九十七話 『立ち位置』
セパルカ軍が、スノーバの隊列を食っていく。
兵士を一列ずつ、兵団からそぎ落とすように突撃させていたマリエラが、今はその数倍の兵士を一度にセパルカへ向けていた。
馬よりも速く動く怪鳥ロードランナーは、セパルカの戦士を乗せて縦横無尽に戦場を駆け回る。
隊列を組んだロードランナーが敵と接触する寸前、魚群を捕らえる網のように即座に展開してスノーバ兵を囲み倒し、次なる敵に備えて再び結集する。
重々しい鎧に身を包んだセパルカ人達の風貌とは対照的な、迅速かつ自在な集団の動き。
分厚い剣と槍で敵を払う戦士達の中から、王族の乗る戦車がたびたび抜け出しては、車体ごと突進してスノーバ兵の陣に楔のような一撃を打ち込んだ。
「敵に回すと心底面倒だが」
セパルカの陣に目をやった一人のコフィン兵が、石壁の上で長槍を振りながら歯を剥く。
「味方として戦場にいるなら、これほど頼もしい連中もいませんね」
「ああ……セパルカ軍が現れてから、石壁に殺到して来るスノーバ兵が目に見えて減ってきている。神喚び師の注意が南側にそれているんだ」
ルキナがドレスの布を引きちぎり、敵を斬り過ぎて折れてしまった剣を同じく穂先の取れてしまった槍にくくりつけながら応える。
スノーバ兵の人間梯子の数は、ピーク時に比べればずっと少ない。眼下で体を組み合わせているスノーバ兵に槍を突き立てると、背後から聞きなれた男の声が飛んできた。
「ルキナ様! お下がりください! 危険です!」
「おお! ガロル! 戻って来たか!」
振り返らず敵を刺し続けるルキナに、ガロルの声と足音が梯子を上って来る。
後ろから体を抱き上げようとする腕。ルキナは敵を睨んだまま、鋭く「よせ!」と叫んだ。
「正念場だ! 石壁を離れれば敵が這い上がって来る!」
「私が代わりに! あなたは壁際で戦うようなお人ではありません!」
槍をつかむ太い腕に、ルキナがようやくガロルを振り返る。
目の前にある大きく裂けた口。鎧の胸元に落ちる血のしずくに、ルキナの真っ青な目が見開かれた。
「御無礼を!」
ガロルがルキナの腰を抱き、わきに抱えるように持ち上げた。
直後に気合と共に槍を振り上げ、眼下に突き下ろす。
腕と剣を伸ばしていたスノーバ兵の喉元を刃がつらぬくと、その勢いのままに人間梯子が崩壊した。
だが、地に落ちた兵士達は再び起き上がり、何度でも石壁に向かって来る。
ルキナはガロルの腕に抱かれたまま、靴で宙をかきながら口を開いた。
「ガロル、大丈夫か!? 血まみれだぞ! 広場の敵にやられたのか!」
「……あなたの前では倒れません。けっして……けっして倒れませんから……」
「何を言っている! 槍を寄越せ! ダストは、広場のスノーバ人達はどうした!」
「ルキナ様」
ガロルが、再び槍を振り下ろしながら目を細めた。
「一切、一切のことは、御心配無用にございます。少なくとも王都の内のことは、我が国の英雄達が、きっと何とかしてくれます」
「英雄……達?」
振るわれた槍が、スノーバ兵の肉を断ち、ぼきりと折れた。
ガロルは槍を捨て、落ちて行くスノーバ兵の手から剣をもぎ取ると、ルキナを己が背後に下ろしながら、何故だか酷く辛そうな顔で言った。
「ルキナ様、お願いです。私の前で戦わないでください。この立ち位置は、私のものです。
私は、たぶん……あなたの前でのみ……『彼ら』の仲間入りが、できるのです」




