六十九話 「幻覚」
ちょっと怖いかも……
「うーん。場所は分かった。道のりも分かる。そして、時間もある。さぁ雪! どうする!?」
歩き始めて数分経った頃だった。歩くことに飽きたのか、唐突に私に話し掛けてきた。
「どうするってなにが? 歩くことくらいしか私たちに出来ないけど」
「そうだよねぇ……空も飛べないしねぇ……はぁぁ。ダンジョンとかあったらなぁ……」
「いやいや。ダンジョンあったとしても入らないよ? 確かにトーナメントだから強くなる必要はあるけどさ、たった二週間しかないんだよ?」
ちなみにだが、私の予感だとそろそろダンジョンが見つかるはず。まぁ、花奈が見事にフラグをね。うん。やっぱりか……
「見てみて!ゆき! ダンジョン! 早く行こ!」
まさかほんとにあるとは少しだけ思わなかった。しかも、まだ誰も入ってなさそうな天然なダンジョンが残されてるなんて。
もしや、このダンジョン……元の世界へ戻るダンジョンかな?
「えー。どうしよう……時間あんまり無いしなぁ」
「大丈夫大丈夫! 私が勇者と居た時はダンジョンなんて早くて数時間でクリアしたんだから! あ、長い時は一ヶ月以上掛かったけどね」
「それはアンタらが強いからだよ! 今の現状だと、私と花奈の二人だけだよ? もしも、ダンジョンが強かったらどうするの? まぁ、確かに入ってみたいけどさ」
入ってみたい気持ちは嘘ではない。私だって今のこの世界での人生を純粋に楽しんでるし、このダンジョンが戻れるダンジョンならば、絶対にクリアしておきたい。
ただ、もしもこれで、熾天使の雫が取れなくなった場合を考えると、どうしても迷いがでてしまう。
「大丈夫だって! 一日探索してみてやばそうだったら出ればいいんだからさ!」
「そうゆうもんかなぁ? うーん。ま、そうだよね! もしかしたら時間は間に合ってもトーナメントで負けたらどうしょうもないし、ちょっと鍛えてこっか!」
「やった! じゃ、早く行こ!」
私達の少しだけ寄り道。順調に行けば、今の位置から目的の街までは三日で着くんだ。少しだけなら大丈夫。そう思いながら、私と花奈は入口が岩で出来たダンジョンに入るのだった。
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「うわぁ……なにここ。暗っ! ダンジョンなんだから電気くらいつけてくれても良いのに……」
ダンジョンの中は真っ暗だった。前みたいにロウソクはなく、完全に真っ暗だ。これだと、あの隠し部屋を思い出してしまう。
「この暗さ……やだ。けど、私にも手はあるもんね! 【ライト!】」
隠し部屋で見つけた魔法。ほんとにこの魔法は役に立つと思う。戦闘では役に立たないかもだが、こうゆう真っ暗な時には役に立つ。まるで懐中電灯と同じ感じだね!
「さすが雪! これで周りが見やすく……なった、ね。って、うわぁぁ!!」
突然花奈の叫び声が聞こえた。真っ暗闇から急に明るくなったからビックリしたのかな?
「どうしたの花奈」
私は花奈の方を見た。本来なら見てはいけなかったのかもしれない。花奈の目の前にそいつは立っている。光に弱いのか、一つしかない片目は閉じているが、私が見ただけでも嫌悪感を感じてしまうほどだ。
「花奈! 一回逃げるよ!」
「ダメ。腰が抜けて立てないの……」
本当なら絶対に近付きたくない。けど、花奈の為だ。私も我慢して近寄る。目線をずらして、絶対に視界に収めないように……
「雪! 雪だけでも逃げて! こいつが目を開けちゃう!」
私はまだこいつと出会ったことがない。それ故に、こいつの目がどんな効果があるのか分からなかった。
「えっ? こいつの目がどうしたの?」
時既に遅かった。私が顔を上げた時には、そいつが目の前に居て、私に視線を合わせるように屈んでいた。無論、前を向いてしまった私は至近距離でそいつと目が合った。
「何これ……嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! やめて!! 来ないで!! なにするの!? なんで!? なんで!? なんで私だけなの!? 嫌だ!!嫌だ!!一人ぼっちにしないでよ!!」
私の意思はほとんどなかった。まるで、誰からも見向きもされず、ただこいつに追われている。幻覚だと自分でも分かってる。けど、声が勝手に出て、逃げようしても足が動かない。
「雪は一人じゃないよ!! ほら!こっちに!」
私が涙を流し、座り込んでるいる時だった。幻覚を見ているのにも関わらず、私を見てくれる人がいた。声が聴こえる。私を呼ぶ声。
