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八十六話 『Owl Knight 2』

 ガロルの剣が繰り出されてきた槍の穂先を受け流し、そのまま柄を滑って槍の持ち主へと向かう。


 冒険者の顔面に、折れた刃の断面が叩き込まれた。


 目から鼻にかけていびつに引き裂かれ、絶叫する敵の喉を、錆びた剣が切断する。


 一瞬で敵を一人仕留めたフクロウの騎士が、すぐさま襲って来る二人目三人目の敵に双剣を振り回した。


 大剣を振りかぶった冒険者が、フクロウの騎士の剣から飛ばされた血のりを目に受け、あわてて立ち止まる。


 目を拭っているうちに、もう一人の手斧を両手に握った冒険者がフクロウの騎士と刃を交える。


 振り下ろされる左右の手斧を順次剣で受けると、フクロウの騎士は重いマントをひるがえし、身をよじりながら敵に足払いをかけた。


 バランスを崩した冒険者が、フクロウの騎士の鎧をあごでこすりながら転倒する。うめく間もなく羽毛のマントが冒険者の体にかぶさり、錆びた剣がそのマントごと、冒険者を貫いた。


 くぐもった声。剣を抜きフクロウの騎士が飛び退くと、手斧の冒険者は背中のど真ん中を刺されて息絶えていた。


 広場を出て行くコフィン人達を背に、フクロウの騎士がようやく血をぬぐい終えた大剣の冒険者へ手招きをした。


「……野郎ッ!」


 歯を剥き、大剣を頭上で振り回す冒険者。そのまま突進する彼を、突如背後から異様なものが追い越した。


 無数の赤い蛇をまとった、マキトだ。彼は片手で握った戦斧を、フクロウの騎士へ振りないでくる。


 その一撃を、双剣が右上から叩き落した。地面に突き刺さる戦斧。


 だがマキトは、戦斧を握っていない方の腕をフクロウの騎士に伸ばす。


 全ての指の爪から這い出た赤い蛇が、高速で襲って来た。


 身を屈めたフクロウの騎士の兜を二匹ほどが削って行くが、直後振り上げられた剣が小さな蛇の胴体を一気に両断する。


 赤子のような悲鳴。頭を落とされた蛇達がもだえながら、空気中に霧散する。


 その、赤い霧の向こうから、大剣が飛んで来た。マキトに追いついた冒険者の一撃が、フクロウの騎士の肩当てに命中する。


 衝撃に無理に抗おうとせず、よろめいた足で地面を蹴り、後方へ跳んだ。


 ひしゃげた肩当てを押さえながら、フクロウの騎士が敵を睨む。


 残るは勇者マキトと、冒険者が二人。大剣の冒険者の後方には、腰に二つの剣を差したままの男がいる。


「今まで、蛇を自分の意志で操ったことはなかった」


 マキトが戦斧を地面から引き抜きながら、ごきりと首の骨を鳴らした。

 たった今蛇が消滅した彼の爪からは、もう新しい蛇が這い出てきている。


「聖なる蛇は僕が負傷した時に勝手に這い出てきて、敵に反撃した後、傷口をふさぐ……ただそれだけの存在だった。

 僕が動かしているわけじゃない。蛇が従っているのはあくまでマリエラの命令だ。……それが今は、どうしたことか……黙っていても自在に動かせる」


 フクロウの騎士へ飛びかかろうとした大剣の冒険者を、マキトの肩を突き破っている蛇がなぎ払った。


 まるでムチのようにしなった太い蛇の体が、冒険者のあばらを打ち、吹っ飛ばす。


 転倒の拍子に自分の大剣が胸に突き刺さり、そのまま動かなくなる冒険者を見て、フクロウの騎士の眼光が刃のように鋭くなった。


 マキトは戦斧を肩に担ぎながら、もう一度ごきりと首をかしげる。


「不思議だね。もっとも蛇は今や僕の体の一部であり、僕自身のようなものだ。操れないと思い込んでいただけで、既に僕の手足と化していたのかもしれない。

 ……ほら、指を伸ばすように、ちょっと意識するだけで」


 マキトが手を向けた瞬間、フクロウの騎士は転がるように右へ飛んだ。


 案の定五匹の蛇が爪から飛び出し、フクロウの騎士のいた地面を矢のようにえぐる。


「あんたを憎み過ぎたせいで、新しい力の使い方に目覚めたのかな? 蛇にあんたを食わせたいと考えたから、こんなことができるようになったのかな? ねえ?」





 マキトの言葉は、風に乗って戦いを見守っていたガロルの耳にも届いてくる。


 腕の傷を止血しなおし、裂けた口にも布を当ててくれる二人の戦士団員に、ガロルは地面から立ち上がりながらささやくように言った。


「口の手当てはいい、喋れなくなる……それより、俺をダストの所へ連れて行け」


「魔王の所へ、ですか?」


「急げ」


 短く、しかし強く命じるガロルに、戦士団員達は彼の両肩を支えながら倒れているダストの方へ向かう。


