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八十四話 『その名は……』

 巨大な神の起こした、青い爆発。


 その光はコフィンの王都を囲む石壁を死守している、ルキナ達や、ケウレネス達を瞬間的に呑み込み、通り過ぎていった。


 動きを止める人間達。人肉をみながら、耳だけを爆発音のした方へ向ける原種のドゥー。


 唯一土くれのゴーレムだけが、反応を示さずに冒険者達を襲い続けた。


 半壊したスノーバの都。そこに倒れたまま、赤く染まる神。


 神の足元から、ありの大群のように、おびただしい数の何かがコフィンの王都へ向かって来る。


 ゆっくりと、草原を踏み締めるように歩いて来る、軍団。


 その姿を遠目に見たルキナが、悲鳴を上げるように魔王の名を叫んだ。


「ダストオォーッ!! 兵団が、スノーバ軍が来るぞォーッ!!」


 まだなのか! お前の秘策は、まだ発動しないのか!!


 ルキナは王城前の広場に向かって、それまで出したこともないような声を細い喉から放った。


 白い首がやぶけんはかりの、必死の叫び。それが死を覚悟したコフィン人達の頭上を越え、王都に響いた。






「……あの声が……聞こえるか……」


 地面に倒れたままのガロルが小さく吐いた言葉に、マキトが眉を寄せる。


 地を震わすほどの凄まじい爆発にも、魔王のいる広場で戦う者達の刃を数秒と止めることはできなかった。


 舞い散る血しぶき、激突する刃。戦いの喧騒の中、ガロルは犬のように裂けた口を震わせ、つぶやく。


「俺は……やはり、今一歩の男だ……あのお方が、最後に頼る男は……俺では、ない……」


「……何の声だって?」


「静かだな……本当に静かだ……」


 マキトは周囲で殺し合う者達を眺めながら、肩をすくめて首を振った。戦斧をぶん、と振って、ガロルへ近づく。


「血を失いすぎて耳がおかしくなったかい。そんなでかい図体してるくせに、情けないね」


「俺は見た……今の青い爆発は……ダストの……」


「ああ、魔王が神の目に宿らせた青い炎がはじけて出した光さ。ユークが神にかかった魔術を解いたんだろうね。

 じきに神か……マリエラの兵士達が、ここにやって来る」


 ガロルを見下ろして、マキトは足を止める。刃が半ばで折れた剣を握ったままぴくりとも動かないガロルの頭を、おもむろに踏みつけた。


 ぐりぐりと靴底を押しつけながら、ガロルの顔のすぐ横に唾を吐く。


「絶望しながら死にな。雑兵のおっさん」


「……爆発は、二回あった」


 戦斧を振り上げたマキトが、ぴくりと頬を震わせる。


 周囲の怒号や、絶叫の渦の中、ガロルの弱々しい声が妙にはっきりと響く。


「遠くから迫ってきた青い爆発光の後……ほとんど間をおかずに、この地面から同じ光が上がってきた……俺は見た……確かに見た……世界が、二度青く染まるのを」


「……」


「静かだな……ダスト……」


 マキトが、ばっ、と魔王の方を見た。


 爆発の直前まで大声で呪文を詠唱していた男は、今、黙って地面に両手をつき、うつむいている。


 マキトは首を振り回すようにめぐらせ、王都の四方の空を次々と見上げた。


 モルグが復活した後、完全に消えていたはずの魔法円の光の柱が、今、空を突き刺していた。


「終わったんだな……呪文を、唱え終わっていたんだな……」


 ガロルの言葉の直後、ダストがべしゃりと地面に突っ伏した。

 白髪を地に広げる彼に、ガロルも同じ姿勢で土を睨んだまま、笑う。


「何が起きたのか……お前の魔術が、世界の何を変えたのか……せめて知ってから逝きたいが……」


「きっ……貴様ら……!」


「勇者殿が、時間をくれそうにないな」


 マキトは戦斧を構えたまま、ガロルと周囲を忙しく睨み回す。見れば、ダストが持っていた魔法円の記された本が地に裏向けに転がり、青白い光を人々の足の間で放っている。


 確かに、魔術が使用されたのだ。その痕跡はあるが、魔術の結果が見つからない。


 巨大な怪物が空に飛び上がることもなければ、新たな魔物の咆哮も聞こえない。


 長い時間と呪文を費やした魔王の秘術。その正体が知れず殺気立つマキトに、レオサンドラが叫んだ。


「マキト! とにかく召使いと魔王を殺すんだ! お前は不死身だ! 後でどんな敵が増えようと問題はないはずだろう!」


「……! 当たり前だ! ただ僕は」


 ちらりとガロルを見たマキトが、かっと目を見開いた。


 ガロルは、地面に突っ伏したままマキトを睨み上げていた。その裂けた口が、傷の形が、まるでマキトをあざ笑うかのように弧を描いている。


 マキトは戦斧を握り締め、歯を剥きながら頭上高く振り上げた。


「貴様ぁああ!! 雑兵のくせに! ザコのくせにッ!! 勇者である僕を笑うなァアーッ!!」


 ガロルが、何かを言おうとした。だがマキトはそれを待たず、戦斧を振り下ろす。


 ガロルの頭めがけて。その首を両断すべく、渾身こんしんの力で刃を振るう。



 あまりの怒りで白目の上を滑った瞳が、その時あるものを映した。


 異様なものではない。それは広場に元から建っていた、首のないモルグの石像だ。


 コフィンの王城の、門前にある、守護竜の形の残骸……


 マキトは、刹那せつなの瞬間に浮かんだ疑問と違和感に目を剥いた。


 石像は、たった一個でそこに在る。周りには何もない・・・・・・・・


 何もない・・・・









 ――――マキトと、ガロルの間の空間を、一枚の羽が横切った。




 泥色の羽が、ひらひらと。




「う」


 言葉を発しようとしたマキトの横面を、錆びた刃が通り過ぎた。


 雨と、太陽熱にさらされ続けた剣が、マキトの首を縦に裂く。


 喉下から入り、頭の上から飛び出す刃。マキトの顔がばかりと外れ、鮮血が辺り一帯に飛び散った。


 振り下ろされようとしていた戦斧はマキトの手を離れ、いずこかへ飛んでいく。


 顔の断面から何匹もの赤い蛇があわてふためくように空中へ這い出し、がくがくと体が痙攣けいれんして周囲をさまよった。


 ガロルは、そんな凄まじい光景の中、がくぜんとして目の前に現れた男を見つめていた。


 その男は泥だらけになった羽毛のマントを重たげに地に垂らし、フクロウの羽飾りが半分以上抜け落ちた兜の中から、生気のこもった瞳を覗かせてガロルを見ている。


 鎧には、確かに赤い蛇に空けられた穴がある。男はその穴に、英雄の証である盾を着けた手を当てながら、生前と変わらぬ声を放った。


「殺せるのは、肉体だけだ……魂だけは汚せん……そうだろう、友よ……我々は……」


 屈しない。



 フクロウの騎士が、両腕を力強く広げて、竜のように、咆哮した。

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