八十二話 「試練の始まり」
最後の扉を開け、中へと入る。案の定中は暗く、入るのすら戸惑ってしまう。
「大丈夫かなぁ……」
暗いから入りずらいのではなく、空気そのものがやばいのだ。私の意志とは反して、心が嫌がっている。身体も上手く動かないし、少しずつ蝕まれていく。
「怖いよ……」
扉の前だというのに、強気だった心はいつの間にか弱気になっていた。
「怖いけど、行かないとダメ。早くこの世界から出ないといけないんだから……!」
動かぬ体を無理に動かし、力の限り前へと進む。嫌な空気はどんどん強くなっていき、霧まで出てきている。入ったら明るくなると思っていたこの部屋も、未だ暗いままだ。
『よくぞここまで来ました。まさか本当に最後まで来るとは思いませんでしたよ』
何処から現れたのか、明るいスポットライトが一人の人物に注目している。まるでアイドルのように。
「あなたは……もしかしてあの時の……」
スポットライトに照らされた人物は私に見覚えのある人だった。そして、その人はこの世界に私たちを連れてきた張本人でもある。
『はっはっは。よく覚えてましたね。まぁでもあなたも薄々予想してたでしょう? 大体、黒幕ってのは最初のうちに姿を見せているもんですよ。ま、あの時のあなた達は動けなかったので、私を殺す術はなかったでしょうけまね』
饒舌に喋る白いスーツを着た人。確かに、あの時の私達は喋れず、動けなかった。でも、今は違う。喋れるし、動ける。こいつがどんなに強いか分からないけど、戦うことだって出来るはず
「遠距離からのがやっぱり……」
『やめた方がいいですよ? 勇者から何も聞いてないんですか? ま、あいつは既に暴走してたから喋れなかったかもしれませんがね!』
「そうだった……こいつに力では勝てない……」
勇者は言っていた、最後の敵は、力じゃ絶対に勝てない。心で勝たなきゃいけないって。でも、その意味がわからない。心で勝つってなんなの?
『悩んでますねぇ……まぁ、そんなに悩む必要はありませんよ。今から私が全て説明してあげますから』
強い者としての余裕なのか、私に勝負の内容を明かすと言っている。ただ、素直に私はこれを聞かなければいけない。私はまだ何も知らないのだから。
『ふむ。では、説明しましょう。まず、今からあなたと行う勝負は心で行います。実際に殴り合ったり、傷つけ合ったりはしませんよ。ただ、あなたに今からあらゆるものを見せます。それに耐えてもらいたいだけなのですよ』
「なによ……それ……」
『そんなに怖がらなくて良いのですよ? 勇者は耐えれなかったですが、どうやらあなたの心は強そうですし大丈夫でしょう。正直言って私自体、仕事でこんなことをしているわけですぐやめたいんですよ。だから、クリア者を出したい。あなたには期待してるんですよ』
「それならさっさと簡単なのにすれば良かったじゃない!! 勇者にでもクリアさせれば早かったのに!」
『それじゃダメなんですよ!!』
突然の大声に私はビックリし、言おうとした言葉さえ忘れてしまっていた。
『……取り乱してしまいすいません。では、そろそろ始めましょうか。では、まずあなたに問います。貴方は本当に元の世界へ戻りたいですか?』
とても簡単な問いだった。私は元の世界に戻りたい。でも、元の世界に戻ったら私はどうなるんだ? 学校に行って普通に生活する? こんな生活してるのに今更戻れるのかな? あれ? 花奈はどうして元の世界に戻りたくなさそうだったんだろ。
「私、どうすればいいんだろ……」
『やっぱりですか……みんなこの問いで考えを改めてしまう。それで、貴方はどうしたいのですか? 元の世界へ戻る? この世界に留まる? 留まるのならば部屋から出なさい』
諦めたような顔で私を部屋から出そうとするこの男に対し私は言い返せなかった。
『そうですね。では、あなたに元の世界での一番嫌だった過去に飛んでもらいます。これは試練。ここで優秀な判断をし、見事プレッシャーと心身共に耐えれば自ずとこの世界は消えるでしょう』
私が喋らなかったからなのか、元の世界へ戻るための試練とやらは次へと進んでしまった。
それにしても私の一番嫌だった過去に飛ばすと言っているが、それは一体……
『では、どうぞ行ってらっしゃいませ』
言葉と共に私の意識は落ちてしまった。
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「雪。ごめんね。あなたともうゲームなんてしたくないし、あそびたくないの」
私が目を覚ました時、丁度私の最も嫌だった過去の一つだった。思い出すだけで嫌な気持ちになる、花奈との別れ。
「さようなら」
花奈が私に別れを告げ、私の家を出ていく。呆然としていた私は昔、これを止めれなかった。でも、今の私なら!