 人の少なくなった広場でガロル達の行動は目立ったが、フクロウの騎士もマキトも互いの動きに注意を向けている。


 唯一顔を向けてきたのは、マキトの後方にいる最後の冒険者くらいだ。だが彼もこちらへ向かって来る気配はない。


 ガロルは二人の戦士団員とともにダストのそばにかがみ込み、その肩に手をかけた。「おいっ」と声をかけ、ゆさぶっても、顔を上げる様子がない。


 戦士団員がダストの肩を抱き、半身を起き上がらせると、あらわになった顔にガロル達は息を呑んだ。


 ダストの顔は、まるで霜が降りたかのように真っ白になっていた。

 元々色白な男だったが、今は生気を感じぬほどに漂白されている。


 何度も大魔術を使った代償に死んでしまったのか。白い頬を叩こうとするガロルの手首を、しかし突如上がったダストの手がつかみ止めた。


 目を閉じたまま、ダストが深く息を吐く。


「無事か。ガロル」


「ああ、まだ生きている。だがお前は……」


「気にするな。死を操る魔術に手を出した時から、こうなることは決まっていた。生きながら屍に近づいていく……それが俺が受けるべき、報いだ」


 まるで錆びついた扉のように、ダストのまぶたがゆっくりと開く。


 瞳の色がなくなっていた。白目の中央に、白い瞳が浮いている。唾を呑み込むガロルの肩をつかみ、ダストが顔を歪めながら身を起こした。


 白い瞳が、マキトを見る。めらめらと燃えるような殺意を目に宿した彼を、ダストは静かに笑った。


「話は聞こえていたよ。――新しい力の使い方に目覚めた? まったくお笑いだ」


「何だと?」


「そんな都合のいい話があるか。魔王ラヤケルスの最高レベルの魔術を研究し、ずっと魔術の腕を磨いてきた俺がこんな目に遭っているのに……赤い蛇にただ寄生され、好き勝手に暴れてきただけのあいつにそんな幸運が訪れてたまるかよ」


 横から肩を貸してくれる戦士団員の首に腕をかけながら、ダストが皆に、ささやくように言う。


「神喚び師マリエラは、赤い蛇にマキトを守り力を貸すように命じていたのだろう。だが赤い蛇の本性はあくまで生き物に寄生し、行動権を奪う寄生生物……人体に悪影響を及ぼす存在だ」


「まあ、体に入れて健康にはならんだろうが……つまりどういうことだ?」


「あれは報いだよ。魔術で死をあざむいた報いだ」


 ダストが口角を引き上げ、獣のようなかおをする。


「マリエラの魔術で隷属させられている赤い蛇を、魔術の心得のないマキトが操作できるわけがない。赤い蛇がマキトの思い通りに動くと言うのなら……それは逆さ」


「逆?」


「赤い蛇がマキトを操っているんだ。フクロウの騎士に顔面を斬り飛ばされた時、本来マキトは一度確実に死んでいる。頭部の前面をまるごと失うというのは人間が『即死』するに十分なダメージだ。

 赤い蛇はマキトの肉体を修復したが……即死級の攻撃をマキトに与えた外敵に脅威を感じた」


「感じた? たかが寄生虫がか?」


「危機を察知する本能は下等生物にも備わっている。マキトを守れと命じられているならば、赤い蛇は彼が限度を越えた格上の敵と出会った時、その体を乗っ取り、代わりに全力をもって敵と戦うだろう。

 赤い蛇に長期間寄生されている人間は、操られている自覚がなくなるんだ。肉体を好き勝手に動かされても、その全てが自分の意志に基づいたものだと勘違いする」


 コフィンに古代から存在する、寄生虫、赤い蛇。


 それは生き物の体に宿り、意のままに動かし……やがて精神をも侵す。


「たとえ心臓が動いていても、今のマキトは死んでいるのさ。己の意志を乗っ取られ、そのことにすら気づけない人間……そんなやつに、生きている意味などあるか?」


「……身も心も……蛇の操り人形……か」





 マキトが、全身から立ち上がる蛇の群の中で笑った。


 フクロウの騎士を見下ろすように睨み、歯を剥く。


「何度でも、何度でも地べたに落としてやるよ、フクロウ。人目のない闇の中でしか飛べない鳥に光が当たることなどない!」


 戦斧を握り締めて高く哄笑を上げる勇者に、フクロウの騎士は静かに両手の剣を構えた。


 兜の奥から、怒りのこもった、低い声が漏れる。


「フクロウは……光の差さぬ、暗黒の時代()に飛び……」


 威嚇の声を向けてくる蛇の群に、ゆっくりと剣先が向く。


「……人を害する脅威()に、爪を立てるのだ!! 来い! 勇者マキトッ!!」

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