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九十五話 『男達の背中』

「空気が変わった……」


 戦士団員の肩を借りながら石畳を歩くガロルが、空を見上げてつぶやいた。


 王都のそこかしこから人々の勇ましい咆哮が上がり、はるか遠くからも戦う者達の気配が伝わってくる。


 王都を包む空気が、恐怖と焦燥に満ちた雰囲気が、確かに変わっていくのを感じる。


 自身と同じように戦士団員に身を支えられて歩くダストへ、ガロルは裂けた口をつり上げ、言った。


「この闘志に満ちた集団の声……王都の各所から上がる咆哮は、断じてスノーバ人のものではない。俺には分かるぞ、これは、滅びの中に希望をつかもうとする……存続のために戦う、人間の声だ」


「……」


「教えてくれ、ダスト。俺達コフィン人は……生き残ることができるのか? スノーバを倒すことができるのか?」


「甦った死者と、コフィンの残存兵力……それらを総動員してもスノーバ軍を殲滅できる可能性は、低い。フクロウの騎士や戦死したコフィン兵達が死力を尽くしても、正直困難と言わざるを得なかった。

 だが今、南の国境を越えてセパルカ軍が現れた。ならば話は違ってくる」


 白い瞳で前方を睨むダストの言葉に、ガロルは戦士団員達と顔を見合わせながら訊く。


「セパルカ軍だと! 何故そんなことが分かる!?」


「ネズミの骨を魔物にして、石壁の外へ走らせた。石壁には実は人一人が通れるほどの穴が空いている箇所があってな……そこから脱出させた魔物の目を通して、今、王都の外を見ている。

 セパルカ軍はコフィンの旗を立てて戦っている。援軍に来てくれたらしい」


 ダストの右目は、左目の動きとは関係なく独立して動いている。


 その異様な表情を見つめながら、それでもガロルは喜色を浮かべて拳を握った。


「そうか……! かの国が、この最悪の戦いに味方として参じてくれたのか……!

 スノーバ軍には歩兵しかいない。高速のロードランナーを操るセパルカ戦士達の方に分がある!」


「コフィンとセパルカが手を組めば、冒険者達とスノーバ兵達は倒せるかもしれない。

 だが、問題は神だ。依然、どうしようもなく、あの巨大な怪物はこの戦争最大の災厄として存在し続けている」


 ダストが、不意に右目を閉じ、ガロル達に顔を向けた。まっすぐに自分達を見つめてくる彼に、ガロルと二人の戦士団員は表情を引き締める。


 ガロルが、声を落として、うかがうような目つきで訊いた。


「神を倒すあては……あるのか?」


「神は何故不死身か。古代に存在した巨人の屍に詰まった蛇が、屍が負った傷を瞬時に、総出で修復してしまうからだろう。

 その点ではマキトの不死と原理は同じだ。蛇が宿主を無理やり生かすから、死なない」


「マキトはフクロウの騎士が倒すのだろう。ならば神も……」


「マキトと神では、体内に飼っている蛇の質も量も段違いだ。神の体内の蛇を物理的な攻撃で全滅させるのは限りなく不可能に近いし……

 最も巨大な蛇は、モルグすら落とす戦闘能力を持つ。あれを殺すのは人間では無理だ」


 口を開きかけるガロルを、ダストは白い手の平を向けて制した。


 王都の内と外で上がる戦いの音にまぎれるような声で、魔王と呼ばれた男は独り言のように言う。


「結局人間世界の災厄は、人間が滅ぼすべきなのだ……そして、魔の領域から現れた災厄は……同じ魔の力に染まった者が、相手をする……」


「どういう意味だ」


「ユーク将軍の野望はお前達が止めろ。ヤツの悪意を際限なく具現化する神と、神喚び師は、俺が何とかする」


 何とかできるのか。そう問おうとしたガロルが、ダストに肩をつかまれて目を細めた。


 真冬の寒さに凍えているような、震える息を吐き出すダストが、何がおかしいのか数度喉を鳴らして笑う。


「大した男だよ、お前は。苦悩したりひがんだりすることはあっても、いつでもまっすぐ正しい道を行こうとする。正しく努力して、目標に向かって歩き続ける。

 強大すぎる敵や困難に出くわした時、一番ものを言うのはそういう『歩き続けて来た者の強さ』だ。勝ち目のない戦いに、絶望にひざをつくことなく、最後まで立ち続けることができる」


「……おい、ダスト……」


「ルキナ様を頼む。あの方を守る英雄はフクロウの騎士でも、まして魔王ダストでもない。

 お前以外にあり得んのだ、ガロル」


 ダストが、ずるりとガロルの肩から手を下ろした。


 自分を睨むように見つめる戦士団長を「なんてツラだ」と笑うと、ダストは自分を支えていた戦士団員の手をほどき、自力で歩き始めた。


「お前達は先にルキナ様の所へ行け。俺は……一人で、やることがある……」


「……」


「後で必ず追いつく」


 気だるげに息をつき、しっしっ、と猫でも払うような仕草をするダスト。


 ガロルは一度目を伏せてから、おもむろに戦士団員達の肩を抱き、ダストの背後を通り過ぎる。


 通り過ぎざまに、ガロルが前方を見すえながら、低く言った。


「俺は、お前を本気で『魔王』だなんて思ったことはない」


「……ほう」


「お前はただのいけすかない、いい年をしてひどく寂しがり屋の細っこい男女だ。魔王なんて恐ろしげな存在じゃない」


 ダストは背を向けたまま、低く笑って右手を上げ、立てた親指を地面に向けた。「俺が細いんじゃなくておまえがデカいんだよ、小僧」……そう返すダストに、ガロルは無言で、口端だけをつり上げた。

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