九十六話 『再会』
ダストは一人で王都を歩く。
戦争のさなかだと言うのに、人気のない通りに入り込んでいると、今更ながらに胸を締め付けるような懐かしさを感じた。
コフィンの誇る建築家達がこさえた、まったく同じ重さ、大きさの石材で組まれた石畳。滅亡の危機にあっても、なお堂々と立ち並ぶ建物群。
ルガッサ王が、歴代国王が愛した都。
ルキナが受け継ぐはずの、歴史の結晶。
ダストの人生も、その中に確かに組み込まれているのだ。
視界の奥に、幼いナギと初めて出会った墓地が見える。あの時自分達が立っていた場所には今、足の置き場もないほどの墓標が立ち並んでいる。
……間違っても、あの中に倒れてはならない。
あそこは王に愛された、コフィンの民が眠る場所なのだ。
ダストは息をつき、王都の端へ向かって歩き続ける。
冒険者と遭遇した時のために懐に潜ませていたヤモリの影が、形を失って白骨に戻る音がした。
「……お前は、怠け者だな……すぐに骨に戻る……他の仲間はまだ、働いているのに……」
つぶやいた直後、ネズミの影の目とつながりせわしなく動いていたダストの右目が、す、と左目の焦点と合わさった。
足を止めるダストが、前方の石壁を見上げる。小さな動物の骨が、壁の上から落ちるのが見えた。
沈黙するダスト。
髪を揺らす風の音に混じって、やがて背後から足音が近づいて来た。
「……まだ死ねない。果たしていない約束が、多すぎる」
背後の人物が、ダストの後ろ髪を指でかき上げる。
ギロチンの傷跡に感じる視線に、ダストの声が怒りで震えた。
「俺の生命が尽きかけているのか。だから魔力も失って、ネズミの骨が崩れたと言うのか。俺が、もうすぐ完全な屍になるから……」
傷跡に触れようとした指を、ダストが振り返りざまに払った。
「――迎えに来たとでも言うのか……!」
青白い、半透明の影。ダストがその半生をかけて、憎み続けた相手。
父、ケウレネス・ハヴィエの亡霊らしきものが、そこにいた。
ダストは相手がほほえんでいたのを知って、顔を引きつらせながら拳を握り締めた。
「邪魔だ……! この忙しい時に出て来るな! 所詮本物である確証など……」
「魔王の業だな。自分の望んだ魔術の結果を前にしても……そこに一片たりとも欺瞞がないか、疑わずにはいられない」
生前と同じ声を出す相手に、ダストは自分の額を拳で打った。
広場でフクロウの騎士の亡霊を本物として扱ったのは、せっかく高まっているガロル達の士気に水を差すこともないと思ったからだ。
だがダスト自身が死者の復活を信じるには、依然彼の魔術は不安定で、不明な部分が多すぎる。
魂の実体化などと言いはしたが、実際はまったく別の現象である可能性もあるのだ。
ダストは踵を返し、再び歩き出す。歩きながら背後の相手へ、低く声を飛ばした。
「親父……いや、ハヴィエ卿は、自分は地獄行きだと言っていた。ならば彼が今ここに現れる必要はない。いずれ俺の方から、彼に会いに行くことになるからだ」
「私がお前をギロチンの刃から庇ったのはな」
激しく首を振るダストに、ハヴィエ卿の形をしたモノはその場にたたずんだまま声を投げる。
「まったく、完全に、衝動的な行動だった。お前がもうすぐ死ぬと思うと、いてもたってもいられなくなった。
体が自然に動いて身代わりになったんだ。何故あんなことをしたのか、死んだ今でもよく分からん」
「ふざけるな! 衝動的にギロチンにかかる馬鹿がいるかッ!!」
「私の馬鹿さ加減は承知だろう。お前と母さんを捨てて、若い貴族の娘を取った大馬鹿者だ。結果どちらの家も不幸にしてしまった」
「……あんたの二人の息子は、一人は今ここで死体になりかけていて、もう一人はおそらく命がけで石の壁を守っている。確かに幸福とは言いがたいね!」
足を止め、再び自分に体を向けるダストに、ハヴィエ卿はにやりと笑った。
ぐっと口を引き結ぶダストへ、半透明の髪をかきながら口を開く。
「それでいい。私がお前の実の父親の亡霊であろうと、お前の潜在的な欲求が形作った質量のある幻影であろうと、そんなことはささいな問題だ。
お前が父親に言いたかったことを、素直に言えばいい」
「……時間がないんだ。国が滅ぶかどうかの瀬戸際だ。悪いがあんたの正体が誰であろうと構ってるひまはない」
頼むから消えてくれ。
そう言い残して踵を返そうとしたダストに、ハヴィエ卿が突然鋭い声で言った。
「何故国の危機にぎりぎりまで身を潜めていた!? フクロウの騎士やモルグが殺されるまで待っていたのは何故だ!」
「……! 神の正体の見当をつけるために、情報が出揃うのを待っていたんだ! スノーバ兵に術をかけ、赤い蛇の正体を突き止めたのも半ば賭けだった!
俺とて不死身ではない! 失敗すればその時点で殺されていたかも知れない! コフィンのためにも無意味に死ぬことだけは避けねばならなかった!」
「ならば今度も慎重にやれ。お前は今焦っている。いつ自分の命が尽きるかも知れないと、がむしゃらに最後の魔術を使おうとしているだろう」
目を細めるダストに、ハヴィエ卿が小さくほほえんで、言った。
「大丈夫だ、お前は死なん。まだ猶予はある。少なくとも、私よりずっと生気の残っているツラをしているからな」




