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R15 後半に、残酷描写があります。苦手な方は回避願います。


「ふぅ、一件落着だね」

「はぁぁ……流石に疲れたぞ……外交でもここまで疲れたことはない……」

 労うように微笑めば、殿下が嬉しそうに微笑んでくれました。

「……ある意味この場で正解だったかもな。あの輩の本性が知れ渡ったお陰で、殿下の寵愛の噂は吹き飛んだからな」

「あの方、恥の上塗りも考えないのでわすね……」

「理解に苦しむね、あれは。男から話しかけられただけで優しくされたとでも思うようだね」

「……何故私は、あんな者にリーナを重ねたりしたのか……悍ましいぞ……」

「それは殿下がイリアーヌ嬢の身代わりなんかを考えるからだろう」

「……反省している……」

「――これに懲りて、妹を泣かせないでくれ――」

「――お前に言われると、何か釈然とせぬがな――」

「まあまあ」

 お兄様とヴァーン様は宰相様に呼ばれてこの場を離れていかれます。お父様達も交えて何かお話のようですね。


「リーナ」

「はい」

 殿下が、優しい声音で私の名を呼ばれます。お顔を見上げれば、愛しさの籠った瞳で私を見ておられます……でも……私は……。

「もう一曲踊ろう」

「はい」

 差し出された手へと重ねるように手を置きました――その瞬間――。


 バチバチっ!!


 静電気のようなものが体中を駆け巡り、私と殿下は二人で驚きに目を瞠りました。

 ――なにか…殿下のご様子が――。

 一瞬、ふらりと殿下の体が揺れたのです。

「殿下、どうかしたのか?」

「あ、いや、何でもない――パトリック、バルコニーへ行くから少し離れてくれ。人払いも頼む」

「了解」

 すると、殿下が握りしめていた私の手を引いて、バルコニーに誘導されます。私はされるがままについて行きました。たっぷりのドレープが施されたカーテンの影に隠れる位置で、手すりに背中を預ける形で向き合うと――。


「っんぅっ!」


 な、な、なにが起こっているのかっっ!!

「リーナ、抵抗するな」

「……ぁっ……」

 後頭部を固定され、殿下の温かいものがっ!呼吸を奪いつくすかのような激しい口づけがっ……。

 息も絶え絶えになりながら殿下に縋りつくと、漸く唇を解放してくださいました。

 荒い呼吸を何とか鎮めようとしながら殿下のお顔を見上げると……どこか切なく……泣くのを我慢しているような……そんな表情で見つめておられるのです。

 一体……どうなさったというのでしょうか……。


「――――リーナ……君には――――記憶があるんだな?」


 その瞬間――私は身を強張らせてしまい……咄嗟に視線を下げていました。

「これが記憶と言っていいのかわからない――だが、私は確かに君とこれで三回出逢った――」

 体が震えてきて……私の意思ではどうしようもなく……。

「殿下っ……私は殿下に相応しい人間ではありませんっ……どうか、この婚約を破棄してくだっ――」

 私を黙らせるかのように、顎を掴まれ顔を上げさせられ、殿下の唇で言葉の続きを奪われたのです。

 ……濃厚な口づけ……どうしてこんな事ができるのかっ、私にはわからないっ!あんな醜い私だったのに!服毒処刑されても仕方ない私だったのに!

「リーナ。怖がるな。私を怖がらないでくれっ。頼むからっ。リーナっっ」

 強い力で抱き締められ、下を向けないように顔を上げさせられているので、私は殿下から視線を泳がせて……だって……直視なんかできるはずがないっ!

