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七十七話 『迎撃 四』

 兵士達と共に王都の裏手へ向かうケウレネスに、やがてナギとチビを送ってきたドゥーが追いついた。


 仲間の手を借り、鞍に上がると、ドゥーは先を駆ける兵士達を追い、走り出す。


 眼前の石畳が次第に広がり始め、建物がまばらになってゆく。


 王都の石壁にはめ込まれた二つの門のうち、正門はスノーバの手で取り壊されてしまったが、裏門はスノーバの都から見えないこともあり、かんぬきを壊すだけで済まされた。


 門を補強すれば、裏からの敵の侵入は食い止められるはずだ。


 だが、ケウレネスはドゥーの背の上で、やがて視界に入ってきた裏門の様子に目をみはった。


「馬鹿な! 何をやっているんだ!!」


 裏門のそばには少数の兵士達と王家の家臣達、さらに見覚えのない一人の老人が立っていて、門自体は補強するどころか、全開になっていた。


 すでに到着していた伝令のドゥーの姿を確認しながら、ケウレネスは急停止するドゥーの背からくじいた足も構わずに飛び降りる。


 すかさず駆け寄って来た貴族の男に、「早く門を閉めろ!」と怒鳴った。


「敵が迫っているんだぞ! 皆殺しにされたいのか!!」


「あとどのくらいでやって来る!?」


「すぐだッ! 伝令をやったのにいったいどういうつもりだ!」


「三分くれ! 外に人がいるんだ!」


 目を見開くケウレネスの前を、門の外から帰って来た兵士達が走って行く。


 彼らは汚れ果てた服を着たコフィン人達を連れ、女を抱き抱え、子供を背負っていた。


 貴族の男が兵士の一人に「あと何人だ!?」と問うと、汗だくになった兵士が息を切らしながら門の外を指さす。


「もう一度行き帰りすれば全員を収容できます! 歩ける者は全員門の中に入りました!」


「急げ! すぐに敵が来るぞ! ケウレネス殿、伝令のドゥーを動員しても良いな!?」


「一体何にだ! この者達は何だ!?」


「調教師! 外にいるコフィン人を門の中へ!」


 貴族が命じると、二匹のドゥーの手綱を握る調教師達が困惑したようにケウレネスを見る。


 ケウレネスは一度奥歯を噛んでから、鋭く「行け!」と叫ぶ。駆け出すドゥーと、門を出入りする兵士達のわきで、貴族の男の肩をつかんで「説明しろ!」と怒鳴った。


「何故今、門の外にコフィン人がいるんだ! 王都の民は議場に避難したはずだぞ!」


「ホルポ村の者達だ! フクロウの騎士が逃がした連中だよ! 今まで草原に身を潜めていたんだ!」


 絶句するケウレネスに、それまで黙っていた見知らぬ老人が寄って来て、頭を下げた。


「ホルポ村の村長、マグーと申します。村民と、村に逃げ出していた王都民を連れてまいりました」


「……何故今頃……」


「スノーバ軍に村を追われた私どもが、他の村や王都を頼っては要らぬ災厄を呼び込みかねません。英雄フクロウの騎士に命を頂いた我々は、持ち出した水と食料だけを頼りに最後の戦いに備えておりました。

