしょうか?数々の殿方に囲まれているコゼット嬢です。

 その輪から外れれば――いいえ、そうですね。殿下なら、慌てなくても望めば手にすることができますね。


 この先の未来がわからなくなってきました……冤罪を穏便に待ち、今度こそ惨めな死に方をしないようにと頑張ってきたのに、またしても未来は変わっていくのでしょうか。投獄だけは免れたい。もし冤罪で投獄になりそうだったら、その時はきちんと弁明しよう。そして取引すればいい。私は市井に身を落とすから後は好きにすればいいと、お兄様に直談判すればいい。大丈夫。何も怖くない。大丈夫。


 ダンスフロアでホールドを作ると、私に向けられていた好奇の目もいつしかなくなっていました。くるくる回転しているときに、相変わらず殿方達に囲まれている彼女の集団が視界に入ってきますね。

「リーナ? 私と踊っている時に余所見かい?」

「え? いいえ、その……」

「ん?」

「あ……あそこの集団が目に入っただけですわ」

「ああ。彼女か。君と同じで今夜がデヴュタントらしくてね。一人でテラスにいたから声をかけたんだよ。緊張してなかなか踊れなかったというからエスコートしたんだ。これも王子である私の役目だから。父上の夜会でデヴュタントの令嬢を放っておくことはできないからね」

「そうなのですね」

「それより、リーナ。ダンスの腕を上げたようだね。アドルフから聞いたよ」

 へ?

 ありがとうございますと言いながらも、三回も練習したからとは言えない。言えるはずもありませんが、確実に腕が上がったという事実は否めません。確かに、講師にも褒められてました。のみこみが早いと――そんな思考にとらわれていたのが仇となってしまって……。

「リーナ。私と会わない日は、何をしている?」

「は、い?」

「ん? 言えない事かい?」

 急に質問されて、私は殿下の言葉を聞き逃していましたっ!

「……申し訳ありません……先程のお言葉が聞き取れず……」

「――――」

 殿下が沈黙されたので……背中に嫌な汗が滲んできたのがわかります……ダンスをしている緊張も相まって、喉が急速に乾いてきました。


 大丈夫。大丈夫。これも運命の流れの一部だから。何も臆することはない。大丈夫。大丈夫だからと、冷静さを取り戻す暗示をかけ続けました。この先、どんどん殿下には疎まれていくんだから、こんなことなんか序の口だから、と――――。


 ダンスが終了すると、私はお花摘みを装って殿下の傍を離れました。途中で乾いた喉を潤して、ひっそりと建物を回って庭園に逃げ込んでいました。人の目が届かない暗がりを見つけた私は、そこでひとり深呼吸を繰り返します。

 さっきの動揺から抜けきれない自分を叱咤しながら、気持ちを落ち着かせます。

 すると、例のご令嬢――コゼット嬢の集団が庭園に現れました。会場を出るとき彼女がお兄様と踊っているのが見えましたが、どうやら何人かのお相手とダンスが終わると移動してきたようです。会場の光が届くテラスにその集団はいます。その中に――殿下のお姿も見て取れました。殿下の隣で嬉しそうに笑うコゼット嬢も見えます。その輪の中に、側近の三人ももちろんいらっしゃいます。彼女の近くに陣取って。


 やはり、流れは変わっていないようでした。少し変化はあったものの、冤罪の未来が濃厚のようです。

 あの集団が会場へ移動するまで、私はじっと待ち続けました。

 前回までと同様、殿下はあの輪から離れることなく夜会が終了しました――――。



 王宮の夜会以降も狂いを見せず、他の夜会でも殿下からエスコートされることなく社交シーズンを終えていました。


 これから後は、殿下からお茶のお誘いもなくなるのです。その代わりに、コゼット嬢がお茶に誘われるのです。そうやって会う時間が増え、二人の仲が縮まっていくのでしょうね――――。





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