「リーナっ、聞いてくれっ――君があの者を排除しようとしたのは、私を愛してくれているからであろう。一度目も二度目も…私の軽率な行為が招いたことだっ。リーナっ。君は何も悪くないっ。悪くないんだっ」

 ぽとりと、頬に何かが落ちてきた感触で思わず殿下に視線を合わせてしまったら。


 ……殿下が泣いておられるのです……。


「私は……三度も同じ過ちを繰り返そうとしていたんだな……昨年の夜会で君の様子がおかしかったのは、この為だったのだな……私があの者を軽率にもエスコートしたりしたから……」

 私の瞳に涙の膜ができて……殿下のお顔がよく見えなくなって……唇も震え…体の震えも収まらず。

「……君の心を慮れず…処刑を止められなかったことを今更許してくれとは言えない。だが、二度目は君の行方をずっと探していたんだ。アドルフが君を主犯だと言った時、私は思わず疑ったが……冷静になれば信じることができなかったのだ……」

 やっぱり……探してくれていたんですね……。

「……よかった……今度は君を失わずに済んで……君は、何処にいたんだっ……」

 ――私の心が冷え込んでいきます……手足も冷たくなり。

「……教えてくれ……私は君のすべてを受け入れたいのだ……一体、どこで生きていたんだっ……どうやって暮らしていたっ……リーナっ……」

「……お話しするようなことでもありません……」

「……リーナ……私を信じてくれ……言ったであろう? 私は君の事をもっと知りたいと……」

 全てを話す必要はないですね。いくらなんでも、娼婦だったなんて……殿下を苦しめるだけですから。

「邸を出た後、行く宛もなく彷徨っていたら……攫われた後……運よく助けてもらったのですが、病死したのです……」

 これでいい。これでいいんです。

「……ならば……あの情報は間違いだったのだな……」

「え?」

「……君に似た女性が、娼館にいたと書かれた報告書があった……君ではないんだな? そのような辛い目に遭っていないのだな……?」

 そうですと答えようとしたら――。

「リーナ……私を見くびらないでくれ……君の嘘くらい見抜けるぞ……」

 閉口するしかありません。

「やはり…君だったのか…………君の肌を見た男達を八つ裂きにしてやりたいぞっ!」

 え、あの……え?

「……気持ち悪く、ないのです、か……?」

「は? 何故だ?」

 本当に訳が分からないといったお顔をされているので、思わず目をぱしぱしとしていたら……今度は、目が据わって……怒っているような……。

「そんなことで、私が君を棄てるとでも? どうして……いや……そうだな……私は一度君を――」

「違いますっ。私は殿下を信じております……ただ、ただ私は自分が嫌なのですっ」

 そう、私は醜い……――。

「神殿に行っていたのは、ただ自分の事だけを考えていたのです……どうにか生き残ろうと……悔いのない人生を送ろうと……攫われずに済むにはどうしたらいいのか。邸を追い出された後の逃げ場所を探して……それに、私は彼女達も疑ったんです……あんなに勇気ある女性を……どんなに自分勝手だったか、私は自分が恥ずかしいのですっ……だからどうか殿下っ……婚約の解し――」

 それは言わせないとばかりに、再び唇を塞がれて……。

「……何故、先程から私の名を呼んでくれぬ……信じているなら…いつもの様に私の名を呼んでくれ……」

 懇願するような瞳に。

「……ジョルジュ、様……」

「ああ、そうだ、リーナ」

 蕩ける様な笑顔になられたので……私は目のやり場に困り……。

「あのな、リーナ。不思議なのだが、君がいなくなった後の記憶が私にはないのだ」

「え……では、それは……」

 ふいに齎されたもしかしての事実に、殿下のお顔を凝視してしまい。

「そうかもしれぬ。一度目は君の処刑が執り行われると報告があってからしばらく経ったまでの記憶しかない。二度目はな、それほど長い時間ではなかったが……」

「……はい……私が病死したのは19歳の時でしたから…」

「ずっと君を探しながら、次の王太子妃候補の問題も出てきた。王妃教育は一年そこらで出来るものではないからな。自分の娘をと勢力争いまで沸き起こってくる始末。あの者を候補に挙げてはとの声もあったが、実際に講義が始まれば泣き言ばかりの報告が上がってきていた。日が経つにつれ、身が入らなくなっていた。ふ。あのような輩だからな。私も恥ずかしい……あのような輩を何故候補に挙げることを許したのか……」