 空を貫いた青い光、暴れ狂う神に復活したモルグ……今こそ決戦の時とお見受けします。

 隷属ではなく、抵抗を選んだホルポ村の魂、どうぞお受け取りください」


 村長も、門の中に入った村民達も、お世辞にも力に満ちているとは言えない状態だ。


 全員が泥にまみれ、顔色が優れず、疲弊している。臨時の志願兵としても動員できそうにない。


 だが、男達は全員農耕具や棒切れを握っていて、女子供すらも小さな針や石を手にして、離さない。


 ――スノーバの兵団と将軍達にたった一人で立ち向かった、フクロウの騎士の魂。それがこの者達に受け継がれ、息づいているとでもいうのか。


 ケウレネスの隣に立つ貴族の男が、門の外をはらはらと見つめながら口を開いた。


「工作兵としてなら、使えんこともないだろう。あるいは議場に村の者達が顔を出せば、王都民の不安もやわらぐかも知れん。

 まだ外の世界にもコフィン人が生き残っているのだと……」


 言葉半ば、ケウレネスが貴族の男の顔面を張り倒した。「ぐわっ!」と悲鳴を上げてのけぞる男。


 そのあごの先を、門の外から飛んできた槍がかすめた。


 尻餅をつく貴族の男の足をまたぎ、ケウレネスが前に出る。


 門の死角から、突然馬に乗った冒険者が現れ、今正に門内へ踏み込んだ兵士と村人をひづめで蹴散らした。


 石壁の中に、侵入された。そのまま都の中枢へ駆け込んで行く馬に、兵士達が剣を投げつけ止めようとするが、馬の勢いは止まらない。


 さっと顔を青ざめさせるケウレネスが「誰か止めろ!!」と叫んだ。その時。


 石畳の先を曲がろうとした馬が突如いななき、無理やり身をひねってターンした。


 手綱を握った冒険者が馬上から投げ出され……通りを走って来た荷車に、もろに衝突する。


 冒険者をひき殺す荷車を引いているのは、一匹のドゥーだ。ルキナの元に魔術管理官達を乗せて来たドゥーよりも、若く、体が大きい。


 兵士達が暴れる馬と、ぴくりとも動かない冒険者に駆け寄る中、ドゥーと荷車は開かれた門に一直線に向かって来る。


 ドゥーに乗った調教師が、鞍の上からケウレネスへ叫んだ。


「原種のドゥーを連れて来ました! 石壁の向こうの敵にぶつけますか!?」


「! 外の者達は!?」


 首をひねるケウレネスに、たった今少年を抱きかかえて門をくぐった兵士が答える。


「この子で最後です! 全員収容しました!」


「よし! 調教師! ドゥーを外に放て!!」


 鉄のおりを積んだ荷車が、門の外へ飛び出して行く。


 瞬間石壁のすぐ向こうで無数の怒号が巻き起こり、調教師が悲鳴を上げる。


 すでに門内に戻っていた二匹の伝令のドゥーがうなり声を上げ、兵士達が剣を手に身構えた。


 ケウレネスは石壁にかけられた梯子を、痛む足に唇をかみながら駆け上る。正門の方よりも高い壁の上から顔を出すと、荷車とドゥーが数十人の冒険者に追われ、矢を射かけられながら駆け回っている。


