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八十話 『ガロル 三』

 かつてコフィンに名を轟かせた英雄達。


 武勇の誉れ高い国王ルガッサや、騎士団長カール・ギスタ、兵団長デズモンド……後にスノーバの神にほふられた彼らは、誰もがガロルの持っていないものを備えていた。


 立場上は、戦士団長となったガロルも彼らにひけをとらない実力者のはずだった。


 だがガロルは、生まれてから今日まで一度も、英雄と呼ばれたことがない。


 手柄が足りないわけではない。ただことコフィンにおいて、人々に手放しで英雄と賞賛される男達は、ふつうの人間にはない、特別な『風格』のようなものを備えていたのだ。


 戦士団の『最強』を手に入れたガロルが、彼らの剣の前では、心ならずも萎縮いしゅくした。


 国王に対しては当然のことだが、身分としては同格のはずの兵団長にさえ気圧された。


 戦えば、何かの拍子に勝てるかもしれない。


 だが自分が相手より確かに格下であるという、得体の知れない、それでいて情けない、本能的な直感が常に働いた。


 剣技の質、殺人の手腕、戦いのセンスとも言うべき決定的な何かが、英雄達とガロルとでは違ったのだ。


 実際、彼らが祭典の余興などで木剣を打ち合わせた時、最も多く敗北を喫するのはガロルだった。


 無論敗者の誇りを砕かぬよう、徹底的に戦い合うような試合は組まれなかったが……ガロルは敗北するたび、ルキナに申し訳なさを感じて、顔向けができなくなった。


 ルキナ自身が、余興での部下の勝敗などをつゆほども気にしていないことは分かっている。


 だがガロルは彼女の『一番』の部下であり、右腕なのだ。


 王女の右腕が他の男より弱いなどということは、本来あってはならない。


 一国の王女の、直属の戦士。それは国一番の猛者、英雄と少なくとも同格でなければならないはずだ。


 ……なのに、ガロルが英雄達に並びうるのは、死を賭けて積み上げた努力の量。ただそれだけだった。


 自分は異常な努力で強くなった凡人で、英雄達はもっと上質なものを、生まれながらに備えている天才なのだと。


 ガロルはルキナのまっすぐな信頼を受けながら、心の奥底で歯噛みし、苦悩し続けた。




 そんな彼にある時、稀代の剛剣の使い手と名高い、英雄フクロウの騎士と手合わせする機会がめぐって来た。


 国王ルガッサと『君』『俺』の間柄を許されたという、セパルカ戦役の功労者。


 外国人の立場で、正に剣の腕一つでコフィンの英雄、国賓となった男。


 祭りの余興ではなく、直接指名で、個人的な手合わせを申し込まれた。


 乗り気はしなかった。コフィンに存在する剣士の中で、間違いなく最強の男との一対一の勝負。


 勝ち目はおそらくないし、折角指名してくれたフクロウの騎士の期待に応えられるような、目新しい技術、戦法も持ち合わせてはいない。


 試合の場である王城の一室に、フクロウの騎士以外に人がいなかったのがありがたいほどだった。


 鎧を着込んだフクロウの騎士が、木剣ではなく、刃を潰した鉄の剣を投げ寄越した。


 実戦方式での手合わせ。ガロルはせめて全力でぶつかろうと、気合を入れて剣を構えた。




 瞬間、違和感に気づいた。


 最強の英雄に剣を向けられているのに、心が動じない。萎縮しないのだ。


 今まで常に感じていた格下としての自覚。敗北の予感が、全くしない。


 フクロウの騎士の気迫は、肌がひりつくほど凄まじいものだ。だのに全く不快ではない。



 戦える。



 気づいた時には、ガロルからまっすぐに相手に飛び込んでいた。振り下ろした剣を受け止められると、盾が横っ面を思い切り殴り飛ばしてくる。


 盾が武器であると知ったのは、この時だ。横一文字に振るわれるフクロウの騎士の剣。


 潰された刃でそれを受けると、腕が骨ごと爆裂するかのような、凄まじい衝撃としびれが走った。


 取り落としかけた剣を逆の手に持ち代え、突き上げる。


 フクロウの羽の差し込まれた兜を刃先がこすった時、兜の奥の目が、にっと笑った。




 終わってみれば、他のどの英雄達との手合わせよりも長い時間を戦っていた。


 鎧の胸甲をまるごと破壊され、地面に倒された状態で勝負をつけられたが、みじめさは微塵も感じない。


 もっと悔しがるべきだと反省するほど、清々しい敗北だった。


 何故このような心地になったのか。考えるより早く、フクロウの騎士が答えを言ってくれた。


「人は俺を無敗の英雄と言うが、それは間違いだ。祖国では長い間雑兵として戦い、何度も何度も敵兵に斬られ、死ぬような大怪我を負った。

 斬られ続けたからこそ、人間がどのような攻撃に弱いか、対応しにくいかを骨身で知っている。負け続けたからこそ、ここまで強くなった」


「負け続けたからこそ……」


「俺は剣の天才でもなければ、戦に愛された戦鬼でもない。ただ負けと努力を積み重ねただけの、凡人だよ」


 胸が、音を立てんばかりに高鳴った。

 頭が冷え、逆に顔が燃えるように熱を持つ。


「あなたが模擬戦で負けるたび、気の毒なくらい落ち込んでおられたのでね。少し、ちょっかいを出したくなった。

 ……どうだね、同じ凡人相手なら緊張もしないだろう。いずれたどり着ける強さだと思えば、負けもコヤシにする気になろうというものだ」


「俺がフクロウの騎士に?」


「なれるとも。凡人は天才にはなれないが……フクロウの騎士になるのに、特別な才能は何一つ要らない。必要なのは、意志と、努力だけだ」


 ガロルは、手を差し出してくる英雄の兜の面をじっと見つめ……


 小さく笑ってから、「なれないさ」と、その手を握り返した。



 剣の一撃で、人に、希望を与える。


 そんなまねのできる英雄は、彼一人で十分だと思った。

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