 本当に悔い入るようなお顔で……。

「……あの時……どれだけ君の存在が惜しまれていたか……君には何を今更と聞こえるだろうが……アドルフ達も自分が下した決断を悔やんでいた……」

「仕方のない事だと承知しています……公爵家を守るためですから」

「……本当にすまない……誤解が重なったとはいえ……私が招いたことだ」

「……私も言葉が足りなかったのです……私が独りよがりだったのです……」

「リーナ。二人でやり直す機会を得たんだ。神の御業としか言えないが、私達に与えられた本当の時間なのだ。だから、私から離れようとするな、リーナ。二人で力を合わせてこの国をも守ろう、な? リーナ」

 これが本当の時間……このために与えられた人生――。


 私は自分にも嘘をついていました――今生の初顔合わせの時、もう一度恋心を認識していました。どんなに傍観していても、私の心は軋んでいました。


 私を棄てないでと――――。


「はい、ジョルジュ様」

「ああ、リーナ! 私は君のその笑顔が見たかったんだ――」


 私は初めて――心からの笑顔を浮かべることができました――。



 +++

 突然、物々しい雰囲気で帰宅した主人達に使用人達はおろおろとしている。メンデス伯爵が、使用人達によって寝室に運ばれていくのを確認した伯爵夫人は――。

 バシッッ!!っと、傍に立っていた娘の頬を平手打ちして夫の寝室に向かっていく。

 叩かれた弾みで床に崩れ落ちたコゼットを、使用人達が慌てて助け起こしている。

 コゼット付きのメイドや同僚達がその場に揃っている。

『……お嬢様……いったい何があったのでございますか……?』

 コゼットの目から涙がぽろぽろと零れ始める。腫れ上がった頬が痛々しい。

『私が悪いって言われたの……私…ヴァーン様も一緒にお話を聞いてくれたから…優しくしてもらったから思わず抱きついて泣いたら、それを怒られて……殿下に、王宮に出入り禁止にされたの……皆の前であの人が犯人だって言ったら……皆が違うって…』

『お、お嬢様? 皆とは、どなたの事ですか……?』

『……舞踏会場で、皆がいるところで……』

 未だにぽろぽろと泣いているコゼットだが、使用人達は心内ではそんな場所で何があったと驚愕しながらも”蔑んでいる”ので誰も言葉にできないでいる。

 ――使用人達は皆、抱きついて泣いたとはどういうことだと思っているからだ。

『だって…皆言ってたじゃない……あの人が犯人だって……でも、誰も信用してくれないの……殿方達を侍らすお前が悪いって……私…皆が優しくしてくれたから優しくしただけなのに、どうして怒られるの……?』

 自分の手で涙を拭きながら語るコゼットに、使用人達は別の意味で青くなってきているのだ。

 それは――。

『お嬢様……まさか、殿下の御前であの御方が犯人だと仰せになったのですか?』

『うん……そしたら、手紙が嫌がらせと思うのはおかしいって殿下が仰って……殿下も信じてくれなくて……皆の前で謝罪させられたの……どうして? どうして誰もわかってくれないの……』

『――お嬢様。今のお話を伺う限り、お嬢様に全て非がございます。軽々しくお嬢様に申し上げた私にも責任がございます。私はその責任を償うため、お暇させていただきます――お嬢様、お世話になりました』

『え! どうして! どうして貴女が辞めるのっっ!!』

『――このような事態を引き起こしてしまった一端は私にも責任がございますのでこの命を懸けて進言いたします。お嬢様――手紙にもありましたではありませんか。節操なく男に色目を使うなと。私はそれを殿下の事だと思っておりましたが、沢山の殿方に色目を使っていると思われて当然でございます。多くの殿方に誰彼となく優しくするということは、その方達全員にお嬢様は好きだと言っているようなもの。ましてや、婚約者でもない殿方に抱きつくなど、それはまるで『娼婦』がするような行為でございます。お嬢様、そのようなふしだらな娘を近づけたいと思う殿方はいらっしゃいません』