「待って!! 花奈。どうして私と遊ぶのが嫌になったの?」
私の叫びに花奈はピタッと動きを止めた。
これで過去を改変したことになるのだろうか。いや、私の記憶の再現だ。
私自身の記憶が改ざんされたのかもしれない。
「雪。私だってね、本当は遊びたくない訳じゃないの。でも! これしか選択肢がなかった!! だからしょうがないの!!」
「それって……いじめの話だよね。ごめん。私ね、花奈が他校の女子との交流があったの知ってたの。だから、私と離れなきゃいじめられる。っていう事も知ってる。今回、私と別れるのもこの事が理由でしょ?」
私はズルをしたかもしれない。事前に知った情報を持って、花奈を追い詰める。花奈は私がいじめのことを知ってるなんて思わなかっただろう。だって、私がこのことを知るのは随分後の話なんだから。
「雪。どこでそれを知ったの? 雪には全部隠してたのに。誰? 誰に聞いたの? 他校の女子? いや、ごめん。私が悪いよね。雪が言ってることは全部当たってるよ。いじめられるのが怖くて私は雪と離れる。それは覆ない事実なの」
「そんな……だったら私も手伝うから! また一緒に!!」
「雪を巻き込みたくないの!! 分かってよ!! 私の気持ちも少しくらいわかってくれてもいいじゃん!!」
泣きながら叫ぶ花奈の声は私の家中に響いた。当然、この時はまだ生きている桜にも聞こえただろう。
「ダメなの!! このまま別れたらダメ! 変なゲームに巻き込まれちゃうから……花奈の気持ちなんて知らない! 私は私で花奈と離れないように努力する!!」
この時、私は考え事をしていた。花奈と別れない方法を探すのと、この世界が過去ということについてだ。過去ということは、今この時にネットワークを使って、あのゲームの危険性を広めればゲームの世界に行く人は居なくなる。
「雪が努力してもきっと変わらないよ。だから、やっぱり離れよ? またいつかきっと会えるから……ね?」
「やだ!!! 私は花奈と居たい!! ずっと友達でいたいもん!!」
「わがまま言わないで!! 確かに、私だって雪といたいよ!! でもさ、怖いの……雪と離れないようにするには、他校の女子と話し合わないとだし……」
「私も手伝うよ。だから、頑張ろ? 一緒にさ」
「……ほんとに?」
「うん」
「分かった。それじゃあ、明日の朝、一緒にお願いしていい? それと、今日泊まって心の準備も……」
「任せてよ!! 私が居れば大丈夫!」
「雪も強くなったね」
お互いに泣き疲れた私達は、二人でベッドに流れ込み、寝てしまった。この時だけは花奈の温もりを感じることが出来た。例え、過去だと知ってても、私にとって幸せな時間と言えるだろう。
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『起きなさい』
心地よく眠りについた時、また私にあの男の声が聞こえた。
そして、声と共に私は目覚める。
「ここは……」
『やっと起きましたか。どうでした過去は。嫌な過去に飛ばされるのは心に、精神的にキツイでしょう? だから、これは心の戦いなのですよ。試練はまだ続きますけどね』
過去を改変したことを話し、私はまだ嫌な過去を見せられるということに絶望していた。一回なら大丈夫だが、何回も嫌な過去ばかり見るのは辛い。私の心が耐えれるか分からない。
不安に思ったその時、男の隣に誰かがいることに気付いてしまった。
「ねぇ。そこにいるのは誰?」
『そうですね。今さっきあなたが会った人と言っておきましょう』
「そっか。それで、あなたに一つ聞いていい?」
立っている影のようなものはきっと花奈だろう。どうしてここにいるのか分からないけど、何故か居ることに安心出来た。だから、私はこいつに問う。この世界が消えた時、この世界にいる人達はどうなるのかを。
『ふむ。この世界の人達ですか。もちろん、あなたが元の世界に帰ればこの世界の人たちは消えますよ。でも、あなたがこの世界に残れば、元の世界の人たちとは会えないけど、この世界の人達をある意味救ったと言えるでしょう』
「両方救うことは出来ないの?」
『それはあなたが考える事です。私にお答えすることは出来ない。でも、一つ言えるのは、過去に飛ばされたあなたが選択する道によっては全てを救えるという事です。隣にいるこの人のようにね』
「分かった。なら早く私を過去に飛ばして。私の心なんてどうでもいい。私は全てを救う。そう決めたんだから!」
多分、全部を救ったら私の心は使い物にならなくなる。そんなこと分かってるけど、レイディスのようにこの世界の人達を消すのは嫌だ。だから、私も覚悟を決める。
『では、これから貴方の事を次々と過去に飛ばします。この場に戻る時は、あなたが諦めた時、または全てを救った時でしょう。それでは、また会えることを祈っています』
意識が無くなり、私は過去へと旅立つ。
全てを救うために。