「あぁ……一人ぼっちじゃないんだ……」
その瞬間、世界は明るくなった。私を追っていたそいつは明かりに飲まれて消えて、私の幻覚は解けた。
「良かった……雪が目を覚ました……」
私の頬に涙が垂れてくる。それは紛れもない、花奈の涙だ。
「私、どうしてたの?」
記憶はある。さっきまでは花奈と一緒にダンジョンに居たはずだ。いや、正確にはまだダンジョンに居る。けど、さっき見ていた光景とは少しだけ違うのだ。
「雪。雪はね、このダンジョンに入った瞬間にちょっとだけ狂い始めたの。初めは突然叫びだしたり、急に走り出したりだったんだ。でもね、途中から泣き出して、更に大きな声で一人ぼっちにしないでって、言ったの。だから、私が呼んだ。アイテムを使って無理やり元に戻した。ごめんね。私がもっと早く雪が幻覚を見てるって気付ければ良かったんだけど……」
「ううん。ありがと! ほんと、花奈が居なかったら、多分、私はあの幻覚に負けてたと思う。負けて、諦めて、きっと、こっちの世界じゃ自殺してたかな? だから、花奈がいて助かった! ほんとにありがとね!」
「うん! 雪が助かって良かった! でさ、念のためにこのダンジョンを一回出るけど良いよね? さすがにこのまま進むのは危ない気がする」
「うん。そうしよっか。ちょっと休みたいし、丁度いいよ」
私には気になることがあった。確かに、私は幻覚を見ていたはずだ。でも、何処からが幻覚? ダンジョンに入ったまでは幻覚を見てないはず。ってことは、真っ暗な時に誰かに見せられた?
「ほら雪! 早く出ないとまた幻覚見ちゃうよ?」
「それはやだ! から、行く!」
花奈に呼ばれ、ダンジョンの出口へ向かう。とりあえずは幻覚について考えるのをやめ、走り出した。早く出たかったからだ。
「ふぅ。やっぱり外の方がいいねぇ……」
「か、花奈。花奈はさ、ダンジョン出る時に後ろ振り向いた?」
私の声は震えていた。いや、声より、全身が震えている。そう、私が幻覚で見ていた生物。私はずっとそいつの存在が幻覚の中だけのものだと思ってた。けど、違った。
「う、ううん? 見てないけど、それよりも大丈夫? なんか震えてるけど……」
「いや、見てないならいいんだ。それよりも、このダンジョンはもうやめとこう。多分、今の私達だと、やばい。相当強くなるまではやばいかも……」
「そうなの? まぁ、雪がそう言うならやめとくかな!」
良かった。花奈が行きたいなんて言ったらどうしようと思ったよ。もしも、もう一度ダンジョンに入ったら次こそは二人共幻覚を見て死んでたかもしれない。だって、幻覚の中にいた生物。あの片目の気持ち悪い生物。居ないと思っていたあの生物が走ってダンジョンから出ようとする私達を見ていたんだから。
「は、早く。花奈。もっと、そうだ! うん。村行こう! 確か、王様から貰った地図に書いてあったはず。そこに行ってみよ!」
「確か、そこって果物がたくさんある村だよね? 王様が自慢げに話してて行ってみたかったんどよね……」
思い出してヨダレを垂らしそうな花奈。そんなことよりも私は早く離れたかった。さっきまでダンジョンにいた生物。そいつが既にダンジョンから出ようとしている。今振り向けばまた視線があってしまう。だから早く離れたい。
「ほら!花奈!行くよ!」
「ちょ、あんま引っ張らないでよ!」
私は全速力で走った。今までにないくらい速かったと思う。ダンジョンからはみるみる遠ざかっていく。
「ちょ、雪!ストップ!魔物いるから!」
「えっ? どこどこ?」
「痛っ!急に離さないでよもう! 全く。魔物はそうだね、そろそろ来るかな!」
「あ、ほんとだ。あれは、『プラズマホーン』かな?」
今までにも何回か倒している魔物だ。あまり強くなく、雷を帯びている角が高く売れることもあって、少し嬉しい。
「じゃ、さっきのダンジョンで使えなかった力、こいつに使っちゃうよ!」
「ちょっと、粉々とかにしないでよ? 角は大事なんだからね!」
「はーい! ま、私に任せてよ!」
「気を付けてよね!」
今回私は見るだけにした。既にダンジョンでの出来事は忘れかけている。都合よく脳内が忘れようとしているだけだと思うが、それでもいい。今は一刻も早く忘れたかった。
「ほらほら! こっちこっち!!」
戦いを楽しんでいる花奈をのんびりと座りながら見ている私。
王都を出て、すぐにこんな怖い体験をした私達。
今回の旅は果たして上手くいくのだろうか。私の心はまた不安に押し潰されそうだった。




