表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/306

七十八話 『ガロル 一』

 勝てる。


 勝ててしまう。


 ガロルは勇者マキトと刃を打ち合わせながら、戦士としての経験とカンが告げてくる声を、必死に振り払っていた。


 振るわれる戦斧の勢い、向けられる殺気の凄まじさ、マキトの、身のこなし……その全てが、ガロルよりもはるかに劣っている。


 それは確かに事実だ。だからガロルの脳内に住み着いた、戦士としての心が、魂が、何度もガロルをそそのかしに来る。


『今だ、わき腹ががら空きだぞ、刃を突き込め!』


『なんて大振りな攻撃だ。振り切ったところを狙えば腕を落とせるぞ』


『首を斬り飛ばせ! お前なら一太刀でやれる!』


 ……マキトと刃を打ち合わせるたび、攻撃をやり過ごすたび、剣術的な勝利への強い誘惑がガロルを引っ張ろうとする。


 だが、目の前の勇者を剣術でもって下すことには、何の意味もないのだ。


 そんなことはガロルごときがやるまでもなく、かつてのフクロウの騎士が既に成している。


 フクロウの騎士はマキトを打ちのめし、戦斧を握る腕を剣で貫いた。


 人対人の戦いならば、その時点でフクロウの騎士の勝利は決まっていたはずだ。


 だが彼は、マキトの人外の力の前に敗れ去った。勝利を意味するはずの敵の傷口から這い出た赤い蛇に、体を貫かれた。


 剣術における勝利……マキトの体に剣を突き刺すという行為が、そのままガロルの死につながりかねないのだ。


 怒号と絶叫、血しぶきが舞う広場で、ガロルはひたすらマキトの戦斧を受け止め、受け流し、刃ではなく剣の柄や拳を繰り出していた。


 あごを打たれ、腹を蹴り飛ばされ、さらには足払いをかけられて転倒するマキトが、いらだたしげな声を上げてガロルを睨んだ。


「召使いのくせに……しぶといおっさんだなッ!」


「いくらでも打ちすえてやるぞ! 不死者でも痛覚はあるだろう! 痛みで立てなくしてやる!!」


「痛み? はっ、そんなもの、ほとんど忘れちゃったよ!」


 石畳の上で身をひねり、跳ねるように立ち上がるマキト。

 周囲には冒険者と、コフィン人の屍が無数に転がっている。


 倒された人数は冒険者の方が多い。だが今、広場に生きて立っている人数も、冒険者の方が多い。


 まばらに広場に現れる敵の増援に対し、コフィン側の数は戦闘開始から減る一方だ。


 戦斧を振り回し気合を入れるマキトの前で、ガロルは視界の端で敵に剣を折られ、押し倒された兵士に向き直り、持っていた剣を投擲とうてきした。


 敵の体の下でもがいていた兵士は、顔の横に突き刺さるガロルの剣にすぐさま手を伸ばし、目の前の敵の喉を切り裂く。


 返り血にまみれる兵士が、ガロルに顔を向けて何か叫んだ。こめかみに迫る刃の気配。そばにある、マキトの息づかい。


 ガロルは息を吸い込みながらひざを曲げ、背をそらし、体を後方へ倒す。


 喉のすぐそばを、戦斧が通り過ぎた。舌打ちをするマキトの腕を両手でつかみ、そのままぶらさがるように体重をかける。


 地面にひざをつくマキト。その両腕を抱え込み、締め上げる。


「このままへし折ってくれるわあ!!」


「こっ、この……!」


 抵抗しようとしたマキトの右腕が、べきりと音を立てた。


 単純な太さならば、マキトの腕はガロルの腕の半分程度しかない。


 盛り上がった石のような筋肉が、マキトの骨を歪ませていく。


 怒りの叫びを上げるマキトに、冒険者が何人か駆けて来た。

 槍を持った冒険者が投擲とうてきの姿勢を見せるが、ガロルはマキトを解放しない。


 渾身こんしんの力を振り絞り、マキトの右腕と、左の手首を砕く。


 ぼきぼきと響く嫌な音。マキトは絶叫するが、指に引っかかった戦斧は落とさない。


 槍が、投擲される。


 ガロルは命中を覚悟したが、槍は風を切り、妙な角度で飛来して来る。


 あっと思う間もなく、槍が、マキトの肩に突き刺さった。


 噴き上がる鮮血の中、マキトが、歯を剥く。


 赤く染まる歯をさらして、笑う。


「しまった!!」


 へし折った腕を放しながら、地面とマキトの体を蹴りつける。


 地面に仰向けに倒れるマキトの肩から、ずるりと赤い蛇が、ガロルに向かって伸びてきた。


 後方に跳ぶガロルが、喉の前で腕を交差させる。


 次の瞬間、赤い蛇が、ガロルの太い左腕の肉に食らいついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