『娼婦だなんてっ! だって去年の夜会は、殿下も一緒にお話ししたもの! ヴァーン様も、アドルフ様も踊ってくれたし! どうして急に怒られるの!?』

『推察いたしますに、それはお嬢様が殿下とお話しされているから、側近である方々が傍におられたのではありませんか? アドルフ様という御方は、あの御方の兄君でございますよね? ご自分のご家族の事を心配しての事に間違いないはずです。そのようなふしだらなお嬢様から守るために』

『違う! だって! 皆、私に優しくしてくれたもの! だから殿下もお茶してくれたり、街にも一緒に行ってくれたのに、どうしてっ、どうして急に……きっと、あの人が何か言ったんだもの……そうじゃなきゃ、どうして急に皆冷たくなるの…?』


『――お嬢様――』

 二階から降りてきた執事が言葉を挟んできた。

『貴方なら信じてくれるでしょう!』

『――――全く反省の色が見えないようでございますね。先程メイドが申した通りでございますよ。貴女が娼婦のような行為をしていたのです』

 いつもは折り目正しく優しさに溢れた壮年の執事が、眉根を寄せ険しい表情でコゼットを見ている。コゼットは驚愕に目を見開きながらも、その目からは涙が零れるばかり。

『まだ嘘をつかれますか。殿下からお誘いの連絡がなくなったことに慌てたお嬢様は、侯爵家嫡男殿を利用して殿下に擦り寄ろうとし、それに失敗したら今夜の王宮で、またも別の子息を誑かして殿下に近づいたそうではありませんか。それを隠して、ご自分を正当化し、使用人達に慰めてもらおうなどと、人でなしのすることでございますよ。貴女は、勘違いも甚だしい方でございますね――ご自分だけが殿下のご寵愛を受けていいのだとでも思っていたのでしょうか?』

 使用人達は、伯爵家の令嬢だと、自分達が仕える家の令嬢だとわかっていても、蔑みの視線を止められずにいた。

『そして貴女は、殿下の御前でご子息方を侍らせ、恰もあの御方が犯人であるかのように仕向け、ご子息方に要らぬ罪を着せようとしましたね? あの御方に非難の目を向けさせて気持ちよかったですか? 優越感に浸ったのですか?』

『そんな言い方っ』

『どうやら、王宮の陛下や王妃様の御前では、穏便な言葉を使われたようですね、殿下は。さぞ、ご辛抱なさったことでしょう。ご自分の婚約者を陥れようとした貴女に、懇切丁寧に貴女の『大罪』をわからせてくださったようですから。それなのに、貴女は一向に反省していない。まだあの御方を辱めようとする――醜い、醜いですね、貴女という方は――』

『――――』

『サラ。奥様方は手紙が届いていたことをご存じなかったようだが、報告しなかったのか? いつから来ていたのだ?』

 執事が手に持っていた手紙を皆の前に翳した。

『はい。その手紙の事は、内緒にするように止められていました。自分で何とかするからと仰って。手紙が最初に届いたのは今年の春過ぎです。私は中身を拝見していませんが、お部屋のクローゼットに纏めて隠しておいででした』

『奥様に知られれば叱られると思っての事でしょうか? それとも、殿下の側近方も巻き込んで、嫌がらせを解決して欲しかったのですか? いいえ。貴女は同情を引きたかったのでは? 自分の頼みを聞いてくれた優越感にでも浸りたかったのでは? それとも、恐ろしくもその手紙を利用して、あの御方を陥れたかったのでしょうか? こんな嫌がらせをするような人ですとでも訴えて? だから、奥様方に秘密にされたのでしょうか? 浅はかですね。これを嫌がらせなどと偽るとは。どれだけ殿下を軽んじておられることやら。殿下に王宮の出入りを禁止されて当然でございましょう』

