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初投稿です。よろしくお願いします。
――――私は……どうすればよかったの……?
明日は、妃殿下のお茶会に招待されてしまっています。この流れはいつも同じ。
フォールズ公爵家の娘である私こと、イリアーヌ・フォールズは、このお茶会で、後に王太子殿下となられるエルクルト国第一王子ジョルジュ・ド・バルフォア様と顔合わせとなり婚約を結ぶことになるのです。
『その前の人生』も、お茶会の前日に『この記憶』が甦っていましたね……。
お話すれば長くなりますので、手短にいきましょう。
私は――これで三度、同じ時代、同じ国、同じ家族に生を受けました。そうなのです。私は、同じ人生を繰り返しているのです……。
私が7歳を迎えた年に、二つ年上の殿下と婚約を結ぶのです。前の人生――二度目の人生の時に婚約を結びたくないと訴えても、その願いは叶えられませんでした。何故なら、公爵家筆頭の婚約者候補だからです。我がフォールズ公爵家は政治の中枢を担う名家として名を連ねており、誰もが順当だと認識しているからなのです。子どもの我儘と捉えられ、願いは無情にも切り捨てられました。両親から説得され、渋々了承するしかなかったのです。
ジョルジュ様は、王太子としては何の問題もない嘱望された王子。側近達も優秀で、国の未来は順風満帆なのでしょう――不確かなことしか言えないのは……私は既に命を落としたからなのです。
一度目の人生は獄中で服毒処刑――二度目の人生は、市井に落とされ行くあてもなく彷徨うしかなかった私は男達に攫われた後娼館に売られ、そこで病死しました――。
こんな死に方をしたのは……ジョルジュ様に想い人ができ、その令嬢に嫌がらせを繰り返し、それが罪として問われ婚約破棄をされ牢に繋がれました。金で男達を雇い、令嬢を襲わせようとした罪です。この事を事前に察知した兄に密告され、私は罪人として短い生涯を終えました。
これが一度目の人生――――。
二度目は、婚約を抵抗するも叶わず、またもや同じ相手に想いを寄せた殿下を傍観していました。何もしていないのです。なのに、私が嫌がらせをしたということになり、殿下の想い人を害したという冤罪で貴族籍から抜かれ、家族からは勘当されました。この時も、兄達から切り捨てられたのです……。
兄の功績で、一度目も二度目もフォールズ公爵家はお咎め無しになっていました。兄にとっては、妹の存在など駒の一つなのかもしれません。
――冤罪――私は、後に現れるメンデス伯爵が娘コゼット嬢の踏み台なのでしょうね……。
ジョルジュ様とコゼット嬢の出逢いはいつも決まって王宮舞踏会でした。彼女が一人で休んでいるテラスで彼等は顔を合わせるのです。殿下を愛していた私は、ずっと殿下の姿を目で追っていました。一度目ももちろん気付いていました。
二度目は、あぁ、やっぱりそうかと傍観していました。その出逢いの後、二人は距離を縮めていったようです。
コゼット嬢はくるくると表情が変わり、誰からも愛されていました。彼女の周りには人が群がっていましたね。その輪の中心で、花がほころぶような笑顔で殿下と話をしているのを目撃したものです。
側近である兄も含め、私という存在が邪魔になったのでしょう。
――なら、私はどう生きればよかったのでしょう……?
棄てられるとわかっている婚約。棄てられるとわかっている恋心。棄てられるとわかっている家族。誰一人味方などいない……――。
「リーナ」
気分を変えるために温室に足を向けていると、不意に背後から愛称を呼ばれました。
「はい、アドルフお兄様」
私より三つ上の兄。私を切り捨てる兄。
「明日、しっかりと努めるんだ」
「はい、わかりました、お兄様」
それだけ言うと、兄は踵を返して去ろうとされます。
「――お兄様」
私は、無意識に呼び止めていました――何も考えずに……――。
「何だ?」
「あ、いえ……」
「何か言いたいことがあるのか?」
下げていた視線を上げて兄を見遣れば、訝しげな視線でこちらを見ていました。意を決して言葉を紡ぎます。
「……もし、私が王子様と婚約した後、その王子様に想い人がおできになられたら、お兄様はどうされますか?」
「側妃に迎えればいいだろう」
「側妃ではなく、正妃にと望まれたら」
「――――何が言いたいんだ?」
「……仮定の話ですわ。特に意味はありません」
私はそれだけを言い残し、踵を返して温室に向かいました――いいえ。逃げ出しました……。
一人温室で何かを見ながらも見ていない視線は、焦点が定まっていません。私はぼうっとしながら考えに耽っていました。
一度目と二度目の人生から学んだこと――。
私はどう足掻いても婚約破棄の末、路頭に迷うのです。5歳から受けている王妃教育も無駄になり、右も左もわからない市井に放り出される。
なら、処刑される未来よりも、二度目の人生の時のように冤罪に持ち込んで、市井で生きていく術を身につければよいのではないでしょうか。そうですよ。娼婦生活を送るくらいなら、別の道を行けばいい。
そう思い立った私は、午後の講義の合間を縫ってその手立てを探すことにしました。
「ミネット」
「はい、お嬢様」
自室に午後の茶を運んで、一礼して退室をしようとした私付きのメイドを呼び止めました。
「教えて欲しい事があるの」
「はい」
「――もし、身寄りがなくなった子どもがいたら、その子達はどうしているの?」
「身寄りがなくなった、でございますか?」
「ええ」
「そうですね。そのまま餓死をするか、犯罪に手を染めて窃盗を繰り返すか。こほん。一番幸せな方法は『孤児院』に入ることでしょうか」
誰が聞いても凄惨な未来を口にするのを止め、穏便な答えに切り替えたようです。そうでしょうね。7歳の令嬢に言うことではないかもしれません。娼婦生活の経験がある私にとっては何のことはないのですけどね。
「孤児院」
「はい。ある程度成長するまでそこで暮らし、自立していきます。途中養子にもらわれることもあるそうでございます」
「自立は、何歳くらい?」
「おおよそ、15・6歳くらいでしょうか」
「そう。わかったわ」
「では、失礼いたします」
ミネットが閉じていったドアを見つめて考えに耽ります。
――私が婚約破棄をされるのは17歳。殿下がコゼット嬢と出逢うのは、彼女と同じ年にデヴュタントする私が16歳の時。一年後の王宮舞踏会を待たずして婚約破棄されるのです。それは、一度目も二度目も変わらなかった。
17歳では、孤児院には受け入れてもらえない。
なら、他の手立てを考えるしかありませんね――。
明日にお茶会を控えた夕食後、湯殿の準備に来たミネットに再度問いました。そこで仕入れた情報は曖昧で、その手立ての調査は保留としました。兎に角、明日のお茶会を終わらせて、講義の合間を縫って。
……それは難しいですね……。
せめて、講義が終わる年齢になるまで待つしかありません。そうすれば、自由に動ける時間が増えると思うのです。
私は逸る気持ちを抑え、二度も受けた王妃教育をおさらいとでも思って受け、未来に向けて日常を無難に過ごすことを決めました――――。
最終話まで頑張ります!