五十六話 「一瞬の敗北」
突然ドアか破られ明らかに場違いな奴が現れたことに動揺しているのか、私の近くにいた男はいつの間にか距離を取り、見事に姿を隠していた。
「ん。あんた、大丈夫か?」
勇者は、立ち止まっている私の肩に手を置き、慰めの言葉を掛けてくれた。でも、私は愕然とし、驚きのあまり声が出せず、ずっと答えれぬまま止まっていた。
「おい! 花奈! こいつを後ろまで持ってってくれ! やばいかも!」
えっ? 待って。今、花奈って言ったよね。私の聞き間違いじゃないよね……もしかして、もう一度花奈と会えるの? でも、勇者のパーティーに花奈が居るなんて……
「あ、うん! 分かった! 休ませとくね! 戦闘はよろしく!」
私の耳に聴こえてくるのは、聞き慣れた花奈の声。その声だけで私は確信した。だが、本当は花奈と会うのがちょっとだけ怖い。エミリと桜のことを伝えたら私は花奈に嫌われてしまうかもしれない。そう考えると、どうしても顔を俯けてしまう。
「ほら! こっちに来て!」
かろうじで俯いた顔にしたのにも関わらず、花奈に引っ張られ、普通に顔がバレてしまった。もちろん、花奈にバレるだろう。
「えっ……もしかして、雪?」
やっぱりか。本当は心のどこかで会いたくなかった私が居るのかもしれない。だから、花奈は涙を流しているのに、私は涙が流れない。でも、これが我慢しているってことは自分で分かっている。
「雪……良かった。生きてて……本当に……」
私と歩きながら泣いている花奈を見ながら、私の感情は複雑。エミリと桜のことを話すべきなのか悩んでいる。
「どうしたの……? 雪……」
私が何も答えないことに不思議に思ったのか、私の顔を覗き込むように見てきた。見られないように私は顔を隠す。
「雪。後で理由を聞かせてよね……今は、この戦いが終わるのを見守らなきゃ……大丈夫。きっとすぐ終わるから。その間に心の整理しといてね……」
私が複雑な顔をしているのを見て、薄々気付いてしまったんだろう。だから、花奈は私と部屋の壁に寄りかかり勇者との戦いを見ることに専念しようとしているのだ。それに応えるように私も覚悟を決めなきゃいけない。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
勇者とボスの戦いは凄かった。とゆうよりも、勇者の強さが圧倒的だった。私達は傍観し、勇者は一人で戦っている。いや、傍観している事しか出来ないのだ。例え、勇者のパーティーだとしても、戦闘に入ることすら出来ない。それほどまでにボスと勇者の戦いは異常だった。
「大丈夫かな……」
今はまだ勇者が勝っている。でも、その勇者に負けず劣らずで戦っているこの敵も相当なものだろう。明らかに私たちとは次元が違う。
「雪……」
私が勇者を見ている中、花奈は私の横顔を見ている。だが、私はそれに気付かず、ただ鑑定をしようか迷っていた。果たして鑑定が効くかは分からないが、初めてのダンジョンのボスのレベルくらい知っておきたい。
「【鑑定】」
小声で鑑定を発動し、標的を定める。鑑定をしたことは相手にバレただろう。でも、お陰で少し出せ情報を見ることが出来た。これも今勇者が戦って注意を引き付けてくれているお陰だ。
ヴラド三世
レベル:146
鑑定を使って、知り得た情報はレベルと名前だけだった。だが、これを知ったのはデカい。本来なら、私はこいつに挑もうとしていたと言うことだ。普通に勝ち目がないので、勇者が来てくれて助かった。
「雪? どうしたの?」
私が困惑している顔を見て、小さい声で訊ねてきた。
「ううん。ちょっとね……」
あのボスの名前。ヴラド三世と言えば、有名な吸血鬼だ。それがこんな街の近くのダンジョンに居るとは思わなかった。レベル的にも、明らかに場違いなダンジョン。少しおかしい気がする。
「そういえばね、雪は知ってると思うけど、このダンジョンはこの世界から脱出する為のダンジョンの一つだよ。勇者が言ってたら多分間違いないと思う」
「そうなの!? 私、今知ったんだけど……」
ここが強い原因が分かった気がする。そりゃ、クリアするべきダンジョンは強いに決まってるわ……でも、あれ? なんで勇者は分かるんだろ。
「あと、これも言っとくね。勇者は一応、プレイヤーだよ。それで、なんか勇者の能力とかで何処が攻略するべきか分かるらしいの。ま、私も聞き耳を立てて聞いただけだからホントかどうかは分からないけど」
「そっか。花奈達が来てくれて良かった……」
そして、また二人の間には静寂が流れた。私たちが喋っている間も、周りはとても静かだった。みんな、勇者の戦いに目を惹かれている。
誰もが勇者は勝つと思っていただろう。だが、ここで予想外な事が起こった。
それは、勇者の死。私たちの目の前で心臓を貫かれた勇者がぶら下がっている。何故こうなってしまったのか。いつの間に死んだのか私は分からない。でも、どうしてか誰も悲しんでいない。
「そんなに焦った顔してないで見てなさい」
初めて私の隣にいた魔法使い? の女の人が話し掛けてきた。どうゆうことか理解出来なかったが、とりあえず私は言われた通り見る事にした。
「フハハハハッ! 目障りの奴も消えたことだし、残りの新鮮な魂を頂くとしよう!!」
いくら見ても何も変わっていない。しいていえば、血の量が増えているくらいだ。しかも、ヴラド三世は勇者を殺して次は私たちを殺そうとしている。この人たちがどれほど強いかはわからないけど、勇者が負けたんだ。絶体絶命だろう。
「おい。誰が消えたって?」
私が一瞬目を離した時だった。倒れていたはずの勇者は立っていて、ヴラド三世に聖剣を向けている。
私にとって意味が分からなかった。周りがどんなに普通の表情をしていても、私は困惑している。
だけど、今は勇者が生きててくれて良かった。なんてたって、まだ勝てる希望があるのだから。