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九十二話 『石壁』

「ルキナ様! 矢がもうありません! 石つぶても……!」


「ゴーレムが壊されます! 残り三体!」


 王都の正面に、冒険者達が群がっている。


 ゴーレムと戦いながら石壁を目指す彼らの後方には、スノーバの都から行進して来た生ける屍の群、スノーバ軍が迫っていた。


 剣や槍を立て、一歩ずつゆっくりと歩いて来るスノーバ軍。


 そのはるか後方にいるユークとマリエラが手をかざすたび、軍団の最前列の兵士達が群から飛び出し、冒険者達とともに石壁攻略に向かって来る。


 スノーバ兵は冒険者達と違い、矢にも石つぶてにも、巨大な土のゴーレムの攻撃にも一切ひるまない。体を射抜かれ、押し潰されながら、ゴーレムに次々と取りついては剣を刺し続け、崩してしまう。


 ルキナははしごに取り付いて自身も石つぶてを放ちながら、味方に叫んだ。


「石畳を崩して石材を投擲しろ! 使えるならそこらのたるでも木箱でも何でもいい! 敵に投げつけるんだ!!」


「ルキナ様、干草の塊を運んで来ました! 火をつけて向こうに落とします!」


 梯子から矢を射つくした弓兵達がすべり降り、入れ替わりに切り株のような円柱形の草束を背負った兵士達が上がって行く。


 さらにその後を松明を持った兵士達が追うのを横目に、ルキナが「よし、放て!」と号令を発した。


 よく乾いた干草に、ばちばちと音を立てて火が燃え移る。


 兵士達は己の体とほぼ同じ大きさの干草を頭上に掲げ、そのまま石壁の向こうに放り投げた。


 炎の塊となった干草が地面に落ち、あるいは車輪のように転がってスノーバ人達へと向かう。


 生身の冒険者達は炎にひるみ、煙にいぶされ目をかばうが、スノーバ兵達はまともに干草にぶつかった者以外は意にも介さず進んで来る。


 草原の草は乾いているが、火が広く燃え移るほどには水気が飛んではいない。


 干草はいずれも石壁の周囲で止まり、近くの草を焦がして燃えるのみだ。


「くそっ、効果が薄い……! どんな手を使ってもいかんせん兵力差が開きすぎている! このままでは……」


「ゴーレム崩れます! 残り二体!」


 無数のスノーバ兵に取りつかれたゴーレムが、腰から上をめりめりと音を立てて切り崩される。


 地に落ち、両腕を振り回す上半身が、剣を持ったスノーバ兵達の中に埋没した。


 歯ぎしりするルキナの眼下で、攻撃をかいくぐった冒険者とスノーバ兵達が石壁に取りついた。

 さらに王都の入り口に築かれた荷車と瓦礫のバリケードも乗り越えにかかる。


「王都内に侵入するぞ! 石壁を死守しろ!!」


 ルキナの声に石壁に次々と梯子がかけられ、石材を投擲していた者達が上がって来る。壁の下に手当たり次第に物を投げ落とし、木製の棒の先に短剣を取りつけた長槍で、敵を頭上から刺す。


 さらにゴーレムを精製してから身を休めていた魔術管理官達が、バリケードの方へ走った。


「ルキナ様! 干草の兵をお借りします!」


「ロドマリア! 無理をするなッ!!」


「お言葉ですが今無理をしなければ王都が滅びます!!」


 魔術管理官ロドマリアの指示で、兵士達がバリケードの前に干草の塊を積み上げ始める。


 さらに周囲から木製の樽や椅子、家屋の木材などを剥がして混ぜ込むと、松明を持った兵士達がそれらに火をつけた。


 燃え上がる草と木の塊を前に、ロドマリア達が魔術媒体の砂の詰まった小袋をありったけ取り出して、炎に投げ込んだ。


「大空にすまう天の竜! 古よりの翼の下、そなたの民たる我と我らの宿命に!」


 魔術管理官達が、崩され始めるバリケードの前にひざまずき、叫びを上げる。


「魔炎の導きを与えたまえッ……!!」


 瞬間、魔術管理官達の体が見えない力に跳ね飛ばされたように、石畳に吹っ飛んだ。声を上げるルキナ。とっさに管理官達を受け止める兵士達。


 口から泡を吹く術者達の頭上に、燃え盛る草と木の山が立ち上がった・・・・・・


 思わずルキナが、口を半開きにしてそれを見上げる。


 草がうごめき、自然に互いにからまり結び合い、ぎゅう、ぎゅうと音を立てて締まっていく。


 がちがちに編み上げられた草の塊が、燃えながら巨人の形を成した。炎の中に二つの緑色の眼光が宿る。


 炎の巨人はバリケードの向こうを上から覗き込むと、刃を向けてくる冒険者達の前で、ごおう、と音を立てて跳躍した。


 熱風が辺りに吹き荒れ、巨人は足から、バリケードの向こう側に落下する。


 直後巨人の体は地面と接触した箇所から一気に崩れ、燃える草と木材の波となって周囲のスノーバ人達に襲い掛かった。


 着地の衝撃ではじけ飛んだ草と木材が燃えたまま敵の体に張りつき、突き刺さり、阿鼻叫喚あびきょうかんの声が上がる。


 バリケード前から敵が消え、冒険者達の陣がわずかに退いた。

 だが、負傷した味方を押しのけてすぐにスノーバ兵達がやって来る。


「管理官達の意識が戻りません! 心臓は動いていますが失神しています! これ以上の戦闘は不可能かと……!」


 声を張り上げて報告する兵士。ルキナは石壁とバリケード前の敵を見渡しながら、ぐ、と唾を呑み込んだ。


「今の爆発でもひるまないのか……スノーバ軍……! 心を持たぬ兵士……永遠に戦う寄生体……!」


 スノーバ兵達が石壁にとりつき、仲間の肩の上に乗り上がって人間梯子を作り始めた。落とされる石材や樽をかいくぐり、石壁の上に、スノーバ兵の手がかかる。


 ルキナはとっさに己の剣を抜き、目の前の手を切り飛ばした。


 手首から先がなくなった右腕を伸ばしたまま、スノーバ兵がバランスを崩して落下する。だが下から、すぐに別の兵士が仲間の体を上って来た。


 槍兵達が必死に人間梯子を攻撃する中、ルキナは浅く息をしながら、絶叫に近い声でダストの名を呼んだ。

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