八十一話 『ガロル 四』
生来の才能ではなく、積み重ねた敗北と努力の末に大成した英雄、フクロウの騎士。
彼との戦いと会話は、ガロルに今一歩の立場で心を折らずにあがき続ける気概をもたらした。
才能の差は、いつか努力で埋めることができる。
敗北は、力に変えることができる。
それは劣った者、才を持たざる者の絶望の中に差す、一筋の光のような思想だった。
最強の剣技を持ちながら、その力を、努力次第で手に入れられるものと断言したフクロウの騎士。
彼に英雄としての唯一無二の才能があるとするならば、それは戦いに関する才ではない。
他者に誇りと勇気を与えるために、剣士である己の強さへの自負すらすんなりと差し出してみせる……その器の大きさにあるのだと、ガロルは思った。
人を殺す才と、生かす才を、同時に備えた男だ。
戦士としてはあるまじきことだが、初めて『越えたくない』と心から思った相手だった。
最強の名がこれほど似合う人間とは、この先二度と出会えないかも知れない。
このことを、ある時ルキナに告白したら『惚れっぽいヤツだな』と笑われた。
「だが、尊敬できる強者がいるのは良いことだ。人は好意を持つ対象におのずと近づいていく……いつか、お前も本当にフクロウの騎士に並ぶ日が来るかもしれないな」
「……ただ、ルキナ様には面目次第もございません。私が彼を目標にするということは、ルキナ様の右腕が最高位の戦士ではないと認めるようなもの……『最強』ではなくなる」
「ん、フクロウの騎士には、父上も勝てんかも知れんのだ。ならばまあ、『例外』ということでいいんじゃないか」
ガロルは危うく歯ぎしりをしそうになり、自分のあごを拳で突き上げた。
そんな彼に、ルキナは少しすまなさそうな顔で、笑った。
「お前はもう、十分に強い。上を目指してくれるのはあり難いが……あまり無理をしてくれるな、ガロル」
「この身はあなた様のもの。この命もあなた様のためにあります。無理の一つや二つ」
「心配せずともお前はこの先ずっと私の右腕だ。老人になって、足腰が立たなくなり、剣を握れなくなってもな」
――ガロルは、ルキナとフクロウの騎士に心を救われて、ここまでこれたのだ。
楽な道ではなかった。しかし一戦士団員として本来歩くはずだった道よりも、はるかに高い位置から世界を見ることができた。
願わくば、敬愛する二人に、大成した自分の剣技を見せたかった。
……それは今や、叶わぬ夢だ。
フクロウの騎士は死に、ルキナは己の国とともに、滅びの危機にある。
ガロルは、ホルポ村での出来事を思い出す。フクロウの騎士の最後の戦いを、死に様を鮮明に思い出す。
フクロウの騎士は勇者マキトにとどめを刺される時、確かに嘲笑をもらした。
刃を交える敵には、例外なく剣士としての最低限の敬意を払ってきた彼が、自分を倒した相手を嘲った。
ガロルは思い出す。勇者マキトが、フクロウの騎士に吐いた台詞の一つ一つを。
『――やめてくんないかな。無駄だって言ったろ――』
己を剣で下した相手を、睥睨し
『聖人ってやつさ――』
負った傷を、恥じることもなく
『あんたみたいな』
敗北から、何も学ばず……
『努力だけで強くなった凡人とは、作りが違う』
「うぉおおおおおーッ!!」
左腕に食らいついた赤い蛇を、ガロルの右手が躊躇なくつかんだ。
骨まで食い破ろうとする蛇の体を握り締め、身をひねりながら両腕を全力で引く。
蛇の歯が食い込んだ肉が引きちぎれ、ばっくりと開いた傷口から鮮血が噴き上がった。
ガロルは激痛に震える左手で蛇のあごをつかみ、咆哮を上げながら、蛇を綱のように引っ張った。
「なっ!!」
仰向けに倒れかけていた勇者マキトが、びたりと背をそらした姿勢で止まる。
蛇の這い出ている傷口から、わずかに血しぶきが上がった。
マキトが歯を剥き、口を開こうとした次の瞬間。ガロルがさらに絶叫に近い気合と共に蛇を引く。
マキトの体が、一瞬宙に浮いた。目を見開き、地面に足をついてつんのめる彼の頬に。
ガロルが左手の手甲を、かつてフクロウの騎士が見せたのと同じ身のこなしで、叩きつけた。
「がっ!!」
マキトの口から歯が一本飛び出し、同時に赤い蛇が悲鳴を上げた。ガロルの指は一連の動きで赤い蛇の胴体に食い込み、肉を突き破っていたのだ。
そのまま、あっけなく引きちぎれる赤い蛇。マキトの体が解放され、地面に放り出される。
二人に駆け寄ろうとしていた冒険者達が、一瞬唖然として足を止めた。
ちぎれた蛇を睨み咳をするマキトへ、ガロルが血走った目で、叫ぶ。
「力に飢えた凡人を舐めるなよ! 小僧ォッ!!」




