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八十九話 『悲鳴』

 議場を出た瞬間、兵士の一人がもがく青年を引き戻しながら「外に出ないでください!」と叫んだ。


「路上は危険です! 敵が潜んでいますし石壁の向こうからは矢や石つぶてが飛んできています! 議場に戻って!」


「議場のホールに議員達の亡霊が出たんです! みんなが逃げ出したのも彼らが原因です!」


 ナギの言葉に、兵士にえりをつかまれた青年が必死にうなずく。


「青白いゴーストが何十人も中にいるんだよ! 戻ったらとり殺されちまう!」


「何を馬鹿な……」


「魔王ダストの呼びかけに応じて現れたと言っていました! モルグを復活させたのと同じ力が議員達に働いてるんです!

 他に避難に使える場所はないんですか!?」


 叫ぶナギに、兵士がばらばらに散ってしまった人々を途方にくれたように見つめて言う。


「王城のそばには敵がいるし、石壁周辺は当然危険です。議場も使えないとなると、教会ぐらいしか……ですが、王都に散ったみんなをもう一度一か所に集めるのは……」


 その時、石畳の道の先で凄まじい絶叫が上がった。


 一斉にそちらに視線をやるナギ達の前で、曲がり角から十人以上の冒険者達が、逃げる人々を蹴散らしながら姿を現す。


 王城前の広場の方から駆けて来る彼らは何故かみな、必死の形相で目を血走らせ、動くものを手当たり次第に襲っては殺して行く。


 ナギと話していた兵士が青年を放し、他の兵士とともに剣を抜いた。王都に散った人々を追って行った兵士を除けば、この場にはたった四人の兵士しかいない。


 それに農具や棒切れを握ったホルポ村の村人が三人、意を決したように逃げるのをやめ、議場前に戻って来る。


 後ずさるナギの前で、兵士が向かって来る冒険者の数を数えながら剣を立てた。


「一人四殺! コフィン兵の意地を見せろォーッ!!」


 吼える兵士と村人達が、暴れ狂う獣の群のような敵へ突進して行く。


 ナギはチビを抱き、隣の青年に「逃げて!」と叫びながらきびすを返した。


 だが走り出し、数秒もしない内に青年の足が止まる。


 もたもたするなと叫ぼうとした時、ナギの目の前を何かが横切った。


 がつん! と石畳に硬い物が当たる音。思わず足を止めたナギの右前方に、鋭い矢が突き刺さっていた。


「う、う、上だぁッ!」


 青年が叫び、どす、と尻餅をつく音を立てる。


 視線を上げれば、左手の教会の尖塔の窓から、身を乗り出して弓を構えている者がいる。


 真っ青な、得体の知れない染料で染めた髪をなびかせた男。一目で冒険者と分かる、派手な衣装。


 とっさに身をひるがえそうとしたナギに、青髪の射手が再び矢を放つ。


「よけて!」


 腕の中のチビが叫んだ時には、ナギの靴の先端に矢が突き立っていた。悲鳴を上げるナギ。


 だが矢は靴と親指との間のわずかな隙間をつらぬいていて、ナギの肉をこそいではいなかった。


 べり、と剥がれる靴の先端に、腰を抜かしたナギが青年と同じように地面に尻をつく。


 射手はゆったりとした動作で、背負った矢筒から新しい矢を抜き出した。


 噴き出す冷や汗を石畳に垂らしながら首をひねると、道の向こうでは冒険者の群が、コフィン兵士と村人達を呑み込もうとしている。


 どくどくと鳴る心臓。青年が背中から、震える声をかけてくる。


「お、お互い別の方向へ逃げよう……どっちかは助かる……」


「だめ……腰がぬけて……」


 射手が、矢をつがえる。ナギは嫌がるチビを青年に差し出した。


「この子をお願い!」


 弓を引き絞る音が、聞こえた気がした。チビが何かを叫び、青年が彼を受け取る。


 矢が、ナギへと狙いをつけ、放たれた。


 風を切る矢が、まっすぐ、心臓へ――――



「ぐぅうっ……!!」


 金属が肉をかき分ける音。矢に貫かれた者が、ナギの目の前でうめきを上げた。


 目を見開くナギを、老人の体が押し倒す。矢とナギの間に躍り出たのは、半透明の、青白い亡霊の体。


 景色の透けて見える体から、青白い血液らしきものが飛び散る。


 ナギはずっしりと重い議長の体にのしかかられながら、ぱくぱくと口を開閉させ、引きつった声を出した。


「なんで……あんた……!」


「民だ……コフィンの、民だ…………私の……民……」


 議長の体から、みるみる重さが消えて行く。半透明の胸に、矢は半ば以上埋まっていた。


 気がつけば、議場からは続々と亡霊の議員達が駆け出て来て、泣きながら敵に向かっていた。


 兵士や村人を打ち倒し、刃を振り上げていた冒険者達へ、おぼろげな幻影のような集団が素手で突進する。敵を押し倒し、突き飛ばし、斬りつけられ、殴り飛ばされ……次々と霧散する。


 ナギの前にも亡霊が立ち並び、飛来する矢を体で受けては転がった。


「間違っていない……私は間違っていない…………だ……だが……」


 ナギは目の前で消えてゆく議長の顔に、確かに、深い後悔の色が浮かぶのを、見た。


「知略で……元老院議員が振るうべき本来の武器で……誰一人救えなかったとしたら……何たる……!」


 議長の体が崩れ、ナギの上から重みが消える。地面に落ちたあごが最後に「許せ、息子よ……」と言い残し、消えた。


 周囲で上がる議員達の断末魔を聞きながら、ナギは己の身を抱き、奥歯をかちかちと打ち鳴らす。


 やがてチビと青年が彼女のそばにやって来て、混乱の中、身を抱き起こしてくれた。


「ナギさん! 逃げよう! おじいさん達の気持ちをむだにしちゃだめだ!」


 チビの声に、ナギは目をぱちぱちとまたたかせる。立とうとすれば、抜けたはずの腰に何故かすんなりと力が入った。


 矢に射抜かれては前に出る議員達の壁を一瞥いちべつすると、ナギはチビを抱き、青年と共に矢の飛来した直後を狙って走り出す。


 教会から死角になる路地に飛び込むと、そのままあてもなく走り続けた。



 やがてナギが、荒い呼吸とともに、ぽつりと、つぶやく。


「それでも……許されないわ」


 チビが、身をこわばらせる気配がした。


 議員達の叫びが、背後に遠ざかって行く。

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