八十一話 「小さな勇気」
私の身体から自力で離れ、驚いた顔で私に抱きつく人。
「あぁ、久しぶりだな雪」
「うん! 久しぶりレイディス!」
私のこの世界での友人、レイディス。自分の目的を果たすために私から離れた人。でも、私は会いたかった。話したかった。花奈の事や、桜のこと。天界に行ったこと。沢山話したかった。だから、会えて本当に嬉しい。
「ねぇ、なんでレイディスはここに居るの?」
素朴な疑問だった。会えたことは嬉しいけど、どうしてここにいるのか分からない。
「そうだな。長くなるし簡潔に話そう。まず、俺の目的についてだ。俺の目的はある女を探すこと。まぁ、この際その女については勇者の傍にいる魔術師ということだけ伝えておこう」
「ほほぉ。私を置いて女を追うんですか」
「ぐっ……ま、まぁ、話を続けよう。まず結論から言うと、俺の目的はもう果たせない。既にその女は死亡したからな」
「だ、誰が殺したの?」
今の話から察するに、レイディスの大事にしてた女の人のことを私は知っている。勇者のパーティーに出会った時に少しだけ喋ったから。
「もちろん勇者だよ。ははっ。あいつは勇者じゃない。本性は魔王だ。俺の目の前でわざわざ仲間を全員殺し、更には自分の部下を使い、俺を気絶させあそこに閉じ込めた。あいつの考えは大体分かる。俺を苦しませて殺すつもりだったんだろう」
「そ、そんな……勇者がそんなことする訳……」
「やっぱり信じられないか。ならば、自分の目で見てみるがいい。あそこの扉を開け、中を見ろ。きっと、お前の知ってる勇者がまずは出迎えてくれるぞ」
レイディスに言われた通り、私は扉に手を掛けた。私を助けてくれた勇者が魔王だなんてあるわけない。私はそれだけを信じ、扉を少しだけ押して開けた。
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「なに……この匂い……」
扉を開けた途端、辺りに撒き散らされるのは、血の匂い。嫌悪感だけが私を包み込む。
「ほら、あそこの真ん中に立ってる男を見てみろ。あれがお前の知ってる勇者か?」
唖然としながらも扉から中に入り、本当に勇者なのか確認する。
「また人が来た。あぁ、また殺さなきゃいけない。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
私が遠く離れているにも関わらず、真ん中にたっている男は叫びだす。とゆうよりも、見えない何かと戦っているように苦しんでいる。
「仲間は死んだ。見知らぬ人も殺した。今さっき来た女も殺した。男も女も、みんな死んだ。俺は一人。どうしてこうなった? 俺のせいなのか? 魔王の血を持ったから? 勇者の血もあるだろ? お前が魔王に負けただけだ。あぁそうか。僕は負けたんだ」
一人で自問自答してはそれを繰り返す。ただ、勇者の言葉には何か引っかかるものがあった。それは、さっき来た女と男。これが真実ならば、花奈とレギスは死んだ。勇者に殺されてだ。
「お前はどうするんだ? お前があいつと戦うというのなら俺ももう一度だけ戦おう。どうせ死ぬ命。恩人に使うのも悪くない」
レイディスに喋りかけられ、顔をそちらに向けた時、私の視線に一つの死体が映った。いや、正確には二人。一人の死体はまだ誰かわかるが、もう一人はわからないほどまで黒い。
「あ、あ、あ……いや……嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「どうしたんだ急に!!」
「あ、あそこ、あそこに倒れてるの……嫌、花奈、花奈までいなくなったらわた、私は……」
案の定だった。視界に初めて映った時からなんとなく分かっていた。花奈とレギスが一緒に死んでいるということ。レギスが守って死んだが故に花奈の死体は割と綺麗なのだろう。
「落ち着け。落ち着くんだ! ここで慌てたら終わりだぞ!!」
「花奈、花奈、花奈、花奈、」
「ほら! 俺を見ろ! お前は一人じゃない!」
「うるさい!うるさいうるさい!! どいて!!」
この時の私の頭はどうかしていただろう。花奈を殺した勇者に対し、何も持たずに突っ込み、殴り掛かろうとした。もちろん、そんなの勇者には効くわけがない。私が死ぬだけだ。