『え、偽るとは……どういうことで、ございますか……?』

『これには、一つも誹謗中傷など書かれていないのだよ。全て忠告なのだ。きちんと署名された正式な抗議文もあったのだよ』

 絶句するメイド達。コゼットは依然として黙している。

『殿下に逐一赤子の様に言われなければ謝罪もできなかったそうですね。神殿で貴賎なく子ども達に勉強を教えるような素晴らしいあの御方とは雲泥の差ですよ』

『え? あの御方は、そのような方なのですか?』

『そのようだよ。市井の勉強もされていたと、殿下が皆様の前で仰ったそうだ』

『――お嬢様……私にも嘘を。あの日、神殿で鉢合わせして、あの御方が何か言ったから殿下が冷たくなったと言いましたよね? 話が違うようですね?』

 メイドは、怒りに震えている。

『そして貴女は殿下に見限られると感じ取り、ふしだらにも侯爵家嫡男殿に抱きついて泣いて、恰も何かあったように仕向けたそうではないですか。泣いていた理由を言わなければ、貴女が被害者のように誘導できますからね』

『……私は……本当に愚かでしたっ……お嬢様のお話ばかりを鵜呑みにして……何も知らないであの御方にとても償えない大罪をっ……』

メイドがその場に頽れた。同僚達が傍に寄り添っている。

『お嬢様? この状況を見てわかりませんか? これが普通なのですよ? 貴女はまだ自分は悪くないとでも仰いますか?』

『――――』

『――――旦那様が陛下方の御前で恥を晒されたのは、貴女の所為なのですよ? お倒れになるくらい伯爵家の名を娘に穢された旦那様のお気持ちはどうなるのでしょうか? 奥様から手を上げられたこともわからないと?――貴女は、どれだけ愚かで救いようのない方でしょうか。弟君の将来をも潰したことに自覚がないのですか? 来年成人貴族となられる若様は、一体どんな目で見られることでしょう? 今、旦那様の寝室で、貴女を罵っておられますよ?』

 蒼褪めて顔を歪めているが、猶も黙しているコゼット。

『――その流した涙は、犯した己の愚行を棚に上げ、逆恨みに利用しようとした涙ですね――貴女の涙は、とても醜悪な色をしていますよ――殿下がお呼びになられなくなったのならそのまま引き下がればよかったのです。大勢の殿方から優しくされたなどと勘違いも甚だしく、その方々を畏れ多くも利用して、強欲にも身の程知らずに公爵家を仇なし、ご自分が『王妃に成り代わりたい』という実に恐ろしい野望を隠し持ったのは紛れもなく、貴女です。王家を軽んじた貴女の罪ですよ』

 使用人達は視界にも入れたくないと、皆が視線を逸らしている。

『貴女は、明日にでも領地に送られます。二度とこのお邸に戻ることは許されていません。穀潰しになるか、領地の男でも誑かして婚姻なさるしかありませんよ』

 執事は、床に座り込んでいるメイドの肩に手を乗せる。

『サラ。お嬢様にその命を懸けて進言したと奥様に伝えよう。君は、お嬢様に騙されていただけだと』

『……あ、ありがとうございますっ……』

『よかったわね。よかった……』

『唯、よかったかどうかはわからない。王家や公爵家からは温情を頂けたが、この先、我らが仕える伯爵家の風当たりは強い。皆、心しておきなさい――お嬢様の身勝手な行いで、我らの仕事もなくなるところだったのだから』

 使用人達はその事実を噛み締めていた。そして、コゼットをその場に一人残して、使用人達はそれぞれの持ち場へと戻り、執事とサラは伯爵の寝室へと向かっていった。

 一人取り残されたコゼットは――唇を噛み締めて、また涙を流していた――。

 +++


 ※※※※※

『誰がそのような勘違いも甚だしい危険な輩を近づけたいと思うか。其方が自ら本性を暴露したから王宮の出入りを禁止したのだ』

(どうしてそんな冷たい事を仰るの!!どうしてわかってくださらないの!!あんな女達の証言なんて仲間なら何とでも嘘が言えるわ!!子どもに勉強を教えてる?は!それが心優しいですって!そんなの、ただの点数稼ぎじゃない!!どうしてそんなことがわからないの!!絶対!絶対この女があれこれ吹き込んだんだわ!!どうして皆騙されるの!!)