 不意に調教師が、後ろ手に檻につながった鎖を取り上げ、引き上げた。


 荷車の後方、檻を閉じていた金属板が、がこんと仕掛けの動く音を立て、外れる。


 檻の中から、濃い茶色をした巨大なものが二つ、流れるように地面に駆け下りるのが見えた。


 調教師はドゥーと荷車をつなぐ皮ひもをナイフを取り出して切り裂き、身軽になったドゥーを操って再び門の方へ帰って来る。


「ドゥーが帰るぞ! 収容次第門を閉じよ!!」


 ケウレネスが叫んだ直後、ドゥーを操る調教師の後頭部に、冒険者の一人が放った矢が突き刺さった。


 目を剥くケウレネスの眼下で調教師が鞍から落ち、草の中に埋没する。


 門をドゥーが駆け抜けると、兵士達とホルポ村の人々が即座に厚い石の扉を押し、門を閉鎖する。


 かんぬきのない扉の前に、石畳の石材を引き抜いて作った土嚢ならぬ石嚢を積み始めるコフィン人達。


 ケウレネスは、調教師が埋没した草むらに群がり刃を突き立てたり、あるいは門に殺到しこじ開けようとする冒険者達を見下ろしながら、浅く呼吸を繰り返して身を震わせた。



 怒りよりも、憎悪よりも、恐怖の方が強い。



 スノーバ人達の周囲を、草むらをかき分ける巨大な影が二つ、まるで水中の魚影のように旋回している。


「……本当に……ドゥーなのか……!?」


 顔を引きつらせるケウレネスに、梯子の下で貴族の男が何かを叫んだ。

 門が突破されるとか、押さえろとか言っているが、今はそれどころではない。


 調教師の屍を切り刻む冒険者達と、門を押し開けようとしている冒険者達に、二つの影がそれぞれ急接近する。


 ――最初の数人の犠牲者が、声もなく鮮血を噴き上げた。スノーバ人達の視線が集中する中、原種のドゥーが、後足で立ち上がる。


 完全に直立するなど、乗用のドゥーには決して見られない行動だ。その様はまるで、大熊だ。


 鋭い爪に人間の皮や臓腑をからませた二匹のドゥーは、真っ赤な口を開けて肉を咀嚼そしゃくしている。


 眉間を中心に数え切れないほどのしわを顔中に刻んだその形相は、正に魔物と呼ぶにふさわしいものだった。瞳は白濁し、ほとんど白目と同化している。


 悪魔のかおだった。


 正門でゴーレムが現れた時よりも、冒険者達の反応は凄まじかった。


 勇ましい気合の声を上げる者は少なく、ほとんどの者が悲鳴に近い叫びを上げている。


 誰かが矢を射かけたのを合図に、原種のドゥー二匹が再び四足をついて走り出す。まるで疾風のように、凶悪な形の牙がスノーバ人達に襲いかかる。


 血しぶきが、ケウレネスの頬にまで飛んで来た。


 危うく足を滑らせそうになりながら、ケウレネスは顔を真っ青にして梯子を降り始める。


 下では着々と門が封鎖されていて、得体の知れない阿鼻叫喚にとまどいながらも、兵士達はしっかりと扉を押さえている。


 冒険者達は今、扉をこじ開けるどころではないはずだ。


「……ケウレネス様」


 石畳に足をつくケウレネスに、調教師達が話しかけてくる。


 乗り手のいないドゥーを背に唇を噛む彼らに、ケウレネスは額の汗を拭いながら、やっと「勇敢だった」と言葉を吐き出した。


「苦しむ間もなかっただろう。遺体は戦後、必ず連れ帰る」


「……」


「仇は彼の放ったドゥーが取ってくれるさ」


 言いながら、めまいを覚えたケウレネスは数歩梯子から離れ、壁際に腰を下ろした。「誰か梯子を頼む」と声を上げると、兵士の一人が言葉通り梯子を上り、外の様子をうかがいに行く。


 聞こえてくる獣の咆哮と絶叫に首を振ると、ふと、隣に座っていた女と目が合った。


 自らがまとっていた布で後ろ手に腕を縛られている女ことサリダが、鬼のような顔をするケウレネスにこりもせずに媚びた笑みを向けてくる。


「なあ、勘弁してよ……こんな高い所にさらされたら、肝が潰れちまう。高い所苦手なんだよ。ね、慈悲を……」


「それ以上何か言ったら壁の上から外に投げ落とすぞ! 黙ってろッ!!」


 目の前で怒鳴られたサリダが、頬をびくびくと震わせて目をそらした。



 見れば、むき出しになった肩が震えている。背後の壁を通して伝わってくるこの世のものとも思えぬ声に、人並みに怯えているらしい。


 ――身勝手な話だ。


 今まで散々人を迫害し、死に追いやってきた分際で、報いを受けることを怖がるのか。



 ケウレネスは目障りに震えるサリダの肩を押さえつけるように手をかけながら、ゆっくりと、気合を入れて立ち上がる。


 とにかく、これでこの場は何とかなるだろう。原種のドゥーが倒されてしまう可能性もあるが、門さえ閉じてしまえばすぐに敵に侵入されることはない。


 外の冒険者は、ある程度食い止められた。あとは……


「中の敵と、神だ。……兄さん……大丈夫なんだろうな……?」


 独り言のようにつぶやいたケウレネスが、王城前の広場の方を、疲れきった目で見やった。

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