「あ、ここで死ねば花奈に会えるかも……」
もはや口に出して呟いてしまった。死んでも会えるかなんて分からないのに、もう止まらない。死へのカウントダウンは既に始まったのだ。止まることのない時計。私が死ぬまでのカウントダウン。
「雪!! お前は生きろ!!!」
一人だけだった。私のカウントダウンを止めて、自分の命を投げうった。死ぬとわかっていながらも私を庇い、私を助け死んでいく。
「な、なんであんたが死ぬのよ!!!」
「な、何を言っている。私はもう死ぬところだったんだぞ? 最後に、お前に会えて、俺は、よかった……よ……」
私は生き残り、レイディスは見事に死んだ。勇者の剣の一突き。それだけでまた人が死んだ。
「一人か……やだなぁ一人は。でも、死んだら皆が報われないよね……やっぱり頑張るしかないか……」
私はようやく正気を取り戻した。確かに、皆が死んで悲しい。けれど、それを踏み越えていかなきゃ前には進めないのだ。だから、私はみんなの為にも前へと進む。例え勇者だって倒してみせる。
「はぁはぁはぁ。雪ちゃん。ごめんね? 僕の精神もそろそろ死んじゃいそうなんだ」
昔の勇者の声が聞こえた。紛れもない、初めて会った時とか同じ声。
「多分、スグに元に戻っちゃうから先に言っとくね。僕はこれから自害する。ただ、この先に行くのは相当な辛さを覚悟してくれ。力では絶対に勝てない。それだけはわかって欲しい。さぁ、僕からちゃんと離れててくれよ?」
「勇者!? あなた!やっぱり生きて……」
「君の仲間も殺しちゃってごめんね……いつか必ず償ってみせるから……」
勇者は自我を保ったまま、自分の剣を引き抜き、首を切った。ただ、それだけだとまだ生きている。その為に、勇者はもう一度自分の心臓を貫き、遂には絶命した。
「勇者まで死んじゃったか……この部屋に私しかいないのか……」
私と関わったものはほとんどこの部屋で死んでいる。周りを見渡せば、ハッキリしないながらも誰かはなんとなく分かる。
「私って死神だなぁ……」
呟きながら地面に寝転がる。下が血の海だと分かっていながら私はその血に寝転がる。体を血が包む。匂いは辛い。息もできない。けど、何故か心地良い。
「先に進まなきゃダメなんだよね……」
一人で呟いても返してくれる人なんて居ない。周りに反響する私の声がとても虚しく感じる。
『お姉ちゃん! 頑張って!』
『雪。私の親友でしょ? 早く私を助けなさい!』
聞こえないはずの声。耳にだけ聞こえる声。不本意にも夢だと分かってしまう。自分が寝てしまっていて夢を見ているんだと自覚している。
「……はっ!! 私は進まなきゃ! この世界をクリアするために!!」
夢の最後は唐突だった。私の見ていた夢は、私自身の最後の分岐点だった。右を選ぶとバッドエンド。左を行けばハッピーエンド。頭で分かっているのに私は右に行こうとしていた。だから、私は諦めない。夢は諦めた私の結末を描いていたんだと思う。
それに抗う。大天使様の言う通りなら、元の世界に戻れば全ての人が生き返り、元の生活に戻れる。
「皆の思い背負ったんだし、私も本気出すかな!! あと少しだから、頑張らなきゃ!!」
無理矢理にでも自分を奮い立たせ、血を浴びた服のまま、新しい扉の元へと向かう。
「これが、最後の扉……」
直感で分かるが、目の前の扉がこの世界をクリアするために必要な最後のダンジョン。
挫けそうな私に最後に見せてくれた一つの夢。それが今の私の精神を安定させている。夢がなかったら私はもう諦めてただろう。だから、私は頑張る。夢で応援してくれた二人の為にも、こんな少女に託してくれた人のためにも。
「私! 頑張るから!!」
誰もいない部屋で最後に叫ぶ。みんなに届いただろうか? ううん。きっと届いたよね。
「私、行ってくるから。ちょっとだけ皆待っててね?」
扉を開け、私は中へと入っていく。私が入りきった後、扉が閉まる直前に聞こえた細い声。か細くてほとんど聞こえない声。でも、私の耳には届いた。
花奈の『がんばれっ!』って言う声が。
だから私は頑張る。少しだけ足りなかった勇気を最後に貰えたから。
多分そろそろ完結しますよ〜(。ω゜)