 既に冷静さを欠いているコゼットは殿下の話を途中から聞いていない。メンデスと怒鳴られて我に返っていた。何もできない赤子かと言われ、真っ赤になって謝罪する羽目になったのだ。


(何がいけなかったの……私の何が……何を失敗したの!途中までうまくいってたわ!なのにどうして!どうして!どうして!)

 コゼットは執事に醜いと言われた後からは、彼の言葉にも耳を傾けることなく、そればかりを考えていたのだった。

 ※※※※※


 +++

 舞踏会翌日の伯爵家――。

『どうして、そんなっ……夜会に出なければ此処にいてもいいでしょう! お父様、お母様!』

『――お嬢様。昨夜、私めの話をお聞きになっていらっしゃらなかったので?』

 執事が怪訝な目でコゼットを見遣ると、彼女は閉口した。本当に聞いていなかったから何も答えようがないのだ。

『これを嫌がらせと言う貴女の醜い性根が母には悍ましくて仕方ないわ――』

 クローゼットにもまだ隠されていた手紙を握り締める夫人。届いていた手紙には、どれも同じようなことが書かれていた。

 伯爵家からの抗議文。殿下の寵愛を受けている娘なので躊躇う家ばかりだったのだが、この伯爵家は正々堂々と忠告すればよいと、自分達は何も間違っていないと、きちんと署名して抗議文を送っていた

 ――コゼットは、イリアーヌと懇意にしている伯爵家と知らずに夜会に乗り込んでいたのだ。唯々、殿下がどこかの夜会においでになられないかとそればかり考えて参加していたから。

『――お前のような者が、我が伯爵家の人間とは思わん。親にも嘘をつくような、恩も忘れた獣のような奴に温情などかける必要はない。あれだけ殿下が仰っても、何も反省してもおらんとは――』

 伯爵と夫人はまるで汚いものを見るような眼をコゼットに向けていた。弟は、もっと酷い目をしている。

『――父上。こんな奴の為に我が家の財産を使わせるのは承服できません』

『そうだな。穀潰しもさせる気が失せた――ジョン。修道院に送る手配を』

『畏まりました、旦那様』『っ! 嫌! 嫌よお父様!!』

『ジョン。王都以外だ』

『はい。心得ております』

『お母様! 助けて! ねえ、お母様!』

『放り出されないだけましと思いなさい!!』

 コゼットは必死に縋るも、誰一人相手にしなかった。そしてその日のうちにコゼットは馬車に放り込まれて修道院への旅路についたのだ。修道院までの行程では、馬車の中で食事を摂り、宿に泊まらせず野宿のような生活をさせながらでよいと馭者は命を受けている。逃げるもよし。大人しく修道院に入るでもよし。もう、関係ないものとして扱われているからだ。

 食事の事を聞かされたコゼットは口論した挙句、馬車に積まれた食料を睨みつけながら今後の行程の事を考えて食している。修道院へは翌日に着くという。

 そして今度は宿。宿に宿泊する金は自分の分しかないと言って馭者はコゼットを馬車に放置して宿へ向かっていった。もちろん激昂して口論したコゼット。

 ――そして――男だけ宿に泊まりに行った現場を目撃していた者がいた。

 口論していた相手が女だとわかって狙われたコゼットは、酒を飲んだ荒くれ者の様な複数の男達に食料を奪われ、その身も攫われ――挙句、若く見目もいい極上の女に群がる男達に蹂躙され、雑木林の中にその骸は凄惨な姿で横たわっている。

 翌朝馬車に戻ると、その中は食料も何もかも空っぽになっていたのを見て、逃げたのだと判断した馭者は王都に引き返していった――――。



『ん? あの輩を貴族籍から抹消する手続書がある』

『へ~。家を勘当ねぇ。よっぽど腹に据えかねたんだろうさ』

『そうだろうな。あれではな。リーナへのつけが回っただけだ』

『だね』

 +++





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